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【12-012】中国の環境法の概要(2)

金 振(地球環境戦略研究機関気候変動グループ特任研究員)  2012年 9月 7日

2. 中国の環境問題の特徴

 前回は、中国の環境法の立法状況や法体系について紹介した。ここでは、中国の環境問題の特徴について紹介する。

2.1 統計数値にみる中国の環境問題

 急速な経済発展とともに、中国は、先進国が一世紀以上に渡って経験したとされる様々な環境問題への集中的な対応を迫られている。中国の主な環境問題は、経済活動や市民の生活に伴う廃水、廃気、固形廃棄物の大量発生による公害問題である。中国政府がまとめた環境統計年報(2010年)によると、2010年に発生した重大な公害事故、事件は420件(水汚染135、大気汚染157、海洋汚染3、固形廃棄物汚染35)に達しており、平均すると1日1件以上の発生率となる。公害問題を誘発する根本的な原因は、経済規模の拡大による汚染物質の排出総量の持続的な拡大にあり、また、廃棄物処理や汚染物質除去にかかるインフラ(以下、環境汚染対策インフラ)整備の遅れも要因の1つとして考えられる。

 2010年、中国全土における廃水排出量は617.3億トン(工業廃水:237.5億トン、生活廃水:379.8億トン)に達し、2000年の415.2億トンに比べ、1.5倍増となった。工業廃水に含まれる汚染物質(COD、アンモニア、窒素)の除去率は95.3%であるのに対し、生活廃水の除去率は、わずか72.9%である(出典:2011年中国環境統計年鑑)。この生活廃水処理率は、都市部に限った統計数値であるため、環境インフラ整備が遅れている農村地域まで含むと、除去率はさらに低くなる。

 そして、同年の工業廃気排出量は519,168億m3に達し、それは2000年の排出量(138,145億m3)のほぼ4倍にあたる。これらの工業廃気に含まれるSO2排出総量は、2185,1万トンに達し、2005年より厳しい総量規制を行ったにもかかわらず、2000年の1995.1万トンを上回る排出量となった。

 また、同年の工業固形廃棄物排出量は24.09億トンであり、2000年の排出量(8.16億トン)のほぼ3倍に達しており(出典:2011年中国環境統計年鑑)、廃棄物の保管、処理活動に伴う様々な環境問題が国内においても指摘されている。

 しかし、中国における環境汚染対策インフラ投資額は確実に増大しているのも事実であり、2000年の1010.3億元から、10年後の2010年には、その6倍にあたる6654.2億元(GDPの1.6%)に達している。また、工業固形廃棄物の総合利用率も2000年の45.9%から2010年の66.7%までに向上している(出典:2011年中国環境統計年鑑)。

2.2 中国の環境問題の複合性

 中国の公害問題は、様々な政策課題が網羅された複合的な政策分野でもある。公害規制政策と中国の経済政策は密接に関連しているからである。

 例えば、SO2排出総量規制政策と他の政策分野との関連性からもその複合性を窺うことができる。中国におけるSO2排出の9割は、工業部門における石炭消費(火力発電や工業生産の燃料として使用)によって発生したものであり、うち、火力発電に起因するSO2排出が全体の51.7%を占めている。そもそも中国の経済活動における石炭依存度は高く、2010年、一次エネルギー消費における石炭の割合は68%(出典:中華人民共和国可持続発展国家報告)を占めており、また、発電量の82.54%は石炭火力発電によるものである(出典:2011年中電連統計速報)。今後のエネルギー需要の持続的な拡大に伴い、石炭依存度はさらに高まると見込まれている中、仮に中国が先進国より厳しい排出、処理基準を設けたとしても、石炭消費量の増大に伴うSO2排出許容量のピークはいずれやってくることになる。そのため、SO2排出総量抑制政策の推進に当たって、中国政府は、厳しい排出基準を設けると同時に、厳しい省エネ政策(後述)も実施せざるを得ず、また、再生可能エネルギーの開発・普及政策も同時に進めている。SO2排出総量抑制政策は、公害政策と経済成長とのバランスの問題でもある。

2.3 中国の公害対策の総合性

 廃棄物総量の抑制政策として、中国では、第11次5カ年計画(2006~2010年)において、COD、アンモニア、SO2を対象とした全国レベルの総量削減政策を導入している。また、第12次5カ年計画(2011~2015年)においては、窒素酸化物(NOx)も排出総量規制の対象となった。この政策は、日本が特定地域に限って導入していたSOXやNOX総量規制制度(前者は1974年、後者は1981年に導入)、つまり、地域における汚染物質の排出許容量を決め、排出源となる企業等に排出削減義務を課す規制制度である点において共通している。しかし、違いも少なくない。両制度の比較の詳細は他の文献等に譲るが、一番の違いは、中国の総量規制制度は、全国レベルの制度であり、すべての省級政府が規制地域として指定され、それぞれ異なる総量削減目標が設定されている点にある。

 ちなみに、SO2排出総量削減政策を実施するため、中国政府は、火力発電や製鉄企業等に対する脱硫装置の設置義務の賦課、排出総量削減の義務付け(上記の総量規制)、汚染リスクの高い既存の小規模生産設備の強制淘汰などの総合政策を展開している。また、公害基準に違反した企業の生産、販売、輸出などの規制も展開しており、罰則も強化している。

 注意すべき点は、SO2、CODといった汚染物質の総量削減義務を負うのは企業だけではない。国務院によって導入された国家目標再分配制度(後述)の下、地方政府の指導層(官僚)および環境部署の責任者にも、国から配分された総量削減義務が課されている。各地域における削減目標達成状況は、地方政府指導層(官僚)および政策担当者らの人事評価制度に反映され、目標が達成できない場合は、人事上の不利益措置が取られる。これは、企業および地方政府に総量削減義務に関する連帯責任を負わせ、地方政府の違反企業に対する徹底的な取り締まりや、公害問題への積極的な取り組みを促すための手法である。このような仕組みは、公害対策(汚染物質排出総量規制制度)のみならず、省エネ政策分野(エネルギー原単位低減政策)、農地政策(農地総量規制制度)、一人っ子政策などの分野においても適用されている。

 以上みてきたように、中国における環境政策は、単なる公害対策にとどまらず、エネルギー政策、産業政策、貿易政策などの政策分野が含まれ、また、中国の官僚政治、公務員制度ともリンクした極めてスケールの大きい政策体系となっている。


(注)本研究は、環境研究総合推進費S‐6「アジア低炭素社会研究プロジェクト」の研究成果の一部である。

[キーワード: 公害問題 排出総量規制 SO2 火力発電 石炭依存 節能減排政策 国家目標再分配制度 人事評価]

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金 振

金 振(JIN Zhen)

 公益財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)気候変動グループ特任研究員。1976年、中国吉林省生まれ。1999年、中国東北師範大学卒業。2000年、日本留学。2004年、大阪教育大学大学院教育法学修士。2006年、京都大学大学院法学修士。2009年、京都大学大学院法学博士。2009年、電力中央研究所協力研究員。2012年4月より地球環境戦略研究機関特任研究員(現職)。

URL: http://enviroscope.iges.or.jp/modules/envirolib/staff_view.php?sid=549


【付記】
 論考の中で表明された意見等は執筆者の個人的見解であり、科学技術振興機構及び執筆者が所属する団体の見解ではありません。