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【20-009】新型コロナウイルスの感染症流行から順次生じる五つの論点 (隔離措置→労使関係・家賃減免→不可抗力→撤退等)その2

2020年4月09日

野村高志

野村 高志:西村あさひ法律事務所 上海事務所
パートナー弁護士 上海事務所代表

略歴

1998年弁護士登録。2001年より西村総合法律事務所に勤務。2004年より北京の対外経済貿易大学に留学。2005年よりフレッシュフィールズ法律事務所(上海)に勤務。2010年に現事務所復帰。2 012-2014年 東京理科大学大学院客員教授(中国知財戦略担当)。2014年より再び上海に駐在。
専門は中国内外のM&A、契約交渉、知的財産権、訴訟・紛争、独占禁止法等。ネイティブレベルの中国語で、多国籍クロスボーダー型案件を多数手掛ける。
主要著作に「中国でのM&Aをいかに成功させるか」(M&A Review 2011年1月)、「模倣対策マニュアル(中国編)」(JETRO 2012年3月)、「 中国現地法人の再編・撤退に関する最新実務」(「ジュリスト」(有斐閣)2016年6月号(No.1494))、「アジア進出・撤退の労務」(中央経済社 2017年6月)等多数。

東城聡

東城 聡:西村あさひ法律事務所 弁護士

略歴

米国系コンサルティング会社勤務を経て、2008年弁護士登録。2008-2012年ブレークモア法律事務所、2012-2016年高井・岡芹法律事務所 上海代表処首席代表、2016-2019 年 瓜生・糸賀法律事務所 上海代表処首席代表としての勤務を経て、2020年1月より現職。中国業務を中心として、新規投資、リストラクチャリング、不正調査・防止業務、会社法・労働法対応を通して日系企 業を支援する。

その1よりつづき)

三. 借主による家賃についての減免の交渉

 今後の数ヶ月内に問題となるであろう争点として、二の労働関係の問題に加えて、オフィス・店舗の家賃負担が挙げられます。以下、大半の日系企業は借主の立場と考えられるため、かかる立場から家賃の減免交渉の指針について簡単にご紹介したいと思います。

図1 家賃減免交渉の考え方の流れ

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1. 利用できる政策があるか

 前回でご紹介[39]した通り、上海市、青島市、大連市の他、北京市[40]、重慶市[41]、天津市[42]、四川省[43]、広東省[44]、安徽省[45]等でこうした政策が出されています。その要件及び効果は地域によって異なりますが、おおむね不動産物件が国有資産(国有企業の保有)であり、借主が中小企業[46]である場合に、2020年の2月から1~3ヶ月の家賃を免除するという政策がほとんどです。

2. 政策がない場合の減免についての主張(SARSの事例を参考に)

(1) 貸主に帰責事由がある場合

 もし、国又は地方政府の決定ではなく、貸主側独自の判断や、その他貸主側の理由で物件の使用が禁止された場合には、借主としては、貸主の責めに帰すべき事由による契約不履行と主張して、物件が利用できなかったことによって生じた損害の賠償請求又は当該請求額と該当月の賃料との相殺を主張すること考えられます。

 しかし、本件感染症下における感染等の拡大防止のために物件の使用を禁じることには、一定の合理性が認められると思われるため、これが貸主側の帰責事由による不履行と認められるのは、やや困難かもしれません。

(2) 不可抗力と事情変更

 貸主側に帰責事由が無い場合には、本件感染病事案の発生という客観的な事由を原因として、賃料支払義務という契約の義務を履行しなくて良い理由とする必要があります。この点、上海市等幾つかの地域の人民法院が、意見[47]を出しており、「感染事案の影響によって履行不能又は履行が当事者の検疫に大きな影響を生じる場合には、公平、誠実信用等の原則に基づいて、当事者間の約定、感染症事案の発展段階、感染症と履行不能又は履行困難との間の因果関係、及び感染症の影響の程度の要素を総合的に考慮して、①不可抗力又は②事情変更等の関連規定で事案を処理する」との方針を明らかにしています。

①「不可抗力」とは、前回でも触れた通り[48]、契約法[49]117条の定める「予見不能、回避不能かつ克服不能の客観的状況」による契約を履行できない場合に、責任を免除するという制度です。

②「事情変更」とは、契約法第5条の公平原則を根拠として、「契約成立後、客観的状況によって、当事者が、契約締結時に予見できず、不可抗力ではなく、ビジネスリスクにも属さないような重大な変化が発生し、契約を履行することが一方当事者にとって明らかに不公平で契約の目的を実現できない場合に、当事者が人民法院に契約の変更又は解除を申し立てたときには、人民法院は公平原則に基づいて、実際の案件の状況を踏まえて、変更又は解除するか決定する」という制度です(司法解釈[50]第二十六条)。

3. SARSの事例を参考とした今後の主張

 類似する状況における家賃の支払の要否が争われた上海の事案[51]について、上海市中級人民法院は、「SARS」に起因して地方政府が娯楽産業について2003年5月から8月まで営業を停止させたことは周知の事実であるとした一審判決を維持し、「公平原則」に基づいて、3ヶ月の賃料の控除を認めました。

 同じく上海市中級人民法院は、原審が「不可抗力」の主張を認めて免除した賃料について、「SARS」は、法律で不可抗力と線引されているわけでなく、かつ、実際に営業停止される前の家賃も免除されるのはおかしいとして、原審の判断の一部を変更しました[52] (事情を斟酌して営業停止期間分の減免は認めました。)。

 また、浙江省紹興市の事案[53]について、同市の中級人民法院は、当地の文化主管部門の規定に基づいて「SARS」の期間営業を停止した場合には、借主がこの期間の家賃の免除を求めることは合理的であるとして、2ヶ月の賃金の控除を認めました。

 他に山東省煙台市の事案[54]について、同市の中級人民法院は、「SARS」は予見できない災害であったとして、ホテルの営業停止による経済損失は客観的に存在しているとして、「SARS」の期間の賃料の控除を「事情変更」の法理を適用して認めた一審の判決を維持しました。

 これらは一例ですが、本件感染症事案が「SARS」よりも多くの患者及び死者を出していること、感染のエリアも大きく、各地方の営業停止や隔離の措置も、より重いことから、「SARS」の部分を本件感染症事案と入れ替えて判断しても違和感はないように感じます。こうした事例を参考に、公平原則、不可抗力又は事情変更に基づいた1~3ヶ月の減免を求める動きは、今後増えていくことが予想されます。

 なお、「SARS」の時には、「事情変更」及び「不可抗力」の適用について、各地の高級人民法院ではなく、最高人民法院から司法解釈が出されていました。その内容としては、本件感染症事案に関して各高級人民法院から出されている意見と類似していますが、このような全国的な意見が規定されると、より公平原則、不可抗力、事情変更の主張が認められやすくなることが予想されます。

4. 減免等を争ううえで契約書でチェックするべきポイント

 減免等を争ううえでは、契約書で次のような項目があれば、減免を争う手掛かりになり得ます。
・ 双方に帰責性のない状況において、賃料を減額又は免除する旨の規定が存在する。
・ 後述の不可抗力に関する規定において、「伝染病の流行」、「感染症の流行」等が明記されている。

四. 不可抗力について

 上述三、2、(2)における法理は、不動産の賃貸借契約に限らず、様々な場面で問題となり得ます。その中でも「不可抗力」による抗弁は、契約書にも一般条項として(しばしば契約の末尾の方に)不可抗力条項が記載されていることが多く、「SARS」でも同様の事案が多く見られたため、その主張がなされる事案が増えることが予想されます。

1. 中国法における不可抗力の規定

 中国契約法では、不可抗力を「予見できず、避けられずかつ克服できない客観的状況」[55]と規定しています。不可抗力で契約が履行不能になった場合、不可抗力責任は一部又は全部免除されます。もし、契約において不可抗力の条項が明記されていなくても、その準拠法が中国法と解される場合は、かかる法律規定に基づいて不可抗力の主張が可能となります。

 この要件について、「客観的状況」とは、①外部者がコントロールできず、かつ、②社会全体がその存在を認める現象である必要があるとされています。この点、本件感染症の場合は、①契約当事者がコントロールできる範囲は極めて限定されるように思われます。さらに、②本件感染症が流行したという事実は、社会全体が認める現象と主張するのは十分合理的と思われます[58]

 また、予見可能性については、債務者の注意義務を加えて判断をすべきといわれています[57]。例えば債務者が通常の払うべき注意義務を怠っているのに、予見可能性がなかったと主張しても認められない可能性があります。もっとも、本件感染症の場合は、予見できなかったと認められる可能性が高いと思われます。

 なお、以上の議論は、本件感染症を不可抗力事由としたものですが、例えば都市封鎖により物流の供給ができなかったケースを考えると、都市封鎖という政府の行為(行政命令)を不可抗力事由と考える余地もあると思われます[58]

2. 認定の概要

 前述の法律で規定された要件を前提として、訴訟においてこれを認定する際の実務方法について、複数の裁判例を確認したものの、各法院及び事案によって差異があるため、統一的なルールを読み取ることはできませんでした。

 しかし、大まかな傾向としては、次の図2の①から③の争点に関する事実認定を行って、不可抗力の成否を判断する傾向があるように思われます。

図2 不可抗力の要件について

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 まず前提として、中国法が準拠法であるか否かを検討する必要があります。契約の中に準拠法に関する規定があれば、それに従って判断されますし、準拠法に関する規定がなくても、中国国内の取引に関する契約であれば、原則として中国法準拠と解されることになります[59]。もし準拠法が中国法以外の法律であれば[60]、当該準拠法における「不可抗力」の考え方に基づいて判断する必要があります。

 次に①は、主張する原因となる事象が「不可抗力」といえるかです。この点は、多くのケースで、法律の要件の「予見できず、避けられずかつ克服できない」のうち、予見可能性を中心に検討されていました。

 また、②の「契約履行不能」の要件については、契約の目的達成が不能になったかという形に変えて認定をしているケース[61]が見られました。また履行不能の対象が、全部なのか一部に留まるのかが争点になるケースも考えられます。

 さらに、①と②の要件があっても、③の「因果関係」が否定されることにより、不可抗力が適用されないケース[62]も見られます。因果関係の存否が争点となるようなケースにおいては、その点を立証する証拠の有無・内容が重要となると思われます。紛争が顕在化する以前に、取引の相手方から、証拠となり得る資料・情報をうまく取得しておくことが望ましいと言えます。

 なお、契約における不可抗力条項の規定ぶりと、訴訟等において不可抗力が認められるか否かの関係は、中国法に限らず一般的に次の図3のような傾向があるといえます。ただ、中国における訴訟事案では、契約における不可抗力条項の規定ぶりを詳細に認定している事案は少なく、契約法の上記要件を検討して結論を導いている事案の方が多いようです。これは、中国の契約実務(特に国内取引)においては、仮に不可抗力条項を規定したとしても、欧米の契約における不可抗力(Force Majeure)条項ほど詳細に各種の事由を列挙することなく、むしろ契約法(又は民法通則)の条項をそのまま記載している例が多いことも関係しているのかもしれません。

図3 不可抗力の規定と認定の関係について

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 図1にあるように、契約において明文の不可抗力条項があった方が、一般的には契約上の抗弁として主張しやすいことになります。

 図2にあるように、不可抗力条項に様々な列挙事由がある場合において「伝染病の流行」、「疫病の流行」といった本件感染症と同種であると判断できる事項が記載されていれば、当該記載を根拠とした主張がより容易になると考えられます。

 仮に列挙されている事由に「伝染病の流行」、「疫病の流行」又はこれに類似する事由がない場合、記載されていない事由は排除する趣旨と解されるリスクはあります。

 もっとも図3にあるように「以上の事例を含むがこれに限られない」といった包括条項(バスケット条項)があれば、列挙はされていないがこのバスケットに含まれていると主張する選択肢が残されます。

 もちろん図3にあるように、今回であれば「SARSに類似する重大な伝染病」、「MARSに類似する疫病の流行」等の具体的な記載があれば、それに該当すると認められる可能性は、一般的には高まるといえます。

 このようなアプローチは、例えば日本企業と中国企業との間の国際取引に関する契約(買収契約、合弁契約、技術ライセンス契約等)で、準拠法が中国法以外の法律とされている場合には必要性が高いと思われます。他方で、中国国内の取引契約で中国法が準拠とされる場合には、上述した通り契約法の規定が適用されるため、不可抗力事由に該当することが認められやすいと予想されます(その場合でも、前述の図2の②③の要件を充足するかはケースバイケースで判断されると考えられ、常に不可抗力の主張が成立するとは限りません。)。

五. 中期的な視点での対応(リストラクチャリング・撤退・M&A)

 冒頭に記載したように、短期的には、二、三、四でご紹介した労働、賃貸借契約及びその他の契約の問題がビジネス上の喫緊の争点になってくると予想されます。

 一方、こうした本件感染症の広がりから、中国ビジネスを縮小したり、現地法人を撤退する選択をする企業も出てくるのではないかと思われます。

 現地法人の撤退を実行するには、大きく分けて、次の3つのフェーズに分けることができます。


① プランニング(対外公表するまでの準備)
② 対外公表[63]→従業員及び取引先との交渉
③ 会社清算の法的手続

図4 撤退の3つのフェーズ

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 撤退は最終的な選択肢ではあります。しかし、上記のような一般的な流れを念頭において、最悪の場合にどのような手続を行わなければならないか、業務及び予算の負担はどの程度であるかといった、エグジットのプランもあらかじめ検討しておくことは、慎重かつ合理的なビジネスジャッジをするうえで非常に重要と思われます。

 こうしたエグジットプランについては、中長期的に中国企業をM&Aをして進出をする際にもあらかじめ検討しておくことが推奨されます。

以 上

※本稿は「西村あさひ法律事務所中国ニューズレター」(2020年3月19日号)より転載したものである。


39 前回4.Q2

40 北京市人民政府弁公庁「新型コロナウイルス感染性肺炎流行状況の影響に対処する中小企業の持続的健康発展促進に関する若干の措置」(北京市人民政府办公厅关于应对新型冠状病毒感染的肺炎疫情影响促进中小微企业持续健康发展的若干措施

41 重慶市人民政府弁公庁「新型コロナウイルス感染性肺炎流行状況に対処する中小企業の難関突破を支援する二十条の政策措置に関する通知」(重庆市人民政府办公厅关于应对新型冠状病毒感染的肺炎疫情支持中小企业共渡难关二十条政策措施的通知

42 天津市人民政府弁公庁「天津市が新型コロナウイルス感染性肺炎流行状況の防止対処という戦場で勝利を勝ち取り、経済及び社会の持続的健康発展を更に促進する若干の措置の発布に関する通知」(天津市人民政府办公厅关于印发天津市打赢新型冠状病毒感染肺炎疫情防控阻击战进一步促进经济社会持续健康发展若干措施的通知

43 四川省人民政府弁公庁「新型コロナウイルス感染性肺炎流行状況に対処する中小企業が抱える生産経営困難の緩和に関する政策措置」(四川省人民政府办公厅关于应对新型冠状病毒肺炎疫情缓解中小企业生产经营困难的政策措施

44 広東省人民政府「新型コロナウイルス感染性肺炎流行状況に対処する企業の業務再開を支持する若干の政策措置の発布に関する通知」(广东省人民政府关于印发应对新型冠状病毒感染的肺炎疫情支持企业复工复产若干政策措施的通知

45 安徽省「新型コロナウイルス感染性肺炎流行状況に対処する若干の政策措置」(安徽省发布应对新型冠状病毒肺炎疫情若干政策措施

46 「中小企業区別標準規定の通知」(工信部聯企業(2011)300号、2011年6月18日)において、業界、従業員人数、売上高、資産総額といった要素を用いて、中小企業であるかに分けて、更に中小企業の中でも幾つかの類別に分けています。

47 例として2020年2月8日上海市高級人民法院「審判機能作用を十分に発揮し法律に基づいて感染病を防止対処するための司法の保障の提供に関する指導意見」第四項

48 前回2.Q1,Q2

49 国家主席令第15号、1999年10月1日施行

50 最高人民法院の「契約法」の正確な適用に関する若干の問題の解釈(二)(2009年4月27日施行、法(2009)第165号)

51 (2004)沪二中民二(民)終字第354号2004年6月8日判決

52 (2004)沪一中民二(民)終字第32号2004年4月9日判決

53 (2008)紹中民一終字第143号2008年4月22日判決

54 (2018)魯06民終268号2018年3月13日判決

55 第117条第2項

56 葉林「不可抗力制度を論じる」北方法学(2007年)

57 同上

58 この場合に、(中国でしばしば見られますが)行政機関の担当者が口頭で指示を行ったケースであれば、当該政府行為(行政命令)が存在したことの立証が問題になる可能性があります。この点、前回で紹介した「中国国際貿易促進委員会」の不可抗力に関する証明書を活用することも一つの対応方法です。

59 民法通則(2009年8月27日改正)第8条、民法総則(2017年10月1日施行)第12条

60 具体的には、中華人民共和国渉外民事関係法律適用法(2011年4月1日施行)及びその関連法規を根拠に判断を下すことになります。

61 (2019)最高法民再288号等

62 内モンゴル自治区高級人民法院(2015)内民申字第814号は、草原の強風で発生した火災によって生じた履行不能について、強風が不可抗力に属するか否かのほかに、火災という履行不能な状況が当該火災に因って生じたことが証明されていないことも不可抗力の抗弁を採用しない理由として挙げました。

63 従業員等への社内での公表と、適時開示・取引先への開示を含む本来の意味での外部への公表とに分けられるが、実際には情報コントロールの観点から、両者は同日又は近接した日に行われることが多いです。