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【19-03】2019・高考"狂詩曲"

2019年7月9日

青樹 明子

青樹 明子(あおき あきこ)氏: ノンフィクション作家、
中国ラジオ番組プロデューサー、日中友好会館理事

略歴

早稲田大学第一文学部卒業。同大学院アジア太平洋研究科修了。
大学卒業後、テレビ構成作家、舞台等の脚本家を経て、ノンフィクション・ライターとして世界数十カ国を取材。
1998年より中国国際放送局にて北京向け日本語放送パーソナリティを務める。2005年より広東ラジオ「東京流行音楽」・2006年より北京人民ラジオ・外 国語チャンネルにて<東京音楽広場><日本語・Go!Go!塾>の番組制作・アンカー・パーソナリティー。
日経新聞・中文サイト エッセイ連載中
サンケイ・ビジネスアイ エッセイ連載中
近著に『中国人の頭の中』(新潮新書)

主な著作

「<小皇帝>世代の中国」(新潮新書)、「北京で学生生活をもう一度」(新潮社)、「日本の名前をください 北京放送の1000日」(新潮社)、「日中ビジネス摩擦」(新潮新書)、「中国人の財布の中身」(詩想社新書)、「中国人の頭の中」(新潮新書)、翻訳「上海、か たつむりの家」 

 2019年冬、中国13億人が春節の休暇を楽しむ最中、湖北省の某高校三年生が作成した「冬休み計画表」が、ネット上で拡散されていた。半年後には高考(普通高等学校招生全国統一考試)、つまり大学入試を迎える受験生で、一日の「学習計画表」は、おおよそこんな内容だった。

6:40 起床・朝食
7:00 予習・復習
7:40 登校・冬季講習へ
8:30~11:30 授業
12:00~12:40 昼休み
12:40~14:00 予習復習
14:00~17:00 授業
17:00~18:00 夕食&休憩
18:00~21:00 授業
21:00 下校・帰宅へ
21:30~23:30 復習
11:50 就寝

 この受験生は、計画表の下に赤字でこう書き記している。

「自らを律してのみ、強くなれる。計画は実行してはじめて意義がある。絶対に携帯電話には触れないこと!」

 毎年6月7日・8日に行われる中国の大学入試・高考は、世界でも最も苛酷な競争と言われている。今年は受験者数1千万人を超え、最多記録を更新した。

 生まれた時から格差に苦しむ中国人にとり、高考は運命を変えることができる唯一無二のツールである。たった二日で決まってしまう人生一発勝負は、絶対に負けられない闘いであり、この日のために、物心つかないうちから、勉強漬けの生活を送ってきたのだ。

 学歴社会の反動はもちろん起きる。文革(文化大革命)時代のように、「学歴無用論」も、全くないわけではない。しかし、やはり落ち着くところは「学歴無用論は嘘だ」という議論である。

 日本は学歴社会を批判して「ゆとり教育」が出現したけれど、中国ではまだまだ学歴肯定論が主流である。

 学歴無用論は嘘だ」と題される文章から。

「高学歴がそのまま能力の高さを表すわけではない。しかし、高学歴グループは、一般グループに比べ、有利な立場にあることは事実である。

 例えば大学専科(専門学校に似ているが、日本とは異なる制度)卒業生の場合、5、6年仕事した後、運が良ければ何とか月収1万元(約15万7,000円)を得ることができる。この数字は決して悪い額ではないが、同じ高校のクラスメートが、その地方でも有名大学を卒業したとしたら、一年めで月収30万元(訳470万円)も夢ではない」

「もし君が、武漢大学卒業生だったとしよう。クラスメートに雷軍先生(著名な実業家)がいたかもしれない。北京大学卒業であれば、俞敏洪氏(有名語学学校CEO)や李彦宏氏(百度CEO)と同級生だった可能性もある。

 高校のクラス会で、馬化騰氏(テンセントCEO)と大学の同期だったと、もし自慢できるようだったら、それはすでに"一定の背景を持っている"ことになる」 

 若者たちが憧れる実業界のスターたちは、高学歴が多いというのも事実だ。これも受験戦争を煽る一因でもある。

 さて、競争が激烈になると、どうしても生じるのが不正行為である。政府は不正行為に厳しい姿勢を示し、罰則も2015年に新たな法律が規定された。合格取消など簡単なものから、受験資格剥奪3年、最高で7年の実刑と定められた。そればかりではない。不正を行なえばブラックリストに載せられ、就職その他で未来永劫悪影響を免れない。

 しかし不正はなくならない。それどころか、年々組織化され、方法もハイテク化している。試験当日になると、会場近くのエリアでは、通信環境ですら遮断される。

 不正がなくならない背景には、学歴社会の他にも、試験そのものが不公平だという不満があるからだ。

 出生地によって合格ラインに差が生じるし、試験問題ですら地域によって難易度が違う。合否の難易度によって、ハッピー式・悪夢式・地獄式に分けられていて、地獄エリアからハッピーエリアへ引っ越しするケースも続出している。

 地獄式の上位にランクインしているのが、江蘇省である。江蘇省では試験問題も地獄式で、昨年も高考終了直後から、受験生の悲鳴が上がった。

「英語の問題は、1.6メートルもあった。まるで清明上河図(北宋の都開封を描いた絵巻。長さが528センチある)みたいだ!」

「英文解釈の最終問題は6問もあった。江蘇省の受験生は、みんなすべて勇敢なる兵士だ!」

 ちなみに2019年度は、数学の問題が特に難しかったという。

 高考史上最大規模と言われるカンニングがある。1997年に広西チワン族自治区で起きたもので、1,600人分の答案のうち500以上に不正の痕跡が見られたのである。受験生の三分の一が、カンニングをしたことになる。試験会場からは、無数のカンニングペーパーが発見された。調査の結果、高校の先生はじめ、試験会場の監督官ですら、この集団カンニングに関わったという。

 事件が起きた背景には、合格率アップという県をあげての圧力がある。目標値を高く設定され、達成できなければ、高校側は責任を負わなければならない。有名大学への合格率は、そっくりそのまま学校に対する評価で、教え子の合否は先生の実績となり、収入にも響いてくる。学校、先生、受験生、それぞれが、人生を賭して行った集団カンニングだった。

 高考は、現代版・科挙と言われる。

 科挙とは、衆知の通り、隋から清の時代まで、約1300年間にわたって行われた官僚登用試験である。一生をかけても合格できない受験生も多く、経済的事情で断念するケース、あまりに過酷な勉強と試験の重圧に耐えられずに、身体を壊したり、精神障害に追い込まれたりするケースも多発し、自殺者も少なくない。

 科挙に匹敵するように苛酷な大学入試は、今もって自殺者を生んでいる。今年もすでに何人かの犠牲者が出た。

 極端な学歴社会が作り上げる勉強地獄は、若者たちの心を確実に蝕んでいっているのは紛れもない事実なのである。