【21-012】《注目分野》リサーチフロント2020について
JST北京事務所 2021年03月03日
科学技術の振興を図るにあたって、現在、そしてこれからの注目分野を見極めていくことは極めて重要である。世界各国や科学技術に関連した統計・分析を取り扱っている企業・シンクタンク等によって、さまざまな取組みがなされている。今回は、中国発の注目分野の分析として、中国科学院(CAS)傘下の科学技術戦略諮問研究院および中国科学院文献情報センターと米国に本社を置くクラリベイト・アナリティクス社が毎年共同で発表しているリサーチフロントを紹介する。これは、最も研究開発が盛ん(ホット)な新興(エマージング)の研究領域(リサーチフロント)を特定するためのレポートである。
最新のものは、2020年11月に北京で発表が行われた[1]。
1.リサーチフロントについて
リサーチフロントは、高被引用コア論文(ESI〈Essential Science Indicators〉データベースで同年に発表された論文のうち、引用された回数が各分野でトップ1%の論文)とそのコア論文を引用した論文から導き出される。一緒に引用されることの多いコア論文群とこれらのコア論文を一緒に引用した論文群から、コア論文で提示されたテーマ、理論や技術が浮かび上がり、それを核としたリサーチフロントが形成されていることがわかる。リサーチフロント選定の流れは下図のとおりである。
リサーチフロント選定の流れ
リサーチフロントは11分野に分けて選定される(2019年は10分野で「数学・計算機科学とエンジニアリング」が一分野だったが、2020年は、「数学」と「情報科学」をそれぞれ独立した単独の分野にした。エンジニアリングの分類は設けられず、別途、中国工程院が「工学のリサーチフロント」を発表している)。
この11分野のリサーチフロント(11,626領域)からホットリサーチフロント(110領域)とエマージングリサーチフロント(38領域)を選定し、さらにその中からキーリサーチフロント(31領域)を選定して分析している。ホットリサーチフロントの選定とエマージングリサーチフロントの選定に必要なデータ提供業務はクラリベイト社が担当し、エマージングリサーチフロントの選定、ホットリサーチフロントとエマージングリサーチフロントの分析とそれらからキーリサーチフロントを選定する業務はCASの戦略研究院が行う。
2020年のリサーチフロントはクラリベイトESIデータベースの2014年~2019年までに発表された論文を対象に、2020年3月にダウンロードされた引用に関するデータから11,626のリサーチフロントを選定した。
リサーチフロントからホットリサーチフロント・エマージングリサーチフロントの選定
ホットリサーチフロント
ホットリサーチフロントはESIの21分野を11分野に再分類した上で選定している。その詳しい選定の方法は下記のとおりである。
①ESI各分野のリサーチフロントを総被引用回数によって21分野別にランキング
②総被引用回数のランキングでトップ10%のリサーチフロントを抽出
③抽出したトップ10%のリサーチフロントを11分野に分類
④11分野でコア論文の出版年の平均値によって再びランキング
⑤11分野の平均出版年のランキングから新しい順で分野ごとに10のホットリサーチフロントを選定
各分野の特徴や引用の傾向は異なるため、ホットリサーチフロントは引用回数の観点から11分野のそれぞれで近年最も影響力のあるリサーチフロントであるが、全分野を通じての最も大きくホットなリサーチフロントを意味するものではない。
エマージングリサーチフロント
エマージングリサーチフロントは、コア論文の平均出版年が2018年6月以降のリサーチフロントから選ぶ。その詳しい選定方法は下記のとおりである。
コア論文の平均出版年が2018年6月以降のリサーチフロントを総被引用回数によってESI21分野でランキングする⇒ランキングのトップ10%のリサーチフロントについて科学技術戦略諮詢研究院の研究者が調査と評価を行う
エマージングリサーチフロントは分野別の数や上限を決めずに選考しており、11分野の間で異なる数が選考されている。
2020年リサーチフロント状況
(※1)2019年は10分野で100のホットリサーチフロントと37のエマージングリサーチフロントを選定。
(※2)前述のとおり、2019年では「数学・計算機科学・工学」が1分野であり、全10分野。2020年では「数学」と「情報科学」が独立した分野となり、エンジニアリングがなくなり、全11分野(工学は、中国工程院が別にリサーチフロントを発表)。
キーリサーチフロント
キーリサーチフロントを選定する業務は中国科学院の科学技術戦略諮詢研究院で行い、リサーチフロントの重要性および影響力と最近急速に伸びている新興の度合いを示すために、キーリサーチフロントでは二つの指標を投入している。
〈コア論文数P〉
Pはリサーチフロントの中で知識基礎の重要性を示し、一定の時間内でPが大きい程このリサーチフロントがより影響力を有していることを示す。
〈CPT指標〉(キーリサーチフロント指標)
CPT指標はリサーチフロントの注目度合いと注目されるリサーチフロントに関する論文の発表年も反映しているため、リサーチフロントの影響力と新興の度合いを示す。
C:コア論文が引用される回数、P:コア論文数、T:コア論文を引用した論文が発表された期間の年数
CPT指標の値が大きいということは、よりホットでインパクトがあるということを意味する。
(1)PとTの値が同じである場合、Cの値が大きいものが、多く引用されていてより広い影響力があるということを意味する。
(2)CとPの値が同じである場合、Tの値が小さいほうが、より短期間に注目を集めているということを意味する。
(3)CとTの値が同じである場合、Pの値が小さいほうが、コア論文当たりより広範な注目を集め、影響力を有しているということを意味する。
〈2020年〉
・ 110のホットリサーチフロントから22の(20%)キーリサーチフロントを選定
・ 38のエマージングリサーチフロントから9(23.7%)のキーリサーチフロントを選定
〈2019年〉
・ 100のホットリサーチフロントから20(20%)のキーリサーチフロントを選定
・ 37のエマージングリサーチフロントから10(27%)のキーリサーチフロントを選定
2.リサーチフロントの国別ホット指標(英語版ではリーダーシップ指標)による比較
リサーチフロントの国別ホット(リーダーシップ)指標
リサーチフロントのホット指標の論理モデル
ホットリサーチフロント110、エマージングリサーチフロント38の計148領域のリサーチフロントについて、コア論文、引用論文それぞれの論文数における国別割合の和(中国語版では貢献度、英語版ではアウトプットの指標)、コア論文の被引用回数、引用論文におけるコア論文の引用回数における国別割合の和(影響度の指標)を比較し、それぞれのリサーチフロントや各分野のリサーチフロントにおける研究の活性度を明らかにする。
2017-2020において、米国226.63(第1位79領域53%)、中国151.29(42領域28%)、英国77.81(10分野)、ドイツ73.86(4領域)、フランス45.71(1領域)の上位5位は不動。日本は、29.53で12位。
リサーチフロントの国別ホット(リーダーシップ)指標
(各年の単位:ポイント)
①中国の順位
・ 4分野で第1位(「農業科学・植物学・動物学」、「化学・材料科学」、「数学」、「情報科学」)
・ 3分野で第2位(「生態環境科学」、「物理学」、「経済学・心理学およびその他の社会科学」)
②リサーチフロント国別ホット(リーダーシップ)指標が上位3位に入っている領域数の分野別米中比較
・ 米国は、あらゆる分野においてそれぞれの分野のホットリサーチフロントとエマージングリサーチフロントを合わせた領域数の60%以上で上位3位に入っている。「物理学」、「天文学・天文物理学」、「臨床医学」、「化学・材料科学」、「情報科学」において分野中のリサーチフロント領域数に占める上位3位である割合が高い。
・ 中国は6つの分野で50%以上を占め「化学・材料科学」、「情報科学」において分野中のリサーチフロント領域数に占める上位3位である割合が高く、最大90%以上である。「情報科学」では、両国がともに90%の領域で上位3位に入っている。「天文学・天体物理学」、「臨床医学」、「地球科学」の分野では米中の差が顕著である(中国が低い)。
③11分野別2020リサーチフロントおよび国別リサーチフロント指数
例:化学・材料科学分野
●10のホットリサーチフロント
・ 有機合成(3課題)
①電気化学的に促進された炭化水素結合活性化(2年連続)
②窒素ハイブリッドカービン触媒
③キラル非対称合成素子スピン異性体
・ 光学材料(2課題)
①医学イメージング蛍光材料
②室温リン光発光材料(2年連続)
・ 機械学習の化学研究における応用(イミテーション筋肉ヒドロゲル)
・ ガス分離と純化(気体の分離と純化に用いられる金属有機フレーム化合物)
・ エネルギー貯蔵材料(無鉛エネルギーセラミックス)
・ 電池材料(水系亜鉛イオン電池正極材料)
・ 二次元材料(グラファイトアセチレン研究)
●6のエマージングリサーチフロント
・ 電解水水素触媒(遷移金属リン化物電解水触媒)
・ 電池研究(充電可能な亜鉛空気電池)
・ ナノバイオ材料(細胞光音響イメージングに用いられるナノ粒子)
・ バイオ劣化材料(バイオ劣化センサー材料)
・ 化学プロセス(三元共沸物抽出精留プロセス)
・ 排水処理(排水処理に用いられるプラズマ)
以上
1. 中国科学院ウェブサイト11月13日付「2020研究前沿发布暨研讨会在中国科学院举行」
研究前沿发布暨研讨会