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【19-02】<都挺好ALL IS WELL>に見る中国の高齢化社会とは?

2019年5月9日

青樹 明子

青樹 明子(あおき あきこ)氏: ノンフィクション作家、
中国ラジオ番組プロデューサー、日中友好会館理事

略歴

早稲田大学第一文学部卒業。同大学院アジア太平洋研究科修了。
大学卒業後、テレビ構成作家、舞台等の脚本家を経て、ノンフィクション・ライターとして世界数十カ国を取材。
1998年より中国国際放送局にて北京向け日本語放送パーソナリティを務める。2005年より広東ラジオ「東京流行音楽」・2006年より北京人民ラジオ・外 国語チャンネルにて<東京音楽広場><日本語・Go!Go!塾>の番組制作・アンカー・パーソナリティー。
日経新聞・中文サイト エッセイ連載中
サンケイ・ビジネスアイ エッセイ連載中
近著に『中国人の頭の中』(新潮新書)

主な著作

「<小皇帝>世代の中国」(新潮新書)、「北京で学生生活をもう一度」(新潮社)、「日本の名前をください 北京放送の1000日」(新潮社)、「日中ビジネス摩擦」(新潮新書)、「中国人の財布の中身」(詩想社新書)、「中国人の頭の中」(新潮新書)、翻訳「上海、か たつむりの家」 

 3月末から4月初め、北京を訪れたときに、多くの友人たちが語っていたのが、テレビドラマ<都挺好ALL IS WELL>についてだった。

 「他人事じゃない」

 「身につまされる」

 「中国にとって、最も大きな問題が描かれている」

...等々、学生をはじめとする若者たち、30代・40代の中年層、そして退職後の老人予備軍にいたるまで、まさに老若男女すべてが「自分たちの問題でもある」と捉えていた。

 約10年前に社会現象化したドラマ<かたつむりの家(蝸居)>と同様、<都挺好>も「等身大の中国」と評価され、高視聴率をあげている。中国で今年度上半期、最も注目されたテレビドラマと言っていい。

 ドラマのテーマは多岐に渡る。

「(封建的な)男児重視」「ニートの実態」「親の介護」「親への金銭的援助問題」「孤独な老人たち」など、現代中国の抱える問題点が、ドラマというエンターテインメントに凝縮されているようだ。

 なかでも、メインテーマになっているのが、親の老後問題である。

 日本同様、中国も高齢化社会へと確実に進んでいて、高齢化のスピードは半端ない。「世界で例を見ないほど速い」と言われた日本以上、とも言われている。

 高齢化社会のもたらす影響は、中国社会の各方面で見られるが、日本との大きな違いはまず規模の大きさである。

 中国で定年というのは、男性が60歳、女性は55歳である。年金も退職後すぐに支給されるので、多くの人は新たな仕事に就くこともなく、完全な老後生活に入る。そのためか、中国では60歳以上を「老年」つまり「老人」と規定していて、日本では「中高年」と言われる人々も、中国では「老人」となる。

 そんな60歳以上、2018年現在2億5000万人で、人口の17.9%に上る。65歳以上は1億6700万人である。2050年までには、倍になるという予測で、60歳以上が5億人になり、人口に占める比率は35%である。

 この巨大な一群は、当然ながら、社会で大きな影響力を放つようになった。

 それを端的に示したのが、2018年1月末に、世界的なIT企業アリババが出した求人広告である。

 その日、近所の公園などで、暇そうにのんびりと、向日葵の種などを食べていた高齢者たちは、アリババの求人広告を見て目を剝いた。

 詳細は以下の通りである。

年収40万元(約650万円)

60歳以上 

広場舞リーダー・居住委員会委員優先

 若者たちはもっと驚いた。

「僕たちが、一年間苦労して得る報酬は、広場舞(中国各地の公園や広場で音楽に合わせて踊るダンスの総称。中高年に人気)のおじさん・おばさんに及ばない!」

 アリババの異例とも言える求人の背景には、巨大化する中国の中高年消費者層"銀髪経済"がある。この新しい消費者層を取り込まないと、負け組企業と化してしまうのである。

 銀髪経済を取り込むためには、マーケットリーダーとして、広場舞リーダー・居住委員会委員たちをリクルートしようとしたのである。

 銀髪経済は、今やどの業界も無視できないほど、大きな力を秘めている。

 老人用品は言うまでもない。介護用品、健康食品、健康器具に関しては、すでに世界中の企業が狙いを定めている。

 飲食産業も、新しいターゲットとして銀髪族に注目する。

 近年レストランの予約状況で目に見えて増えているのが、老人向けの宴会である。特に誕生日会は急激に増え、すでに営業の主力となっている。

 飲食業界の老人向けサービスは手厚くなる一方で、長寿を祝う菓子(寿桃)、麺(長寿麺)の種類は豊富になり、老人が好む小豆餡に味噌味を加えたもの、健康に配慮した無糖のもの等は好調な売れ行きを示している。

 誕生会用には、9種類(9は縁起がいい数字)の長寿麺と寿桃や餅類が売り出されている。60歳以上は2割引き、68歳以上になると粗品進呈など、老人市場の取り込みに必死である。

 旅行業界も同様だ。

 多くの旅行社が主力商品としているのは、中高年向けツアーである。"夕陽旅行""楽しい老人の旅""両親が喜ぶ江南〇日間"など、銀髪族に向けてのツアー商品が目白押しである。

 新たな市場も出現している。

 改革開放後、中年女性の化粧に世界中の化粧品業界が注目したが、最近では老人層にまで化粧ブームが広がりを見せている。化粧は精神汚染と言われた時代を生きた人々は、老年になってようやく解放され、"おしゃれ"とか"流行"に関心を持ち、化粧意欲が一気に増している。

 予測通り、2050年に5億人まで増えるとすれば、消費潜在能力は、世界最大である。

 銀髪経済の数字だけ見れば、中国の中高年は幸せな一群だと思ってしまいがちだが、もちろんそうではない。急速な経済発展で、これまで通りの「退職後は息子夫婦と孫に囲まれ、幸せな老後を過ごす」というモデルケースが崩れ始めている。

 子供たちはみんな、都市に出稼ぎに出るか、海外で働く人々も多い。親と同居というのは、年々少なくなっていき、行き場のない、孤独な中高年たちが増えているのである。

 配偶者がいるうちはまだましだ。配偶者に先立たれると、本当に独りぼっちである。

 日本のテレビでも紹介されたことがあるが、「上海大型家具店・フードコート事件」は、「彷徨える中国・老人たち」を端的に表している。

 二年ほど前の秋、中国の新聞にショッキングな見出しが躍った。「老人封殺」「単身老人駆逐策」「老人入店制限令」等々である。

 事の顛末はこうだ。

 上海の人気大型家具店2階イートインコーナーに、こんな通達が出されたのである。

「本日より、フードコートで食品を購入されたお客様に限り、椅子席をご利用いただきます」

 この有名店では、店舗で何も買わずに椅子とテーブルを"占拠"する人たちがあまりに多く、正規の客が席を確保できない。占拠者の多くは中高年である。

 冷暖房のきいた店内に、家から持ち込んだお茶と肉まんで、朝から晩まで居続ける。毎日通えば友達もでき、そこは無料の社交場と化していた。千を超す椅子席のほとんどを、こういう中高年に占拠されたと言う。

 なかでも問題視されたのが、フードコートを利用した「中高年見合い大会」である。毎週火曜と木曜、独身の中高年たちが集合し交流する。無料のコーヒーか、自前のお茶ですませば、参加費用はゼロである。

 店側は困惑した。お金を払った客が席を確保できないので、店離れしていくからである。そこで「まずは店舗で購入し、その後椅子席に入ってくれ」という通達を出したのである。無料で一日過ごしていた高齢者は、「駆逐」されることになった。

 しかし彼らは賢い。「上に政策あれば、下に対策あり」で、通達に従って、まずは店内で最も安い4元(約65円)のパンを買う。椅子席を確保した後、実際に食べるのは、自前の肉まんと、そしてお茶だ。「パンは辻褄合わせだよ。最低いくら買え、とまでは言ってないからね」

 さて、一般庶民の反応は賛否両論である。「店側の言い分はもっともだ。老人たちの行為は実に恥ずかしい」「高齢者は寂しい生活を強いられている。憩いの場を剥奪されたら、彼らは行く場所がない」

 テレビドラマ<都挺好>では、母親が逝った後一人になった父親に、家族全員が振り回されていく。長男は離婚の危機、ニートだった次男も妻と離婚、子供の頃から家族のなかで邪魔者扱いされてきた娘は、父親の認知症という事態に向き合わなければならなくなる。中国の認知症患者はすでに1000万人と言われている。

 <都挺好>は好評だったことを受けて、すでに続編が制作されているという。今度はどんな現実を視聴者に示すのだろう。いずれにしても、ドラマが描く中国の現実は、見ていて非常に重い。