【12-010】中国憲法の概要
尹 秀鍾(中国律師(弁護士)) 2012年 8月 9日
Ⅰ 中国憲法の歴史
中国の現行憲法は1982年憲法であり、1949年9月29日に採択され、「臨時憲法」としての役割を果たした「中国人民政治協商会議共同綱領[1]」を除けば、1954年憲法、1975年憲法、1978年憲法に続く第4部の憲法である。
ここではまず、中国建国後の歴代憲法について簡単な紹介をすることにする。
●1954年憲法
最初の社会主義型憲法であり、上記の共同綱領を発展させたものでもある。1954年憲法では、国家的所有制、協同組合的所有制、単独経営労働者所有制、資本家的所有制といった四種類の所有制を定めていた。このように、1954年憲法は、新民主主義社会から社会主義社会への過渡期の憲法として、資本家的所有制を含む複数の経済形態を規定していた。そこで、1954年憲法は「社会主義的改造」、すなわち、「生産手段の所有の社会化」という改造政策・課題[2]を掲げていた。
●1975年憲法
1975年憲法は「文革[3]憲法」と呼ばれる。「文革憲法」と言われるだけに、非社会主義的要素を全面的に排斥する主観主義的で絶対平均主義的傾向が強調されたため、生産手段の所有制としては、全人民所有制と勤労大衆による集団的所有制の2種類に限定していた。また、際立った特徴として、中国共産党の指導的な地位及び役割を、国家の根本法において繰り返し強調していることが挙げられる。法秩序より政治面の「階級闘争」が重視され、法規範よりも党の政策が優先するということを、国家根本法の形式で確認したものにほかならない。
●1978年憲法
1976年の周恩来と毛沢東の死去、「四人組[4]」の逮捕、文化大革命の終結宣言など不安定な政治状況が続く中、1978年3月に1978年憲法が施行された。1975年憲法と同様、憲法改正につき、全国人民代表大会の議論を経ることなく、起草から確定に至るまで終始、共産党中央の主導の下で進められたという共通の特徴が見られる。また、1975年憲法と同様に全人民所有制と勤労大衆による集団的所有制の2種類の所有制を規定しており、文化大革命は既に終了していたが、そのイデオロギー的影響を濃厚に残しているといった特徴がある。なお、1978年憲法は、「四つ(農業・工業・国防・科学技術)の現代化」を実現し、社会主義強国に築き上げることをはじめて規定した。
●政治路線の転換、1982年憲法(現行憲法)及びその改正
1978年12月、中国共産党第十一期中央委員会第三回全体会議[5] が開催され、文化大革命時代の反省[6]から、「民主と法制」の再建・強化への路線に転換し、また、本会議以降、「改革・開放」という政治路線に転換した。
1982年憲法でも、全人民所有制と勤労大衆による集団的所有制の2種類の所有制を定めていたが、改革の波は農村から都市へと徐々に波及していき、国有企業や、集団所有制企業の他に、外資優遇策に伴う外国企業の中国進出が始まり、個人経営経済(中国語は「個体経営戸」という)が急速に発展しはじめた。
1982年憲法は、1988年、1993年、1999年と2004年の4度にわたり改正を行っている。下表は、社会主義経済システムに関する1982年憲法のこれまでの改正内容を中心にまとめたものである。
改正年度 | 改正内容 |
1988年[7] | 法の定める範囲内において私営経済の存在と発展を認め、私営経済は社会主義公有制経済の補完物であると明記した。 |
法に基づき土地の使用権を譲渡することができるものと修正した。 | |
1993年[8] | 「国営経済」を「国有経済」に変更した。 |
「計画経済」に言及した内容を削除し、「社会主義市場経済」を実施する旨を明記し、経済立法の強化とマクロ・コントロールの完備を明記した。 | |
1999年 | 「法に従い国を治め、社会主義法治国家を建設する」という内容を追加した。 |
「公有制を主体として多種類の所有制による経済が共に発展する基本的経済制度を実行」、「労働に応じて分配を受けることを主体とし、多種類の分配方式が共に共存するという分配制度を実行」という内容を明記した。 | |
個人経営経済、私営経済などの非公有制経済を社会主義市場経済の「補完物」から「重要な構成部分」に位置づけた。 | |
2004年 | 「国は、非公有制経済の発展を奨励、支援及び誘導」という内容を追加した。 |
「公民の適法な私有財産は、侵されない。国は、法律の規定により公民の私有財産権[9]及び相続権を保護する」という内容を明記した。 |
Ⅱ 中国現行憲法のポイント
●憲法の位置付け
憲法は、国家の基本的な政治制度や原理を定める最も根本的な法律であり、最高法規性を有する。一切の法律、行政法規、地方性法規、自治条例及び単行条例、規則は憲法に抵触してはならない(立法法第78条、憲法第5条第3項)。
●憲法の構成
憲法は、中国共産党の立場から、アヘン戦争以来の中国革命の歴史を総括した「前文」に始まり、第1章の「総則」、第2章の「公民の基本的権利及び義務」、第3章の「国家機構」及び第4章の「国旗、国歌、国章及び首都」の計138条からなる。
以下、憲法の主要内容について紹介する。
1 中国の国家体制と民主集中制
中国は、労働者階級が指導する労農同盟を基礎とした人民民主独裁の社会主義国家である。社会主義制度は、中国の基本制度であり、いかなる組織又は個人による社会主義制度の破壊を禁止する(憲法第1条)。「人民民主独裁」とは、人民内部(支配階級内部)においては民主主義原理を作用させ、被支配階級(社会主義制度を敵視し、破壊しようとする国内外の敵対勢力・分子や搾取階級としての資本家階級)に対しては独裁を行うという政治原則である。即ち、主権の帰属・享有主体は「(大多数の)人民」に限定され、その中でも労働者階級の優越的な地位を認めている。これは、中国憲法が社会主義型憲法の特質を継承していることを示している。
人民が国家権力を行使する機関は、全国人民代表大会及び地方各級人民代表大会である(憲法第2条)。中国の国家機構は、民主集中制の原則を実行し、全国人民代表大会及び地方各級人民代表大会は、全て民主的選挙によって選出され、人民に対して責任を負い、人民の監督を受ける。国家の行政機関、裁判機関及び検察機関は、いずれも人民代表大会によって選出され、人民代表大会に対して責任を負い、その監督を受けるとされる(憲法第3条)。このように、人民代表大会はあらゆる国家機関の母体となっており、監督を行う権力機関として位置づけられている。
2 経済制度に関する主要規定
① 社会主義公有制
中国の社会主義経済制度の基礎は、生産手段の社会主義公有制、即ち、全人民所有制(全人民所有制経済を国有経済ともいう)及び勤労大衆の集団所有制である。社会主義の初級段階においては公有制を主体とし、多種類の所有制による経済が共に発展する基本的経済制度を実行し、労働に応じて分配を受けることを主体とし、多種類の分配方式が共に存在するという分配制度を実行する(憲法第6条)。
② 非公有制経済及び外国からの投資
法律の定める範囲内の個人経営経済、私営経済など非公有制経済は、社会主義市場経済の重要な構成部分であり、国は、個人経営経済、私営経済などの非公有制経済の適法な権利及び利益を保護する(憲法第11条)。
中国は、外国の企業その他の経済組織又は個人が、中国の法律の規定により、中国において投資することを許可し、中国国内の外国企業その他の外国経済組織及び中外合弁企業の適法な権利及び利益は、中国の法律の保護を受ける(憲法第18条)。
③ 土地の所有及び財産(公共財産及び私有財産権)の不可侵
中国の都市部の土地は国の所有に属し、農村及び都市郊外地区の土地は基本的に集団所有に属する(憲法第10条第1、2項)。いかなる組織又は個人も、土地を不法占有し、売買し、又はその他の形式により不法に譲渡してはならない。土地の使用権は、法律の規定により譲渡することができる(憲法第10条第4項)。
社会主義の公共財産は神聖不可侵であり、国は、社会主義の公共財産を保護する(憲法第12条)。また、公民の適法な私有財産は侵されず、国は法律の規定により公民の私有財産権及び相続権を保護する(憲法第13条)。
3 公民の基本権利[10]及び義務
① 権利と義務の一致性の強調
中国公民は法律の前に一律に平等であり、国は、人権を尊重し[11] 、保障する。いかなる公民も、憲法及び法律の定める権利を享受し、同時に、憲法及び法律の定める義務を履行しなければならない(憲法第33条)。
② 政治的権利
法律により政治上の権利を剥奪された者を除き、満18歳の中国公民は、全て選挙権及び被選挙権を有する(憲法第34条)。中国公民は、言論、出版、集会、結社、デモ及び示威行動の自由を有する(憲法第35条)。
③ 人身の自由及びその他の権利
中国公民の人身の自由は、侵されず、いかなる公民も、人民検察院の承認もしくは決定又は人民法院の決定のいずれかを経て、公安機関が執行するのでなければ逮捕されない。不法拘禁その他の方法により公民の人身の自由を不法に剥奪又は制限することを禁止し、公民の身体に対する不法な検査を禁止する(憲法第37条)。
このほか、信教の自由(憲法第36条)、人格の尊厳(同第38条)、住居の不可侵(同第39条)、通信の自由(同第40条)、国家機関への不服申立(同第41条)、労働の権利(同第42条)、休憩の権利(同第43条)や教育を受ける権利(同第46条)などがある。
④ 自由及び権利行使に対する制限
中国公民は、その自由及び権利を行使するときには、国、社会及び集団の利益並びに他の公民の適法な自由及び権利を損なってはならない(憲法第51条)。
⑤ 公民の義務
公民の義務として、労働の義務(憲法第42条)、教育を受ける義務(同第46条)、夫婦の計画出産の義務(同第49条)、国家統一・民族団結を守る義務(同第52条)、祖国擁護義務(同第54条)、兵役義務(同第55条)や納税義務(同第56条)などがある。なお、中国公民は、憲法及び法律を遵守し、国の機密を保守し、公共財産を大切にし、労働規律を遵守し、公共の秩序を守り、並びに社会公共の道徳を尊重しなければならない(同第53条)。
4 国家機構
中国の国家機関の関係図(中央レベルの場合)は以下のとおりである。
上表のように、憲法上、全国人民代表大会は最高の国家権力機関であり、中国のすべての権力は人民に属し、人民が国家権力を行使する機関は全国人民代表大会及び各級地方人民代表大会である。行政機関(国務院及び各級地方人民政府)及び司法機関(人民法院及び人民検察院)はそれぞれ相応するレベルの人民代表大会の指揮監督に服する。
Ⅲ 小括
新中国の成立から現在に至るまで、政治的、経済的な変化はめまぐるしく、したがってこれを反映する憲法もまた、しばしば制定若しくは改正することを余儀なくされてきた。特に、1982年憲法に関し、4回も改正しなければならなかったのは、改革開放の進展に伴って、実際に生じた社会経済や政治路線の大きな変動を追認し、憲法の枠を超えた種々の改革措置を合憲化するためだったとも言えよう。なお、1982年憲法は、人民が主権者であるという基本原則から、いわゆる「三権分立制度」は採用しておらず、「司法の立法からの独立[13]」や「違憲立法審査権[14]」といった概念はない。
[1]中華人民共和国という新しい国家権力を樹立するために結集した統一戦線の組織形態が「中国人民政治協商会議」であり、これに、中国共産党のイニシアチブの下に、「民主党派」と呼ばれる政党や、無党派人士、人民団体、少数民族、台湾・香港・マカオ(澳門)同胞、帰国華僑などの代表が参加している。中国人民政治協商会議そのものは、法的権限をもつ国家機関ではなく、その役割・任務は、国政、地方の問題、大衆の生活などの重要問題について話し合い、建議や批判を提起して、民主的監督機能を発揮することにある。
民主党派として、「中国国民党革命委員会(民革と略称される。以下、同じ。)」、「中国民主同盟(民盟)」、「中国民主建国会(民建)」、「中国民主促進会(民進)」、「中国農工民主党(農工党)」、「中国致公党(致公党)」、「九三学社」及び「台湾民主自治同盟(台盟)」がある。
なお、現行憲法の前文に、「中国共産党の指導する多党協力及び政治協商制度は長期にわたって存在し、発展するであろう」と、記載されており、多党協力の基本方針としては、「長期共存・互相監督・肝胆相照・栄辱與共」という16文字方針が掲げられている。その意味は、長期的に共存し、お互いに監督し、心の内を見せ合い、栄誉と恥辱を共にするということである。
[2]社会主義的改造とは、資本主義商工業についての国有化、農民や個人経営者の有する生産手段の集団所有化のことをいう。同改造は、4年をかけて1956年に基本的に実現された。
[3]文化大革命は、1966年から1976年まで続いた、「資本主義の復活を防ぎ、党の純潔性を守り、中国独自の社会主義建設の道を探ろう」という名目で行われた政治運動である(「文革」と略称される)。
[4]四人組とは、文化大革命を主導した江青、張春橋、姚文元、王洪文のことを指す。
[5]1978年12月18日から12月22日にかけて、北京で挙行された中国共産党中央委員会の会議で、「第11期3中全会」と略称される。中国共産党の歴史及び中華人民共和国建国以来、重要な意義を持つ会議であり、この会議で、文化大革命期の清算及び改革開放路線が定まるとともに、毛沢東の後継者である華国鋒の失権と鄧小平の権力掌握が確定した。
[6]文化大革命時代における人民代表大会の機能停止に端的に見られるような社会主義的民主主義の閉塞状態や、「大衆独裁」の名の下に猛威を振るった非司法機関による人身の自由への重大な侵犯といった「法制」の破壊及び経済的・社会的停滞などといった深刻な事態に対する現状認識のことをいう。
[7]1987年から1989年にかけての不動産・開発区ブームの中、土地売買の合法化のために、土地使用権の譲渡に関する改正案を採択したほか、私営企業の保護に関する改正案を採択した。
[8]「計画経済」に代わる「社会主義市場経済」は、多様な経済形態の存在を容認する点で、1950年代の「新民主主義経済」との類似性をもっている。なお、効率重視、自主性発揮、外資導入などによって経済発展を図ることを目的とする所有権と経営権の分離が確認され、「国営企業」から「国有企業」に変更した。
[9]改正前の条文内容は、「国家は、公民の合法的収入、貯蓄、家屋その他の合法的財産の所有権を保護する」といった内容であった。今日の「私有財産」という概念は、「その他の合法的財産の所有権」によってカバーできない規模と形態、そして多様な財産権が登場してきた結果でもある。
[10]憲法に規定されていない権利及び自由として、思想の自由、ストライキの自由などがある。
[11]2004年改正における「人権入憲」は、人権問題に対する国際的な批判を意識したものといえる。中国政府の人権に対する基本的な立場は以下の通りである。人権は、国家・法律により与えられるものであり、公共の利益などを損なうような権利や自由は認められない。また、人権問題には国際性の一面があるにしても、主としてそれは一国の主権の範囲内の問題である。
[12]国家主席は、全国人民代表大会の決定又は全国人民代表大会常務委員会の決定に基づいて、法律を公布し、国務院の総理、副総理などの人員を任免し、国の勲章及び栄誉称号を授与し、特赦令を公布し、非常事態措置の開始を宣言し、戦争状態を宣言し、並びに動員令を公布する(国家主席の国内職務、憲法第80条)。また、国家主席は、中国を代表して、国事行事を行い、外国使節を接受し、並びに全国人民代表大会常務委員会の決定に基づいて、海外駐在全権代表を派遣し、又は召還し、外国と締結した条約及び重要な協定を批准し、又は廃止する(国家主席の渉外職務、憲法第81条)。
[13]中国における「司法独立」は、「司法機関の独立」を指すもので、裁判権を独立して行使する主体は、裁判官ではなく、裁判所(人民法院)と定められている(憲法126条)。即ち、中国では、個々の裁判官が独立しているのではなく、人民法院が全体として独立している。
[14]中国の現行憲法は、憲法の解釈・実施の監督(憲法第67条、立法法第42条以下)、違憲違法審査請求権(立法法第90条、91条)などについて規定を設けているが、これは、「違憲立法審査権」とは異なるものである。
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尹 秀鍾(Yin Xiuzhong)
1974年生まれ。中国律師(弁護士)。君合律師事務所(JUN HE LAW OFFICES)所属。慶應義塾大学大学院法学研究科民事法学専攻博士課程修了(法学博士)。慶應義塾大学法学部非常勤講師(中国法、2010-12年)。主要著作に、『中国ビジネスのための法律入門』(共著、中央経済社、2012年7月)、「中国型コーポレート・ガバナンスと独立取締役制度」(山本為三郎編『企業法の法理』慶應義塾大学出版会、2012年3月)、「中国会社法2005年大改正の前と後」(JCAジャーナル56巻7号、日本商事仲裁協会、2009年7月)などがある。
【付記】
論考の中で表明された意見等は執筆者の個人的見解であり、科学技術振興機構及び執筆者が所属する団体の見解ではありません。