北京便り
トップ  > コラム&リポート 北京便り >  File No.22-026

【22-026】中国「揭榜挂帥」制度の実施状況:産学連携や人材誘致に活用

JST北京事務所 2022年05月20日

 中国は、近年、中央から地方までの多様な公募型研究制度で、「揭榜挂帥」と呼ばれる応募者の年齢、学歴、職位等を問わない制度を導入している[1]。中国政府科学技術部のシンクタンクである中国科学技術発展戦略研究院が発行している「科技中国」誌において、同制度の実施状況をまとめ、レビューした文章が掲載されたので紹介する。産学連携や人材誘致などでの活用が紹介されている。

 第14次五カ年(14・5)科学技術イノベーション計画において、特に科学技術重大特定プロジェクト、重点産業向けのイノベーションシステム整備、ハイレベルな人材の育成などに、「揭榜挂帥」制度を幅広く展開することが求められ、これまでに中央と地方で得られた経験は今後の同制度展開に資するものである。

1.過去に施行した「揭榜挂帥」の主要なタイプ

1)産業のイノベーションに資する重大な戦略的事業

産業の更なる発展に必要なコアとなる重要技術および産業発展を制約する課題にむけて、政府は出資し、問題の抽出を懸賞して社会に発表し、企業などからのプロポーザルを募るタイプである。課題実施において、いわゆる「軍令状」(開始前の誓書)の提出、段階的評価、継続支援などの措置を取り、研究開発の効果的遂行を確保する。

表1-産業のイノベーションに資する重大な戦略的事業の実例
地域名 公募者 応募者 特徴
中央 工業・情報化部 全国範囲のAI技術イノベーションと応用サービスに従事する技術イノベーションと産業化応用の能力を備えた企業、大学、研究所など 産業発展に必要なコアとなる基礎、重点製品、公共基盤のイノベーションに焦点を合わせて、コア技術とイノベーション力を有する有力な企業を育成し、多数のシンボル的な技術の確立、新技術と新製品の応用加速に取り組む。
中央 科学技術部 中国本土(大陸)で登録した科学研究所、大学、企業など、又は本土と香港、本土とマカオの科学技術協力委員会が協商して決めた香港・マカオ所属の研究機関。 「数学とその応用研究」重点特定プロジェクトは、研究費の投入効果を切実に高めるために重大なイノベーション成果の実用性を強調し、国の戦略需要や、応用の方向性と最終ユーザを明確にした難関攻略に焦点を当て、最終ユーザの役割を重視する[2]
貴州省 省科技庁・エネルギー局 全国のイノベーション創出に携わる事業体 炭鉱企業、設備製造企業、大学、研究機関による合同応募の産学連携を推奨し、代表機関が貴州省内で登録した独立法人であることが求められる。

2)産業と科学技術の双方向連携づくりをけん引する事業

 企業から"出題"された課題に基づいて、政府が公募し、研究機関にプロポーザルを求める。プロジェクトの実施は、出題した企業による出資を主とし、政府より一定の補助金支出と政策支援を受ける。

表2 -産業と科学技術の双方向連携づくりをけん引する事業の「揭榜挂帥」実例
地域名 公募者 応募者 特徴
広東省 省科技庁(要項は企業より提出) 研究開発能力を備えた省内外の大学、研究機関、企業及びその他連合体 広東省が音頭を取り、中堅企業が技術の需要を提出する。研究開発の能力を有する省内外の大学、研究機関、科学技術型中小企業またはその他連合体は皆応募することができる。供給・需要双方が成約した後、需要側と省科技庁が必要な研究開発費を支給する。
江蘇省 「J-TOPイノベーションチャレンジ祭」技術取引市場(要項は企業より提出) 省内の大学、研究機関、新型研究開発機関など 「J-TOPイノベーションチャレンジ祭」は、企業を苦しませる技術のネックとなる課題を解決するため、技術財産権取引市場を通じて需要と供給双方を繋げ、オンラインによる企業の技術課題発表・応募受付のプラットフォームを構築する。省産業技術研究院とリーダー企業が合同イノベーションセンターを共創し、企業から重要なコア技術の課題の提出および出資して技術応募要項を提出し、「揭榜挂帥」制度に基づいて世界に向けて公募する。
遼寧省 省科技庁(要項は企業からより提出) 全国の大学、研究機関および上・下流企業多社 産学連盟または中堅企業より公募要項を発布し、大学、研究機関および上・下流企業多社と提携して産学連盟を設立し、そして省科技庁の支援を受けて「揭榜挂帥」を導入し、技術開発プロジェクトの立案、イノベーション産業エコシステムの最適化を推進した。
安徽省
蕪湖市
市科技局(要項は企業より提出) 揚子江デルタ地域の企業と大学に重点を置く 揚子江デルタ地域の企業や大学に重点を置き、市内企業と提携して「揭榜挂帥」制度を通じて重大な研究成果のエンジニアリング化開発、企業を制約するコア技術の難題解決に取り組む。

3)基礎・フロンティの競争が激しい分野に向けた事業

 重要なブレイクスルーが望める基礎科学や産業最先端技術等競争熾烈な分野にむけて、政府は該当業界の企業を組織して、未来の技術について予見し、最先端な探索的研究について需要要項を策定する。政府と企業は共同出資して研究期間が長く、高リスクのある重大な基礎・フロンティア研究を実施し、論文提出等の付加的な条件を設けず、研究テーマの決定、研究費の使用などについて「揭榜挂帥」で採択された研究総括にその権限を委ねる。

表3-基礎・フロンティの競争が激しい分野に向けた事業「揭榜挂帥」実例
地域名 公募者 応募者 特徴
江蘇省 省科技庁 省内で登録した独立な法人格を有する大学、研究機関、科学技術型企業など各種の研究事業体 重大なサイエンスフロンティアと産業技術への予見をターゲットとして、研究期間が長く、リスクが高い重大な基礎研究を多数支援する。論文などの指標を科さず、研究者に研究の領域や課題を自由に設定させ、研究チームを自由に結団させ、研究費の使用を自主的に決めさせるなど、失敗に対して寛容なインセンティブメカニズムを導入する。
全国 国家電網
(State Grid)
国家電網所属機関 基礎フロンティアを対象にして、要項は問題と予期目標を提出し、論文などの具体的な評価指標を設けず、既存技術の進歩のみに目を付ける。

4)社会民生分野における重要な需要に向けた事業

 政府は社会民生分野における様々な緊迫した創発的な課題をめぐって公募要項を出し、全社会に有能者を募る。

表4-社会民生分野における重要な需要に向けた事業「揭榜挂帥」実例
地域名 公募者 応募者 特徴
河北省 省科技庁 全国のイノベーション創出事業体 雄安新区、冬季オリンピックおよび省が実施している20項目のプロジェクトにおける民生に深く関連する部分を重点とし、全社会にむけて技術ソリューションを募集する。
湖南省 省科技庁 全国のイノベーション創出事業体 ライフ・ヘルス、環境保全など民生分野の重大な需要を対象に、ハイエンドな医療機器、環境保全に資するコア技術の創成に重点を置く。

5)科学技術分野のリーディング人材誘致に向けた事業

 地方政府は当地域開発の実需用に立脚し、国内外からハイレベルなイノベーション人材を引き付けるよう求人要項を発布する。

表5-科学技術分野のリーディング人材誘致に向けた事業 「揭榜挂帥」実例
地域名 公募者 応募者 特徴
浙江省 省人材弁公室、省人力資源社会保障庁 世界各国のイノベーション創出事業体 産業チェーン・供給チェーンの安全を制約する技術課題解決に向けて、世界範囲に公募する。
貴州省 省科技庁、省エネルギー局 全国のイノベーション創出事業体 困ったところと難しい課題に目を付け、採択された事業体と研究チームに無償出資や株権による投資など多様な形で支援する。そして、プロジェクトと人材を連動させるやり方を通じて、省外の人材で採択された者を、貴州省「百千万人材誘致事業」の対象に入れる。
青海省 省科技庁 全国のイノベーション創出事業体 「プロジェクト+人材+プラットフォーム」という育成モデルを探索し、「リーディング研究者責任制」の試行、院士チーム主導の課題導入などを推進する。
四川省成都市 成都ハイテク区 世界各国のイノベーション創出事業体 2021年1月、成都ハイテク区において「揭榜挂帥」制度に基づく“岷山アクション”プランをスタートし、国内外からトップレベルの技術イノベーションチームまたは研究機関の誘致、多様な主体の参加を得る新型研究開発機関システムを構築する。

2.「揭榜挂帥」制度実施例から得た経験と今後への参考

1)政府の戦略的指導役を十分に発揮し、公募内容をけん引として優れた研究開発資源を集め、難関攻略に必要な合力を形成すること。

 例として、科技部実施の「14・5」国家重点研究開発計画における応用に向けた重大な研究開発事業、江蘇省による新エネルギーを源とする新型電力装置の先進製造等が挙げられる。

2)リーディング企業の主体的役割を果たさせ、産業チェーンの弱い関節を補強する

 北京中関村管理委員会主宰による全国向けの公募や中海油集団社内向けの公募などは、柔軟な評価制度、失敗寛容の導入等によって、大型国有企業内でのイノベーションを活性化することにつながっている。

3)「揭榜挂帥」制度で採択された総括人材のイノベーションリーダー役を十分に発揮させ、強力な研究開発チームを結成する。

 浙江省において、省と浙江大学による「揭榜挂帥」産研(学)統合プラットフォーラム、杭州市と中国科学院大学などによる「揭榜挂帥・世界向け人材誘致」事業などが推進されている。

4)政府主導のプロジェクト管理方法を変革し、財政資金の投入効果を高める。

 (浙江省)金華市デジタル化プラットフォーム管理による課題公募が企業の需要に応じた随時化、湖北省科技庁の「管理者」から「サービス提供者」への意識の転換[3]、貴州省によれば、全国にさきがけて実施したという技術を対象とする「揭榜挂帥」型公募への財政資金援助(無償資金のほかエクイティ投資を申請することも可能)[4]など。

3.「揭榜挂帥」制度への提言

1)重大な特定プログラムに戦略指向の「揭榜挂帥」を導入し、イノベーションに資する強力な協力を結成する。

2)重点企業に主体な役割を発揮させ、イノベーションコンソーシアムを設立する。

3)形式に拘らず、戦略的、リーディングな研究者を世界から引き付け、ハイレベルな人材育成に寄与する。

4)「揭榜挂帥」制度導入のプロジェクトを皮切りに、科学技術プロジェクト管理方法の改善、財政資金の投入効果向上により注力する。

「科技中国」国内"揭榜挂帅"机制实践的分类与借鉴
作者紹介:
薛雅、上海市科学学研究所イノベーション政策研究室 アシスタント研究員
王雪莹、上海市科学学研究所イノベーション政策研究室 副研究員(准教授)


1. 北京便り2021-06-11【21-038】国家重点研究開発計画、研究代表者の職位等を問わない公募制度を導入
  北京便り2022-01-27【22-004】青島海洋科学・技術パイロット国家実験室、自由探索型課題を公募

2.光明日報が、「揭榜挂帅」制度や研究費の使いやすさの改善を図った「包干制」 等を含めた改革の状況や効果をテーマにした座談会の記事「科技创新,"揭榜挂帅"破立并举添活力」でも、このプロジェクトについて、数学初の重点プロジェクトであり、衛星システム等の課題に関し、数学者と企業の連携や数学の応用の拡大を図る試みと評価する発言を掲載している。

3.湖北省科技厅三措并举推进科技项目"揭榜挂帅"
 湖北省科技庁の「管理者」から「サービス提供者」への転換について言及。2021年6月に開催したマッチングイベントに関して1,424のニーズ(1,135件(79.7%)が企業からの提案)を集め、277件(企業プロジェクト100件、政府プロジェクト177件)を公表。政府資金3億元、企業資金30億元を期待。6月16日付のこの記事の時点において456の組織が申請しており、複数の組織が申請しているプロジェクトが50%以上。

4.贵州构建开放式创新体系---- "揭榜挂帅"解决科技难题
 2017年以来10回24の技術を対象にして公募し、11の重大科技プロジェクトを実施、1.32億元を支援。機械化が困難な19か所の炭鉱を対象とした公募で無償資金のほかエクイティ投資を選択できるとこととしている。

関連記事

国内"揭榜挂帅"机制实践的分类与借鉴】 科技中国 2022-4-14