経済・社会
トップ  > コラム&リポート 経済・社会 >  File No.23-62

【23-62】化学肥料依存からの脱却を進める中国農業の狙いはなにか?(第1回)

2023年09月21日

高橋五郎

高橋五郎: 愛知大学名誉教授(農学博士)

略歴

愛知大学国際中国学研究センターフェロー
中国経済経営学会前会長
研究領域 中国農業問題全般

はじめに

 中国農業はあいまいな土地制度のほころび、農業労働従事者の高齢化、食料自給率の低下、気候危機など家庭請負制が基調をなしていた時代背景を根本から揺るがす事態に直面し出し、内面から次の時代を模索せざるを得ない様相を呈し始めた。旧い社会主義的な農業の枠組みをどう再編するのか、あるいはしないのかできないのかが問われる、大きな転換の時代が訪れたと言ってもよい。

 筆者が先般、本コラムの場を借り、3回に分けて報告した「資本制農業へ舵を切った中国農業」(リンク:第1回第2回第3回)はその枠組みの骨格をデッサンしたものであり、さらに「次の時代を模索する中国農業」(『東亜』2023年9月号)は、中国農業の次の時代をより広い視野でデッサンしようとしたものであった。

 そこで以上を踏まえ、この場では個別具体的な事象を取り上げ、現状と背景、今後の方向を探ってみることとしたい。まずは、官主導で取り組まれ始めた農法の転換に焦点を当てたいと思う。今回取り上げる化学肥料依存農業からの転換政策には、現状の農業生産システムについての危機感がにじみ出ている。

大きく減少する化学肥料散布

 中国は、農業大国として世界最大の化学肥料消費国家であり続けている。多様な気象条件、南方と北方とで8:2と偏在する水資源、起伏に富む広大な耕地、その耕地を彩る千差万別の地質、穀物から青果物まで多種多様な農産物栽培、これらが中国農業の多様性を支える大きな地理的・経済的特徴となっている。

 最近の肥料の3要素別・主要国(中国・日本・ロシア・アメリカ)別化学肥料散布量を図1に示した(原データは中国国家統計局・FAO。以下同じ)。

image

出所:FAOSTATから筆者作成。

 同図によると、耕地1ヘクタール(以下,ha)当り主要な肥料である窒素系肥料(N)の散布量は中国が166キログラム(以下,kg)、日本65kg、アメリカ59kg、ロシア16kgと、中国が他国を大幅に上回っている。

 中国が他国を上回る点はリン酸系肥料(P)、カリ系肥料(K)においても同様である。

 試みに算出した生産物1,000ドル当り散布量については、窒素系の最大がアメリカ31kg、以下中国22kg、ロシア19kg、日本13㎏と続く。リン酸系とカリ系も同様に中国以外が最大を占める状況である。

 生産物価格当りの肥料散布量には生産物と生産資材間の相対的な価格差が各国で異なることが反映されるが、中国がアメリカより低い理由は生産物1,000ドル当りのアメリカの肥料価格が中国に比べて安いことにある。また、見方を変えるとアメリカの生産効率が中国よりも悪いともいえよう。

 図2は窒素系肥料を取り上げ、4か国の耕地1ha当り散布量の動向を見たものである。これによると、中国は2015年まで増加の後2015年から減少、日本が2010年以降減少、ロシアとアメリカは一貫して増加している様子が明らかである。

image

出所:FAOSTATから筆者作成。

 具体的な散布量を見ると、中国は2015年に235㎏だったが、2021年には166㎏へと60㎏の大きな減少となっている。同様の傾向は窒素系肥料のみならず、リン酸系およびカリ系にも共通している。

肥料生産性は低迷から逆転上昇へ

 このような化学肥料の散布量の減少は、中国の農産物生産にマイナスの影響をもたらしたのではないかとの懸念が生まれるところである。実態はどうなのか?このような懸念にもとづいて、ランダムに選んだ大豆とトウモロコシ2つの品目の単収(1ha当り収穫量)を3要素散布量で除したデータ(肥料生産性ともいえる)の推移を作成してみた。それが図3(大豆)と図4(トウモロコシ)である。

image
image
 

 実態としてこの2つの図から共通して言えることは、2015年から2016年にかけ、大豆とトウモロコシの3要素すべての肥料生産性はそれまでの低迷から逆転、急速な上昇を見せたという点である。つまり懸念は払しょくされたと言える。

 2つの図についてさらに触れておくと、大豆もトウモロコシも2000年以降、2007年頃まではかなりの幅で減少傾向にあったが、その後やや増加の後、低迷から減少の傾向にあった。この図から察することができる点は、指標として挙げた2つの品目とも2000年以降しばらくの間、化学肥料散布量が必要以上に多かった、むしろ多すぎたのではないかと言うことである。あるいはこの間に収穫量自体の低下があったのではないかとの推測が生まれてもおかしくないが、実際はそういうことは起きていなかった。収穫量自体も単収自体も増加している中で起きたことなのである。

 ここには、化学肥料重視から有機肥料利用重視へと言う政策の転換があったことを指摘したい。

土地生産性の上昇傾向は変わらず

 念のためコメ・小麦・トウモロコシ・大豆の2000年以降の土地生産性の推移を図5として示した。これによると、品目それぞれの生産性のベースラインは異なるものの、傾向的には多少の紆余曲折、すなわち低下したこともあるし上昇の仕方も一定ではないのだが、いずれも上昇していると見てよい。土地生産性の最大はコメ(7,000㎏程度)であり、最低が大豆(2,000㎏程度)であるという傾向もまったく変わっていない。

 こうした中で起きた図3・4の出来事の原因を探そうとすれば、農産物というよりは肥料自体に焦点を当てた検討が妥当ではなかろうか。

image
 

肥料政策の大転換

 そこでまずは、と思い中国の肥料政策の動向に当たってみた。すると、図3・4の出来事をもたらした重要なある背景が浮かび上がってきた。それは、2000年初頭に大きな問題となった中国食品汚染、水質汚染、土壌汚染がきっかけとなった農業生産のあり方についての政府の姿勢の変化であり、その流れに沿った農法の転換政策であった。

 食品安全問題については野菜を中心とする品目ごとの残留農薬基準の厳格化、飼料や肥料に関する規格の見直しや策定と言うモノ単位の取り組みが行われた。しかし中国の特徴はこうしたモノ単位の規格化にとどまらず、野菜・穀物など農畜産物全体をカバーする栽培法・使用方法についてのGB(国家規格)等の策定にまで及ぶことである。もちろん、農業は同一の品目であっても地域や季節などによって、作季や栽培方法は同じではないことを織り込んだ規格である。まだこの規格化は策定中の段階にあるが、いずれは完成する見通しである。

 肥料に話題を戻すと、栽培法にかかわる肥料政策の転換は主に次の3つの政策によって行われたと見てよかろう。これらは化学肥料の散布量を減らし、代わりに有機肥料を増やすことを目的とする政策である。中国は国家建設以来、食料確保のために依存してきた化学肥料優先主義と決別するにも等しい政策転換を行ったと言えよう。

①農業部「2020年までに化学肥料使用量の年間増加率をゼロにする行動プラン」(2015年5月)

②同部「青果物及び茶の化学肥料を有機肥料に換えることを展開するプラン」(2017年2月)

③同部「畜産物・家禽糞の資源化利用行動プラン(2017-2020年)」(2017年7月)

(1)「2020年までに化学肥料使用量の年間増加率をゼロにする行動プラン」の概要

この行動プランの要点は以下の通りである。

2015年:全国の農作物栽培のために使う化学肥料の年増加率を1%以下に抑える。このために家禽を含む畜産物の糞尿の52%を耕地に還す。

2016年:同・年増加率を0.8%以下とする。畜産物糞尿の耕地還元率を54%とする。

2017年:同・年増加率を0.6%以下とする。このため畜産物糞尿の56%を耕地に還す。

2018年:同・年増加率を0.4%以下とする。このため畜産物糞尿の58%を耕地に還す。

2019年:同・年増加率0.2%以下とする。このため畜産物糞尿の59%を耕地に還す。

2020年:同・年増加率を0%とし、畜産物糞尿の60%を耕地に還す。

 化学肥料散布量がこの計画通りに進んだかどうか確かめると、化学肥料散布量(N・P・K合計)は、2015年6,023万トン(国家統計局)、2020年5,251万トンだったので年当り増加率がゼロになったどころか、この間に約13%の減少となっている。急激な減少を見たと言っていいように思う。図3・4に表れた肥料生産性の上昇には、このような原因があったことになろう。

(2)「青果物及び茶葉の化学肥料を有機肥料に置き換えるプラン」

 このプランの主内容は、現在が果物・野菜・茶葉生産に対する化学肥料散布量が過大であり減らす必要があると言うことである。特に果樹生産に対する中国の化学肥料散布量は、日本の2倍、アメリカの6倍、ヨーロッパの7倍に上るとここでは見積もっている。

 肥料散布による農業労働過多、家畜・家禽糞尿資源の利用不足などが生産コストを押し上げ、環境汚染の原因ともなっているという問題に対する取り組みである。これらの問題につながる化学肥料依存を抑え、有機肥料に置き換えて行こうとする施策である。

 この施策が特に重点を置いている品目は中国が世界の栽培面積の40%以上を占めるリンゴ、同じく面積で世界最大、生産量で世界2位を占める柑橘類、世界最大の生産量の野菜のうち施設野菜(中国の野菜生産の30%を占め、年々拡大)、生産量世界一の茶葉である。

 ただ、筆者はこれら畑作物についての有機肥料化には留意すべき問題が少なくないと思う。有機肥料の質によっては土壌の細菌の増殖を促し、かえって農薬の散布増加を促す危険があるからである。この点は残留農薬問題を起こすことにもなりかねず、これでは折角の施策が、元の木阿弥になる恐れがないとは言えない。

 中国の有機肥料には家畜の糞尿以外に、ヒトの糞尿を原料として有機肥料を作る方法が、けっして特殊な例とはいえないほど残っているからである。これは別に違法でも何でもなく、まちの書店で通常扱っている有機肥料の作り方というような手引書にも、数ページを割いて記述されていることである(筆者所蔵:写真1・2)。有機肥料が手引書通りの手続きにしたがって作られればこのような危険性は避けられるのだろうが、実際問題として、なかなかその通りには行かないのが経験の示すところであった。

image

写真1 『簡易版・施肥技術の手引き』表紙

image

写真2 同書の有機肥料を定義したページ。人糞・家畜糞もその対象に含まれている。

(3)「畜産物・家禽糞尿の資源化利用行動プラン(2017-2020年)」

 この施策は2020年までに、科学的モデルの策定・権利と責任の明確化を通じて、家畜・家禽糞尿の資源化に関する制度を策定することを骨子とする(1)。目標は全国の75%以上の家畜・家禽経営に、一定規模以上の畜産経営にあっては95%以上の経営に、大規模経営にあっては目標年の1年前までに100%の経営に、それぞれ糞尿処理施設を設けることとするものである。

 この施策を実行するために全国200のモデル県を設け、目標達成を目指すこととしている点が目玉である。

 問題はこのような資源化を担うのは誰か、という点であるが、この施策では明確に見えるとは言い難い(2)。しかしこの施策本文中の何か所かに「企業+農家」という記述が見えることを考えると、企業と農家が協力し合うとの構図をうかがうことはできる。では、この「企業」とは何かと言う点であるが、有機肥料を生産する企業として大手かつ有名企業-嘉農生物・祥雨・梅花生物科技・阜豊集団など-と思われる。今後はこれらが化学肥料製造企業と並ぶように注目される可能性があろう。

増える有機肥料生産

 ではこのような施策は有機肥料の生産の動きにどのように現れているだろうか? 図6(原データは農業農村部)がそれを雄弁に物語っていよう。同図によれば、2011年以降毎年増加しているが、2016年以降の増え方はそれまでの増え方を上回っている様子が確認できる。

image
 

 すなわち2015年の1,185万トンは2016年に1,235万トン(+4.2%)、以降順調に増加、2021年には1,570万トンに達し、2015年の1.33倍となっている。2021年の化学肥料総散布量は5,251万トン(国家統計局)なので、なお大きな開きがあり有機肥料が化学肥料に置き換わるまでにはなっていないが、それは少しずつ進展する可能性をうかがうことはできよう。

むすび

 今回の考察から、一見すると化学肥料散布は生産コスト的にも合理的と見られて来た中国において、国家レベルでその反省が見られ始めたことは大きな変化として注目することができよう。しかもこの動きには農業全体を視野に置きながらも、規模の大きな経営に焦点を置く姿勢が見られることに注目したい。

 その背景には中国農畜産業のほぼ全体を侵食している高コスト化の進行、輸入依存の深まりという憂慮すべき事態が起きていることが挙げられよう。しかし畜産業と耕種農業が経営的・地理的に乖離が大きな中国農村において、この施策が果たしてこのまま進む条件が整っているかどうか、また、中国農業を取り巻く諸問題を取組むに当たって、有機農業の推進がどの程度の効果が見込めるのか、疑問がないではない。次回 には、この点を掘り下げてみよう。


(1) 学会にも、政府のこの動きを後押しするような姿勢が現れている。例えば周氷穎他「肥料及び改良原料における牛糞の資源化と応用」『農機市場』2022年12月など。

(2) 盧文鈺他「中国の有機肥料産業の発展の現状、問題と対策」『科技と産業』2022年9月などにも、こうした問題意識が見られる。


高橋五郎氏記事バックナンバー