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【23-20】5年間の金融政策

2023年03月27日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 3月4日から14日までの間、全国人民代表大会(全人代)が開催され、政府活動報告が発表された。それに先立つ2月24日に中国人民銀行は2022年第4四半期金融政策執行報告を公表し、過去5年間の金融政策についての総括と今後の方針について述べている。今回はこれらの内容を概観したい

過去5年の総括

 2022年11月には5年に1度の中国共産党第20回党大会が開催され、そこでの党人事を受けて、2023年3月の全人代では国務院の李克強総理が李強総理に交代した。今回の政府活動報告は李克強前総理が行った。現在の人民銀行易綱総裁も5年前の2018年3月の全人代で任命された。今回の全人代では易綱総裁は続投となった。李克強前総理が行った政府活動報告では、過去5年間の金融政策に関連して以下のように述べられている。

「穏健な金融政策の実施を堅持した。状況の変化に対応し弾力的に政策の強度を調整し、流動性を合理的充足水準に維持した。預金準備率の引き下げや再貸出などの政策手段をうまく使い、実体経済に対する有効なサポートを強化し、中小零細企業の資金調達難や調達コスト高などの問題を緩和した。製造業向け貸出残高は5年間で16.3兆元から27.4兆元に増加した。小企業、零細企業に対する貸出残高は8.2兆元から23.8兆元に増加し、年平均23.8%の増加となった。貸出平均金利は5年前と比べ1.5%ポイント低下した。人民元為替相場は合理的均衡水準での変動の弾力性を増しつつ、基本的安定を保持した。」

 これに先立ち2月24日に公表された人民銀行の2022年第4四半期金融政策執行報告では、「穏健な金融政策の実施を堅持し、マクロ経済の動向を安定させた」と題するボックスが設けられており、過去5年間の金融政策の総括が行われている。

 そのポイントを見ると、まず過去5年、人民銀行は、党中央と国務院の決定に従い、穏健な金融政策の実施を堅持し、質の高い成長に対して「安定」というサポートを提供した、と全体が総括されている。内外の困難な情勢に対して、中国は一貫して穏健な金融政策を実施し、正常な金融政策の余地を維持し、経済が停滞した際に大盤振る舞いの緩和を行わず、経済が回復する局面でも急いで政策変更を行わないで来た。内外の不確実性に対して安定した金融政策によって対応し、マクロ経済の動向を安定させるために適切な通貨金融環境を作り出したとしている。

 日本や欧米のような極端な金融緩和を回避し、さらに欧米のような引き締め政策への急な転換も行なわずに安定した金融政策を行ってきたと主張しているのである。

信用総量

 同ボックスでは次いで2018年以降、信用総量は安定した増加を示したと述べている。人民銀行は5年間で合計14回預金準備率を引き下げ、長期流動性の解放額は11兆元を超えた。公開市場操作、MLF、再貸出などの手段によって、流動性の水準を合理的充足水準に維持した。5年間の広義通貨供給量M2の年平均伸び率は9.5%であり、この間の名目成長率である7.8%を若干上回りほぼ相応する水準で、マクロ経済の動向が合理的な区間に収まったことに貢献したとしている。

金利

 金利については、正常な金融政策を実施する余地を大切にして、貸出市場報告金利(LPR)の改革を進め、市場金利設定自律機構を健全に利用するなどの方式を通じて、貸出金利の緩やかな低下をもたらしたと述べられている。主要国の金融引き締め政策に直面しても国内経済を優先して利上げに追随せず、利下げ余地が狭まる中でも政策金利の適度な引き下げを行い、自主性を重んじて資金調達コストの緩やかな低下を実現したとされる。企業向け貸出金利は2018年のピークの5.6%から2022年12月には3.97%に低下し、個人住宅ローン金利も同時期に5.75%から4.26%へと低下した。

 金利については 2022年5月のコラム でも述べたように、人民銀行が十分にコントロールして引き下げてきており、このような表現でそれが示されているのである。

人民元為替レート

 人民元為替レートについては、その弾力性を増加するとともに、市場的な手段と市場の期待の安定化を通じて常態的市場介入を脱却し、「市場の需給を基礎とし、バスケット通貨を参考に調節する、管理された変動相場制」の改善が進んだと評価されている。人民元の対ドル為替レートは2019年に低下したが、その後すぐに上昇し、2022年には先進国の急速な利上げに伴って米ドル指数が上昇し、人民元の対ドル為替レートは低下した。これは人民銀行が国内経済を重視した金融政策を行った結果でもあるが、同時に為替レートがマクロ経済の安定装置であり、海外のショックを緩和する作用も併せ持つという機能も発揮し、今回の外部ショックに有効に対応する動きも示したと述べられている。最後の部分は、2022年中は国内経済の成長を優先して対ドルでも対バスケット通貨でも人民元為替レートの低下を進めてきたことを指しているものと考えられる。

 2022年11月のコラム でも述べた通り、人民元の為替レートは対バスケット通貨の変動が人民銀行によって十分コントロールされている。その結果の変動が以上のように表現されている。

構造性金融政策手段

 構造性金融政策手段については 2020年8月のコラム でも説明したが、経済の特定の部門に対して資金を供給するために人民銀行が一般の銀行に対して優遇金利で資金を供給する手段である。今回のボックスでは構造性金融政策手段は総量、構造、コストの3つに同時に働きかける手段であり、内需の拡大だけでなく、供給サイドの改革についても統合的に実現する手段とされている。構造性金融政策手段としては最近に至るまで新しい手段が次々と増設されている。特に2020年の新型コロナの時期にはコロナ対応企業の資金調達のために1月末から4月にかけて矢継ぎ早に3000億元、5000億元、1兆元の低利の再貸出を実施した。2021年以降、脱炭素を支持する分野や科学技術、養老、交通物流、設備更新改造などに向けた再貸出を次々と導入した。不動産関係では、代金を受け取ったにもかかわらず完成せず引き渡しが終わっていない住居を完成させて引き渡せるようにするための資金についての再貸出などを創設した。2022年末のこれら構造性貸出の残高は6.4兆元(約120兆円)と人民銀行の総資産の15%に達している。

金融政策の成果

 以上の金融政策の結果、2018年から2022年の5年間、中国のGDPは年平均5%以上成長し、都市部の就業人口の増加は年平均1200万人に達した。過去5年および10年平均のCPI上昇率は2%前後で推移し、主要国が目標とする2%のインフレ目標を達成した。国内の物価上昇期待は安定し、中長期の物価安定の基礎を形成したと述べられている。

今後の方針

 今回のボックスでは今後の方針として穏健な金融政策を継続するとしている、通貨と信用の合理的な増加を維持し、資金調達コストを安定的に低下させ、構造性金融政策手段のインセンティブメカニズムを発揮していく。これらにより質の高い成長に対して安定したサポートと発展の余地を提供して、中国式の現代化を推進するとされている。

 また、その後の政府活動報告でも、今後の方針として「穏健な金融政策を正確に実施し、広義通貨供給量と社会融資総量の増加率を名目成長率と基本的に相応するよう維持して、実体経済の成長をサポートしていく」としている。日米欧のような極端な緩和政策や振れの大きい金融政策は行わないように運営する方針であることを示しているのである。

(了)

露口洋介氏記事バックナンバー

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