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【23-27】中国人民銀行の政策方針

2023年04月27日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 中国人民銀行の易綱総裁は4月4日にスピーチを行い、その内容が人民銀行のウェブサイトで公表された。このスピーチでは人民銀行の政策についての考え方が簡潔にまとめられている。今回は、このスピーチの内容を概観し、前回 に続き人民銀行の政策について考えてみたい。

中国人民銀行の任務

 易綱総裁のスピーチは「現代中央銀行制度を構築し中国式現代化によりよく貢献する」と題され、2023年中国金融学会学術年次会合において行われた。そこではまず、1995年に成立し2003年に改正された「中国人民銀行法」により、通貨価値の安定と金融システムの安定が中国人民銀行の2つの中心的任務であるとされ、この2つの任務を十分に達成すれば、雇用と経済成長の増加を促進できると述べられている。

通貨価値の安定

 通貨価値の安定については、物価の安定と為替レートの安定の二つの意味を持つと述べられている。日本では日本銀行の金融政策の目的である物価の安定は国内物価の安定のみを意味し為替レートは含まれない。この点で中国人民銀行は日本銀行と異なり、為替レートの安定にも責任を負っている。易綱総裁は通貨価値の安定に関連して総量、金利、為替レートの3分野の人民銀行の政策を説明している。

総量

 総量の分野では、「預金準備率を引き下げ、過去に凍結された流動性を解放し、通貨乗数を引き上げ、人民銀行のバランスシートを安定させることによって、通貨と信用量の合理的増加をもたらした」と述べられている。この結果「過去5年の中国の広義通貨供給量(M2)と社会融資規模の年平均伸び率は10%前後となり、8%程度の名目GDP成長率に相応な伸び率となった」とされている。ここでは、預金準備率の引き下げによる超過準備の拡大、すなわちハイパワードマネーの増大が通貨乗数を通して直接的に通貨総量や信用総量を増加させるという理屈となっている。中国では窓口指導によって、銀行の信用総量を人民銀行が直接コントロールしているのでこのような説明も成り立ちうるが、通常は預金準備率の引き下げによるハイパワードマネーの増大は、それも計算に入れて次に説明する公開市場操作が行われ、その結果、金利が低下し経済活動が活発化して信用総量も増加するという、より間接的な関係にあると考えるべきである。従って、預金準備率の低下は数量という面からみると副次的な効果しか持たない。それよりも、2018年10月のコラム で説明したように、預金準備率の引き下げによって、銀行の逆ザヤが解消され、貸出に伴うコストが低下することが重要である。それによって銀行は貸出の拡大に、より積極的になることができる。

金利

 次に、人民銀行は金利操作については慎重に行い、金利変動余地を残すようにしており、政策金利の変動幅は相対的に小さいと述べられている。2018年にはアメリカなどが連続利上げを行ったが、人民銀行は公開市場操作の金利を0.05%引き上げたのみであり、2020年のコロナ禍に際して主要中銀がゼロ金利まで金利を大幅に引き下げた際も、人民銀行は小幅の引き下げにとどめた。さらに、2022年に入って主要中銀が大幅利上げを行った際にも、人民銀行は利上げを行わず、かえって0.20%の利下げを行っている。中国では、実質金利は潜在成長率より幾分低く維持されており、経済成長率と対応しているだけでなく、物価の安定にも役立っていると述べられている。一方で、1年物預金基準金利は1.5%であり、銀行は通常この水準を上回る金利を設定することから、預金金利は2%程度になる。これは大衆の金利収入の確保に役立っているとされている。ここでは人民銀行が金利を全般にわたってコントロールしていることが示唆されている。

為替レート

 為替レートについてみると、中国は「市場の需給を基礎にバスケット通貨を参考に調節する、管理された変動相場制」を実行していることが改めて明示されている。そして、為替レートの変動の弾力性が増大してきており、マクロ経済や国際収支に対して、自動安定装置として機能していると述べられている。BISの試算による人民元の実質実効為替レートを見ると、過去20年で40%切り上がっており、年平均の上昇率は2%となっている。これが全体のGDPや一人当たりGDPを主要通貨に換算した場合の成長を大きくしていると述べられている。一部の国では自国通貨の大幅減価によって、中進国のわなを超えられないとも述べられており、中国は為替レートの安定的な上昇によってそのような状況に陥っていないことが示されている。注目すべきは、中国では自国通貨の為替レートの変動がマクロ経済の成長や国際収支の均衡に影響を与えるものとして、金融政策の手段の一つととらえられているという点である。

金融システムの安定

 人民銀行は通貨価値の安定を維持するとともに、金融システムの安定を維持する必要がある。マクロ変数に問題が生ずれば不安定要素が生まれ、金融システムにリスクが発生する。しかし、中国では、金利、為替レート、経済成長率、失業率などのマクロ変数は安定しており、金融システムのリスクは抑制されていると述べられている。同時に一連の政策措置によって、システミックリスクを発生させないという最低ラインを死守したとも述べられている。中小金融機関の中で高リスクに直面する機関の数はピークの600強から300強に減少し、高リスクのシャドーバンキングの規模も30兆元削減されたとも指摘されている。

雇用と経済成長

 スピーチの最後の部分で易綱総裁はまず、「通貨価値の安定と金融システムの安定が充分な雇用と経済成長をもたらす」と述べている。過去5年の中国の実質成長率は年平均5.2%と世界全体の2.3%を上回り、都市の雇用増加数は年平均1300万人に達し、充分な雇用が確保されたと評価している。そして、M2や社会融資規模のような総量のコントロールだけでなく、資金の流入分野に影響を与える構造性金融政策手段について説明が加えられている。構造性金融政策手段については 前回のコラム でも登場したが、特定の分野への銀行貸出の増加を促すために、人民銀行が優遇金利で銀行に資金供給する措置である。今回のスピーチでは、安定した成長や雇用の増大をもたらすための重点分野や経済の弱点分野に対して銀行が支援することを促す手段と表現されている。また、環境政策面では脱炭素分野への優遇金利貸出を奨励する脱炭素支援手段を創設している。

 そして、もう一度改めて、中国では通貨価値の安定と金融システムの安定が中央銀行の最重要任務であり、この二つを実現することによって、雇用の増大と経済成長がもたらされていると総括している。今後の方針についても、現代的中央銀行制度を構築し、通貨価値の安定と金融システムの安定を維持していくと述べられている。ここには、日米欧のような極端に振れる金融政策を回避し、安定した経済運営を行っていこうという意図が見受けられる。

(了)


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