【23-69】中国人民銀行の金融業務状況報告
2023年10月27日
露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授
略歴
1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。
2023年10月21日に中国人民銀行の潘功勝総裁は、全国人民代表大会(全人代)に対して金融業務状況報告を行った。今回はその概要について検討することとしたい。
金融業務状況報告の構成
日本の国会に相当する中国の全人代は毎年3月に開催され、それ以外の時期は全員の会議ではなく全人代常務委員会において、様々な審議や決定が行われる。第9期全人代常務委員会は2003年3月1日に「経済業務監督を強化する決定」を採択し、2021年12月に第13期全人代常務委員会が同決定に対して32回目の修正を行った。同決定は、第1項で「全人代常務委員会は法により、国務院の経済業務に対し監督の職権を行使する」と定めている。そして、修正後の同決定ではその第22項で以下のように定められた。
「全人代常務委員会は金融業務に対する監督を強化しなければならない。国務院は毎年10月に全人代常務委員会に対して以下の状況を報告しなければならない。
(1) 金融政策執行状況
(2) 金融業の経営状況と監督管理業務の状況
(3) 実体経済に対する金融によるサポートの状況
(4) 金融システムの改革と対外開放の状況
(5) 金融リスク顕在化の防止とその抑制の状況」
国務院は日本の内閣に相当する。この決定を受けて2022年10月に国務院の一部門である中国人民銀行の総裁が国務院の委託を受ける形で、初めて全人代常務委員会に対する報告を行った。今回は第2回目の報告であり、10月21日に第14期全人代常務委員会第6回会議において潘功勝総裁が報告した。日本では、日本銀行が毎年2回、国会に対して「通貨及び金融の調節に関する報告書」を提出し、総裁が国会において説明を行っているが、人民銀行による報告はこれと似た制度といえる。
報告は2部構成となっており、第1部の「金融業務の進展の主要な内容及びその成果」では、上記(1)から(5)のそれぞれについて2022年第4四半期から2023年第3四半期までに実施した政策とその成果を述べ、さらに「(6)金融業務に対する中国共産党の全面的指導の強化」が加えられている。
第2部は「今後の業務についての考察」として上記(1)から(5)についての今後の方針が述べられ、(6)として「金融市場の安定した運行維持に尽力する」と題するセクションが加えられている。
金融政策を中心とした報告の概要
報告の第1部「金融業務の進展の主要な内容及びその成果」(1)「金融政策執行状況」では、まず、①穏健な金融政策の強度を増加させた。2023年入り後準備預金率を2回、合計0.5%ポイント引下げて、1兆元を超す資金を解放したこと、9月末には広義マネーサプライM2が前年同期末比10.3%、社会融資規模残高が同9.0%それぞれ増加し、経済の回復をサポートした。②構造性金融政策手段の機能を発揮した。農業・小企業向け再貸出、再割引の限度額を2000億元拡大し、被災地向け農業・小企業向け再貸出限度を350億元増加させた。9月末の各種構造性金融政策手段残高は総額7兆元となった。③企業や家計の資金調達コストを低下させた。人民銀行の公開市場操作におけるリバースレポ7日物とMLF金利は、昨年9月末以降それぞれ0.20%ポイント、0.25%ポイント低下した。これに伴い、貸出市場報告金利(LPR)1年物と5年物はそれぞれ0.1%ポイント、0.2%ポイント低下した。9月の企業貸出加重平均金利は3.82%で史上最低水準となった。④人民元為替レートは合理的均衡水準における基本的安定を維持した。企業と金融機関のクロスボーダー資金調達にかかるマクロプルーデンス調節係数の引き上げや、金融機関の外貨準備預金比率の引き下げを適時に行い、(金融機関の業界団体である)外国為替自律機構の機能を発揮させ、市場の期待の誘導を強化し、逆周期の調節を実施した。人民元為替レートは対米ドルで若干減価し、対バスケット通貨では安定しつつ増価した。
続く(2)「金融業の経営状況と監督管理業務の状況」では、銀行、保険、証券などの金融機関の経営状況は総体的に安定しており、金融市場は平穏に推移したと述べられている。2023年6月末の商業銀行の自己資本比率は14.66%、不良債権比率は1.62%である。
(3)「実体経済に対する金融によるサポートの状況」では、経済の回復に対して良好な貨幣金融環境を構築したと述べられている。融資総量の増加と科学技術など重点産業への貸出増加、金融包摂の進展などがもたらされた。
(4)「金融システムの改革と対外開放の状況」では、中小金融機関の合併や内部管理システムの改革、オーバーザカウンター債券市場の創設加速など金融市場の多様化、対外開放の規制緩和、人民元国際化の着実な進展などが述べられている。
(5)「金融リスク顕在化の防止とその抑制の状況」では、全体として金融リスクはコントロールできていると述べられている。2023年1~8月中に銀行業金融機関は1.5兆元(約30兆円)の不良債権を処理した。
(6)「金融業務に対する中国共産党の全面的指導」では、党中央の金融業務に対する集中的統一的指導を強化することが最重要であると述べられている。党中央において、金融業務面の重要政策を検討する中央金融委員会と、金融業務における規律維持などに責任を負う「中央金融工作委員会」を創設した。また、金融業の管理部門として「金融監督総局」を創設し、監督の空白を埋め、中国人民銀行、証券監督管理委員会とともに管理に当たることとした。
今後の方針
報告の第2部の「今後の業務についての考察」では今後の方針について述べられている。金融政策については穏健な金融政策をさらに正確で強力なものとして継続すると述べられている。金融政策は経済情勢の変化に応じて行われるということが基本的な方針として掲げられているが、具体的な内容を見ると、預金金利をコントロールしつつ、金融機関の貸出金利の低下を促し、企業や家計の資金調達コストを低下させると述べられており、現在の緩和方向の金融政策の継続が予定されている。
人民元為替レートの位置づけ
今回の報告では、人民元為替レートの変動は第1部(Ⅰ)金融政策執行状況の4番目のポイントとして説明されている。中国人民銀行にとって人民元為替レートの変動は金融政策の手段の一つと位置付けられていることが明確に示されている。人民銀行が毎四半期に公表している金融政策執行報告においても人民元為替レートの変動は金融市場の動きを説明する部分ではなく金融政策の実施内容を説明する部分に記載されている。この点、財務省による介入などの特別な場合を除き、為替レートは市場で決定されると考えられている日本では理解しにくいかもしれない。前回の本コラム でも指摘したように、人民元為替レートの変動ルールは「管理された変動相場制」であり、預金準備率やMLF、LPRなどの政策金利と同じく人民銀行がその金融政策方針に従ってコントロールしているのである。
(了)