【21-022】《注目分野》中国工程院による2020グローバル工学フロントについて
JST北京事務所 2021年03月17日
グローバル工学フロント
中国には、中国科学院のほか、工学を対象とする中国工程院がある。中国工程院は、2017年から毎年クラリベイト社と9分野の院士、専門家とともに《グローバル工学フロント》の研究を行っている。その目的は、学術的な最前線の研究方向を示し、産業技術のイノベーションを応援し、重点的に取り組むべきリサーチフロント等の傾向を分析して、政府の政策立案を支援することである。
工程院は、工学分野を9つの分野に分け4つの総合チームを設置し、院士と専門家が分析に従事し、論文や学術会議文献に注目した工学リサーチフロントと工学開発フロントを選定している。
下記(表1)は今年の主要な専門家のリストである。
出典:中国工程院全球工程前沿項目組著《全球工程前沿2020》(北京 : 高等教育出版社, 2020.12) | ||||
分野別 | 専門家 | |||
機械・運輸工学(英語版では、機械・自動車工学 | 端正澄、郭東明 | |||
情報・電子工学 | 盧錫城、潘雲鶴 | |||
化学・冶金・材料工学 | 王静康、劉炯天 | |||
エネルギー・鉱業工学 | 翁史烈、倪維斗、彭蘇萍、顧大釗 | |||
土木・水利・建築工学 | 崔俊芝、張建雲、陳以一 | |||
環境・繊維工学 | 郝吉明、曲久輝 | |||
農業 | 張福鎖、康紹忠 | |||
医薬衛生 | 陳賽娟、張伯礼 | |||
管理工学 | 何継善、胡文瑞、丁烈雲、向巧 | |||
全体組 ハルビン医科大学 |
総合1組 中国工程院戦略リファレンスセンター |
総合2組 華東理工大学 |
総合3組 《中国工程科学》雑誌 |
総合組は調査計画をトップダウン設計し、管理と総合調整を行い、各分野別のチームは工学フロントの分析・選考を行う。
工学リサーチフロントと工学開発フロントの選定方法は、データの整理、データ分析、専門家による検討の3段階で行っており、それぞれ下記のとおりである。
工学リサーチフロント
クラリベイト社は、Web of Scienceの各分野と中国工程院の9分野をマッチさせ、各分野に対応できるジャーナルと主要学術会議のリストを作成する。そのジャーナルと学術会議のリストに対して中国工程院の専門家は修正と補充を行い、9分野のジャーナルの論文と学術会議の会議文献のデータベース(1)を確定する。11,730のジャーナルと41,734の学術会議がリストアップされた。その他Nature等70誌の総合学科ジャーナルに掲載された工学系の論文を9分野に分類したデータベース(2)を作成する。こうして、データベース(1)とデータベース(2)が確定されると、クラリベイト社はジャーナルと会議の差異や出版年を考慮し、ジャーナル掲載論文と学術会議文献について別に作業し、被引用数がトップ10%の論文に絞って工学リサーチフロントの基礎データにする。今回対象にした論文の発表年度は2014年~2019年までで、被引用の期間は2020年2月までである。こうして選定した高被引用度論文は約143万報であり、内訳は下記(表2)のとおりである。
分野 | ジャーナル数 | 会議数 | 影響力の高い 論文数 |
|
1 | 機械・運輸工学 | 512 | 2,641 | 70,748 |
2 | 情報・電子工学 | 958 | 17,418 | 199,347 |
3 | 化学・冶金・材料工学 | 1,144 | 3,939 | 253,221 |
4 | エネルギー・鉱業工学 | 594 | 2,181 | 105,674 |
5 | 土木・水利・建築工学 | 560 | 1,075 | 56,402 |
6 | 環境・繊維工学 | 1,326 | 1,174 | 186,022 |
7 | 農業 | 1,167 | 951 | 70,293 |
8 | 医薬衛生 | 4,675 | 11,163 | 445,940 |
9 | 管理工学 | 794 | 1,192 | 45,716 |
上記で確定した高被引用度の論文と会議文献を、出版年が2018年~2019年のものと2018年以前に出版されたものに分けて、一緒に引用されている高被引用度論文のテーマとキーワードの組み合わせからリサーチフロントの候補を選考する。選定の際の根拠は、①コア論文の数量、②総被引用回数、③発表してから毎月累計引用される回数の増加速度がトップ10%、④平均出版年である。各分野のテーマが重なった場合には、重ならないテーマのものを補充する。そして、一緒に引用されている高被引用論文から選ばれる候補テーマのない分野に関してはキーワードによって検索と掘り起こしを行い、下記(表3)のとおり800件以上の工学リサーチフロントの候補を選んだ。
分野 | 共同テーマ数 | コア論文数 | リサーチフロント 候補数 |
|
1 | 機械・運輸工学 | 7,596 | 31,816 | 144 |
2 | 情報・電子工学 | 19,294 | 85,292 | 64 |
3 | 化学・冶金・材料工学 | 26,703 | 111,032 | 65 |
4 | エネルギー・鉱業工学 | 11,621 | 49,722 | 95 |
5 | 土木・水利・建築工学 | 6,133 | 27,449 | 135 |
6 | 環境・繊維工学 | 20,849 | 86,909 | 85 |
7 | 農業 | 7,784 | 32,821 | 72 |
8 | 医薬衛生 | 47,145 | 202,238 | 65 |
9 | 管理工学 | 4,675 | 19,012 | 75 |
このようにして選考した800件以上の工学リサーチフロント候補に対して、各分野の専門家が各分野のデータや新聞、各国の戦略等を考慮しながら総合的に分析し、専門家が重要だと思うリサーチフロント候補を選び出して、各分野から50件以上のリサーチフロントを提案する。
最後に、専門家は、データと専門家が提案したリサーチフロント候補に関して分析、修正、まとめ、アンケート調査と討論を経て、各分野から10件程度のリサーチフロントを選別する。これで2020年は9分野から93件の工学リサーチフロントを選定した。
さらに各分野の専門家は、発展性、将来性、注目度によって各分野から3件のキーリサーチフロントを絞り、その分野のトップ専門家に依頼し、国家・機関の設置状況、連携ネットワーク、発展の傾向、研究開発の重点等の角度から解説を報告書に加えた。2020年はキーリサーチフロントを28件選んだ。
下記の図1では、緑の部分はデータ分析を、紫色の部分は専門家の研究判断をメインとし、赤色枠の部分は専門家とデータ間の横断的相互作用を表している。
図1 グローバル工学フロント研究実施の流れ
工学開発フロント
工学開発フロントは、特許等開発段階にあるものの中での最前線と思われるエリアを集めたものである。工学開発フロントもクラリベイト社と専門家が提案・推薦する方法で基礎データを集めた。クラリベイト社は、Derwent Innovation特許検索データベースを利用して、9分野の53領域で被引用回数が多いトップ10,000の高影響力パテントファミリーについて分類して53件の特許マップを得た。各分野の専門家は、特許マップを参考に工学フロントを選び出す。もう一つのルートは、専門家が直接工学開発フロントの候補を推薦する方法である。
クラリベイト社は、Derwent Innovation特許データベースに基づき、DWPIマニュアルコード、《国際特許分類表(IPC分類)》、《アメリカ特許局分類システム(UC)》等の特許分類番号と特定技術キーワードで9分野を構成する53領域の特許検索範囲と検索策略を構成し、専門家はその検索式について工夫を凝らして検索式を決める。そしてDerwent InnovationデータベースとDerwent Patents Citation indexデータベースから2014年~2019年に検索、2020年2月まで引用された特許の中から《年間平均引用回数》と《技術がカバーする広さ》を指標として各学科のトップ1,000の約60万件の特許を選ぶ。その後、この約60万件の特許について、DWPIタイトルと概要によってテーマの分類をして53の領域技術開発の分布状況が容易に直観的に分かるように整理した。これにより、制作者がLandscapeならぬThemeScapeと呼ぶ特許マップが完成した。
9分野の専門家は各分野のデータや新聞、各国の戦略等を考えながら総合的に分析し、専門家が重要だと思う開発フロントを選び出し、各分野から50件以上の開発フロントを推薦した。
最後に、専門家は発掘したデータと専門家が提案した開発フロントに関して分析、修正、まとめ、アンケート調査と討論を経て、各分野から10件の開発フロントを選定した。こうして2020年は9分野で91件の工学開発フロントを選定した。
各分野の専門家は発展性、将来性、注目度によって各分野から3つ程度のキー開発フロントを絞って、その分野のトップ専門家とともに国家や組織機構の重点事項や提携ネットの分析、発展の傾向、研究の重点等の角度から報告書に解説するようにした。結果、2020年はキー開発フロントを28件選んだ。
図2 リサーチフロント・開発フロントの選定の流れ
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