【23-019】中国有人宇宙船「神舟」による宇宙育種実験プロジェクトについて
JST北京事務所 2023年07月20日
1.概要
中国では、宇宙開発が近年急速に発展したことに伴い、自国で有する宇宙開発資源を様々な分野の研究に積極的に活用している。
また中国独自の宇宙ステーション「天宮」も2022年11月にすべてのモジュール設置が完成し、常駐する飛行士により各種の実験等が始まっている。
植物学の分野においては、1987年に最初に植物の種子を宇宙空間に持ち込んで以来、宇宙環境を利用して種子に遺伝子変異を誘導することにより、種子を栽培する時間やコストを大幅に削減しつつ、新しい作物を生み出す試みを行っている[ⅰ]。
例:「宇宙特大カボチャ」、「宇宙イネ(生産量20%増)」、「宇宙ピーマン(ビタミンC 20%増)」、「宇宙トマト(糖度13%増)」等
【为何神舟升天都携带种子?关乎世界性粮食危机,浅谈太空育种技术(中国語)】
その中で、地上と天宮との間を往復し物資や飛行士を輸送する有人宇宙船「神舟」の積載残量を活用した公募による種子育成実験プロジェクトも行われており、以下に概要を紹介する。
2.有人宇宙船による宇宙育種実験プロジェクトについて
(1)目的
・有人宇宙船「神舟」の積載残量を活用して、継続的な宇宙育種実験を行うことにより、有人宇宙飛行計画の総合的な成果を更に発揮するとともに、国家の遺伝資源のイノベーションと種子産業技術の質の高い発展に資することを目的とする。
(2)応募の対象機関
・政府機関、研究機関、大学および育種研究を専門とし相応の科学研究能力を有する企業、業界団体等。
(3)基本的な要件
・国家種子産業の振興戦略と科学技術イノベーションの主要なニーズを満たし、応用促進と産業発展の価値を有すること。
・明確な研究方向と目標があり、農林、漢方薬、工業生物分野における育種技術の最前線を志向し、実施主体がそれに相応しい研究能力と育成技術を有していること。
・輸送物品は、宇宙ステーション(天宮)、有人宇宙船(神舟)等の技術的要件および安全性の要件を満たしていること。
(4)プロジェクト実施の基本的な流れ
・中国有人宇宙局による審査および専門家による選考。
・選考された応募案件(プロジェクト)は「有人宇宙 宇宙育種実験プロジェクトライブラリ」に登録。
・有人宇宙船のミッション状況に応じて、「有人宇宙 宇宙育種実験プロジェクトライブラリ」に登録されたプロジェクトから候補プロジェクトとして選択の上、中国有人宇宙局の承認を得て運搬および実験を実施する。
・地上帰還後に実験実施帰還は定期的に研究成果とその応用状況を報告する。
(5)費用等
・宇宙育種実験の実施は公共の福祉によるものであり実験に係る実施料は不要。
・いかなる機関、団体、個人も営利目的での利用や虚偽の商業宣伝は認められない。
・輸送過程で発生する必要な審査、検査、設置等の費用は搭載者(プロジェクト実施機関)が負担。
3.応募方法
以下の中国有人宇宙工学事務所ウェブサイトで公開されている申請書および提案書に記載の上、担当者に提出する。(公開されている様式は中国語のみ)
【神州有人宇宙船搭載宇宙繁殖実験プロジェクト申請書(中国語)】
4.条件等
(1)基本的な条件
・有人宇宙船神舟は酒泉衛星発射センターで長征2号Fロケットにより打ち上げられ、東風着陸場で回収される。
・神舟の軌道滞在期間は平均半年で、運行軌道は450キロメートルを超えず、軌道傾斜角は41度-42度。
・有人宇宙プロジェクトの宇宙育種搭載実験は、神舟有人宇宙船の打ち上げおよび帰還時の積載残量を利用した科学研究と技術実験である。
(2)技術的な制約
・実験サンプルは原則として有人宇宙船「神舟」帰還室内に搭載される。
・神舟の船内温度は約17〜25℃、湿度は約30〜70%、船内の気圧は約81.3〜104.3kPa。
・実験に係る電源の供給はなく、周期的な光照射等の専門的な実験装置は提供されない。
・軌道上での実験者による操作のサポートはない。
・専用のサポート条件や船外暴露環境が必要な場合、申請機関は申請時に記載し専門的に説明する必要がある。
・搭載される実験サンプルおよび材料は神舟の任務の状況に応じた打ち上げおよび帰還に従う。軌道滞在期間は一般的に約半年である。
・搭載される実験サンプルの神舟内への設置や取り出しは、発射場、着陸場、宇宙船の工場等の環境条件に従う。
(3)計画
・神舟打ち上げ3カ月前までにオンライン申告プロジェクトの審査および専門家による選考を完了し、搭載のニーズを確定する。
・神舟打ち上げ2カ月前までに搭載候補のプロジェクトを承認し、関連する地上試験と検査を完了する。
・神舟打ち上げ1カ月まで前に搭載実験サンプルの引き渡しと搭載の準備を完了する。
(4)実験サンプルに対する要求
・性質、形状、数量、重量が宇宙船の技術要求および安全性要求に合致していること。
・プロジェクト実施機関は搭載物に対して生物安全検査を行うことに同意し、検査結果に基づいて協力して相応の処理を行うこと。
・搭載物が国家または業界の関連品質技術基準に適合しており、相応の証明書類を提供すること。
・搭載物は宇宙船の技術要求に基づいて搭載物の数量と重量の調整を行いカプセル化すること。搭載物の実際の数量と重量は、帰還後に開梱し受け渡しする数量と重量を基準とする。
(5)申請機関(プロジェクト実施機関)に対する要求
・実施機関が申請すること。他機関による代理申請は認められない。
・申請機関は提出する搭載物に対して合法的な所有権または使用権を有し、搭載物に対して第三者の許可を必要としない独立した支配権を有すること。また搭載物の所有権と使用権が係争中ではないこと。
・帰還後に搭載物を主に科学研究や技術実験等の公益事業に用いること。
・中国有人宇宙局による許可を得ることなく、公式メディアによるプレス発表前に搭載事項に関する情報をいかなる方法でも対外的に発表しないこと。
・搭載過程で理解し、知らされた宇宙船の試験、発射、回収等の状況、関連技術パラメータと乗組員の情報は、いかなる方法でも外部に開示しないこと。
5.実績
(1)神舟14号および神舟15号で行われた宇宙育種実験
・神舟14号(2022年6月打ち上げ、同年12月帰還)、神舟15号(2022年11月打ち上げ、2023年6月帰還)では、112の研究機関等による実験が行われ、計1,300種の作物の種子や微生物菌種等が宇宙で育種された。
・プロジェクトを管理している中国有人宇宙局は、引き続き宇宙育種実験プロジェクトを実施し、「種子産業技術の自立自強、独立し自ら管理可能な種子供給源そして中国の食糧安全保障を確保するために中国産種子を使用する」ことの戦略ニーズに積極的に貢献するとしている。
【神舟14号および神舟15号で行われた宇宙育種実験リスト(中国語)】
(2)神舟12号および神舟13号で行われた宇宙育種実験
・神舟12号(2021年6月打ち上げ、同年9月帰還)、神舟13号(2021年10月打ち上げ、2022年4月帰還)においても88の研究機関等により1,000種以上の作物の種子や微生物菌種等が宇宙で育種された。
【神舟12号および神舟13号で行われた宇宙育種実験リスト(中国語)】
6.関連プロジェクト
今回紹介した有人飛行船「神舟」に搭載した種子の育種実験とは別に、宇宙ステーション「天宮」での生物学実験も行われている。
中国科学院国家空間科学センターは2023年6月14日に天宮の実験モジュール「夢天」の宇宙放射線生物学ばく露実験装置が船外移動に成功し、実験を行ったと発表した[ii]。
以上
[i] JST Science Portal China 2022年06月29日 「『宇宙育種』の現場を訪ねて 『神舟13号』搭載の種子が畑で栽培」
[ii] JST Science Portal China 2023年06月15日 「中国の宇宙ステーション、初めて船外放射線生物学暴露実験を実施」