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【24-08】キャッシュレス決済に対する監督の強化

2024年01月31日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 2023年12月17日に中国国務院の李強総理は『非銀行決済機関監督管理条例』(以下「条例」)に署名し、公布した。本条例の意味について考えてみたい。

キャッシュレス決済に対する規制・監督

 今回の「条例」ではその第2条で非銀行決済機関について「中華人民共和国の国内で法によって設立され、銀行業金融機関以外で決済業務の許可を得て、送金人ないし受取人が送信した電子決済指示に基づき、資金を移転するなどの決済業務に従事する有限責任会社または株式有限会社」と定義している。要するに、銀行以外の機関で電子的手段、すなわちキャッシュレスで決済業務を行う機関である。その中で主要な部分を占めるのは、アリペイやウィーチャットペイ など第三者決済機関と呼ばれるものである。このような機関に対応する法規制としては、2010年6月14日に中国人民銀行によって制定された「非金融機関決済サービス管理弁法」が挙げられる。この時期は、いまだQRコード決済などが普及しておらず、インターネット決済、銀行カード決済(デビットカード決済)、プリペイドカード決済の3分類が対象とされていた。その後、2015年12月28日に人民銀行は「非銀行決済機関インターネット決済業務管理弁法」を公布した。前記3分類のうちインターネット決済について、実名制を明確に義務化し、その身分証明の厳格化を行うなど、リスク管理を強化した。

 今回の「条例」では、QRコード決済や顔認証決済など新たな決済方式の登場に伴い、業務分類方式の見直しを行っている。送金人が事前に資金を決済機関に預け入れることができるか否かによって、資金預入口座の運営と決済取引処理の2つの種類に分類している。このような分類方式とすることによって、第一に、どのような業務であれ、その実質によって分類し、業務の発展、変化に対応することができ、規制監督の空白が生じることを防ぐことができる。第2に、業務の実質とリスクの特性に応じて分類することによって、公平な競争を促進し、規制の緩い業務への逃避を不可能にすることで規制アービトラージを防ぐことができる。人民銀行の説明によると、2022年10月に開催された第20回中国共産党大会の報告で、「各種金融活動をすべて監督管理の対象に組み入れる」とされたことを受けたものである。新しい業務方式が次々と生まれる非銀行決済サービスに対して規制逃れを許さないという方針を明確にしたこととなる。

非銀行決済サービスに対する規制の経緯

 アリペイやウィーチャットペイなどの第三者決済サービスに対する政府のこれまでの対応については、2020年6月のコラム で説明したが、第三者決済サービスは少額融資機能や資産運用機能、信用判定機能、保険機能など次々と業務範囲を拡大していき、銀行や保険会社と同様の業務を行うようになった。これに対して、中国政府は上記のような法規の整備を進めるとともに、具体的な規制・監督を強化することで、銀行や保険会社など既存の金融機関と同様の規制・監督に服させる ように努めてきた。

 2014年には、アリペイとウィーチャットペイを運営するアリババとテンセントがそれぞれ民営銀行(浙江網商銀行、深圳前海微衆銀行)を設立し、少額融資機能を銀行に移管した。これらは当然、銀行として従前の政府の規制・監督に服する。

 2017年8月には「網聯」が設立された。人民銀行出身者が会長など幹部を務め、アリババやテンセントも含め、広く金融関係機関が出資をした組織である。すべての第三者決済機関は2018年6月以降、網聯と接続し決済情報を網聯に提供することとなった。これによって、従来政府が管理できなかった、第三者決済機関の決済情報を政府が取得できるようになった。

 資産運用サービスとしてはアリペイの「余額宝」が有名である。余額宝の7日物年率収益率は2013年7月1日には6.3%に達した。当時の銀行の3か月物預金基準金利は2.6%であったから、大きな差である。これに対し政府は余額宝の一人当たりの預入限度額 を2017年5月に100万元から25万元に、2018年8月に10万元に引き下げるよう指導した。このような指導に伴い、余額宝の利回りも低下し、2020年6月には銀行の3か月物預金基準金利1.10%に対して余額宝の7日物年率収益率は1.3110%とほとんど差のない水準となった。余額宝の預入限度額は2019年4月に撤廃されている。2024年1月時点では銀行の3か月物預金金利が1.10~1.70%程度であるのに対し、余額宝の7日物年率収益率は2.03%となっている。

 2018年3月には、アリババ系の信用評価会社も含めた民間信用評価会社の共同出資で「百行征信有限公司」(通称「信聯」)が設立された。同社の会長も人民銀行出身者である。民間信用評価会社の信用評価情報は全て「信聯」に集中することとなった。

今回の条例のポイント

 今回新たに定められた条例は今まで人民銀行段階で制定した「管理弁法」より上位の国務院令として公布された。そのポイントとして、第1に、決済業務は政府の認可が必要であること、主要株主や経営幹部などの参入条件についても変更は認可事項であることを明確にした。違法行為があった場合は認可が取り消される。第2に決済業務についてのリスク管理を強化した。一定レベル以上の業務システム、インフラ、内部管理制度を要求している。第3に、顧客の利益の保証を強化した。顧客情報などの管理を強化している。第4に違法行為に対する処罰を強化した。中国人民銀行が罰金や業務停止などの措置を課することができる。以上のような措置について、銀行以外で決済業務を行うすべての機関をもれなくカバーして実施することとなった。

デジタル人民元との関係

 中国人民銀行が発行する中央銀行デジタル通貨であるデジタル人民元については、現在一般大衆の参加する実証実験が行われており、人民銀行によると2022年8月までに、3.6億件、1000.4億元の取引が行われた。2022年末の段階で17省にわたる26地点で実証実験が行われており、着々と導入の準備が進められている。一方で、キャッシュレス決済としては従来からあるアリペイやウィーチャットペイが既に広く普及しており、便利なので、デジタル人民元を利用するインセンティブが乏しいという声も聴かれる。中国政府としては、現金と同じく全国津々浦々まで同レベルの決済サービスを提供する手段は公共部門が担う必要があるとの方針を掲げて、デジタル人民元を推進している。今後はデジタル人民元の指定運営機関である主要銀行がデジタル人民元流通の手段として利用者に提供するデジタルウォレットのサービスと、従前の第三者決済機関のアプリが提供するサービスの利便性が比較されることとなろう。今回の条例により、銀行以外の機関が提供する決済サービスを幅広く規制・監督し、規制アービトラージを回避するということは、今後銀行がデジタル人民元に対して提供する決済サービスと第三者決済機関が提供する決済サービスを少なくとも同レベルの利便性のものとしていくという政府の意図の表れと見ることができる。第三者決済サービスに対する今後の規制・監督の動向がデジタル人民元の普及にも影響するのではないだろうか。

(了)


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