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【23-52】中国、デジタル農村に向け大学生を送り出し

2023年08月14日

山谷剛史

山谷 剛史(やまや たけし):ライター

略歴

1976年生まれ。東京都出身。東京電機大学卒業後、SEとなるも、2002年より2020年まで中国雲南省昆明市を拠点とし、中国のIT事情(製品・WEBサービス・海賊版問題・独自技術・ネット検閲・コンテンツなど)をテーマに執筆する。日本のIT系メディア、経済系メディア、トレンド系メディアなどで連載記事や単発記事を執筆。著書に「中国のITは新型コロナウイルスにどのように反撃したのか?中国式災害対策技術読本」「中国のインターネット史:ワールドワイドウェブからの独立」(いずれも星海社新書)など。

格差解消を目指し大学生が農村で行うこととは

 近年、中国は都市部の若者を農村に送り込もうとしている。農村と都市の経済格差を減らすべく、農村で若者を雇用することにより、若者の失業を少しでも減らす狙いがある。

 中国共産党第20回全国代表大会(二十大)の報告で、農村活性化を全面的に推進し、農業と農村の優先的発展を堅持すると発表された。農村活性化のキーワードとして出てくる「デジタル農村(数字郷村)」について考えたい。これは2018年1月に発表された「中共中央、国務院関于実施郷村振興戦略的意見」で触れられ、2019年に発表された「数字郷村発展戦略綱要」で年別の目標が挙げられている。

 具体的には

・ 第一段階として2020年までに農村部のネット普及率を高め、農村での役所手続きのオンライン化を進める

・ 第二段階として2022年までに農村で4Gを普及させ、より高速な5Gについても農村での活用を推し進め、流通をより便利にする

・ 第三段階として2035年までに農村部と都市部のネットリテラシーの差を大幅に縮め、農村の現代化を実現し、都市部と同様のサービスが農村部でも受けられるようにする

と書かれている。近年の農村とITの報道を見ると、農村の医療リソース不足から都市部のリモート診療サービスを活用するといった事例や、農村からライブストリーミングによる実演販売(ライブコマース)で農作物や工芸品を直接都市部の消費者に向けて販売するという事例が多数見られる。

 さらに、デジタル農村の動きはテンセントをはじめとしたIT企業各社が取り組み、新サービスを出している。これが普及するかどうかはまた別の話なので、各社の取り組みについてはもう少し落ち着いてから紹介できればと思う。もうひとつの取り組みは、農村の人々にデジタルをより身近に感じてもらい、「ITの触れず嫌い」を減らすために、都市部の大学生を農村部に送り、その知識と能力を農村部で活用し、農村部の人々に対してまずはデジタルを認知させてネットリテラシーを高め、ひいては農村の活性化を促進するというものだ。

 とはいえ、いきなり大学生を農村に送ったところで、嫌々農村で任務をこなすのではモチベーションは高まらない。そこで政府は、農村にUターンする若い大学生に対し「故郷ですごいことをやる」と思うように誘導し、農村創生戦略を学んだうえで、自発的に故郷に帰ってもらうよう導く環境を整えようとしている。そのため既に大学生の農村での活動について(「正能量」と呼ばれる)前向きなニュースがしばしば報じられている。また政府と学校が、農村の起業家向けにUターンした学生人材を活用できる人材プールの環境を整え、職業訓練の場を提供し、農村応援サービスや農業科学技術サービス、農業情報化の各業務ポストを用意することで、農村部で活動する若い大学生の雇用や起業を促進する政策環境の創出を目指している。

 2035年までの第三段階の目標にも掲げられるネットリテラシーの格差縮小だが、これが難しい。中国各地の農村で大学生が行ったフィールドワークのレポートを見ると、農村部の人々はデジタルリテラシー推進に対する意識が低く、そもそもIT機器やサービスの使い方が分からず、積極的に活用しようとしない人もまだいる、と紹介している。また、伝統的・保守的で新しいことに関心がなく、デジタル農村という馴染みのない概念に反発し、興味や参加意欲が乏しいとも紹介している。

 地元村民のデジタルリテラシーの現状を見て、高齢の村民を対象にデジタルリテラシースキルトレーニングを実施したという大学生グループもある。グループはトレーニングを行う中で、学習意欲が高い高齢者もいるが、定期的なトレーニングが受けられず使用する機会が不足しているため、デジタルリテラシースキルをすぐに忘れてしまうとレポートしている。確かにコロナの影響を受けた年を除き、例年、春節期間に一時的に農村でインターネットの新サービスの利用者が増える。増えたあと、しばらくすると利用者は春節前に戻る。帰郷した人が田舎に残る家族に新製品を置いていき、サービスの使い方を教えてもすぐに使えなくなってしまう。また筆者自身の経験を補足すれば、微信(WeChat)が登場した際、集落によっては人々が既に利用しているというケースも見たので、どれだけ周囲の人が利用し、また利用したくなるほどサービスが魅力的なのかにより、農村でも普及に差異があると考える。

 農村で取り組む若者たちからのヒアリングによれば、農村部でのデジタルリテラシーを普及させる上での最大の問題は、プロの教育者もプロのメンテナンス要員も、そして最も基礎的な若者さえも「誰も」いないことであるという。取り残された高齢者や子供が多い田舎では、労働力が非常に少ない。理由は、村の中では稼げないので、村から都市に働きに行くしかないし、大学生となる年齢であれば大学に行って成長したい、そして都市に行ったらわざわざ帰郷したくないというもっともなものだ。こうした理由により、農村でのデジタルリテラシーの普及が制限される。とはいえ、農村振興で補助金が出るとなれば、話は少し変わるだろう。中国の他の業界では、業界が立ち上がり補助金が配られる最初のタイミングは参入者にとってうまみがあるのは、よくあることだ。補助金と就業支援の環境づくりにより、就職難の現在、農村に向かう大学生もいそうだ。

 農村に赴いた大学生が、中国各地の農村でデジタルリテラシー向上のためのヒアリングを行っている。その先はどんなアクションを行うのかというのが、体験コンテンツから垣間見られる。過去にも政府の政策をネットやテレビ、掲示板、新聞などで見せて伝えるように、大学生の農村就労を推進するコンテンツが作られたが、博物館や体験そのものをVR化し、(画質は悪いものの)現地にいる環境で知ってもらうというのもある。調べてみると、早くも大学生向けのVRデジタル農村コンテンツがあった。

 VRを活用したコンテンツは以下のようになる

・ 農業体験や畜産体験。エンジニアとライブコマース配信者から話を聞き、ITを活用した農業のデジタル化と販売について学ぶ。

・ 小学校を訪問し、農村のスマート教室を学び設備を体験する。教員からスマート教室やオンライン農村教育について話を聞く。

・ 職業農業研修センターに入り、農業科学技術トレーニングやリモート農業の体験学習を行う。デジタル農村のリーダー的人材とコミュニケーションをとり、デジタル農村の建設について話を聞く。

・ 村のサービスセンターを訪問し、農村部のごみのリアルタイム監視について学ぶほか、農村の医療問題や洪水リスクや高齢者対策について学ぶ。

・ 変化前と変化後の村を巡る。またデジタル農村に関するバーチャル展示館を巡る。

 このように、入村した大学生は、まずは現状でできることと状況を把握し、活用可能なテクノロジーを体験してもらい、基礎知識を学んだうえでソリューションを考え、提案するようだ。まだデジタル農村は始まったばかりで、手探り状態だが、その手探りについてはこのような形で進んでいくわけだ。


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