青樹明子の中国ヒューマンウォッチ
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【15-01】庶民の株狂想曲

2015年 7月 6日

青樹 明子

青樹 明子(あおき あきこ)氏:
ノンフィクション作家、中国ラジオ番組プロデューサー

略歴

早稲田大学第一文学部卒業。同大学院アジア太平洋研究科修了。
大学卒業後、テレビ構成作家、舞台等の脚本家を経て、ノンフィクション・ライターとして世界数十カ国を取材。
1998年より中国国際放送局にて北京向け日本語放送パーソナリティを務める。2005年より広東ラジオ「東京流行音楽」・2006年より北京人民ラジオ・外 国語チャンネルにて<東京音楽広場><日本語・Go!Go!塾>の番組制作・アンカー・パーソナリティー。
日経新聞・中文サイト エッセイ連載中
サンケイ・ビジネスアイ エッセイ連載中

主な著作

「<小皇帝>世代の中国」(新潮新書)、「北京で学生生活をもう一度」(新潮社)、「日本の名前をください 北京放送の1000日」(新潮社)、「日中ビジネス摩擦」(新潮新書)、翻訳「上海、か たつむりの家」 

 5月から6月にかけて、中国人の話題はというと、とにかく「株」、「株」、「株」だった。

 腐敗幹部の逮捕よりも株である。

 端午節休暇の話題よりも株である。

 「反ファシズム戦争勝利70周年」よりも株かもしれない。

 この二か月余りの間で、株はクレイジーなほど上がり、その後大きく暴落した。急騰と暴落を繰り返し、これを「ジェットコースター相場」と言うのだそうだ。

 株価暴落では、日本の報道も熱い。

 「中国いよいよバブル崩壊」「株暴落で悲鳴」「中国経済危険な兆候」……等々、日を追って加熱していく。

 中国株の特徴として、個人投資家が6割から8割を占めるという点が挙げられる。株のジェットコースターは、そのまま庶民の生活に直接影響してくるので、始末が悪い。おじさんもおばさんも、おじいさんもおばあさんも、ひいては学生などの若者たちも、ジェットコースターに乗っているように、スリルと快感が隣り合わせの、心臓サバイバルゲームである。

 

 さて5月末から6月の初め、私は北京にいた。

 ご存知のように、5月末というのは、株が「爆騰」した時期で、ジェットコースターでいえば、上りきった天辺のところのようなところである。

 みんなが楽しそうに笑っている。レストランは満席で、どのテーブルも豪華な料理ばかりが並んでいる。

 中国の友人たちと話していると、「株でこんなに儲けた」という話に終始した。

 たとえば、40代後半の男性。

 「妻は株にあまり興味がなかったが、このところ、あまりに株価の話題が出るので、前に買った株の値段を見てみたんだよね。そしたら、なんと数十倍になっていたので、本人もびっくりだった。数年前に数万元で買った株が、あっという間に60万元だからね」

 100万円が1200万円に化けたということか。

 30代後半の友人。彼は自分で起業している企業主である。しかしこのところ、会社の主業務はほとんど停止状態だという。

 「普通の仕事をしていても意味がないからね。毎日、株の取引きに専念しているよ。この数日で、半年前の100万元が、あっという間に1000万元になった」

 2000万円が2億円に化けた。

 また、有名人の儲け話を聞くと、「羨ましい」が高じて、「よし、自分だって」という闘争心がわいてくるのだそうだ。

「趙薇(ヴィッキー・チャオ)は株で50億香港ドル(約800億円)を得た」という話を聞くと、映画スターになれなくても、株だったら運がよければ自分だって、という気になるらしい。

 

 株クレイジーが続くと、庶民の生活にも変化が起こる。

 まず、街の様子が一変した。

 おじさんとおばさんの合コンと言われる公園の屋外社交ダンスが街から消えた。踊っている場合じゃない、株の情報交換のほうが大事。

 真夏の夜の風物詩、「秧歌」も消えた。手に大きな扇子をを持ち、派手な衣装と銅鑼のようなものを叩いて踊る、庶民の娯楽のひとつである。しかし時間潰しをしている暇はない。家でパソコンの株情報とにらめっこだ。

 自由な時間の多い老人たちを中心にした道端の将棋やトランプ、麻雀も消えた。小金を稼いで何になる? 麻雀するくらいなら、株取引だ。

 上海市・広東路は、別名株サロン通りというのだそうだ。

「あがりそうな株はどれ?」

「知り合いの高官が●●が有望だと言ったよ」

 などという、生の情報を交換するのである。

 

 こんな「株クレイジー」が続くと当然人々の心にも変化が生じてくる。

 一瞬で年収を上回る金額が手に入るとなると、地道にこつこつ働く気がしなくなってくるのもわからないではない。中国の友人たちの株バナシを聞いていると、私までが地味に働く意欲を削がれてしまいそうな気がした。傍観者ですらこうだ。いわんや「当事者」をや。

 株は善意の人々の心にも、微妙に影を落とす。

 6月1日に起きた湖北省荊州市、長江水域で発生した「東方之星」号沈没事故は、まさに「爆騰」の最中に起きた海上の大惨事だった。

 事故後、救援の陣頭指揮を執るために現地に向かった李克強首相にある女性が必死な面持ちで尋ねたという。事故についてではない。「上海株は、これからも上がりますか?」

 また、中国ネット民は、東京渋谷と上海の電光掲示板に注目した。

 東京は“中国・長江で乗員乗客458人乗せた客船が沈没”

 上海は“上海総合指数・前日比81.79ポイント(1.69%)高の4910.53ポイントと続伸”.

 ネット民は、「まるで日本のほうが、事故を心配しているようだ」と嘆きを隠さない。

 

 思えば、中華圏で「映画界の帝王」と謳われる大スター・周潤発(チョウ・ユンファ)さんの代表作でもある香港映画『英雄本色』では、周さん扮する主人公マークのこんな台詞に、観客は熱狂したものだった。「博打には勝ち負けが必ずあるものさ」

 株という博打も、勝ちがあれば負けもある。

 ジェットコースターが下りにさしかかった今、当然ながら、上りとは逆の現象が起きている。

 「数分で1カ月の生活費が無くなった」

 「トイレに行っている間に1万元(約20万円)が消えた」

 「1週間かけてもうけた分が1日で飛んで行った」

 「今日だけでアウディ1台分の価値が消えた」

 浙江省では30代前半の女性が、高速道路で運転していたとき、友人からの電話を受けたという。友人は、彼女の保有する株価が暴落したと知らせてきたのである。焦った彼女は、運転しながらそれを確認しようとして、前を走る車に追突し、大事故を起こしてしまった。まったくもって、困ったものだ。

 

 中国版LINEの微信で、こんな笑い話が回ってきた。

 「友人が1万元(約20万円)で株を買った。それがたったひと月で38万元(約760万円)の儲けとなった。そこで僕は尋ねた。どうしたらそんなに儲けることができるんだい?

 彼はこう答えた。

 友達にある銘柄を買えと勧めたんだよね。しかしその株、いきなり暴落したんだ。怒った友達が僕の足を蹴ったから、僕は大怪我してしまった。38万元は、その賠償金さ。株は危険だよ。充分気をつけたまえ」

 ちなみに、私の父はその昔、経済学者だった。

 父が子供たちにきつく言い渡した、我が家の家訓は――、

 「株にだけは手を出すな」