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【09-001】中国の外国にいる優秀な人材の呼び戻し促進策

2009年1月14日〈JST北京事務所快報〉 File No.09-001

 2009年1月8日付けの「人民日報」は、中国共産党中央弁公庁が最近「中央人材政策検討グループによる海外ハイレベル人材の導入計画の実施に関する意見」を出したことを1面右上の「人民日報」のタイトル脇のスペースで伝えている。また、この日の「人民日報」の8面では、この「意見」に対する解説記事も載せている。本件は、中国共産党内部の検討グループにより「意見」であり、これからこの「意見」を基にして議論が行われ実際の政策が決まっていくことになるので、この「意見」で述べられている海外人材導入方策が政策として決まったわけではないが、中国の政策は中国共産党が決めているのであるから、この「意見」は今後実施される政策を考える上で重要な意味を持つ。また、解説の中などに具体的数字なども含めて現状とそれに対する対応策についての考え方が示されているので紹介する。

 背景には、中国では、改革開放が始まった1978年から2007年までの累計で121.17万人が留学等のために出国しているのに対し、同じ期間に帰国した人は31.97万人しかいない実情がある(単純に割り算すれば、出国した人のうち26.4%しか帰国していない勘定になる)。最近の中国の経済発展に伴い、帰国する海外留学組の数も確実に増えているが、出国者と帰国者の数の差はなかなか縮まらない。また、具体的な統計はないが、帰国している海外留学組は、発展する中国経済の中で起業しようというビジネス指向の人が多く、帰国して中国で研究を行おうちう研究指向の優秀な人材は少ないのではないか、とも言われている。これは、研究人材の分野における「頭脳流出」の問題であり、中国政府はかつてから大きな問題意識を持って対策を講じてきている。今回出された「海外ハイレベル人材の導入計画の実施に関する意見」もその延長線上にあるものと思われる。

(参考1)「人民日報」2009年1月9月付け記事
「全力で海外のハイレベル人材を導入しなければならない~視野を広く持ち、考え方を広くし、胸襟を開いて導入政策を進める~」

 この「意見」で述べている諸点は以下のとおりである。

○国家重点創新プロジェクト、重点分野の学科と重点研究室、中央の企業や国有商業金融機関に対して、海外にいるハイレベルな人材の帰国(既に外国籍を取った人については中国への入国)を促進し、新しく創業することを支援すべきである。

(注1)この書きぶりでわかるとおり、この意見で対象としているのは、自然科学における研究人材に限らず、企業の管理部門、金融部門等に必要な人材も含めた幅広い分野における海外にいる優秀な人材である。

(注2)「海外にいるハイレベルな人材の帰国」は、中国語では「海外高層次人材回国(来華)」となっている。明示的には書かれていないが「回国(来華)」と書かれているところを見ると、念頭においているのは外国にいる中国籍人材の帰国と外国籍を取得している中国系人材の中国への呼び戻しを念頭に置いており、中国系ではない純粋の外国系ハイレベル人材を中国に呼び込もうとしているわけではないものと思われる。従って、以下の文章では「海外にいるハイレベル人材の呼び戻し」と表現することにする。

○中国はこれまでも「長江学者奨励計画」「百人計画」「国家傑出青年科学基金」などにより、海外から帰国した研究者を優遇する政策や資金的に援助する政策をとってきたが、これからは各省・自治区・直轄市において人材の需給を調整し、海外のハイレベル人材を呼び戻すための実施方策を検討しなければならない。

○さらに一歩思想を開放し、大胆に不合理な昔からの「しきたり」を打ち破り、統制のとれた人材配置政策を実施し、海外にいるハイレベル人材を十分理解し、十分信用し、熱情を持って心配し、躊躇(ちゅうちょ)することなく海外ハイレベル人材を活用し、海外ハイレベル人材が持っている環境と雰囲気を尊重し、関心を持ち、それを支持し、人を招き、その人を留めて、創新型国家建設に知恵を出して貢献してもらわなければならない。

○海外ハイレベル人材の呼び戻し政策を統合的に行うため、海外ハイレベル人材呼び戻し政策を担当する部署を設立する。また、各地区の各部門にも海外ハイレベル人材呼び戻し政策を責任を持って担当する部署を設置する。  

また、この日の「人民日報」の8面には、上記の「意見」を解説した、中国共産党中央組織部の責任者に対するインタビュー記事が掲載されている。

(参考4)「人民日報」2009年1月9日付けインタビュー記事 「中央組織部責任者に対するインタビュー~『中央人材政策検討グループによる海外ハイレベル人材の導入計画の実施に関する意見』について」 

このインタビュー記事で中国共産党組織部の責任者が答えているポイントは以下のとおりである。

○中華人民共和国建国当初は、海外に留学していた数多くの傑出した科学者が帰国して、新中国の工業、科学研究、教育及び国防の建設に卓越した能力を発揮してくれた。現在でも国家重点プロジェクトに指定されている学科のトップの72%は「海外留学帰国組」であり、中国科学院院士の81%、中国工程院院士の54%が「海外留学帰国組」である。全国にある60か所以上の留学者創業区では、海外留学帰国者が5,000社以上の企業を立ち上げており、年間売り上げは100億元(約1,400億円)を超えている。2006年、国家自然科学賞を獲得したプロジェクトのトップの67%、国家技術発明賞を獲ったプロジェクトのトップの40%、国家科学技術進歩賞を獲ったプロジェクトのトップの30%は海外留学帰国者である。

○統計によれば、主要な先進国において留学後も海外に留まって仕事をしている中国人20万人余のうち、45歳以下で助教授(中国語で「助理教授」)あるいはそれに相当する以上の職務に就いている人は6.7万人であり、国際的に有名な企業、ハイレベルの大学や科学研究機関で准教授(中国語で「副教授」)あるいはそれに相当する以上の職務についているハイレベルの留学人材は約1.5万人である。これらの留学者は、長期的に海外で仕事をし、生活しているが、その中の多くは祖国を気に掛け、帰国して国のために働きたいと願っている。

○今中国は各方面で発展を遂げ、各分野において優秀な人材が活躍できる舞台は広がっおり、海外にいるハイレベル人材を呼び戻す時期は既に到来したと考えられる。そのため、中国共産党中央は、政策と体制を整えて、全力で海外のハイレベル人材を呼び戻して創新と創業をして欲しいと思っているのである。

○ここ数年来、例えば、清華大学北京大学などでは、ノーベル賞学者の楊振寧(ヤン・チェンニン:中国生まれ、米国籍)など世界的に著名な教授を呼び戻している。

○また各地方でも、海外ハイレベル人材を呼び戻すための資金援助計画などを実施している。教育部が実施している「長江学者奨励計画」では、10年来、115か所の大学において1,308人の長江学者を任命した。そのうち特別客員教授は905人であり、講座教授は403人である。このうち特別客員教授の90%以上は海外で留学あるいは仕事をしたことのある人であり、講座教授は全て海外から招へいしたものである。1994年以来中国科学院が実施している「百人計画」の対象となったのは1,569人であるが、そのうち20人は中国科学院院士になり、93人は局長クラス以上のポストに就き、40人余りは973計画の首席科学者となり、250人余りは国家の863計画を担当している。

○ここ数年来、海外人材の帰国人数は増加しており、中国の科学技術創新とハイテク産業の発展の中で重要な役割を果たしている。しかし、創新型国家建設のために必要なハイレベル人材の需要と比べて、海外からの呼び戻し人材の数と質はまだ不十分である。特に、国際的に一流の戦略的科学者や科学技術分野でリーダーとなるべき人材の呼び戻しが必要である。そのためには、我々は、思想を解放し、チャンスを捉え、有効な政策を打ち出して、海外のハイレベル人材を呼び戻す力を強くしなければならない。

○具体的には海外ハイレベル人材呼び戻し計画(略称「千人計画」)により、2008年から始めて5年から10年で、国家の重点的創新プロジェクト、重点学科や重点研究室、中央企業や国有金融機構、ハイテク産業開発区を主とする各種の開発区等において、カギとなる技術やハイテク産業の発展、先端分野における戦略的科学者やリーダーとなる人材を呼び戻し創新と創業をしてもらいたいと思っている。

○国家としては、非公営企業や民間団体が海外ハイレベル人材を呼び戻すことも奨励する。

○この「意見」で述べている具体策は以下のとおりである。

  • 大学、科学研究機関、企業、商業金融機関などが主体となり、海外のハイレベル人材が十分に能力を発揮できるポストを用意すること。条件に合致するハイレベル人材を呼び戻す大学、科学研究機関、企業、商業金融機関では、政府に申請して科学技術資金や産業発展補助資金を得ることができるようにする。
  • 科学研究機構の体制を改革し、国情にあった科学研究管理体制を確立し、科学研究に必要な人材の呼び戻しに関する自主権、人事管理権、経費管理権を与える。人材を呼び戻した分野においては評価制度を弾力的に実施し、多重評価、重複評価を避けるようにする。呼び戻し人材については給与を話し合いで決めることができ、条件が整えば、ストック・オプション、株、企業年金などの中長期的な奨励策も認めることとする。
  • 海外のハイレベル人材を呼び戻すための居留と出入境管理、戸籍登録、医療、保険、住居、子女の教育などの問題についてのサービス窓口を設置し、生活面での不安をなくす。「千人計画」によって呼び戻すハイレベル人材については、国の関連部門が専門の政策を実施し、就業条件と生活待遇に対して相応する条件を提示する。
  • 幅広い海外留学者に対する情報を提供し、国内の雇用機関との連携を計るため、人力資源社会保障部、国家外国専門家局、全国青年連合会、中国科学技術協会、欧米同学会が専門の窓口を設立し、連絡業務を開始する。海外留学者はネット上で登録することもできるようにする。

 海外の優秀なハイレベルの人材に帰って来てもらいたい、という中国政府の気持ちはよくわかるが、上記の政策で実際にハイレベル人材の呼び戻しが促進されるかどうかはわからない。上記のものは党レベルの「意見」であり、表現がかなり抽象的なところもあり、具体的にどういう措置がなされるのか必ずしも明確でないからである。2007年末に成立した改正科学技術進歩法の審議の過程では「帰国して研究業務に従事する海外留学者については、戸籍の制限を取り消す」という条項が議論されていると伝えられていたが、結局成立した改正科学技術進歩法では、この規定は込まれなかった。なぜ海外へ出た中国のハイレベル人材の多くが中国に帰国しないのか、の理由はある程度わかってはいると思われるが、中国の「国情」にそれを許さない部分があるのかもしれない。

 実は上記の記事が載った「人民日報」2009年1月8日付けの紙面では、別の場所で、深刻化する大学卒業生の就職問題に関する特集記事が載っていた。今回御紹介した海外にいるハイレベル人材の呼び戻し促進策と大学卒業生の就職問題はレベルの異なる問題であるが、人材の需要と供給のミスマッチという点では共通する問題である。

 中国では大学や中国科学院などの公的科学研究機関には、世界的研究レベルを持つところも多いが、中国の企業で世界のトップクラスの研究所を持つところはほとんどないのが現状である。中国の多くの企業は、最新の技術は他社から購入してもよいから、マーケットに受け入れられる新製品をスピーディに送り出すことが重要だと考えており、むしろそういったビジネスに対する考え方が中国の急速な経済発展の原動力になっている面がある。おそらくは企業における研究開発活動の活発化と高度化を図らないと、特に研究開発の分野では高度の専門性を持った人材が働くポストの数が増えず、最終的には海外からのハイレベル人材の呼び戻しは進まないと思われる。また、中国国内での企業の研究開発活動が活発化しないと、自然科学系の大学生の就職先もなかなか増えないのではないかと思われる。

 大学生の就業問題は、世界的金融危機に基づくおそらくは短期的な課題である。海外ハイレベル人材の呼び戻し問題は、中国が抱える構造的な問題に関連するおそらくは長期的な課題である。これらの問題を両方とも解決できる方策を考えることは容易ではないと思われるが、中国におけるこれらの問題点を踏まえ、日本としては、どのような形で中国と協力し、中国の持つ数多くの優秀な人材を中国と日本と世界のために活用しくためには日本としてできることは何かについて考える必要があると思われる。


(JST北京事務所長 渡辺格 記)
※この文章の感想・意見に係る部分は、渡辺個人のものである。