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【23-63】人民元為替レートについての中国人民銀行の方針

2023年09月27日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 中国人民銀行は、記者説明会において最近の人民元為替レートの動きについて説明を行った。今回はその内容を検討したい。

経済情勢

 2023年9月20日に、日本の内閣にあたる中国国務院の4部門が合同で、経済情勢と政策に関する中国国務院定例記者説明会を開催した。同説明会には国家発展改革委員会の叢亮副主任、工業・情報化部運行観測協調局の陶青局長、財政部国庫司の李先忠司長、中国人民銀行金融政策司の鄒瀾司長が出席した。

 まず国家発展改革委員会の叢亮副主任が経済情勢と政策について説明を行った。8月末までに中央政府の予算内投資案件は全て実行指示が下され、銀行貸出の拡大は続き、貸出市場金利は低下し、十分な流動性が供給されている。小型零細企業や個人企業に対する税優遇措置などの期限的措置の延長も決定された。8月には工業部門の総付加価値と消費小売総額が回復を示し、消費者物価もマイナスからプラスに転じるなど、これらの政策措置の効果が生じていると説明された。その後記者の質問に答えて、叢亮副主任は、「認房不認貸」政策(過去に住宅ローンを借りて住宅を購入していても、現在不動産を保有していなければ1軒目とみなして、頭金比率や金利の優遇を得られる政策)の導入など様々な政策の効果もあって経済が回復しており、また、通貨供給量も増加していることなどから、中国ではデフレは存在せず、今後生ずることもないと述べた。

人民元為替レート政策

 中国人民銀行の鄒瀾司長は、記者からの「最近の人民元安に対する人民銀行の見方はどのようなものか、また、何らかの措置を執るのか?」との質問に以下のように回答した。

 通常時には、人民元の対米ドル為替レートについて取り上げられることが多い。しかし実際には、人民元のバスケット通貨に対する為替レートが通貨の価値の変化を全体として表している。為替レートの変動は実体経済における貿易と投資に影響を与える。貿易と投資の相手は多くの国の多くの通貨にわたる。従って、人民元の対バスケット通貨の変動は、為替レートが貿易と投資さらには国際収支に与える影響をより全面的に表すことができる。中国は「市場の需給を基礎にバスケット通貨を参考に調節する、管理された変動相場制」を採用している。人民元の対米ドル為替レートは非常に重要ではあるが、全体を表すものではない。総合的、全面的に見た場合、人民元の対バスケット通貨為替レートに、より注目しなければならない。対バスケット通貨為替レートとしては、主に中国外貨交易センター(CFETS)が公表している人民元為替レート指数(CFETS指数)に注目すればよい。この指数はバスケット内の外国通貨に対する人民元為替レートの変動を加重平均して計算したものである。加重平均を計算する際のウエイトは中国とそれぞれの国や地域の貿易額によって決められる。現在バスケットに含まれているのは24通貨で、それらの国や地域との貿易は中国の貿易全体の60%超を占める。米ドル、ユーロ、日本円のウエイトが高く、それぞれ19.8%、18.2%、9.8%である。9月15日の指数の値は98.51であり、6月末と比べて1.8%上昇した。そのうち、人民元の対ユーロ為替レートは2.5%上昇、対日本円為替レートは4.1%上昇している。7月中旬以降、国内経済が緩やかに回復に向かったことを受けて、人民元の対バスケット通貨為替レートも穏やかに上昇した。米ドル指数の上昇の影響で、人民元の対米ドル為替レートは幾分低下しているが、米ドル以外の通貨に対しては上昇傾向を維持している。このところ、国内では経済を安定させ、期待を安定させる政策が次々と実施されており、マクロ経済の運行に積極的な変化が起こり始めている。中国経済が持続的な安定を回復するにしたがって、人民元為替レートの合理的均衡水準での基本的安定の保持は確かな基盤を獲得している。同時に、多くの海外からのショックに対応する過程で、人民銀行と国家外貨管理局は豊富な経験を積み上げており、充分な政策手段を有している。我々は外国為替市場の安定した運行について、能力と自信と条件を有している。今後は、人民元為替レートの合理的均衡水準における基本的安定の保持を目標に、一方向への順周期的動きは矯正し、市場を擾乱する行為に対して処置を行い、為替レートの行き過ぎた動きを防止していく。

人民元為替レートは管理されている

 以上の人民銀行鄒瀾金融政策司長の発言内容を検討してみよう。これまで、本コラムで何度も説明し、例えば、2022年11月のコラム でも述べたように、人民銀行は人民元為替レートを充分コントロールする能力を有しており、実際にコントロールしている。そしてそのコントロールの対象は対米ドル為替レートではなく、対バスケット通貨の為替レートであることに留意すべきである。今回、鄒瀾司長はこれらの点について、丁寧に解説している。人民元為替レートの実際の動きを見ると対米ドル基準レートでは7月14日から9月22日の間に1ドル=7.1318元から7.1729元へとわずかながら人民元安に推移している(図1)。一方、人民元の名目実効為替レートの動きを示すCFETS指数では同期間に95.94から98.83へと人民元高に推移している(図2)。

 2022年10月の本コラム でも述べた通り、人民元為替レートのバスケット通貨に対する動きは、中国政府の意図に沿ってコントロールされている。2021年から2022年の春までは、輸入原材料の価格上昇が国内価格を押し上げることを抑制するため、人民元高方向にコントロールし、2022年春以降は経済成長の鈍化に対応するため、人民元安方向にコントロールしてきた。そして本年7月中旬以降、若干人民元高方向に推移している。9月15日には外貨預金準備金率を6%から4%に引き下げ、外貨を市場に放出し、外貨安・人民元高を促進しようとしている。外資系を含めた中国国内の銀行に対する厳しい監督管理と、毎日の基準為替レートの設置に加え、このような措置も実施することによって、人民銀行は人民元為替レートをしっかりと管理している。人民銀行の今回の説明に従うと、7月中旬以降の人民元高方向の動きは、経済の回復に伴ってそれまでの人民元安を修正したものと解される。今後も人民元の為替レートは人民銀行の政策意図に従ってバスケット通貨に対し管理された変動相場制に基づいた動きを示すであろう。

 

図1 人民元対米ドル基準為替レートの推移 (Ⅰ米ドル当たり人民元)

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(出所)中国外貨交易センター

 

図2 人民元CFETS指数の推移

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(出所)中国外貨交易センター

(了)


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