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【23-75】化学肥料依存からの脱却を進める中国農業の狙いはなにか?(第2回)

2023年11月14日

高橋五郎

高橋五郎: 愛知大学名誉教授(農学博士)

略歴

愛知大学国際中国学研究センターフェロー
中国経済経営学会前会長
研究領域 中国農業問題全般

 前回 は中国の農業における化学肥料の使用の変遷について記載したが、化学肥料を削減するだけでは意味がなく、これと引き換えに有機肥料散布を増加しなければ収穫量の維持も増加も期待できないことは言うまでもなく、そのために政府を挙げて有機肥料の普及に力を入れ始めたことになるであろう。

 しかし、有機肥料はどこでも手に入るわけではなく、その元になる原材料が必要であるが、畜産業と耕種農業が経営的・地理的に乖離が大きな中国農村において、この施策が果たしてこのまま進む条件が整っているかどうか、また、中国農業を取り巻く諸問題を取組むに当たって、有機農業の推進がどの程度の効果が見込めるのか、疑問がないではない。今回はこの点に焦点を当てよう。

 有機農業の重要性についての再評価は日本でも進んでおり、中国と日本で一部重なる農法や自然条件の変動に対応する時代的な要請とみることもできる。

中国の有機肥料とは?

(1)国家規格が定める有機肥料

 有機肥料の種類は非常に多い。まず中国の有機肥料とは、最新の国家規格NY/T 525-2021(写真1  参照。日本ではほぼ入手困難なので、参考まで表紙影を掲げた。なお、NYとは農業関係分野の国家規格を指す。「農業」の中国語読み「nong-ye」の「n」と「y」  が原形)。

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写真1 NY/T525-2021の表紙(A4版14頁、筆者蔵)

 合わせて、現場では前稿 で述べたように伝統的な「農家肥」もまた、いまなお重要な役割を担っていることに留意が必要である。だから中国の有機肥料は、国家規格と伝統的な姿・形をもつものとの2つの区分によるといえる。

 有機農業の定義について、国家規格NY/T525-2021は「主要な原材料を植物・動物とし、それらを発酵・腐熟させて得た炭素を含む有機資材であって、土壌肥力の改善効能があり、植物に栄養を与え、作物の品質を向上させるもの」としている。

 また有機肥料の定義に当てはまるものの原料についても「安全・衛生・安定・有効を基本原則とし、原料は用途に応じて類型別に管理され、使用禁止に当たるものを取り除く」とする。具体的には「穀物・芋等の茎、豆類の茎、油料作物の茎、園芸作物等の茎、林産物や草等の廃棄物、家禽の糞尿および家禽畜舎の敷き藁等、廃棄飼料、農産加工品廃棄物、草炭、泥炭等」である。この規格からは、いまなお現場では重要な原料である人糞原料は除かれている。以上のほか、規格では漢方薬残滓や水産業廃棄物などが含まれるが、肥料原料としての適性を認めたものであることを条件として規定している。

 これらの規定をクリアして製造された有機肥料は、その外観についても「粉状・顆粒状であり無臭。見て嗅いで判断する」とされている。

(2)伝統的な民間有機肥料(主要)

 国家規格から外れたものが伝統的な有機肥料である。その代表的なものに人糞肥料(堆肥化されたもの)がある。国家規格からは衛生面、農村の野外トイレ(写真2を参照)の減少、発酵方法の難しさなどから外されたものと考えられる。

 伝統的な有機肥料の多くは国家規格の定義と重なるものである。とくに重宝されている有機肥料は家畜糞の堆肥(糞+稲わらや稲や小麦・トウモロコシの茎や枝等で堆肥化したもの。写真3、4を参照)、鶏糞の発酵肥料等が最も重宝されている。

「農家肥」のうち、哺乳類の糞尿を原料とするものは発酵させるが、臭いや雑菌類は残りやすい。これは畑の現場に立てば分かるし、筆者のように中国の農地に行けば畑の土を掌で握って握り潰し、臭いを嗅ぐ習慣のある者にとっては原料が豚か牛か、鶏かも嗅ぎ分けることは難しいことではない。ただ、70~80度に自然発酵させて完全に熟した有機肥料、とくに鶏糞を原料とする有機肥料は無臭になる。

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写真2 農村に点在する農家用野外トイレ(筆者撮影。2010年)

(3)有機肥料の一般的成分

 ここで、最もポピュラーな中国産の有機肥料について、それぞれの1キログラム当たりの肥料成分の含有量を比べてみよう(表1)。

 まず窒素だが、多く含む順に鶏糞16.3グラム(以下、単位省略)、トウモロコシ茎9.7、羊糞7.5、人糞尿6.5、麦茎5.0である。リンは鶏糞15.4、羊糞5.0、豚糞4.0、カリはトウモロコシ茎17.9、鶏糞8.5、麦茎6.0となっている。

 だから鶏糞チッソ肥料1キログラムを作るには約61キログラム(1000g/16.3g)の鶏糞原料、麦茎チッソ肥料1キログラムを作るには麦茎200キログラム(1000g/5g)が必要になろう。この例のように有機肥料を作るには大変な量の原料が必要となる。この点は、有機肥料を製造する上で大きな制約となっている。

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 以上から肥料3要素(N・P・K)を最も濃密に含んでいるものは鶏糞であり、次いでは羊糞やトウモロコシ茎である。日本においても、作物栽培上最も効果的な有機肥料は鶏糞であるとの見方が一般的である。これに対して堆肥として比較的使用される頻度が高い牛糞は、土壌改良剤として期待されることが多い。

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写真3 発酵牛糞を小麦畑に散布する様子(河南省にて筆者撮影。2018年)

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写真4 肥育牛農家が作る堆肥肥料(河南省にて筆者撮影。2018年)

農家から見た場合、脱化学肥料の条件は整っているか?

(1) 販売有機肥料(金肥)の価格

 農家が庭先で作った自家製有機肥料の場合、形状や臭いは気にされることは少ない。入手価格もゼロである。だが国家規格に基づく有機肥料は先に見たように形状が粉状・粒状と定められている。さらに梱包の仕方にも規定がある。つまり製法が工業的なのである。したがってそれらの有機肥料は有償である。

 では価格はどのくらいなのだろうか。中国のさまざまな現地情報、政府統計上の散布量と投下費用からの換算など多方面の情報を合わせた肥料の3要素(窒素・リン酸・カリ)を含む一般的・平均的な価格は1キログラム3~4元と見られる。大量生産ができる化学肥料は、1キログラム3元程度であり、重量単価と言う点では両者に大きな差異は認められない。

 肥料は作物や土壌・水利、気象条件等によって面積当たり散布量が異なってくるが、これらを含めた平均的な散布量は、耕地1ヘクタール当たりで化学肥料が300キログラム、有機肥料が250~400キログラム、平均すると325キログラム程度と見られる。

 これに先ほどの重量当たり単価を乗じれば、どちらが有利なのか見当がつこう。その結果は、1ヘクタール当たり化学肥料900元、有機肥料975~1300元となる。これは計算上のことで、実際はそれぞれの肥料の価格変化や散布の仕方から両社とも変動する可能性がある。しかし、この試算によって化学肥料と有機肥料をコスト面から比べるかぎり、化学肥料が若干安い、と言う結論となろう。

 ところがもし、農家自身の自家製有機肥料を使えば、その分のコスト削減は可能であるし、その利用割合を増やせば増やすほど安上がりを実現できることになる。

 以上から有機肥料を使う条件を価格面から見る限り、農家にとって化学肥料からの脱却を進める上での障害は大きくはないといえよう。

(2) 有機肥料農業の技術

「農家肥」に属する有機肥料は中国の農家にとって馴染みやすく、どの農家も頼ってきた伝統がある。有機肥料が先にあって栽培作物に合わせて使うと言う方法ではなく、栽培に合う有機肥料を自ら作ってきたと言う実態がある。

 他方、国家規格が定める有機肥料は専門業者が製造したものであり、有機肥料の使用法に合わせて作物を栽培するという逆転が起きる。この点は化学肥料の場合と同じ条件となる。購入した有機肥料の熟成度や効果等の性質や効き目を把握し、土への混ぜ込み方や鋤き込み方について知るには一作では無理で、二作、三作と多少の時間がかかるかもしれない。しかしそのような経験を積めば、適応力のある農家であれば一作を終えた二作目以降は十分に使いこなすことができるはずである。普通の農家と言う存在は、何事も経験を基に事態に対応する柔軟さを持っているからである。

(3) 有機農業による農産物の品質

 栽培された作物に、化学肥料と有機肥料とでは何か違いがあるのだろうか?実際は大いにあるのである。収量・栽培コスト・作物の健康・安全性・味覚・作物の見た目、これらの点については、以下のようにまとめることができる。

 以下に述べる化学肥料に対する有機肥料の基本的な違いは、図1で示した両者間の物質科学上の差異に基づくと考えられよう。

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1)収量:化学肥料栽培の方が勝る。この点は、日本の農家の事例を調査した文献からも確認できる (1)

2)栽培コストのうち、面積単位当たり投下額には大きな差がないことを前述したが、自家製造のための投下コスト、田畑に投下するための労働時間はどうか。この点、有機肥料は化学肥料に比べると不利であろう。残念ながら、有機肥料を自家製造コスト・散布コストのデータに関する調査事例を探すことはできない。おそらく、少なくとも中国でそのようなデータは存在しないと思うので確証はない。

3)収量の差とコストを有機肥料栽培作物がカバーできる要因が、以下3)~5)の性質からである。作物の健康:有機肥料栽培の方が勝る。筆者が中国の畑で確認済みで、根の張り方、茎や葉の丈夫さや成長等で明白な違いがある。

4)安全性:筆者が調査した地方の一つ、湖南省のある水田ではカドミウム汚染が起きていたが、化学肥料の成分の影響と見るのが識者の見方であった。化学肥料の多投は土壌構造(土壌の団粒構造、水分・空気などの組合せ等)の劣化を招くことは土壌学の常識である。化学肥料の多投は微生物の棲息や成長、細菌の棲息等に影響する。

5)味覚:有機肥料栽培は作物の自然の熟成を促すので、当該作物本来の味・香りを提供する。それぞれの肥料で栽培した同じ品種の作物を食べ比べれば、誰もがその場で実証可能である。

6)見た目:これも両方の肥料で栽培した作物を見比べれば、議論の余地がないほど明白である。有機肥料で栽培した作物は作物本来の実、葉や茎の色を発揮し、力強い輝きや光沢を見せる。菜っ葉類やナス科植物は、その差が最も分かりやすい。

 次回は、中国各地で急速な成長を始めた有機肥料産業の現状と課題を取り上げたい。


(1) 胡柏『有機農業はどうすれば発展できるか』農文協、2022年12月。


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