【08-108】中国の特許戦略
寺岡 伸章(中国総合研究センター フェロー) 2008年6月20日
中国の国内外企業による特許出願や取得の状況はどうなっているのであろうか。中国企業は海外と比較してどのレベルで、どの分野が強いのであろうか。また、 中国における知的財産権の取得や特許実施許諾に関して、特殊な要因や留意すべきことは何であろうか。これらの基本的な質問に対して概略を述べてみたい。
まず、東京大学工学系研究科技術経営戦略専攻の元橋一之教授による中国における公開された出願特許・登録特許のデータの分析を紹介したい。
急増する特許出願
中国国内における特許出願数は、1990年代後半以降、急増している。1998年の約4万件から、5年後の2003年には10万件の2.5倍になってい る。特 許出願数のうち、中 国国内出願者の比率は、1992年頃に60%を超えてひとつのピークを迎え、1997年頃30%弱で底を打った後、現在は50% 強に回復し、最近は増加傾向にある。1 990年代半ば以降減ったのは、1 994年の特許制度改正により、外国からの出願がやりやすくなり、外国からの特許 出願が増えたためである。
登録特許の数で見ると、中国国内出願者の特許は若干減る傾向にあり、2005年は40%強である。原因は外国特許の登録が増えているためと考えられる。
出願特許の技術別分類では、中国国内出願者の割合は、化学、医薬品で高く、ICT、エレクトロニクスで低い。
共同出願数で見る中国での産学官協力の状況をみると、中国−中国または非中国−非中国の共同出願は多いが、中国−非中国つまり中国と海外間の産学及び産官の共同出願は少ない。
医薬品の中国国内出願者の割合が多いが、出願者を「個人」「企業」「大学」「公立研究所」で分類すると「個人」が多く、その「個人」の特許では "Unknown compound" ( 成分ではなく製法の特許)が大部分である。従って、医薬品の特許出願が多いのは、個人による漢方薬系の特許出願が多いため、と考えられることから、特許 出願数が多いことをもって「 医薬品分野では中国の技術力は高い」と即時に判断するのは不適切と思われる。
分野別では、バイオ関係(遺伝子組換え、バイオ医薬等)の特許登録状況を見てみると、2005年でも半分以上は外国の出願者だが、中国国内出願者の割合は増加傾向にある。
中国企業は移動体通信が強い
ICT、エレクトロニクスの特許出願の中国国内比率は低いが、分類を絞って「移動体通信」で見てみると、2000年代に入り、中国国内比率が急増している が、2 005年現在でも50%以 上は外国からの出願である。特許出願数を出願会社別に多い方から並べると、エリクソン、サムソン、華為、ノキア、NEC、 松下、LG、モトローラ、シーメンス、中興通訊(ZTE)、N TTドコモ、フ ィリップス、クアルコム、アルカテル。外国勢が強いのは確かだが、一部中国系 企業が上位に食い込んでいる。
なお、外国系企業は出願者の住所はほとんどが外国で、中国系企業は出願者の住所が全て中国であるが、LGについては4分の3が、サムソン、シーメンス、 アルカテルについては一部の特許出願者の住所が国内になっている。会社によって、中国国内でどの程度研究開発を行っているのかが推測できる。
ICT、エレクトロニクス分野での特許出願の中国国内割合は低い、とは言っても「移動体通信」という分野に絞れば、中国にも一定の技術力はある、と見る べきだ。この特許状況は、現 在5億台以上ある中国の携帯電話市場を巡り、外国及び中国の企業がしのぎを削っている結果である。中国は第三世代携帯電話や無 線LANの分野で、独自の規格を開発するなど技術レベルは向上しつつある。
全体として、特許データで見た中国の技術競争力は、徐々にではあるが上がってきているが、企業の技術力はまだ弱いと評価される。
第一出願国は中国
中国特許法によると、中国で発明されたものについては、第一出願国は中国にする必要がある。
中国特許法第20条は以下のとおりだ。
「中国の単位又は個人が国内で完成した発明創造を外国で特許出願する場合は、先ず国務院特許行政部門に特許出願し、その指定した特許代理機関に委託して処理し、か つ本法第4条の規定を遵守しなければならない。(以下略)」
第20条の後半部分については、同法第4条は「特許を出願する発明創造が国の安全又は重大な利益に関係し、秘密保持の必要がある場合は、国の関係 規定に基づき処理する」と記載されているとおり、出 願者は特段の配慮が必要だ。国の安全や重大な利益に関係する場合は、出願者の意向が無視される場合もあり得る。
この規定が国際共同研究に適用されるかどうかは明示されていないが、海外の共同研究企業相手である中国人の立場からみると、一部でも彼らの貢献が認めら れる場合には、中 国国内出願が優先されると考えるのは自然と思われる。やはり、国際共同研究の場合でも、第一出願国は中国になりそうである。
なお、この第20条の規定については、米国特許法でも同様のことが規定されているので、中国政府がそれを参考にしたという見方もできる。米 国と同じことをやって海外から強く抗議されることはないだろうからだ。
また、中国はパリ条約に加盟しているため、中国特許法に従い中国に第一出願しても、1年以内に日本や米国などの特許庁へ出願すれば、中国国内出願と同時 期の優先権を主張することができる。ただ、中 国特許法には、米や伊のような事前に申請し、承認されれば海外の特定国を第一出願国にできるような条項はな い。
一方、第10条は
「特許出願権及び特許権は譲渡することができる。中国の単位又は個人が 外国人に特許出願権又は特許権を譲渡する場合、必 ず国務院の関係主管部門の認可を経なければならない。特 許出願権又は特許権を譲渡する場合、当事者は書面 での契約書を締結し、かつ国務院特許行政部門に登記しなければならず、国務院特許行政部門が公告を出す。特 許出願権又は特許権の譲渡は登記日から有効とな る」
と記載されており、特許権に関しては海外流出の規制がかかっている。
しかし、“特許権以前”の知的財産については、譲渡の自由があるため、外資企業の中には、権利化する前に海外の本社に譲渡し、追加試験後、データを追加 した上で、本 国で特許化しているところがあるかもしれない。条文にも、「完成した発明創造」と記載されているので、これを逆手に取ることは理論的に可能 だ。中国政府はこのような状態を問題視しており、権 利化以前の知的財産についてもカバーしようという検討がなされているとも噂されている。そのようなこと を法律で明記することが果たして可能かどうかは議論があるところだ。いたちごっこになる可能性はある。
ただし、外資企業にとって、中国の共同研究企業が出願前に権利を譲渡してくれれば、海外での第一出願が可能だ。海外での特許の出願や権利の維持には相応のコストがかかるため、中 国の共同研究相手が権利を放棄するようなケースはあると思われる。
知的財産権は中国国内での実施が奨励される
昨年策定された科学技術進歩法では、「知的財産権の中国での実施を奨励する」と規定されている。
「科学技術進歩法」の第21条は以下のとおりだ。
「国は、財政資金を利用して設立する科学技術基金プロジェクトまたは科学技術計画プロジェクトによって形成される知的財産権は、まず国内で使用されるよう 奨励する。前 項に規定する知的財産権を国外の組織または個人に譲渡する、または国外の組織または個人に独占的に行使することを許諾する場合は、プロジェク ト管理機関の審査承認を受けなければならない。法 令により審査承認機関に対し、別途定めている場合は、その規定に準拠する」
第21条文中の“奨励”がキーワードだ。“義務”とは書いていない。中国政府はこの解釈を表明していないので、想像力を逞しくして解釈するしかな い。例えば、原 則として中国国内での使用を奨励するものの、中国の市場は高度化が遅れているため、中国国内での知的財産権の実施のニーズが低いので、国内 での実施を無理にさせることはなく、当 面海外の市場で実施しロイヤリティーを稼いだ方がいいと、当局が考えているとの解釈もあり得る。
また、中国当局が、海外での実施に対して消極的な態度を示したり、または圧力をかけてくれば、実質的に中国国内での実施しかできないことになり、“義務”と同様な意味になってしまう。中 国当局の動向を見守る必要がある。
また、仮に共同研究企業が海外企業に特許権を譲渡した場合でも、第21条で、「国内で使用するよう奨励する」と記述されているように、海外企業がその役 割を担わされる可能性も考えられないわけではない。つ まり、海外共同研究企業は海外ではなく、やはり中国国内で実施許諾するよう、中国政府から“奨励”さ れるとも読むことができる。ただ、本 法は新しく制定されたものであるため、こ のような解釈が成り立つかどうかは中国政府次第だ。事例が積み重なり、解釈が 固まってくるのではないだろうか。中国式やり方だ。
そもそも、科学技術進歩法の制定趣旨は中国国際企業の育成又は技術情報の国外流出のどちらに力点があるのかどうか不明で、両方が目的だと考えるのが自然であろう。
共同発明の企業への実施許諾については、日本特許法では共有相手方の同意が必要だが、中国特許法では相手の同意が必要であると明示されている条項は見当たらない。
ただし、第48条に
「実施条件を有する単位が、合理的な条件で発明又は実用新案の特許権者に、その特許の実施許諾を請求 し、合理的な期間内にこれらの許諾が受けられなかった時には、国 務院特許行政部門が当該単位の申請に基づき、当該発明特許又は実用新案の実施に強制許諾を 与えることができる」
と記載されているため、海外企業の意向を無視して、当局が中国企業に実施許諾させることはできる。実は、日本の特許法でも、3年が経過すると、特許庁長官は第三者からの請求により、特 許の実施許諾を出せるので、中国特許法が特別というわけではない。
日本特許庁に知的財産権を申請した場合、半年が経過すると、審査前にインターネットで公開されることになっている。重複した無駄な申請を防ぐためであ る。しかし、中 国本土からこのデータベースにアクセスする件数が非常に多い。申請書をそのまま、あるいは一部改変して中国特許庁に申請する者がいるのでは ないかと憶測されている。
※このリポートの作成に当たっては、一部、渡辺JST北京事務所長の協力をいただいた。