【23-72】温暖化・湿潤化する西北地方 されど砂漠は江南たりえず(その1)
霍思伊/『中国新聞週刊』記者 江 瑞/翻訳 2023年11月08日
南新疆で最も孤独な道路、国道315号。近年、毎年夏になると豪雨の影響で国道315号沿線の街が洪水による道路の寸断などの災害に見舞われている。中国の西北地方は、地球規模の気候変動の影響を最も受けやすい地域の1つだ。地球の同緯度で最も乾燥した地域でもあり、自然環境が脆弱である。地球温暖化を背景に、中国の西北地方の温度は世界平均の2倍の速度で上昇しており、降水量も増加している。
青海湖二郎剣景区の西王母像。
草原はより緑に、生物はより多様に
8月のタグラク平台子牧場を吹き抜ける風は緑の息吹にあふれていた。南新疆随一の誉れ高いこの牧場は、行政区画上は新疆ウイグル自治区アクス地区温宿県柯柯牙鎮タグラク村に属する。「タグラク」とは、ウイグル語で「四方を山に囲まれた場所」という意味だ。山と言っても、ここに横たわる山はただの山ではなく、標高7443.8mを誇る天山山脈の最高峰・ポベーダ山〔トムール峰〕だ。新疆の「母なる川」タリム川の主流・アクス川はここから流れ出る。
標高2500mまで下りてくると、ポベーダ山南麓からタリム盆地にかけて広がる緑地が現れる。タグラク平台子牧場は、この自然条件に恵まれた山肌を利用して開かれた。過去数十年にわたる西北地方の「暖湿化」〔温暖化+湿潤化〕の考察を始めるのに、ここほど最適な場所はない。
タグラク村で放牧を営むヤリ・メメトは今年34歳。もとから雲が少なく直射日光の強い場所だったが、2013年以降、日差しがさらに強烈になったとヤリ・メメトは感じている。ヒツジは人間より気候変動に敏感だ。この草原で飼育されている高山細毛種のヒツジとカシミヤヤギは運動量の多さで知られるが、彼らはいまや、気温が高くなると急激に食欲が減退し、岩の陰に座り込んで日差しを避けようとする。
温暖化の一方で、西北地方の乾燥地帯の牧場にとっては、降水量増加の影響が大きい。「なぜなら、雨量が増えると、草がよく育ち、ヒツジがお腹いっぱい食べられるからです」と、新疆タグラク自然農業有限公司社長のトゥルスン・トゥムル氏は言う。ヤリ・メメトも降水量のほうが影響が大きいと感じている。この10年の間、夏の雨量が増えたことで、牧草がよく茂るようになり、質も良くなっており、最も明らかな変化は牧草の丈が倍になったことだという。
甘粛省張掖市にて、夕方が近づく頃、祁連山脈の低山地帯で放牧されるヒツジたち。
撮影/『中国新聞週刊』記者 霍思伊
温宿県の草原ステーションが採取したデータは、こうした実感を裏付けるものだ。温宿県の総合植生被覆率は、2014年当時は約35.4%だったが、2022年には39.2%に上昇している。
暖湿化により草原にもたらされたもう1つの重要な変化は、生物多様性の向上だ。以前は見られなかった紫色のキセワタが出現し、2022年9月には、ポベーダ山国家級自然保護区で新種のコケ植物が発見された。
新疆気象局のデータで2001~2022年と1961~2000年を比べてみても、新疆地域の平均気温は1.0℃上昇している。年平均降水量は25.0㎜の上昇で、上昇率としては16.1%の増加となった。過去10年をみると、新疆全体では夏季の降水量増加率が最も大きく、南新疆ではその割合が15%近くにも達しており、暖湿化の傾向は明らかだ。
では、西北地方の暖湿化は何が原因なのだろうか。
中国工程院院士で国家気候変動専門家委員会顧問の丁一匯氏の説明によれば、1980年以降、大西洋の暖流が強まり、海霧との相互作用もあって、偏西風が暖かく湿った空気を中国西北地方に運んでくるようになったことが1つ。そしてもう1つ、地球規模の暖湿化の影響で北極の気温が上昇し、北極の冷たい空気が絶えず南下することで偏東風が生じ、北極および太平洋から湿った気流がいくつも東から西に流れ込むようになったということがあるという。
つまり、西北地方の暖湿化は、地球の気候変動が局地的に表れた結果なのだ。早くから西北地方の暖湿化問題に着目していた元中国気象局副局長の宇如聡氏によれば、華北地方に降る雨の大元をたどれば、祁連山脈にたどり着くことが多いという。しかし地球規模の暖湿化が進むと、偏西風全体の蛇行が激しくなり、西から東に湿った空気が抜けやすくなってしまう。「なぜ西北地方の暖湿化現象に関心を持たなければならないかというと、西北地方の大気環境の異常は、東部にも影響を及ぼすからなのです」
干ばつが進行?
温宿県北部の山岳地帯から南に下ると、タクラマカン砂漠に隣接した荒原地帯が広がる。このエリアの年間降水量は山岳地帯よりはるかに少ない。「年間降水量が100ミリにも満たない乾燥地帯なのに、可能蒸発量は1800~2000ミリにも達します。降水量と蒸発量の差がとてつもなく大きいエリアなのです」とアクス地区気象局副局長の羅継氏は言う。
「気温が上昇し、水分蒸発量が増すと、土壌の水分が失われ、夏に土壌の乾燥が深刻化します。そうなると、浅根型で乾燥耐性の低い荒原植物は死んでしまいます。こうした現象が最も目立っているのがホータンをはじめとする南新疆南部の平原で、近年、植生被覆率が低下している地域もあります」と中国科学院新疆生態・地理研究所荒原・オアシス生態国家重点実験室主任の陳亜寧氏も指摘する。
2021年、中国気象局ウルムチ砂漠気象研究所副所長の姚俊強氏らが1961年~2015年の気象データを分析したところ、新疆ウイグル自治区では1980年代中・後期以降、気温が上昇し降水量が増加するという「暖湿化」の特徴を示していたものの、1997年以降は、干ばつ傾向・干ばつ頻度・干ばつ発生月数のいずれもが明らかに増加に転じ、新疆の一部で「湿乾転換」が生じたことが分かった。
なぜ1997年が転換点となったのだろう。中国科学院新疆生態・地理研究所の研究によれば、主な理由は、新疆ウイグル自治区の水分蒸発量が1990年代中期に顕著な減少から顕著な上昇に転じたことだという。これには風速の変化が関係している。西北地方は降水量がいくら増加しようと、そのほとんどが蒸発してしまう。「乾燥がひどい地域ほど可能蒸発量が大きいため、南新疆の可能蒸発量はさらに大きくなります。そのため、南新疆の干ばつは北新疆より深刻です」と姚俊強は解説する。
干ばつの深刻化による最も直接的な影響は、自然植生の退化だ。NDVI(正規化植生指数)とは、植物の空間分布密度を表す指数だが、上述の研究によれば、新疆ウイグル自治区のNDVIは、1982~1997年に急速に上昇し、植生が「緑化」傾向にあったものの、1997年以降はNDVIが低下し、植物の生長速度は明らかに減退傾向にある。このため土壌の水分が減少し、生態系に大きなマイナス影響が出ている。
姚俊強によれば、自然植生の退化は「湿乾転換」だけでなく、極端気象現象〔高温や大雨、洪水、旱魃などの極端な気象現象〕が頻発することでも生じるという。暖湿化の影響で、新疆ウイグル自治区の降水量の時空分布はますます不均衡になっている。時空分布の不均衡さとは、1つには降水と降水の間の日数の増加、つまり無降水継続日数の長期化。もう1つは、極端な豪雨発生の頻度とその強さの増加で、極端な豪雨由来の降水量が降水量全体の50%前後を占めるまでになっている。極端な降水は災害リスクを高める。水利部門の統計によると、新疆の土壌流出面積はすでに中国全土の土壌流出面積の3分の1近くに迫っており、しかも激化の方向にあるという。
姚俊強によれば、新疆で植生退化が最も深刻な地域は2つある。1つは、イリ河谷やタルバガタイ、アルタイをはじめとする、自然植生が主体で季節的な降水量の変動の影響を受けやすい新疆西北地方。もう1つは、砂漠とオアシスの間のエコトーン〔移行帯〕で、ここ数年その縮小が加速している。
「縮小しているだけでなく、ここ数年で完全に消失してしまったエコトーンもタクラマカン砂漠南縁にはたくさんあります」と言うのは、中国砂防・砂学会副会長で中国科学院新疆生態・地理研究所研究員の雷加強氏だ。
雷加強の分析によれば、中国西北地方は過去数十年の間「2拡1縮」、つまり、オアシスと砂漠は拡大を続けているが、両者の間にあるエコトーンは縮小の一途を辿っているという。砂漠とオアシスの間の緩衝帯であるエコトーンには、砂地の固定化・砂防、そして地域の生態系の完全性維持という2つの基本的機能がある。長期的に見ると、エコトーンが消滅してしまった場合、その地域の植物群落や生物多様性にとって極めて大きな脅威となることは間違いない。エコトーンの植生が著しく退化した場合も、少しの変化で簡単に砂漠化してしまう。雷加強の観察によれば、ここ2、3年、極端気象現象が増えた影響で、タクラマカン砂漠の黄砂の頻度や、季節の不確定性は増加している。
西北地方に現れるいかなる気候的サインも、西北地方だけの問題ではない。中国北方の生態系の安全を守る最前線の立場から、タクラマカン砂漠周辺の極度乾燥地帯について、姚俊強が最も懸念しているのは、地元の人々があまりにも干ばつ慣れしているため、干ばつの深刻化が発する危険信号を見逃しがちなことだ。危険信号が無策のまま放置されれば、元々脆弱な砂漠周辺の生態系は風前の灯となり、脆弱さは新疆の他の地区を蝕みながら拡大し、砂嵐などの形で中国東部にまで影響を及ぼしかねない。
ただ、現時点で現れている様々な事象は、あくまで新疆において乾燥度合いの傾向に変化が生じつつあることを示しているに過ぎない。「湿乾転換」が単なる兆候に留まらず、今後本格的に気候として定着するかどうかを見極めるには、モニタリングデータの期間が短すぎる。「1997年から、少なくとも30年以上のデータがなければ、判断のしようがないのです」と姚俊強は言う。
(その2 へ続く)
※本稿は『月刊中国ニュース』2023年12月号(Vol.140)より転載したものである。