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【23-66】中国のマクロ経済政策の動向(その3)

2023年10月12日

田中修

田中 修(たなか おさむ)氏:
拓殖大学大学院経済学研究科 客員教授
財務省財務総合政策研究所特別研究官(中国研究交流顧問)

略歴

 1958年東京に生まれる。1982年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。1996年から2000年まで在中国日本国大使館経済部に1等書記官・参事官として勤務。帰国後、財務省主計局主計官、信州大学経済学部教授、内閣府参事官、財務総合政策研究所副所長、税務大学校長を歴任。現在、財務総合政策研究所特別研究官(中国研究交流顧問)。2018年12月~23年3月ジェトロ・アジア経済研究所上席主任調査研究員。2019年4月~拓殖大学大学院経済学研究科客員教授。学術博士(東京大学)

その2 よりつづき)

7.経済テコ入れ政策の連続打出し

 年後半のマクロ政策が決定されたことを受け、党中央・国務院は、7月以降、経済テコ入れ政策を次々に打ち出している。主なものをリストアップすると、以下のとおりである。

(1)民営経済の発展・壮大化促進

①党中央・国務院は7月19日、「民営経済の発展・壮大化に関する党中央・国務院意見」を公表し、6方面の重点任務を提起した。

 1) 民営経済の発展環境の最適化
市場参入障壁の除去、行政審査・認可、許可・届出等の行政サービス事項の前提条件、審査・認可基準を整理・規範化、行政権力の濫用阻止等。

 2) 民営経済に対する政策支援の強化
資金調達支援、代金未払いの予防・整理、人材・労働者雇用需要の保障等。

 3) 民営経済発展の法治保障の強化
法に基づき民営企業の財産権と企業家の権益を保護、知的財産権保護体系の整備等。

 4) 民営経済の質の高い発展の実現推進
民営企業のカバナンス構造・管理制度の整備、デジタル化転換と技術改造、国際競争力向上、ブランド建設推進等。

 5) 民営経済人士の健全な成長促進
企業家精神の育成・発揚、民営経済人士の教育・研修体系の整備、指導幹部と民営企業家の意思疎通・交流等。

 6) 民営経済の発展・壮大化促進に関心を払う社会的雰囲気の醸成
社会が民営経済の重大な貢献・重要な役割を正確に認識するよう誘導、社会主義基本経済制度に疑問を抱き、民営経済を否定・弱体化する誤った議論・方法に断固歯止めをかける等。

②国家発展・改革委員会は7月24日、「民間投資促進政策に一層しっかり堅実に取り組み、民間投資の積極性動員に努力することに関する通知」を公表した。

 1) 政策目標の明確化
各地方は民間投資促進の政策目標を明確にし、民間投資が投資全体に占めるウエイトを合理的水準に維持するよう努め、各政策の実施を推進。

 2) 重点分野に的を絞る
民間投資の参加を奨励する細分化した重点分野を明確にし、関係する発展計画・産業政策・投資管理要求等の政策規定を公布。民間資本にプロジェクトを推奨。

 3) 健全な保障メカニズムを整備する方面
関係金融機関にプロジェクトを推薦し、融資支援を提供するよう奨励。条件に合致した重点民間投資プロジェクトに対し土地使用保障を強化。民間投資プロジェクトがインフラREITs(不動産投資信託基金)を発行することを支援。

 4) 良好な環境の醸成
民間投資プロジェクトの認可・届出、計画の許可、施工の許可のプロセスを圧縮し、民間投資プロジェクトの管理プロセスを最適化。中央予算内投資特別プロジェクトを設け、各地方の民間投資促進政策の積極性を誘導・動員。

③国家発展・改革委員会、市場監督管理総局、税務総局等の部門は8月1日、「民営経済発展促進の当面の若干措置に関する通知」を公表した。

 1) 公平な参入の促進
民間資本の参加を奨励する重大プロジェクトリストを形成。民営企業が工業ソフトウエア、クラウドコンピューティング、AI、工業インターネット、遺伝子・細胞医療、新型エネルギー貯蔵等の難関攻略任務を牽引し引き受けることを支援。プラットフォーム企業へゴーサインを出す投資事案例を引き続き打ち出す。

 2) 要素支援の強化方面
輸出企業の正常な輸出に係る税還付の平均処理時間を、6営業日内とし、1類・2類輸出企業の正常な輸出に係る税還付(免税)処理の平均時間を3営業日内に圧縮する政策を、2024年末まで引き続き実施。小型・零細企業向けインクルーシブファイナンス支援手段の期限を、2024年末まで延長。民営企業債券の中央・地方協力による信用力強化モデルを、発行条件に合致する全部の各種民営企業に拡大。

 3) 法治保障の最適化
各種所有制経済を平等に保護する原則に違反した規定・規範的文件を整理・廃止し、民営経済の発展に対する保護・支援を強化。行政法規・部門の規定における罰則事項の特別整理を展開。

 4) 企業に係るサービスの最適化
企業に係る行政許可に関する仲介サービス事項のリスト管理制度を確立し、リストにまだ組み入れていない事項については、一律に今後審査・認可の受理条件とせず、今後確かに新設の必要のあるものについては、法定手続に基づき設定し、リスト管理に組み入れる。民営企業への代金未払いの整理を強化。簡易な登録抹消・一般登録抹消制度を全面実施。

 5) 良好な雰囲気の醸成
企業に係る苦情申し立てルートの円滑化。「偽物・不正の取締り」等の特別行動を展開し、悪意をもって騒ぎ立て、デマを流し民営企業・民営企業家を誹謗中傷することを法に基づき取り締まる。中央予算内投資に民間投資を促進する奨励支援特別項目を設け、毎年いくらかの民間投資の伸びが速く、ウエイトが高く、活力が強く、措置が堅実な市・県に対して、奨励支援を提供。

(2)消費の回復・拡大

 国務院弁公庁は7月28日、国家発展・改革委員会に代わって「消費の回復・拡大に関する措置」打ち出した。

 1) 大口消費の安定
自動車購入制限措置の最適化、中古車市場の流通の円滑化、自動車消費への金融支援強化、ハードな住宅需要と改善関連の住宅需要への支援、家の内装・家財と電子製品の消費促進。

 2) サービス消費の拡大
飲食場所の営業時間延長、演出・競技活動の審査・認可手続を最適化、文化・スポーツ・レジャー消費の供給増加。

 3) 農村消費の促進
農村Eコマースと宅配物流配送システムの整備、農村観光の発展、特産品の都市への販売奨励、農村住民の消費能力の向上。

 4) 新しいタイプの消費の拡大
伝統消費のデジタル化転換、新世代情報技術とより多くの消費分野との融合・応用、グリーン・低炭素消費市場の発展。

 5) 消費施設の整備
消費条件を有効に向上・改善、大衆のより便利・迅速・快適な消費・買い物を支援。

 6) 消費環境の最適化
安心できる消費キャンペーンを全面的に展開、重点消費分野の基準を整備。

(3)外資の誘致強化

 国務院は8月13日、「外資の投資環境を一層最適化し、外国投資誘致を強化することに関する意見」を公表した。

 1) 外資利用の質向上
重点分野の外資導入の強化、サービス業開放拡大総合実験モデルの誘導・牽引の役割の発揮、外資誘致のルート拡大、外資企業の段階的移転支援、外資プロジェクト建設推進メカニズムの整備。

 2) 外資企業の国民待遇保障
政府調達活動への参加保障、標準制定作業への法に基づく平等な参加の強化、支援政策の平等な享受の確保。

 3) 外国投資の保護強化
外国投資の権益を保護する健全なメカニズムの整備、知的財産権の行政保護の強化、知的財産権の行政法執行強化、対外経済貿易政策関連法規の制定の規範化。

 4) 投資運営の円滑化水準の向上
外資企業の外国籍従業員の短期滞在・長期滞在政策の最適化、クロスボーダーデータ流動の円滑な安全管理メカニズムの模索、外資企業に係る法執行の検査の統一・最適化、外資企業へのサービス保障の整備。

 5) 財政・税制支援の強化
外国投資の投資を促進する資金保障の強化、外資企業の国内再投資奨励、外資企業に関する税制優遇政策の実施、国家の発展奨励分野への外資企業の投資支援。

 6) 外国投資の投資促進方式の整備
資本導入の健全なメカニズムの整備、対外投資促進業務の円滑化、外国投資促進のルートの拡大、外国投資促進の評価の最適化。

(4)不動産市場への金融支援

 人民銀行と国家金融監督管理総局は、7月10日、「不動産市場の平穏で健全な発展への金融支援の政策期限延長に関する通知」を発表し、適用期限を統一的に2024年12月31日まで延長することとした。

 これは、2022年11月11日、人民銀行・旧銀行保険監督管理委員が共同で打ち出した「不動産市場の平穏で健全な発展への当面の金融支援実施に関する通知」の16項目の金融支援措置のうち、適用期限のある2項目の実施を延長し、他の項目を長期に有効とすることにより、金融機関がデベロッパー向けの既存融資の期限を延長し、住宅引渡保障金融支援を増やすよう誘導するものである。

(5)貸出プライムレートの引下げ

 人民銀行は8月21日、貸出プライムレートについて、1年物を10ベーシスポイント引き下げ3.45%とし、5年以上物は4.2%に据え置いた。

(6)個人住宅ローンの緩和

 人民銀行・金融監督管理総局・住宅都市農村建設部は8月25日、「個人住宅ローンの住宅軒数の認定基準の最適化に関する通知」を発表した。その内容は、以下のとおりである。

 一般家庭がローンを申請して分譲住宅を購入する際、その地に家庭構成員名義の住宅保有がなければ、既にローンを利用した住宅購入の有無にかかわらず、銀行業金融機関は1軒目の住宅と見なして住宅ローン政策を執行する。

 人民銀行・金融は8月31日、「差別化した住宅ローン政策に関する通知」と「既存の1軒目住宅ローン金利の引下げに関する通知」を発表した。その内容は、以下のとおりである。

①差別化した住宅ローン政策

 1) ローンで分譲住宅を購入する家庭は、1軒目の住宅の営利性個人住宅ローンの最低頭金比率は統一的に20%を下回ってはならず、2軒目の住宅の営利性個人住宅ローンの最低頭金比率は統一的に30%を下回ってはならない。

 2) 1軒目の住宅の営利性個人住宅ローン金利の政策下限は、現行の規定に基づき執行し、2軒目の営利性個人住宅ローン金利は、「相応する期間の貸出プライムレート+20ベーシスポイント」を下回らないよう調整する。

②既存の1軒目住宅ローン金利の引下げ

 1) 2023年9月25日から、既存の1軒目営利性個人住宅ローンの借入者が、貸出を行った金融機関に対して、当該金融機関が新たに行うローンにより既存の1軒目住宅の営利性個人住宅ローンに置き換えるよう申請することを認める。新規ローンの金利水準は金融機関と借入者の自主的な協議によって確定するが、貸出プライムレートへの上乗せ幅は、元のローンを行った際の所在都市の1軒目の住宅の営利性個人住宅ローン金利政策の下限を下回ってはならない。

 2) 2023年9月25日から、既存の1軒目営利性個人住宅ローンの借入者が、貸出を行った金融機関に対して、契約した約定金利水準を協議により変更するよう申請することを認める。変更後の貸出契約金利水準は1)と合致しなければならない。

(7)預金準備率の引下げ

 人民銀行は9月15日、預金準備率を0.25ポイント引き下げた。引下げ後の金融機関の加重平均預金準備率は約7.4%となる。

(8)減税・費用引下げ政策の継続・最適化・整備

 財政部は9月7日、これまでの施策を整理して公表した。

 1) 実体経済の強化・優良化支援
小型・零細企業と個人工商事業者に係る期限の到来した税費用優遇政策を統一的に2027年末まで延長。失業・労災保険の保険料率の引下げ。障害者雇用保障金の納付軽減。財政資金による誘導、資金調達需要の保障、政府調達政策、事業・雇用安定支援の方面から、中小企業への財政支援を一層強化。

 2) 所得増加・消費拡大促進
3歳以下の乳幼児の養育、子女教育、高齢者介護の3項目の個人所得税特別付加控除基準の引上げ。年1回限りのボーナス単独課税の延長。住替え住宅購入の個人所得税還付等の優遇政策。

 3) ハイレベルでの科学技術の自立自強推進
関係業種・企業のR&D費用の課税前割増控除比率を高め、制度的手配として長期に実施。ベンチャーキャピタル企業の税制優遇政策の延長。

 4) 戦略的新興産業の発展支援
新エネルギー自動車の車両購入税の減免政策を継続・最適化。民間航空の発動機・民間飛行機への税制優遇政策の延長。先進製造業の増値税割増控除優遇政策の打出し。

 5) 資本市場の持続的・健全な発展促進
上海・香港ストックコネクト、深圳・香港ストックコネクトとファンド相互認証、貨物先物市場の対外開放支援、革新的企業の預託証券、上場会社のストックオプション等の多くの税制優遇政策の延長。証券取引印紙税の半減。

 6) 対外貿易・外資の安定推進
サービス貿易会が輸入した展示品への租税政策の延長。越境Eコマース輸出の商品の返還・輸送への租税政策の延長。外国籍個人の手当・補助の免税と広東・香港・マカオ大ベイエリアの個人所得税優遇政策の延長。

 7) リスクの防止・解消支援
銀行業金融機関・金融資産管理会社の不良債権を物で債務に引き当てた場合の増値税の差額徴収、契約税、印紙税等の税制優遇政策の延長。鉱業権譲渡収益の徴収管理政策・徴収方式の整備。石炭充填・採掘への資源税半減優遇政策の延長。

おわりに

 中国経済は、2020年と22年に新型コロナ流行による景気後退を経験し、その際には財政支出拡大・金融緩和を含む包括的な経済対策を策定して対応した。しかしながら、今回の経済回復のぺースダウンに対しては、財政支出の拡大や金融の大幅緩和を行わず、問題ごとに個別政策対応を行っている。それはなぜであろうか。

 第1に、財政については持続可能性、金融については総レバレッジ率(政府・企業・家計の債務総和の対GDP比)の安定が重視されていることが挙げられる。

 地方政府の債務リスクは大きく、地方政府特別債の資金は収益性のあるプロジェクトに充てることになっているので、むやみに地方政府特別債を増発することはできない。金融を緩和し、貸出を大幅に拡大すれば、その分だけ不良債権リスクも高まる。また、余剰資金が不動産市場に流れ、バブルが再燃するおそれもある。

 このため、経済が大幅にダウンするのであればともかく、年間目標5%が一応達成できるようであれば、今年は財政・金融面でリスクを冒さず、むしろ来年以降の安定成長を確保するための政策を検討すべきだとの判断があるのだろう。

 第2に、今回の経済回復のペースダウンの原因は、民営企業・民間投資の不振にあるが、従来型の経済対策を発動しても、資金がこれらに回る保証はないということである。

リーマンショック時の大型経済対策の際も、財政資金・貸出資金は国有企業に流れ、国有企業が肥大化し、過剰生産能力が発生した。他方、民営企業は資金調達難に陥り、「国進民退」現象を招いた。

 今回の対策は、民営経済の発展・壮大化促進と民間投資促進を全面的に打ち出し、併せて消費の回復・拡大、不動産市場への金融支援、外資誘致の強化を図るもので、今回の経済回復ペースダウンの原因1つ1つにしっかり対応している。いわゆる財政資金・貸出資金のバラマキよりも、この方が来年以降の安定成長に有効と考えているのであろう。

 第3に、現政権は需要サイドのみならず、サプライサイドを重視している。

 第20回党大会報告の経済部分で「内需拡大戦略の実施をサプライサイド構造改革の深化と有機的に結びつけなければならない」とされたように、ただやみくもに需要を刺激するだけではだめで、構造改革を進めて供給の質を高めなければならないとされているのである。

 コロナによる経済活動の停滞は、確かに有効需要の不足を招いているが、コロナに関係なく中国経済の成長率は長期に低下傾向にあり、これはサプライサイドの問題である。サプライサイド構造改革を深化させ、潜在成長率を高めなければ、長期の持続的発展は難しい。減税・費用引下げ政策は、企業の負担を軽減させ、研究開発の促進を図るものであり、正にサプライサイド構造改革の重要な手段である。

 まもなく、党3中全会が開催される  。過去10年ごとに党3中全会は経済面で重要な決定を行ってきた。1993年は社会主義市場経済体制への移行の青写真を描き、2003年は社会主義市場経済体制の一層の整備を提起し、2013年は改革の全面深化を打ち出した。

 現在、政府は民営企業・外資企業との意思疎通・交流を熱心に進めている。しかし大事なことは、3中全会で改革・開放のさらなる推進、社会主義市場経済体制の一層の整備、民営経済・民営企業の発展支援を明確に打ち出すことにより、民営企業・外資企業の将来不安を払拭し、彼らの企業家精神を奮い立たせることである。それにより、初めて長期の持続的発展が保証されることになろう。


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