経済・社会
トップ  > コラム&リポート 経済・社会 >  File No.23-82

【23-82】変化する中国人の海外旅行(その2)

李明子/『中国新聞週刊』記者 脇屋克仁/翻訳 2023年12月15日

image

4月10日、愛知県中部国際空港に到着した天津からの観光客。(写真/視覚中国)

その1 より続く)

「爆買い」は過去のもの

 コロナ以前、中国人観光客は「爆買い」好きという印象を全世界に与えた。

 確かに2019年、中国人旅行者の海外での消費は世界1位だった。国家外貨管理局のデータによると、中国人の海外での消費支出は2019年上半期で1275億ドル、その半分以上がアジアの国での出費だった。

 特に日本は「爆買い」を好む中国人に人気だった。日本政府観光局(JNTO)の統計では、旅行で日本を訪れる中国人の数は2019年すでに延べ959万4000人に達し、訪日外国人旅行者全体の3分の1を占めた。その消費総額は約1兆7700億円、消費全体への観光の貢献度はさらに高く、40%にも達する。

 しかし、こうした光景はいまではもうほとんど見られなくなった。特にこの8月以降は、福島第一原発の処理水排出の影響で団体旅行のキャンセルが相次いだ。

「日本ツアーの第1弾は満席になる前に催行取り消しになった」と、北京で旅行会社を経営する陸遠氏(仮名)はいう。海外旅行「解禁」対象国の第3次リストが発表されたとき、日本は最も注目度の高い国だった。しかし陸遠氏は、処理水排出後のマイナス影響を懸念し、一時的に日本旅行の取り扱いを停止した。損失を防ぐための、あらかじめの措置だった。

 日本で15年旅行会社を経営している謝善鵬氏は、中国人旅行者の数が確実に減ったことを肌で感じた。「7、8月の売上は約4000万円だった。しかし、今後もし新しい情報が出なかったら、売り上げはなくなってしまうだろう」。日本のテレビ局のインタビューで謝善鵬氏は苦笑混じりにそう答えた。

 JNTOが出している訪日外国人旅行者のデータによると、中国大陸から日本を訪れた旅行者は今年の上半期で延べ59万4600人、コロナ前と比べると86.9%のマイナスである。日本が一番、減少幅が著しい。中国人の代わりに目につくのは、米国、カナダ、メキシコ、東南アジア、中東諸国からの旅行者である。

 中国人旅行者の数は減っても、旅行費用が安くなっている様子はない。航空運賃をみても北京から東京まで最安でも6590元、コロナ前の倍近い値段だ。

 個人旅行だけでなく団体旅行費用も高騰している。観光バスのチャーター代だけでも3割値上げ、食事代も軒並み上がっている。外国人観光客を団体で受け入れてきたレストランはコロナ禍で9割方閉店してしまったともいわれている。

 特に「日本の観光インフラは東南アジアにくらべて回復がかなり遅い」と、株式会社JCLの孫琳社長はいう。コロナの3年で倒産した旅行会社やホテル、レストランは数知れず、サプライチェーン全体が再建を必要としているということだ。また、日本の場合は新たな事業を立ち上げるのに手続きが複雑で時間がかかるという事情も加わる。

「団体の人数が10人を超えるとレストランは予約を嫌う」。孫琳氏がいま一番頭を痛めているのは、観光客への食事の提供だ。同氏はこう説明する。日本はサービス至上主義で、団体の人数が店側のサービスキャパシティを超えると、丁重に、しかし頑として予約を拒否される。団体客をいくつかの小グループに分けて、違う会社名義で予約をとるしかない、と。

 2006年に日本政府が「観光立国推進基本法」を公布して以降、観光業は「少子高齢化」時代における日本の新たな産業的支柱になっていった。なじみの国から新しい国まで、日本を訪れる外国人旅行者は観光産業の急速な発展を後押しし、2010年から2016年の6年間で日本の旅行業界は爆発的に成長、年間成長率は20%を超えた。そして、中国人旅行者が雪崩をうって日本を訪れたことは、「成長」を背後で牽引する最大の力だったといえる。

 日本は2009年末に中国人に対する個人観光一次ビザの発行を解禁。これが翌年の訪日中国人旅行者40.4%増をもたらした。他国を大きく引き離す増加幅である。2011年の東日本大震災と福島の原発事故でたちまち外国人旅行者が激減すると、その年の末、日本政府は市場回復のために中国人に対する個人観光数次ビザの発行を正式に決定し、翌2012年の訪日中国人旅行者は再び増加した(前年比プラス36.6%)。

 2014年には訪日中国人旅行者は延べ241万人を突破、これは前年比プラス84%の大幅増加である。同時に、中国人旅行者の日本での消費額も前年の2倍以上、約292億元に達し、外国人観光客の消費全体の4分の1を占めるまでになった。翌2015年、円安などの要因も重なって、中国人旅行者の日本での「爆買い」が中日両国で盛んに報道され、これがさらに中国人の日本旅行人気に火をつけ、翌年訪日旅行者数はさらに倍増した。

 しかしいま、「たとえ中国人旅行者が日本に戻ってきたとしても、おそらく爆買いは2度と起こらないだろう」と孫琳氏はいう。中国人の日本旅行に対する意識に変化が生じており、旅行の形は小グループ、ディープな旅へとシフトし、中国人の消費習慣も「金を使って買いあさる」から「質の向上」に変わってきたという実感だ。孫氏の印象では、中国人の「爆買い」熱は2019年にはすでに冷め始めていた。コロナの直前、日本が受け入れていた中国人観光客は1日延べ2万人を超えていた。しかし、そのなかでもいわゆる「貧乏旅行」の割合が次第に増えてきていたという。

 統計をみても、今年日本を訪れた中国人旅行者の買い物で一番多いのは食品である。2019年と比べて、化粧品や香水の購入割合は47.2%下落している。電化製品はトップ10にも入らない。

「日本政府も、中国市場を維持すると同時に、3年前から欧州や東南アジア市場に重点をシフトし始めている」

中国人の大規模団体旅行は復活するのか

 海外旅行「解禁」対象国の第3次リストが公表されてから、中国の海外旅行需要はたしかに再び熱を帯びてきている。

 しかし、需要だけで市場全体の回復を支えることはできない。航空運賃、ホテル代、現地での様々なコストが軒並み上昇しているからだ。旅行会社が今年はじめに定めた旅行代金では巨額の損失をこうむることになる。また、航空便の減少も、とくに大人数の団体旅行にはダメージが大きい。

 中国の旅行会社が大人数の団体旅行を前提に構築したサプライチェーンは、コロナのせいで止む無く断絶するか、「小さいながらも優れた」旅行を求める中国人の変化に適応するために調整を迫られているかのどちらかだ。

 今年、海外旅行が「解禁」されてからすでに、「まずは富裕層を獲得する」がトップクラスの旅行会社の共通認識になっている。喩慧氏によると、富裕層のニーズはディープで質の高い旅行で、それが主力商品になってきているという。特に人気の行先はスイス、セルビア、北欧で、富裕層はショッピングなどへの関心が低く、体験と質を重視するという。

「海外旅行への期待がますます多様化しており、行先も分散してきている」(衆信旅游)。

 中国観光研究院の戴斌院長は次のように分析する。「『親子旅』や『ヘルスツーリズム』といった『ニッチな旅行』が、いまの旅行ニーズの重要なトレンドになってきている。こうした新しい変化に対応し、そうしたニーズに適した小グループ旅行、オーダーメイド旅行、家族旅行を推している旅行会社や受け入れ国がどんどん増えてきている。この傾向はますます顕著になってきているというべきだろう」

image

第31回広東国際旅遊産業博覧会(CITIE)の会場に掲げられた旅行広告。

 しかし、「団体旅行の減少は航空便の回復にも影響する。航空便が増えないと旅行コストが上がり、個人旅行にもマイナスだ」と付崢氏は警鐘を鳴らす。考えなければならないのは、損失の削減と新規市場の開拓だという。

 東南アジアの定番観光地はすでに魅力が薄れてきており、旅行者は新鮮味を求めている。「新たな観光スポットを開拓するものが勝つだろう」と付崢氏はいう。東南アジア旅行ビジネスもいままで通りではダメだということだ。

 「中国人の海外旅行人気が戻れば、かつてのように『中国人観光客』はどの国でも最大のビジネスリソースになるだろう。ひいてはそれが世界全体の旅行ビジネス・経済を下支えする。これをテコに中国は中国を訪れる旅行者を増やし、海外に出かける人と海外からやってくる人のバランスが取れた発展を目指すべきだ」戴斌氏はそう強調する。


※本稿は『月刊中国ニュース』2024年1月号(Vol.141)より転載したものである。