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【23-81】変化する中国人の海外旅行(その1)

李明子/『中国新聞週刊』記者 脇屋克仁/翻訳 2023年12月14日

最大8連休の「スーパーゴールデンウィーク」となった今年の国慶節休暇。期間中の国内鉄道旅客数は延べ1億9000万人、航空機利用者数は2100万人ともいわれていた。また、大手オンライン旅行サイト・シートリップ(Ctrip)は、海外旅行全面解禁後初の大型連休で、予約数は昨年の20倍近くになるという予測を出していた。果たして実際はどうなのか。海外旅行に対する中国人の意識の変化がそこからみえてくる。

「海外旅行市場が正常に戻るには少なくとも3年かかる」――衆信旅遊の新規開拓責任者で、傘下の奇跡旅行のCEOでもある喩慧氏はいう。事実、国内旅行に比べて海外旅行の回復は緩慢だ。喩慧氏の奇跡旅行でも欧州セクションはコロナ前2019年の4分の1程度にとどまっている。また、タイ、シンガポール、日本といったアジアの国々でも、中国はいま「最大の観光客供給源」ではない。だからといって、これらの国々での中国人観光客の重要性がなくなったわけではなく、中国の海外旅行ビジネスのポテンシャルも尽きてはいない。

 この9月、タイ政府は中国人旅行者向けにビザ免除措置を実施。韓国、ロシア、ジョージアなども同様の措置を準備している。

 また、中国政府が海外旅行「解禁」対象国・地域の第3次リスト(日本を含む78カ国)を8月に公表したことで、特に欧州向け団体旅行が顕著な回復をみせている。他方で、期待された日本向け団体旅行は「熱が冷めきった」状態だ。

 観光という非常に長い産業チェーンでは、どの部分で「ブラックスワン」が起きても最後の市場に影響する。中国の旅行ビジネスを重視し、中国人旅行者に戻ってきてほしい国にとって、問題はいかにして戻ってきてもらうか、そのためにどういう便宜を図るかだけではない。もっと明確に答えをみつけなければならない問題がある。それは、「なぜ中国人は自分たちの国に来たがらないのか」だ。

「少なくなったのは中国人だけ」――東南アジアの事情

 中国は今年の年頭から立て続けに2度にわたって計60カ国の海外旅行再開対象国リストを発表。リストのなかで最も目立ったのが東南アジア諸国だ。人気の観光地はほとんどリスト入りした。

 コロナ禍で長らく身動きがとれなかった、海外旅行を事業の柱にしている旅行会社の多くが、ここぞとばかりに東南アジアにヤマをはり、現地サプライチェーンの再建と旅行客の呼び込みを同時に始めた。「東南アジアは近くてコストパフォーマンスがいい。今後の団体旅行復活をけん引していく存在で、団体旅行に最も大きく影響する航空輸送も同時に先陣を切って回復していくだろう」と、北京陽光假期国際旅行社の付崢氏は話していた。

 事実、今年3月時点では、中国人の最も行きたい国ベスト8のうち6カ国が東南アジア諸国だった。観光ビザの問い合わせも4倍以上に増えた。

 しかし、「問い合わせが多かったわりに実際の成約件数は少なかった」と付崢氏はいう。この時点では航空便が少なく、現地の受け入れ準備も整っておらず、旅行代金はコロナ前の倍に高止まりしていたという。

 ただ、その後、航空便や現地のサプライチェーンは回復。旅行代金もコロナ前の水準に戻ったにもかかわらず、依然として東南アジア旅行は伸び悩んだ。付崢氏は「旅行に行きたいという思いはみな強いが、財布のヒモが固くなってしまった。業界の冷え込みのカギもそこにある」という。

 市場の回復よりも目立ったのが「ネガティブ情報」だ。今年のはじめから「東南アジアに旅行すると誘拐される、臓器を取られる」といった恐ろしい噂が世間に広まった。

 東南アジアでの犯罪を題材にした映画作品が中国で相次いで上映されたことも大きい。「タイで実際に起こった事件」をキャッチコピーにした映画が上映されると、タイ旅行の受注量は半減したという。

 嬾猫旅行の創業者・趙俊氏は「タイに行って大丈夫なのか、という問い合わせの電話をどれだけ受けたかわかりません」という。

 中国人の東南アジア旅行といえばタイである。そのタイは今年5月、オンラインでビザを申請・発給する「電子ビザ」(eビザ)の運用を厳格化した。これも中国人旅行者回復の妨げになっている。タイのセター・タビシン首相も、ビザの手続きが煩瑣で費用が高いことを指摘している。セター首相によれば、プーケット島を訪れる外国人観光客はコロナ前の7割ほどだが、中国人に限っていえば3割ほどしか回復していないという。

 東南アジアでは事実、今年上半期、中国人観光客はコロナ前から「申し訳程度」にしか回復していない。今年の1月~7月にタイを訪れた中国人旅行者は約183万人で諸外国のなかで2番目。タイにとって中国はもはや最大の観光客供給源ではない。シンガポールでも中国人旅行者は半年でわずか延べ42万4000人、2019年の11.78%である。

「東南アジアを訪れる旅行者がいないのではなく、中国人だけが減っている」と趙俊氏はため息を漏らす。紛争や物価高の影響もあって、昨年冬から今年の春節にかけて大量の欧州人が東南アジアで冬の休暇を過ごした。なかには半年以上過ごす人もいて、ホテル代や交通費も高騰した。理論上、中国人観光客のピークであるはずの夏になっても「盛り上がりはなかった」。東南アジア諸国の街中やビーチでは以前と同じくアジア人観光客の姿が多くみられる。しかし、ほとんどが韓国やマレーシアからの観光客だ。

「今年の上半期、東南アジア旅行市場はコロナ前の25%~30%しか回復していない」。付崢氏も苦笑する。北京からタイへの航空便を例にとると、いまは週に3便、しかし、コロナ前は毎日3往復の便があった。

 趙俊氏が直近に仕事でタイに行ったのは7月だった。広州発プーケット行きの便は4分の1近くが空席だったという。プーケットに着いてもガイドや旗など、中国人団体客を待ち受ける現地旅行社の姿は見えなかった。コロナ前、大量の中国人団体旅行客で湧きかえっていた状況はもはや過去のものだ。

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9月24日、パタヤのサンクチュアリー・オブ・トゥルース(真実の聖域博物館)。(写真/視覚中国)

「最大の観光客供給源」はいかにして生まれたか

 コロナ前、バンコクのチャオプラヤー川沿いにあるショッピングセンターでは、いつでも中国各地方の方言を耳にすることができた。しかしいまはどうか。照り付ける太陽のもとで賑わうタイの街角は以前と変わらない。ただ異なるのは、大勢いた中国人観光客の姿が少なくなったことだけだ。

 東南アジアは東南アジアのままである。ただ、東南アジアに対する中国人旅行者の理解と期待に変化が生じただけだ。

「東南アジア旅行ビジネスはほぼ10年ごとに飛躍的発展を遂げてきた」と付崢氏は振り返る。同氏が経営する陽光假期は、1990年代初めの「シンガポール・マレーシア・タイ」旅行から事業を起こした老舗旅行会社である。

 中国人の東南アジアツアー旅行はこの3カ国にフィリピンを加えた4カ国への親族訪問旅行から始まった。1988年から1992年にかけてのことである。1997年を境にこれが団体旅行へと変わっていく。

「当時は海外旅行といっても政府関係者の公務・視察がメインだった。2003年になってようやく一般市民にも海外旅行が普及し、最初の『出国ラッシュ』が起こった」と付崢氏は振り返る。前年に政府が528社の旅行会社を認可したのもきっかけになった。「海外旅行は市場競争の時代に入った」という。

 既存市場での値下げ競争を避けるため、旅行会社は観光コースの新規開拓に力を入れるようになった。その結果、東南アジアの観光資源のリリースがさらに進み、中国人の出国熱、消費熱もこれに刺激された。2009年、陽光假期は中国ではじめて「チャーター機で行くモルディブ」を売り出し、島リゾートブームに火をつけた。「1~2万元で1週間、島で過ごす」が従来の「シンガポール・マレーシア・タイ観光」に代わって流行した。

 国連世界観光機関(UNWTO)の研究によると、1人当たり国内総生産(GDP)が5000ドルを超えると、旅の内容は観光やレジャーからリゾート滞在などへ変化し、旅行関連サービスや旅行スタイルも豊富になるといわれている。中国の1人当たりGDPが5000ドルを突破したのが2011年。この年を境に中国人の海外旅行は毎年1千万人単位で増加した。

 需要と供給の相乗効果だけではなく、旅行先の選択や旅行への期待において、映画やテレビドラマ、文学作品や雑誌などの影響も無視できない。

 2012年に大ヒットした映画『ロスト・イン・タイランド』(3人の中国人のタイ珍道中を描いた徐錚監督の作品)の影響で、バンコクやチェンマイが有名になり、旅行会社はここぞとばかりに「タイ・ツアー」を売りだし、映画のロケ地めぐりも人気になった。

 この映画の影響で翌2013年の春節期間中、中国人の団体・個人のタイ旅行は少なくとも4倍に増加。当時のタイ首相が映画製作スタッフに直接面会し、謝意を表したほどだ。

 この年、中国人の海外旅行者数は年間延べ9818万5200人に達し(前年比プラス18%)、その9割がプライベート旅行だった。タイは東南アジアで人気ナンバー1の旅行先になり、延べ400万人以上が訪れた。タイを訪れる外国人旅行者の数でみても、中国はマレーシアを抜いてトップになった。

 個人旅行の行先として東南アジアが選ばれ始めたのもこの時期だ。ただ、現地で個人にまで行き届いた多様なサービスはまだ乏しく、「当時の個人旅行は大げさにいえば放浪のようなものだった」(趙俊氏)。それでも海外旅行の新たな主役になった都市の新興中産階級は、通り一遍の観光よりも個々人のより深い満足感を求める個人旅行を好んだという。

 タイ政府観光・スポーツ省の統計によると、2017年にタイを訪れた外国人旅行者は延べ3500万人を超え、そのうち中国人は980万人でトップである。同じ時期、タイ以外の多くの国、ひかえめに見積もっても日本、ベトナム、ロシア、カンボジア、インドネシア、モルディブ、韓国で、中国は「トップの旅行者供給国」になった。なかでも日本にはこの年延べ735万人の中国人旅行者が訪れた。

「所得の増加、海外旅行経験の蓄積、ビザの緩和、オンラインによる情報収集の手軽さ、国際線の新規開通といった要因のおかげで、中国人の旅行半径は急速に拡大した」というレポートもある。とくに東南アジアや欧州旅行は日本・韓国と違って、1回のツアーで多くの国を回り、言葉の問題もあって、約半数が団体旅行だった。

 新型コロナのパンデミック直前の2019年、中国人海外旅行者数はついに延べ1億6000万人を突破し、20年間で17倍に膨れ上がった。

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9月25日、バンコクのスワンナプーム国際空港で開かれた中国人観光客の歓迎イベントで、観光客と一緒に写真撮影するタイのセター首相(中央)。(写真/視覚中国)

その2 へ続く)


※本稿は『月刊中国ニュース』2024年1月号(Vol.141)より転載したものである。