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【07-104】世界の主要な雑誌に見る日中比較

寺岡 伸章(中国総合研究センター シニアフェロー、在北京)  2007年7月20日

 パックスアメリカーナの時代がパックスチャイナに置き換わるかどうかは、中国の市場規模、経済力、軍事力、政治力は言うまでもなく、科学技術力にも大きく依存している。中国政府は、「科学技術は第一の生産力」として科学技術を重視するばかりでなく、創新国家建設の中核に位置づけている。さらに、中国要人はほとんど理科系出身であり、研究開発費は毎年のGDPの伸び率10%を大きく上回る20%の成長を記録している。ビッグプロジェクトも目白押しであり、新しい留学生派遣制度も始まった。海外からの優秀な人材の招聘計画も着々と進められている。 

 一見すると、中国の科学技術力は相当な勢いで伸びているように見える。実際に、論文数は世界5位まで伸長し、数年後には米国、日本に次ぐ3位まで躍進しそうな勢いである。本当の科学技術の力はどうであろうか。それを明らかにしたいと思う。冷徹な分析が必要である。張子の虎か本物の虎かを見極めたいと思う。分析方法としては、論文数や引用数などから見る所謂マクロ的な視点と実際の技術力や知見から見るミクロ的な見方がある他、日中のそれぞれの研究者に直接インタビューするやり方がある。多角的な観点で、巨像の虚像と実像に迫ってみたい。 

 今回は、手元にある資料で、日本を代表する研究機関である理研と中国の発表論文数等を比較してみる。まずは、以下の数字を見てほしい。

出展:Thomson ISI等
  予算 研究者数 論文数 引用論文
トップ10%
引用論文
トップ1%
理研 60億元 3千人 2594 592 102
科学院 146億元 3万人 14678 1441 135

 中国科学院は90以上の研究機関を有しているため、理研と比較すると、予算で2.4倍、研究者数で10倍の差がある巨大な研究機関である。総論文数や総引用数で計算すると、世界ランキングの相当上位に位置するはずである。実際に2005年の発表論文数では、理研の5.7倍となっている。しかし、引用件数のトップ10%に占める論文数で比較すると、2.4倍に縮まり、トップ1%の引用数の論文数では1.3倍まで縮小する。科学の世界に大きな影響を及ぼすのは引用件数の多い論文であるため、研究機関の真の実力を測るには、引用数トップ1%の論文数で比較するのが適切である。理研は科学院と比較して、引用数トップ1%の論文では、予算で1.8倍、研究者数で7.7倍も生産効率がよいということになる。但し、科学院は理研と異なり、基礎研究のみでなく、砂漠の緑化、石炭の液化など社会ニーズに直結した応用研究も行っているため、それらの成果は論文に反映されにくいので、一流論文数だけで比較するのはフェアーでないかも知れない。この点は考慮しておく必要がある。 

 一方で、全く異なる分析も可能である。インプットの指標として適切なのは予算である。中国科学院の研究者には全てに予算が十分行き渡っているとは考えられず、またそもそも論文と関係ない応用研究を実施している者も沢山いよう。インプットとして予算を取ると、両機関の差は2.4倍。また、アウトプットについては、論文数はゴミも含まれているので適切でないが、引用数トップ1%にはノーベル賞級の成果も含まれているものの、捏造等のきわどいペーパーもあるとも考えられるので、安定性や安全性を考慮すると、引用数トップ10%の論文数を選ぶ方が合理的かも知れない。その差は2.4倍。アレレ、理研と中国科学院のインプットとアウトプットを比較するとその「研究投資効率」は同じということになる。これが本当かどうかを判断するには、もっと突っ込んだ議論を展開する必要がある。今はデータや情報がないので、これ以上の展開は無理である。

 次に世界の主要な雑誌への掲載論文数を比較してみよう。今度は、理研と中国大陸の全研究機関との比較である。理研の研究者数は3千人だが、中国大陸の研究者数は100万人を超える。理研の論文数は2005年度、中国大陸の数字は2006年である。なお、ここでいう中国大陸には、台湾、香港、マカオを除いている。

  理研 中国大陸
Nature 13 18(9)
Nature Biotechnology 3 5(1)
Nature Cell Biology 1 2(0)
Nature Genetics 5 4(1)
Nature Immunology 2 1(1)
Nature Materials 1 2(0)
Nature Medicine 3 3(1)
Nature Neuroscience 9 0(0)
Nature Structural & Molecular Biology 3 3(0)
 合    計 40 38(13)

 論文数の合計はさほど変わらない。しかし、理研の数字はファーストオーサーの論文数であるが、中国大陸の論文数にはファーストオーサーでないものも含まれている。ファーストオーサーの数字は括弧の中の数字である。つまり、三分の一まで減少する。

 もう一つ気になる数字がある。上記38報の論文の中で国際協力に拠らない純粋な国内研究者の発表論文は6報しかない。国内独自の独創的な研究が展開されているとは言いがたい。32報の国際共同研究論文の内、中国人がファーストオーサーの論文は7報しかない。一流雑誌に国際共同研究が多いのは、中国の研究を担っているのが海外留学帰国組であるからであろう。なお、国際共同研究の相手は大多数が米国である。日本が入っている論文は3報しかない。それも他の国との共同参加であり、日本単独の国際協力のものはない。

 同様に、Scienceで見てみよう。理研は2005年度、中国大陸は2006年の論文数である。

  理研 中国大陸
Science 6 23(10)

 Scienceでは、中国大陸に軍配が上がる。但し、ファーストオーサーの論文10報の論文のうち、半分は中国の地質、恐竜の遺跡等の古代生物、砂漠地帯等を研究の対象としたものである。つまり、地の利を活かした研究が多い。23報の論文の内、国際協力に拠らないものは、2報しかない。

 生命科学系雑誌のCellで比較してみよう。理研と中国大陸はともに2005年の数字である。


  理研 中国大陸
Cell 4 7(5)
Current Biology 3 5(0)
Immunity 4 2(0)
Molecular Cell 5 3(0)
Neuron 9 2(2)
Plant Cell 10 17(8)
 合    計 35 36(15)

 Cell系の雑誌では、理研の予算の半分、そして発表論文数の三分の二を生命科学が占めていることからも、理研の生命科学の強さが発揮されている。次に物理の代表的な雑誌PRLと化学雑誌のJACSで見てみよう。掲載論文数は2005年のものである。


  理研 中国大陸
PRL 45 110(71)
JACS 16 130(109)

 ファーストオーサーの論文数の比較では、物理も化学も中国大陸が圧倒的に多い。むしろ、理研の化学が弱すぎるような印象を受ける。

 最後に、米国科学アカデミー紀要PNASで比較してみよう。数字はいずれも2005年のものである。


  理研 中国大陸
PNAS 24 44(22)

 ファーストオーサーの論文数の比較では、両者はほとんど差がない。さらに、Nature、Science、PNASにおける中国大陸の論文数の年次変化を見てみると、以下のようになる。いずれもファーストオーサーでない論文も含まれている。


西暦 96 97 98 99 0 1 2 3 4 5 6
Nature 4 4 6 14 9 18 17 15 32 20 18
Science 10 6 8 10 15 17 15 17 20 25 23
PNAS 5 12 8 18 16 16 9 25 39 44 66

 いずれの雑誌の論文掲載数も増加の傾向にあるが、PNASの近年の伸びは注目に値する。02年から06年までの4年間で論文数が7倍以上に急増している。

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 総括をしよう。

 トップクラスの雑誌掲載の論文数で見る限りは、分野別のばらつきはあるものの、大まかに見て中国大陸の研究機関の科学技術力は理研という研究機関の1個分から2個分の実力しかないとも言えようか。分野別では、理研と相対して見て、中国大陸は生命科学で弱く、物理及び化学での活躍が目に付く。中国は化学関係の有力研究所には、科学院化学研究所、上海有機研究所、大連化学物理研究所、長春応用化学研究所、蘭州物理化学研究所等と多いのが原因かも知れない。一方では逆の議論も正しいのかもしれない。つまり、理研は化学が弱すぎるし、物理も相対的に弱く、生命科学が強いといえよう。これは、研究費及び研究者の配分の問題に帰結する。

 いずれにしても、私にとって以上の分析結果は衝撃的である。購買力平価換算では、中国の研究費は日本全体を上回ったと伝えられる中で、論文数は増加しているものの、基礎研究の実力はトップレベルの論文数では予想を裏切る弱さである。かといって、中国の力を過小評価するのは予断かも知れない。ナポレオンの言う「眠れる獅子」は明日にも起き上がって、猛威を奮い弱者を食べてしまうかも知れないからだ。さらに、数字を追うだけでなく、研究システムにまで踏み込んで分析することが重要であり、その本質を知ることによって眠れる獅子がいつ自ら立ち上がるかを想定することもできよう。 

 最後に誤解のないように付け加えるが、このような分析は中国を非難するためでも、貶めるためにやっているものでもない。中国の研究開発の状況をできる限り客観的に理解するために行っているものである。最も重要なことは、このような分析作業を通じて、日中両国の基礎研究分野での協力と連帯の構図や手法が明確になればと考えている。最終的な目標は、日中両国の政府と研究者が協力して、東アジア地域に第三極ともいうべき研究開発センターを形成し、欧米人にできない新しい科学を創造していくことである。その成果は、危機に瀕している近代文明の解決に貢献すればと切に願う次第である。太陽は沈もうとしている。だが、まだ道は遠い。 

 なお、中国大陸の論文数は、中国科学技術部発行の雑誌「中国基礎科学」から引用した。

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