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【22-25】中国の年後半の経済政策と追加対策(その1)

2022年10月19日

田中修

田中 修(たなか おさむ)氏 :ジェトロ・アジア経済研究所 上席主任調査研究員 拓殖大学大学院経済学研究科客員教授

略歴

 1958年東京に生まれる。1982年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。1996年から2000年まで在中国日本国大使館経済部に1等書記官・参事官として勤務。帰国後、財務省主計局主計官、信州大学経済学部教授、内閣府参事官、財務総合政策研究所副所長、税務大学校長を歴任。現在、財務総合政策研究所特別研究官(中国研究交流顧問)。2018年12月~ジェトロ・アジア経済研究所上席主任調査研究員。2019年4月~拓殖大学大学院経済学研究科客員教授。学術博士(東京大学)

主な著書

  • 「日本人と資本主義の精神」(ちくま新書)
  • 「スミス、ケインズからピケティまで 世界を読み解く経済思想の授業」(日本実業出版社)
  • 「2011~2015年の中国経済―第12次5ヵ年計画を読む―」(蒼蒼社)
  • 「検証 現代中国の経済政策決定-近づく改革開放路線の臨界点-」
    (日本経済新聞出版社、2008年アジア・太平洋賞特別賞受賞)
  • 「中国第10次5ヵ年計画-中国経済をどう読むか?-」(蒼蒼社)
  • 『2020年に挑む中国-超大国のゆくえ―』(共著、文眞堂)
  • 「中国経済はどう変わったか」(共著、国際書院)
  • 「中国ビジネスを理解する」(共著、中央経済社)
  • 「中国資本市場の現状と課題」(共著、財経詳報社)
  • 「中国は、いま」(共著、岩波新書)
  • 「国際金融危機後の中国経済」(共著、勁草書房)
  • 「中国経済のマクロ分析」(共著、日本経済新聞出版社)
  • 「中国の経済構造改革」(共著、日本経済新聞出版社)

はじめに

 4-6月の中国のGDP成長率は0.4%をかろうじてマイナスを免れたものの、1-6月の成長率は2.5%にとどまり、年間成長率目標5.5%前後を達成することは困難となった。このため、党中央・国務院は、年後半の経済政策の基本方針を決定するとともに、追加対策として、8月に経済の大基盤を安定させるための包括的政策の接続政策、9月に10-12月期の政策を次々に打ち出している。本稿では、7月以降の重要会議の流れを追いながら、マクロ経済政策の動向を解説する。

Ⅰ.年後半の経済政策

1.専門家・企業家座談会(7月12日)

 経済情勢を分析し、今後の経済政策をしっかり実施することについて、意見・建議を聴取した。李克強総理は、この座談会で、「(経済の大基盤を安定させるための包括的政策の)政策効果はかなり速く顕在化しており、5月の主要経済指標の下降幅が縮小し、6月の経済は安定・回復傾向にある。これは、極めて容易ではなかった。しかし、経済回復の基礎は堅固ではなく、発展環境における不確定要因がかなり多く、経済の大基盤をしっかり安定させるには、引き続き艱難辛苦の努力を払う必要がある」とし、市場主体・雇用・物価を安定させ、「7-9月期に経済の回復・好転の基礎を強固にし、経済運営のできるだけ速やかな正常軌道への回帰を推進しなければならない」と強調した。

 実施中の包括的政策については、「実施期間はまだ1ヵ月余りであり、なお相当の実施の余地があり、引き続き政策の実施と効果の顕在化を推進しなければならない」として、この時点では追加対策の打出しにはまだ慎重な姿勢を示している。

2.世界経済フォーラムグローバル企業家オンライン特別対話会(7月19日)

 50余りの国家の400名近い企業家が出席した。李克強総理は、4月の経済下振れに対し、「バラマキ」を行わないことを堅持し、元々定めていた政策を前倒して力を発揮し、経済を安定させる33項目の包括的政策措置を打ち出して実施し、「5月の主要経済指標は下降の勢いが鈍化し、6月の経済は安定・上昇傾向となり、主要指標はかなり速く反転し、マイナスがプラスに転じ、都市調査失業率は顕著に下降し、4-6月期経済のプラス成長実現を牽引した」としながらも、「経済の回復の基礎はなお堅固ではなく、経済の大基盤をしっかり安定させるには艱難辛苦の努力を払う必要がある」と指摘した。

 しかし、追加対策については、「(現在の)マクロ政策は精確・有力で、合理的・適度であり、高すぎる成長目標のために超大規模な刺激措置を打ち出し、通貨を超過発行し、将来を先食いすることはしない。実際に基づき正しい方法を選択し、力を尽くして実行することを堅持し、年間の経済発展がかなり良い水準に達するよう努力する」として、大規模な追加対策を打ち出すことを明確に否定したのである。また、「年間の経済目標の実現に努力」という言い方もやめて「かなり良い水準」とし、5.5%の成長目標の放棄を示唆した。「将来の先食い」とは、将来に大きなツケ(債務)を残すことである。

3.国務院常務会議(7月21日)

 年後半の有効需要拡大策の重点内容を議論した。「わが国経済は安定・上昇にむかうカギとなる最適の時期にあり、7-9月期が極めて重要である」とし、マクロ経済政策では、成長率ではなく、雇用・物価安定の保障の目標実現を優先しなければならないとした。投資・消費の拡大策としては、次のものが決定された。

(1)有効な投資の拡大

①プロジェクトは、当面に利するだけでなく長期に恩恵を与え、経済社会の発展の基礎を支える能力の増強に有益でなければならず、第14次五カ年計画に合致し、経済効果があり、できるだけ早く着工できるものを選抜しなければならない。

②政策性・開発性金融手段(開発銀行・農業発展銀行・輸出入銀行によるプロジェクトの資本金補充を指す)の資金提供等の政策をしっかり実施し、政策性銀行・商業銀行が新規融資を行う。

③地方政府特別債資金の使用を加速する。

④各地方は、質重視の要求に基づき、プロジェクトの進度を加速し、7-9月期に更に多くの実物成果量を形成する。

(2)消費の拡大

①金融機関は、疫病の影響を受けた個人の消費者ローンについて、更に柔軟な対応する。

②不動産市場の平穏で健全な発展を促進し、住宅へのハードな需要(農村から都市に移ってきた出稼ぎ農民とその家族(「新市民」と呼ぶ)や、大学卒業生の住宅需要を指す)を保障し、住み替えのニーズを合理的に支援する。

③プラットフォーム経済の規範的で健全な発展を支援する具体的措置を打ち出し、雇用を創造し、消費を促進するプラットフォーム経済の役割をしっかり発揮させる。

④輸出入への金融支援を増やし、積極的に企業のために為替レートリスク回避等のサービスを提供する。

(留意点)
 胡錦涛指導部の時代は、4-6月のGDP成長率が公表されると、温家宝総理がすぐ国務常務会議で、年後半の経済政策を検討していた。しかし、習近平指導部になってからは,党・習近平総書記が経済政策も指導するという建前から、年後半の経済政策は7月末の党中央政治局会議で決定される形となり、それ以前の国務院常務会議での議論は非公表となっていた。ところが、今回は党中央政治局会議を待たず、今後の重要な政策の中身が公表されている。これは、3月末以降、経済政策については国務院・李克強総理が主導する傾向が、未だに続いていることを示すものである。

4.党中央政治局会議(7月28日)

 年後半の経済政策については、「疫病をしっかり防ぎ、経済をしっかり安定させ、発展を安全にしなければならない」という要求を全面実施し、「経済の反転上昇・好転の趨勢を強固にし、雇用・物価の安定に力を入れ、経済運営を合理的区間に維持し、最良の結果の実現に努めなければならない」とした。年間の経済目標の実現ではなく、「最良の結果の実現」としたことで、5.5%の成長率目標は、事実上放棄された。

 年後半の経済政策については、以下の6方針が決定された。

(1)堅持こそが勝利である。

 疫病防御と経済社会の発展政策を効率高く統一しなければならない。動態的ゼロコロナを堅持し、疫病が出現すれば直ちに厳格に防止・コントロールして、管理すべきものは断固しっかり管理しなければならず、決して緩みや厭戦気分があってはならない。

(留意点)
 国務院の会議・文件では動態的ゼロコロナへの言及がほとんど見られないが、党中央政治局会議では、冒頭に掲げられている。ここにも、ゼロコロナ政策への党中央と国務院の温度差がみられる。

(2)マクロ政策は需要拡大の面で積極的に結果を出さなければならない。

 財政金融政策は社会の需要不足を有効に補わなければならない。地方政府特別債資金をうまく用いて、地方政府が特別債務限度額を十分にうまく用いるよう支援しなければならない。金融政策は流動性の合理的充足を維持し、企業への貸出支援を増やし、政策銀行の新規貸出とインフラ建設投資基金をうまく用いなければならない。

 産業チェーン・サプライチェーンの安定性と国際競争力を高め、交通・物流を円滑にし、国内産業チェーンの配置を最適化し、中西部地域のインフラ・ビジネス環境の改善を支援しなければならない。

(留意点)
 マクロ政策の重点が有効需要の不足を補うことであることを明らかにした。その方策として、地方政府のインフラ投資の財源となる地方政府特別債の追加発行が挙げられている。

(3)全方位で安全の最低ラインをしっかり守らなければならない。

 食糧安全保障を強化し、エネルギー・資源供給保障能力を高め、新エネルギー供給・消費体系の計画・建設に力を入れなければならない。

 不動産市場を安定させ、「住宅は住むためのものであって、投機のためのものではない」という位置づけを堅持し、都市の事情に応じて施策を講じ、政策の道具箱を十分にうまく用いて、ハードな需要・住み替え需要を支援し、地方政府の責任を徹底させ、住宅の引渡しを保障し、民生を安定させなければならない。

 金融市場の総体の安定を維持し、一部地方の村鎮銀行リスクを適切に解消し、金融犯罪を厳しく取り締まらなければならない。

 安全生産の責任を徹底させなければならない。

(留意点)
 従来の食糧・エネルギー・資源の安全保障に加え、不動産・金融の安全保障が加わった。
現在、住宅の建設・引渡しが遅れていることを理由に、住宅購入者が住宅ローンの支払いを拒否する動きが広がっている。また、一部の村鎮銀行が乱脈経営で経営破綻に追い込まれ、預金者の取り付け騒ぎが発生している。これらの庶民の不満をうまくおさめ、第20回党大会を平穏に迎えようという趣旨であろう。

(4)改革開放により経済発展の動力を増幅しなければならない。

 国有企業改革3年アクションプランを引き続き実施しなければならない。

 プラットフォーム経済の規範的健全で持続的な発展を推進し、プラットフォーム経済の特別整頓・改善を完成させ、プラットフォーム経済への常態化した監督管理を実施し、いくらかの「ゴーサイン」の投資案件を集中的に打ち出さなければならない。

 積極的に輸出を促進し、輸入を拡大して、技術・外資導入政策をしっかり実施し、「一帯一路」共同建設の質の高い発展を推進しなければならない。

(留意点)
 党中央政治局会議では、プラットフォーム企業の投資案件について、これまでは「信号灯」を設置し、監督・取締りを強化する面が強調されてきたが、4月29日の会議で特別取締りを手仕舞いする方針が明らかにされ、今回は「ゴーサイン」と更に踏み出している。7月21日の国務院常務会議で、李克強総理は雇用・消費を牽引するプラットフォーム経済の役割を強調しており、これが反映したのであろう。

(5)民生保障政策を着実にしっかり実施しなければならない。

 困窮大衆の基本生活保障に力を入れ、大学卒業生等の重点層の雇用政策をしっかり実施しなければならない。

(留意点)
 コロナ及びゼロコロナ政策により困窮している人々の救済と、大学卒業生の雇用に重点がおかれている。

(6)各方面の積極性を十分動員しなければならない。

 各地方・各部門は責任を確実に担い、各レベルの指導グループは意気込みにあふれた精神状態で政策を展開し、指導幹部は大胆にうまく取り組まなければならない。

 経済大省は重要な仕事に大胆に挑み、条件の整った省は経済社会発展の予期目標の達成に努力しなければならない。

 企業と企業家の能動性を発揮させ、良好な政策・制度環境を作り上げ、国有企業が大胆に事業に取り組み、民営企業が大胆に参入し、外資企業が大胆に投資するようにしなければならない。

(留意点)
 経済目標の実現を、コロナ・都市封鎖のダメージが比較的少なかった経済大省には要求している。経済規模が大きく、コロナのダメージが小さい省に経済を牽引させる方針が示されている。

その2 へつづく)