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【24-07】化学肥料依存からの脱却を進める中国農業の狙いはなにか?(第3回)

2024年01月26日

高橋五郎

高橋五郎: 愛知大学名誉教授(農学博士)

略歴

愛知大学国際中国学研究センターフェロー
中国経済経営学会前会長
研究領域 中国農業問題全般

-中国有機肥料企業の現状と今後-

はじめに

 化学肥料に依存するかたちで農業生産を伸ばしてきた中国は、ここへきて急転回するように有機肥料重視へ舵を切ったが、それを支えるのが有機肥料製造を手掛ける企業である。以前の中国には有機肥料製造企業はないに等しい存在であった。というのは、有機肥料の原料の主体は市街地から出る人糞であり、それを収集する業者が肥え桶を担いで市街地のトイレから原料をかき集めていた。都市住民は人糞の処理の手間暇が省け、回収業者はそれで商売が成立していた。それを農民が発酵処理を加えて田畑にまき、そこから得た農産物を都市住民に販売するという肥料要素(N・P・K)の都市・農村間の循環構造が出来上がっていた。一種の生態系利用の都市・農村のエネルギー均衡構造と言ってよかった。

 都市住居のトイレの水洗化等の拡大により断ち切られるか細くなり、この都市・農村間の肥料循環構造は崩れていった。一方、農村では中国社会主義農業の穀物優先政策が耕種農業(土地利用型の穀物・野菜・果樹等の栽培)と畜産の分離をもたらし、広大な農村はコメ・トウモロコシ・小麦、山間部ではコウリャン・アワ・キビなどの補助穀物一色に染まり、それまでの1頭飼い・10羽飼いの農家は徐々に減っていった。ここに、有畜農業は崩壊し、畜産物は大規模竜頭企業の大規模飼養制が完成、耕畜分離体制が中国式農業の一般的な形になっていった[1]

有機肥料産業の誕生-都市・農村の肥料要素循環構造の断裂-

 有機肥料を作ろうにも、農家からは原料となる家畜・家禽の糞尿が消え、残るは人糞のみとなったが、それだけでは十分な有機肥料を生み出すに限界となった。こうしてこの陥穽を埋める理の当然として有機肥料の製造業者が生まれ、成長していった。家庭請負責任制が普及し始めた1980年代、経営主体間における土地と家畜の分離が急速に広まったことが背景の一つといえる。有機肥料原料として有益なのは牛糞肥料と鶏糞肥料だが、それらが耕種農家に直接販売されることはなく、買い取ってくれる有機肥料製造企業に集まる仕組みへ移行した。

 牛糞と鶏糞は同じ有機肥料の原料とは言っても、性質はまったく異なる。牛糞は土壌改良に有効で鶏糞は肥料の植物成長効果が高い。性質が異なるので発酵・保管・梱包なども一緒にはできず、別々の管理が必要となる。有機肥料原料のもう一方である植物性のわら・茎・野菜残滓・野草などの腐植・保管・梱包なども独特である。有機肥料製造企業の中には、製品構成として動物性原料+植物性原料、有機肥料+化学肥料など複雑な内容を製品化する場合もあり、それぞれ特有の技術が必要となる。

 これらの技術を伴った有機肥料製造企業はこの数十年間で大きく成長した。政府統計はないが、2020年には全国で少なくとも6万社はあると見ることができる。地域的な分布は農業が盛んな山東省が最も多く1万3千社、次いで河北省7,300社、広西チワン族自治区・河南省が5千社、内モンゴル自治区・新疆ウイグル自治区・雲南省・安徽省・湖北省・黒竜江省がそれぞれ4千社などと推計されている[2]

 資本金別分類は100万元(約2,000万円)未満31%、100万~500万元(約2,000万~1億円)未満28%、500万元(約1億円)以上41%であり、概して大企業は少ない。中国では資本金500万元未満が中小企業に分類されるので、この場合、59%が中小企業に当たる。

 筆者の現地調査では、有機肥料の製造技術が高いといえる企業はまだ多くはなく、日本の優れた企業に学ぶ企業も少なくない。採卵鶏生産企業が大量に排出する鶏糞の有機肥料化すなわち発酵から保管・梱包作業などについては、人的目利きが重要な役目を担うことが少なくないが、これには熟練した技術が必要である。特に中小企業の場合、人材と技術を十分に備えにくい弱点が否定できない。

 有機肥料製造には以前(本稿第2回)紹介した国家基準NY/T525-2021がある。この基準が定める合格点に達しなかった検査では、上海市農村委員会で7.5%、海南省市場監督管理総局で24.2%、湖南省郴州市市場監督管理局で20.3%、国家市場監督管理局で12.5%、山東省農業農村庁で9.4%あった[2]。不合格率がこれだけ高い背景に、企業の製造技術・保管・輸送技術に、なおさまざまな課題があることをうかがわせる。

政府の有機肥料製造企業育成策

 中国政府は有機肥料産業の育成・発展と有機肥料の使用拡大を図るため、税の優遇など多様な施策を講じるようになった。化学肥料依存型の農業で疲弊した土壌の改良、高品質でかつ収量を上げることができる農業への転換を本気で進めるつもりのようである。

 表1はそのために全人代で議論され、施策実行へとつながった有機肥料推進方針の一端である。この施策は4本の柱からできている。施策の具体的な内容は優遇税制と奨励金・補助金支出である。

 柱の1は有機肥料、有機肥料と化学肥料混合肥料、バイオ有機肥料のいずれかを製造・販売する有機肥料製造・販売企業向けの施策である。具体的には増値税(日本の消費税に相当)の全額免除。過去に収めた増値税の一部還付。随分と思い切った施策だと思う。

 さらに500万元(約1億円)未満の設備・器具購入費用の所得控除(ただし1回に限る)。所得税半減の措置を受けている有機肥料関連の上記中小企業の法人所得課税額を50万元(約1千万円)以上から100万元(約2千万円)に引き上げ。つまり、法人所得2千万円未満の中小企業に対する所得税免除。

 企業規模に限らず、有機肥料開発研究費を海外に委託した場合、当該費用を所得から控除。海外の有機肥料技術の導入の積極化の姿勢を反映したものといえる。

 中小企業の欠損金の繰越期間を5年から10年に延長、財務改善処理に余裕を与えた。赤字の解消義務期間を延長したのだから、その分を他の投資や人件費拡大に回せ、ということだろう。

 最後は所得から従業員の教育・研修費用の控除割合をその2.5%から8.0%に拡大。教育・研修費用の定義次第で、人件費要素の最大8%を所得控除できるのだから、企業としては有り難かろう。

 柱の2は、有機肥料の原料収集・保管・輸送企業に対する施策である。有機肥料の原料人畜糞便・野菜や林産物の残滓・下水汚泥など多岐にわたるが、どれもきれいというわけにはいかないのが通例である。そこでこれらの事業を営む企業に報いる意図を込めて、奨励金・補助金制度を発足させたのがこの施策の真相である。きめ細かな施策といえるのではなかろうか。

 柱の3は、有機肥料の使用拡大を意図したもので、農家に対する使用奨励金・補助金の支出である。金額はトン当たり150~480元(約3,000~9,600円)、前回の本稿は有機肥料の価格をkg当たり3~4元と見積もったので、トンに換算すると3,000~4,000元なので奨励金・補助金の割合はおおむねその5~12%程度となろう。さらに有機肥料施肥用の農業機械を購入する農家に対しては、一定(筆者には不明)の補助金等を支出する措置を講じた。

 柱の4は有機肥料を大量に使う農業者(農業竜頭企業や専業合作社等がイメージされるが)に対する優遇措置である。その内容は単に有機肥料を大量に使うだけでなく(この点は、すでに柱の3で講じられている)、有畜農業の回復、すなわち耕種農業と何らかの畜産経営を複合的に行う農業者の育成という意図を読むことができる。有畜農業の育成は、有機肥料資源の経営内循環を促す効果を認めることができる。

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有機肥料産業の形成と独立

 都市(それにつれて農村の市街地も)の生活環境の近代化は有機肥料産業の形成につながった。かつて都市は農村へ有機肥料の原料を、農村はその原料を使って生産した農産物を都市へというかたちが都市と農村の安定をもたらしていた(図1)。

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図1 有機肥料産業未成熟時代の都市と農村。(出典:筆者作成)

 ところが現代中国の都市と農村は垣根が徐々に低く、境界も薄れるようになってきた。農村の都市化率は、中国政府の発表では60%を優に超えるという。すると都市と農村の関係は間接的なものになり、耕種農家と畜産農家の分離が進み、それぞれが都市住民(及び農家)に生産した生産物を販売、消費した結果生まれた有機肥料原料は廃棄され、都市と農村のつながりは一方通行となった。

 他方、都市からの有機肥料原料の道が途絶えた耕種農家は有機肥料を専門業者から購入する方が都合良くなった。自ら飼っていた牛や豚では間に合わなくなり、さりとて畜産農家は周辺から姿を消した以上、それ以外の選択肢はなくなったのである。こうして有機肥料産業は成長の足場を見出し、次第に旧来の有機肥料を超える独自の技術を持ちながら新しい有機肥料を市場に送り出すようになった(図2)。

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図2 中国有機肥料産業形成と肥料・農産物循環。(出典:筆者作成)

むすび

 有機肥料の質は急速に進化し、その原料と製造方法も多様化し進化している。中国の有機肥料開発研究の主体は有機肥料製造企業であり、これに大学が追随する格好となっている。中国特許権局統計によると、有機肥料についての特許権出願は現在までの累計で7,905件に達し、その大部分が企業によるものである。うち特許権成立が1,357件、成立率は17%程度である。概要を見ると、有機肥料製造機械器具、同製造方法など非常に多彩である。

 今後のこの業界は無風というわけにいかず、農業構造の激変の時代を迎えることはほぼ確実な中国にあって、激しい生存競争にさらされていくことだろう。新しい技術の誕生は農家から企業の研究室へ移っている。理由は有機肥料自体の品質の向上とその種類の広がりにある。中国における有機肥料産業は、紆余曲折を経ながらも新しい次元へと移っていくものと見られる。


1 高橋五郎『中国土地私有化論の研究』日本評論社、2020年、351―354ページ参照。

2 盧文鈺、何忠偉「中国有機肥料産業発展の現状、問題そして対策」『科技和産業』2022年9月(中国語論文)。


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