【23-74】温暖化・湿潤化する西北地方 されど砂漠は江南たりえず(その2)
霍思伊/『中国新聞週刊』記者 江 瑞/翻訳 2023年11月10日
(その1 よりつづき)
氷河消失の裏にある水危機
さらに長期的に見ると、西北地方の暖湿化がもたらす重大な危機はもう1つある。それは、氷河の縮小および消滅だ。
西北地方の河川の流れを構成する要素のうち、氷河の融水は非常に重要な地位を占める。陳亜寧の説明によれば、西北地方の乾燥地帯は多くが内陸河川で、そのほぼ全てが山岳地帯に端を発する。水源は、高山帯では氷河や積雪の融水、中山森林帯では降水、低山帯では岩盤の割れ目から滲み出る水などが主体になっており、気候変動の影響を強く受ける。なかでも氷河の融水は、西北地方乾燥地帯の地表水の約30%を占める。
「西北地方における植生被覆面積の拡大は、暖湿化の重要なサインだと考えられていましたが、実のところ、近年、山岳地帯の水量が大幅に増加したためだと分かりました」。陳亜寧の説明によれば、山岳地帯の水量が増加した理由は、地球温暖化による水循環の加速で、山岳地帯の降水量が増加したというのもあるが、気温の上昇により氷河や積雪の融解が加速し、その大量の融水が河川を増水させたことも大きいという。
陳亜寧の観察からも、1990年代中・後期以降、西北地方乾燥地帯の山岳地帯の水量が約110億立方メートル増加したことが分かっている。このうち、タリム川水系の四大源流であるアクス川、ホータン河、ヤルカンド川、開都-孔雀河は、過去20年間で水資源量が40.7億立方メートルも増加した。氷河の融水と山岳地帯への降水が増加した結果、西北地方乾燥地帯の水資源利用可能量が増加し、土壌の有効水分保持能力つまり保水性も向上し、河川の下流および沿岸の農業灌溉や環境整備にプラスの効果がもたらされた。「新疆の農業は灌溉農業で、灌溉ができなければ作物の栽培をしません。それゆえ、この20年における山岳地帯の水量の大幅な増加は非常に重要だったのです」と陳亜寧は言う。
2023年4月、新疆ウイグル自治区バインゴリン・モンゴル自治州ロプノール県部分を流れる
タリム川と両岸のコトカケヤナギの林。写真/視覚中国
ただし、それはあくまで短期的な効果である。時間軸を数十年後まで伸ばして考えた場合、専門家のシミュレーションでは、地球全体の気温が上昇し続け、氷河の融解が加速し、小規模氷河は消失してしまっている可能性もある。そして氷河由来の水量がピークに達し、転換点を過ぎると、西北地方の最も重要な「固体のダム」である氷河は、地域の水資源としての貯水機能を急速に失い、流出する氷河融水は減少に転じ、西北地方に数多くある内陸河川流域は山地への降水に頼るしかなくなってしまう。「気候変動によって引き起こされた山岳地帯の氷河と水循環の変化は、結果的に、西北乾燥地帯の水資源供給の不確定性と水文〔地球上の水の発生や循環、分布などの概念〕の変動性を拡大してしまうことになるのです。氷河の縮小・消滅は西北地方の未来に亙る水資源安全に直結する問題であることから、注視していかなければなりません」と陳亜寧は訴える。
陳亜寧によれば、過去60年間で、中国西部の氷河の面積は18%、新疆ウイグル自治区の氷河の面積は11.7%減少した。なかでも、アルタイ山脈の氷河の縮小が最も顕著で、減少率は37.2%に達した。アルタイ山脈は1平方キロ以下の小規模氷河が多く、気候変動の影響をもろに受け、融解が速い。この他、祁連山脈の氷河の減少率も5.5~48.5%と言われている。
「中国西北乾燥地帯水資源・生態環境研究報告」によれば、西北地方の乾燥地帯は中国で最も水資源が乏しい地域で、水資源総量は約995.57億立方メートルと、全国のわずか3.46%しかなく、資源面での水不足が深刻だ。しかも、水資源の生成地域は山岳地帯、消費・利用地域は平原・オアシス・荒原砂漠エリアといった具合に、水資源の時空分布が極めて偏っており、春は干ばつ、夏は洪水という気候状況だ。水資源の不足は、西北乾燥地帯の経済および社会の発展を妨げる最大の要因になっている。
水資源に乏しい西北の乾燥地帯では、氷河縮小と気候変動が誘発する水危機にどう対応していくべきなのだろうか。
陳亜寧は次のように提案する。新疆ウイグル自治区の水利工事は貯水面で相対的に遅れており、ダムが計671あるにも関わらず、貯水量のキャパシティは20.6%しかない。「水資源管理能力の低さが、新疆における水資源の利用効率アップの足かせになっているのです」。従って、山岳地帯における水資源コントロールを目的とした重大中枢施設と水路網の建設をさらに強化する必要がある。また、新疆において目下節水が実行されている面積は、灌漑面積の40%に過ぎないことから、農業における高効率な節水技術の普及、そして産業用水構造の最適化に力を入れていくことも必要だ。さらに、水供給の面では、「空間的均衡」を柱とする治水理念に基づき、流域間および地域外からの供給に関する研究を加速させると同時に、山岳地帯の人工増水と大気中の水資源開発を推進し、山地流域における貯水と水源涵養能力の強化などを積極的に実施しなければならない。他にも、極端気象による水害が頻発することを踏まえ、洪水を灌漑に利用し、計画的に生態重点保護区に水供給をするなど、短所を長所に変える洪水の資源化利用することも考えられる。
雷加強が懸念しているのは、水危機に伴うオアシスの危機だ。近年、山岳地帯の河川流量の増加により、流域内のオアシスはどんどん拡張を続けている。「でも、50年後はどうでしょう。水量が大きく減ったとき、過度に拡張されたオアシスの水利はどう保障するのでしょうか」
重要なのは、水の収支をきちんと計算し、農業発展であれ環境修復であれ、将来の有効水分保持能力を分析することだ、と雷加強は指摘する。目下進行中の防砂林の植樹プロジェクトは、まさに水供給が追いつかないため安定していないが、それでも科学的根拠に基づいて水による緑化をおこなうべきだ。大規模な防砂林を設置したのに、結局水不足のため完全に枯死してしまい、生態環境に悪影響を及ぼすようなことになってはならない。
「防砂林というのは砂漠の周辺を囲んでブロックするものでしたが、いまはオアシスの周辺もブロックが必要だと感じています」
オアシスの拡張は、ある意味、暖湿化における西北地方の発展の縮図だ。
宇如聡は言う。「ある地域は、牧草がよく茂るようになったからと、牧畜業を発展させようと急いでいますが、ここは慎重にならなければなりません。暖湿化の恩恵を利用すると同時に、各地域で、増加した水資源は一体どこから来たものなのかを分析し、水源地の降水量が増加したのか、それとも氷河の融水によるものなのか状況に応じて短期および長期的措置を制定する必要があります。特に大切なのは、将来的な水資源の減少に備えることです。決していまだけを考え、水資源を使い果たすようなことがあってはなりません」
頻発する極端気象現象
2022年8月、「南新疆タクラマカン砂漠に湖が出現」というニュースが検索ランキング上位に浮上し、西北地方の暖湿化に関する議論に再び火がついた。「砂漠のオアシス化」の兆候だと主張する意見もあったが、実際のところ、この現象は、暖湿化が招いた極端気象現象の典型例だった。夏になり、タリム川の流量が急激に増え、主流・支流合わせて25本の河川に警戒レベルを超える洪水が発生し、河道から溢れ出た水が砂漠の低地に流れ込んで、池のような水たまりになったに過ぎない。新疆生態・地理研究所研究員の高鑫氏の説明では、洪水で短期的に形成された水たまりは砂漠に浸透することはなく、ただ窪地に湖ができたように見えるだけで、すぐに消失してしまうという。
専門家によれば、洪水が発生した原因は2つある。1つは、この年の夏、新疆が記録的な高温になり、タリム盆地南側の崑崙山脈と北側の天山山脈で例年をはるかに超える氷河や積雪の融水が生じたこと。もう1つは、タリム川上流域で7月と8月に何度も豪雨が発生したこと。この豪雨と融水が同時にタリム川水系に流れ込んだため、混合型の大規模洪水が発生したというわけだ。
こうした混合型の洪水は、近年珍しくなくなっている。「去年7月の洪水時、タリム川のアラル水文ステーションでは、1秒あたり1830立方メートルという史上最高流量を記録しました。なぜこれほどまでになったかというと、タリム川の3つの源流であるアクス川、ヤルカンド川、それにホータン川の洪水が同時に流れ込んできたからです。そのため流量の高さもそうですが、その状態が長く続きました。ホータン川は普段、水量が極めて少ないにも関わらずです」とアクス水文測量局局長のルシティ・ミジティ氏は言う。
2021年1月9日、新疆ウイグル自治区バインゴリン・モンゴル自治州のタクラマカン砂漠にある
ロプノール湖。写真/視覚中国
新疆のある気象関係者は、もし流域内に大型の水利施設が建設されたなら、混合型洪水のリスクはかなり抑えられるだろうが、新疆ウイグル自治区内に1000以上も残る土石流を見ると、防災対策がしてあったところはほとんどない、と指摘する。「ですので、洪水が起こっても防ぎきれない地域もあります。そういうところでは、住民の危機意識を高め、直ちに避難させるようにするしか方法はありません」
極端な豪雨は気温の上昇と密接に関係している。陳亜寧の説明によれば、大気層は温度が上がった分だけ水蒸気を多く含むことができるため、気温が上昇すれば、極端な豪雨から洪水が発生するリスクが増す。新疆では極端な豪雨からの洪水が主として中・低山帯で発生しているが、このゾーンに属する天山北麓経済帯は、新疆のGDPの65%を生み出しており、人口や都市が密集しているため、一旦豪雨や洪水などの水害が起これば、被害が拡大する可能性は極めて高い。そのため、事前の対策が不可欠だ。また、地球温暖化に伴い、西北乾燥地帯では夏の高温や熱波の発生頻度および強度が上昇していて、熱波の発生回数は10年ごとに0.23回、熱波の最長継続日数は10年ごとに0.39日増えている。
では、西北地方で頻発する極端気象現象にどう対応すればよいのだろうか。専門家は、気象モニタリングステーションの建設を強化し、特に気象災害リスクの高い地域はできるだけもれなくモニタリング対象に含めることが重要だとアドバイスする。「新疆ウイグル自治区において、近年、極端気象災害が集中しているのは、山地や古道があるエリアです。観光地の多くもモニタリング対象に含まれていないため、極端な豪雨や洪水が一旦発生すれば、人的被害や経済損失につながるおそれがあります。(モニタリング)ネットワークの緻密化が必要なのはそのためです。モニタリングをおこなうからこそ、事前に警報を出せるのです」と前述の新疆気象関係者は言う。極端気象災害に対する予防や警戒は、気象部門だけでなく、複数部門ひいては社会全体が連携して取り組まなければならないと指摘する専門家もいる。
※本稿は『月刊中国ニュース』2023年12月号(Vol.140)より転載したものである。