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【22-020】デジタル人民元(e-CNY)の普及状況について

JST北京事務所 2022年04月12日

1.概要

 ここ数年、中央銀行が発行するデジタル通貨について世界各国で調査研究が進んでおり、日本においても日本銀行による実証実験と制度設計面での検討を進めている[1]

 中国において、2014年から中国人民銀行によりデジタル通貨に関する調査研究が正式に開始され2020年以降各地でパイロットテストが行われおり、2021年11月8日時点で、デジタル人民元を使える場所が350 万カ所、デジタル人民元「専用財布(デジタルウォレット)」の個人開設数は1億2,300 万件、取引総額は約560 億元(約9,920 億円)となっている。

 現時点において、デジタル人民元を使用できる実店舗は少数ではあるものの、オンライン決済においては、すでに普及している中国民間企業によるモバイル決済(アリペイ・ウィーチャットペイ)に加えてデジタル人民元による決済を選択できるアプリが増えつつある。北京に駐在している筆者もシェアサイクルの料金支払いや携帯電話料金のチャージ(中国はプリペイドが主流)の際にデジタル人民元による決済を始めている。

 また2022年2月から3月にかけて開催された北京冬季オリンピック・パラリンピック会場においてもスマホアプリ、カード、リストバンド等によるデジタル人民元決済がお披露目された。

 2020年6月に中国おけるデジタル人民元の活用状況について紹介したことに続き[2]、その後の活用状況を紹介する。

(※)2020年時点ではデジタル通貨電子決済(Digital Currency Electronic Payment "DCEP")と表記されることが多かったが、現在はスマホアプリの名称「数字人民幣"e-CNY"と称されることが多くなった。

2.デジタル人民元の特徴(一部再掲)

 民間企業によるモバイル決済(アリペイ・ウィーチャットペイ)と比較した一番の違いは、デジタル人民元は中国中央銀行(中国人民銀行)が発行する法定通貨であるということである。このためデジタル人民元(データ)そのものが、紙幣と同様の強制通用力を有し、中国の機関や個人はデジタル人民元の受け取りを拒否できない。

 またデジタル人民元が法定通貨であることにより、以下のことが可能となる。

(利用者からの視点)

①データそのものが法定通貨であるため、銀行口座に関連付ける必要がない。

②そのため、ネットワークがつながらない場合であってもスマホ同士のオフライン送金が可能

③中央銀行が発行するため、デジタル人民元使用に係る手数料が発生しない。

 これらを実現するため、ブロックチェーン技術である分散型トランザクション処理システムを活用している。

(技術的な特徴)

①分散型トランザクション処理システムを活用することにより、中国人民銀行は、ブロックチェーンデータを集中管理することなく、改ざんが困難かつ発信者のトレースを可能としている。(その上で、利用者の匿名性も確保)

②デジタル人民元は二階層で発行される。

・ 中国人民銀行(第一階層)は直接デジタル人民元を発行しない。

・ 商業銀行(第二階層)が中国人民銀行にデジタル人民元口座を開設し、準備金の100%を支払った上で、デジタル人民元を発行。

・ これにより、中国人民銀行は現行技術に制約されることなく、今後の市場流通、将来の技術革新及びビジネスモデルの革新に対応する余地を持つ。

3.デジタル人民元「専用財布(デジタルウォレット)」について

(1)本人認証の強度による分類

 デジタル人民元の使用にあたっては、従来のモバイル決済と同様に、スマホアプリをインストールし、このアプリがデジタル人民元のデジタルウォレットとして機能する。

そしてこのデジタルウォレットは4種類に大別されており、実名認証の有無や本人認証の程度により上限額に差を設けている[3]

【デジタルウォレットの4類型】

(註1)一般的に外国人は中国居民身分証明書を有していないため、現時点において外国人が使用できるデジタルウォレットは、匿名でも使用可能な第四類のみである。
(註2)一類銀行カード:同一人物に対する主要口座
二類銀行カード:1日1万元、年間20万元の制約
(註3)交通銀行等一部の銀行が提供する第五類デジタルウォレットでは、海外の携帯電話番号でも使用可能(各種上限額は第四類より少額)。
類型 第一類 第二類 第三類 第四類
認証方法 実名認証 匿名認証
デジタルウォレット開設に必要な情報 ・銀行対面
・顔認証
・中国居民身分証明書
・携帯電話番号
・国内銀行口座
・リモート認証
・顔認証
・中国居民身分証明書
・携帯電話番号
・国内銀行口座
・リモート認証
・顔認証
・中国居民身分証明書
・携帯電話番号
・リモート認証
・携帯電話番号またはメールアドレス
口座限度数 一人が同一銀行で1口座 一人が同一銀行で1口座(口座番号で紐づけするのではなく、銀行口座開設時に登録した携帯番号またはメールアドレスで紐づけ)
銀行口座とのバインド 本人の一類銀行デビッドカードにバインド可能(銀行口座からの直接引き落としが可能) バインド不可
(一度、デジタルウォレットにチャージする必要がある)
上限額
(年間)
上限なし 上限なし 5万
上限額
(残高)
50万元 2万元 1万元
上限額
(1日)
10万元 1万元 5,000元
上限額
(1回)
5万元 5,000元 2,000元

 またスマホアプリ他、以下のような切り口でのデジタルウォレットの区分が可能であり、使用目的や使用形態による最適なデジタルウォレットの選択が可能となる。[4]

(2)個人用・公開用による分類

使用目的により、個人用と公開用に分類が可能。

(3)ウォレットキャリアによる分類

①ソフトウォレット
 上記モバイル決済アプリ、ソフトウェア開発キット(SDK)により提供されるウォレットサービス等

②ハードウォレット
 ICカード、ウェアラブルデバイス、IoTデバイス等

(4)階層権限による分類

①個人
 マザーウォレットの配下にサブウォレットを開き、サブウォレット毎に支払の期限や条件、プライバシー保護等の機能を設定することができる。
 (例:アプリ毎にサブウォレットを設定)

②法人
 サブウォレットにより勘定等を区分することができる。

4.デジタル人民元の今後の方向性

①既存モバイル決済との区別・現金の置き換え

・ 中央銀行のデジタル人民元は、アリペイやウィチャットマネー等既存モバイル決済と多くの機能が類似しているが、デジタル人民元の目的の一つは既存モバイル決済の置き換えではなく、徐々に現金を置き換えることである。[5]
(既存モバイル決済は、デジタル人民元が有するオフライン使用、タッチ支払い、制御可能な匿名性等の機能を有しない。)

・ デジタル人民元により既存モバイル決済の機能が強化され、第三者決済市場の安定性を向上させる。(既存モバイル決済のユーザを獲得することが目的ではない。)

・ 長期的に、既存モバイル決済はデジタル人民元支払いチェーンのノードとして機能する方向となる。

②人民元の国際化

・ デジタル人民元の導入は、中国国内のみならず国境を越えた決済コストを削減することにより人民元の国際化を促進する。

・ デジタル人民元の国際化により、現在主流の銀行間決済システムであるSWIFTに依存しない決済システムを構築する可能性がある。

以上


1.日本銀行決済機構局2021年10月15日「中央銀行デジタル通貨に関する日本銀行の取り組み

2.北京便り2020年6月05日「【20-034】デジタル人民元・ブロックチェーンの活用状況について

3.白云居2021-05-22"数字人民币钱包一至五类分类体系丨一览表"

4.白云居2021-06-12"数字人民币钱包类型的四个划分维度,以及不同分类"

5.白云居2020-04-18"一张表了解数字人民币与纸币、支付宝、微信、比特币的区别"