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【23-65】中国のマクロ経済政策の動向(その2)

2023年10月04日

田中修

田中 修(たなか おさむ)氏:
拓殖大学大学院経済学研究科 客員教授
財務省財務総合政策研究所特別研究官(中国研究交流顧問)

略歴

 1958年東京に生まれる。1982年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。1996年から2000年まで在中国日本国大使館経済部に1等書記官・参事官として勤務。帰国後、財務省主計局主計官、信州大学経済学部教授、内閣府参事官、財務総合政策研究所副所長、税務大学校長を歴任。現在、財務総合政策研究所特別研究官(中国研究交流顧問)。2018年12月~23年3月ジェトロ・アジア経済研究所上席主任調査研究員。2019年4月~拓殖大学大学院経済学研究科客員教授。学術博士(東京大学)

その1 よりつづき)

5.党中央政治局会議(7月24日)

 習近平総書記は7月24日、党中央政治局会議を開催し、当面の経済情勢を分析するとともに、年後半の経済政策を手配した。

(1)経済情勢判断

「国民経済は引き続き回復し、全般的に回復上昇・好転しており、質の高い発展が着実に推進され、産業がグレードアップして力を蓄え、食糧・エネルギーの安全は有効に保障され、社会の大局は安定を維持し、年間の経済社会発展の目標実現のために良好な基礎を打ち立てている」としながらも、「現在、経済運営は新たな困難・試練に直面している」とし、それは主として、①国内需要が不足し、②一部の企業の経営が困難で、③重点分野の潜在リスクがかなり多く、④外部環境が複雑・峻厳だということであると指摘している。

 このためゼロコロナ政策を転換した後、「経済の回復は波形の発展・曲折型の前進のプロセスとなっている」が、「わが国経済は巨大な発展の強靭性と潜在力を有しており、長期に上向くファンダメンタルズに変わりはない」とする。

(2)下半期の経済政策

「マクロ政策のコントロールを強化し、内需の拡大・自信の喚起・リスクの防止に力を入れ、経済運営の持続的好転・内生動力の持続的増強・社会の(将来)予想の持続的改善・潜在リスクの持続的解消を不断に推進し、経済の質の有効な向上と量の合理的な伸びの実現を推進しなければならない」とする。各政策は、以下のとおりである。

①マクロ経済政策

 マクロ・コントロールを精確・有力に実施し、カウンターシクリカルな調節と政策準備を強化する。

 引き続き積極的な財政政策と穏健な金融政策を実施し、減税・費用引下げ政策を継続・最適化・整備してしっかり実施し、総量・構造的な金融政策手段の役割を発揮し、科学技術イノベーション、実体経済、中小・零細企業の発展支援に力を入れる。

 人民元レートの合理的均衡水準での基本的安定を維持する。

 資本市場を活性化し、投資家の自信を奮い立たせる。

(留意点)
 財政政策・金融政策は、基本的にこれまでの政策を踏襲しており、大型の景気対策を発動する気配はない。財政の持続可能性を考慮しているのであろう。また、資本市場の活性化策として、証券取引印紙税の半減が打ち出された。

②内需の積極的拡大

 個人所得の増加を通じて消費を拡大し、内需拡大戦略の実施をサプライサイド構造改革の深化と有機的に結びつける。自動車・電子製品・家財等の大口消費を喚起し、スポーツ・レジャー、文化・観光等のサービス消費を推進しなければならない。

 地方政府特別債の発行・使用を加速する。民間投資を促進する政策措置を制定し打ち出す。

(留意点)
 消費の拡大の前提として個人所得の増加が重視されている。地方政府特別債の増発については、特に言及はなく、むしろ民間投資の促進が重視されている。

③外需の安定

 多くの措置を併せ打ち出し、対外貿易・外資の基盤をしっかり安定させる。国際航空便を増やし、中国・欧州鉄道コンテナ定期輸送サービスの安定・円滑さを保障する。

(留意点)
 輸出・対中直接投資がマイナスとなっているため、その安定化が課題となっている。

④現代化産業システムの建設推進

 戦略的新興産業の育成・壮大化を加速し、より多くの支柱産業を作り上げる。

 デジタル経済と先進製造業・現代サービス業の深い融合を推進し、AIの安全な発展を促進する。

 プラットフォーム企業の規範的・健全で持続的な発展を推進する。

(留意点)
 プラットフォーム企業は、イノベーション・雇用吸収・国際競争力向上に重要な役割を果たしているため、その役割が改めて重視されており、政府とプラットフォーム企業の座談会も開催されている。

⑤改革開放の深化

「2つのいささかも揺るぐことなく」を堅持し、国有企業のコアコンピタンス(核心競争力)を確実に高め、民営企業の発展環境を確実に最適化する。

 勝手な費用・罰金徴収・負担割当てを断固取り締まり、政府の企業への代金未払い問題を解決する。

 企業との常態化した健全な意思疎通と交流のメカニズムを確立する。

 条件の整った自由貿易試験区と自由貿易港が国際的な高基準の経済貿易ルールに合致することを支援し、改革開放先行テストを推進する。

(留意点)
 民営企業の発展環境の最適化がうたわれており、民営経済の発展・壮大化促進が大きな課題となっている。また、国家発展・改革委員会、工業・情報化部、商務部が、民営企業・外資企業との座談会を精力的に開催し、意思疎通・交流を強化している。

⑥重点分野のリスクの防止・解消

 中国の不動産市場の需給関係に重大な変化が発生している新たな情勢に適応して、不動産政策を速やかに調整・最適化し、都市の事情に応じて施策を講じ政策の道具箱をうまく用い、個人のハードな住宅需要・改善関連住宅需要をよりよく満足させ、不動産市場の平穏で健全な発展を促進する。

 社会保障的性格をもつ(低所得者向け)住宅の建設・供給を増やし、「都市の中の村」(都市の中で発展から取り残された地域)の改造と「平時・緊急時両用」の公共インフラ建設を積極的に推進し、各種遊休不動産を活性化・再開発する。

 地方の債務リスクを有効に防止・解消し、包括的な債務解消プランを制定・実施する。

 金融の監督管理を強化し、ハイリスクの中小金融機関の改革・リスク解消を着実に推進する。

(留意点)
 「中国の不動産市場の需給関係に重大な変化が発生している新たな情勢に適応して、不動産政策を速やかに調整・最適化」は、全く新しい表現である。これに基づき、個人住宅ローンの1軒目の住宅の認定方法、頭金比率、金利の見直しが進んでいる。「『住宅は住むためのものであり、投機のためのものではない』という位置づけを堅持する」との常套表現が今回は盛り込まれていない。

 また、最近「都市の中の村」の改造が、投資を活性化させるとともに、家財(家具・家電等)消費を促進する政策として注目されている。

 さらに、地方政府債務リスクについて、包括的な債務解消プランを制定・実施するとしており、今後の政策展開が注目される。

⑦民生の保障強化

 雇用安定を戦略的高みに引き上げて全般的に考慮し、末端政府の「基本民生・給与・運営保障」の最低ラインをしっかり守り、中等所得層を拡大する。

 耕地の保護と質の向上を強化し、脱貧困堅塁攻略の成果を強固にして拡大し、農村振興を全面的に推進する。

 重大・特大安全事故の発生を断固防止し、夏の使用ピーク時のエネルギー・電力の供給を保障する。

(留意点)
 大学卒業生等の青年の失業率が20%を超えており、社会の安定にも影響を与えかねないため、雇用安定が一層重視されている。

6.国家発展・改革委員会2023年上半期発展改革情勢通達会(7月30日)

 党中央政治局会議決定を受け、開催された。年後半のマクロ政策の概要は、以下のとおりである。

(1)今後のマクロ・コントロール政策の重点

 以下の5方面の政策にしっかり取り組まなければならない。

①安定の中で前進を求めることを堅持し、経済の反転上昇・好転の勢いを強固にする

 成長を更に際立てて位置づけ、マクロ・コントロールを精確・有力に実施し、積極的財政政策と穏健な金融政策を引き続き実施し、政策の協調・協同を強化し、経済の持続的回復・上昇と好転を推進する政策措置をしっかり実施し、カウンターシクリカルな調節を強化し、政策の準備をしっかり行い、情勢の変化に応じて、的確性がより強く、程度がより大きい政策措置を適時段階的に打ち出し、企業の発展のために良好な政策環境を作り上げ、経済の持続的好転のために堅実な基礎を打ち立てる。

②自立自強を堅持し、実体経済を支えとする現代化産業システムの建設を加速する

 経済発展の注力点を実体経済の上に置き、長所を鍛え短所を補い、科学技術イノベーション能力の向上に力を入れ、伝統産業の改造・グレードアップを加速し、戦略的新興産業を育成・壮大化し、より多くの支柱産業を作り上げ、先進製造業の質の高い発展を推進し、産業チェーン・サプライチェーンの強靭性と安全水準を一層高める。

③改革開放を堅持し、経営主体の活力と内生動力を有効に奮い立たせる

 1つの効果が全体に波及するような重点分野・カギとなる部分に焦点を絞り、改革の堅塁攻略を強化する。「2つのいささかも揺るぐことなく」を堅持し、国有経済の配置の最適化と構造調整を加速し、民営経済の発展・壮大化を促進する。

 制度型開放を着実に拡大し、外資をより強力に誘致・利用し、「一帯一路」共同建設の質の高い発展を推進する。

④最低ライン思考を堅持し、内部・外部のリスク・試練を確実に防止・解消する

 システミックに計画し、精確に施策を行い、不動産・地方債務・金融等の分野の潜在リスクを適切に処理・解消し、食糧、エネルギー・資源の安全保障能力を高めることに力を入れ、システミックなリスクを発生させない最低ラインをしっかり守る。

⑤人民を中心とすることを堅持し、民生改善の各政策に着実にしっかり取り組む

 大衆が関心をもつ雇用等の民生分野の際立った問題をしっかり解決し、高齢者介護・託児保育・教育・医療等の公共サービスの供給不足の補充を加速し、社会保障のセーフティーネットを打ち固め、安全生産の監督管理と防災・減災・災害救助を強化し、人民の生活水準を不断に高める。

(2)下半期の内需拡大策

①経済成長を牽引する消費の基礎的役割をよりよく発揮させる

 消費を回復・拡大する政策文件を打ち出して実施する。雇用の推進等の措置に力を入れることを通じて、個人所得を増やす。大口消費を奮い立たせ、充電・駐車施設の建設を早急に推進し、自動車購入制限地域の購入制限管理政策の最適化を奨励する。住宅引渡・民生・安定の保障政策を引き続きしっかり実施し、不動産政策を適時調整・最適化して、都市の事情に応じて政策の道具箱をうまく用い、庶民のハードな住宅需要・改善関連住宅需要をよりよく満足させる。

 サービス消費の一層の向上を促進し、暑い期間・中秋・国慶節等の休暇を契機として、休日消費を拡大する。大運動会・アジア運動会等の各種の競技活動を十分うまく用いて、文化・スポーツ消費を発展させる。シルバー経済を大いに発展させる政策措置を検討し、打ち出して実施する。

②供給構造の最適化に対する投資のカギとしての役割を積極的に発揮させる

 民間投資は常に有効な投資の重点の一つであり、いくらかの民間資本の参加を奨励する細分化された重点分野を明確にし、民間投資の資金調達・土地使用等の要素保障を強化し、遊休国有資産の活性化への民間資本の参加を支援し、民間投資の段階的回復を促進する。

 政府投資の牽引作用をよりよく発揮し、第14次5ヵ年計画の102の重大プロジェクト及びその他経済社会発展の重大プロジェクトを着実に推進し、地方政府特別債の発行・使用を加速する。

その3 へつづく)


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