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【24-11】香港から深圳へ。逆流する消費の流れ(その1)

李明子/『中国新聞週刊』記者 脇屋克仁/翻訳 2024年02月14日

中国本土、特に深圳の人々にとって「買い物」といえば香港、「代理購入」といえば香港で商品を買ってきてもらうことだった。いまは逆の現象が生じている。香港人が大挙して深圳を訪れ、週末ともなると深圳のショッピングモールは香港人であふれかえっているという。また、「逆代購」ビジネスも盛んだ。こうした状況は新たなビジネスチャンスにもなる。

 深圳で「逆代購」(香港の顧客に代わって深圳で買い物をする代理購入)ビジネスを立ち上げた鄭創釗さんが、出資者回りを終えて深圳に戻るとすでに夜の11時を回っていた。香港に戻るため深圳側で通関を待つ長蛇の列は先頭が見えない。通関ゲートに向かう高架道路も香港ナンバーの車で大渋滞だ。

 鄭創釗さんは、人の流れが全く逆だった10年前を感慨深く思い出す。中国本土に来る香港人は少なく、観光、買い物、代理購入で香港に行く中国本土の人々が数多くいた。鄭創釗さんもその1人だ。その彼がいま、「逆代購」事業を起こして深圳の品物を代理購入して香港に運んでいるのだ。

 2023年2月に中国本土と香港の往来が全面再開されてから、香港・マカオの人たちが大挙して中国本土に遊びに行く「北上」現象はもはやニュースにもならない。香港入境事務処が公表している統計によると、7月と8月の2カ月間、行楽で香港を訪れた中国本土の人々の数は延べ343万人であるのに対して、同じく深圳を訪れた香港の人々の数は延べ900万人を超えている。平均するとすべての香港人が1~2回「北上」したことになる。

 深圳のショッピングモールはもはや香港人に「占拠」されている状態だ。深圳の人にとっては特にめずらしくもない飲食店にも香港人の列ができ、香港に帰る人たちの手は「深圳土産」でいっぱいだ。

 SNSにも「週末は深圳でシティウォーク」といった言葉が飛び交う。深圳に来られない人でも代理購入を頼めばいい。交通費を払っても香港で買うよりお得だからだ。

 この新たなビジネスチャンスに惹きつけられているのが、「実際的」なことにかけては誰にも負けない深圳人だ。大学生や子育て中の母親、専門業者の姿が「逆代購」ビジネスに登場するのに時間はかからなかった。越境ビジネスをすでに事業として立ち上げていた鄭創釗さんもそこに含まれる。半年過ぎても依然として勢いが衰えない、この「逆消費」の流れは、新しいビジネスチャンスを次々に生み出している。

深圳と香港は気軽に足を延ばせる場所

 香港生まれの康娜さん(仮名)は、学生時代を含め中国本土に来て13年になる。彼女は今回の香港人の「北上」ブームのなかで深圳に定住することを決意した。

 中国本土に住むという考えは、実は2019年に「広東・香港・マカオグレーターベイエリア発展計画要綱」が出たころから芽生えていた。計画の一環で、エリア内の中国本土の都市で香港人が家を購入する場合、条件がかなり有利だったからだ。迷った末に、不動産価格が最も高い深圳を選んだ。

「新しい職場も深圳です。学生時代の親友もたくさん深圳にいます。決め手は香港との往来が便利なことです」と康娜さんは話す。新居の窓から下を見ると皇崗口岸(通関地)はすぐそこ、歩いて10分くらいだ。皇崗口岸は深圳-香港間で唯一24時間開放されている出入境検査場で、ここを通れば香港の実家まで車で30分もかからない。通勤時間よりも短いという。

 深圳の福田口岸近くで不動産仲介業をしている趙俊さん(仮名)は、「口岸近くで新居を購入する香港のお客さんはたいてい高学歴の若いホワイトカラーです」と話す。趙俊さんが普段相手にしている香港人不動産オーナーは、ほとんどがグレーターベイエリア内で働く若者か、香港IDを取得したばかりの新移民だという。一家全員が香港で暮らすのはコストが高いから、さしあたって祖父母と子供たちを深圳に住まわせるというのが後者だ。深圳であれば週末に一家が集うのにも都合がいい。

 中国(深圳)総合開発研究院の分析にもあるが、深圳市の人的資源・社会保障局の調べでは、「グレーターベイエリア青年就業計画」の「第1期生」としてベイエリア内の都市で就職した香港・マカオの若年層のうち、深圳を選んだ人が最も多かった。

 この就業計画は香港特別行政区が2021年はじめにリリースしたもので、「月給1万8000香港ドル以上」で大卒の香港人を募集しなければならないと、参加企業に発破をかけている。しかも、応募者1人につき月1万香港ドルの特別手当が最長で18カ月、香港政府から企業に支給される。

 深圳側も優秀な香港人材を獲得するために、住宅保障など様々なインセンティブを用意した。「人材流動はグレーターベイエリア建設の重要な柱です。深圳と香港の両政府の積極的な働きかけもあって、香港の若者たちの間で、中国本土で活躍したいという思いがどんどん強くなっています」と、総合研究開発院の香港・マカオエリア発展研究所の楊秋栄副主任研究員は話す。

 広東省の年金、労災保険、失業保険に加入している香港・マカオ出身者の数は、2023年2月時点で合計30万6200人、そのうち社会保険待遇を得ているのは3万5500人である。また、この「グレーターベイエリア就業計画」で集まった人材の7割は大卒、残り3割は社会人経験2年以内の若者だった。

 マーケットの反応がよかったため、香港政府は2023年3月以降も「グレーターベイエリア就業計画」を継続することにした。広東省政府もこれにあわせて計画へのサポートを表明し、参加した香港青年に最大2000元の生活補助金を計18カ月間支給するとしている。

 また、香港・マカオの人たちがエリア内ですでに所得した専門的資格を活用することも可能だ。現在、医師、建築士、教師、弁護士など約3000人の専門人材がグレーターベイエリアで活躍している。

 もちろん、香港政府は香港内での人材確保にも力を入れている。この2年で14万人の労働人口が香港から流失したという数字もあるからだ。

「優秀人材計画」「ハイエンド人材通行証計画」「専門人材計画」と、人材確保のための様々な支援政策を打ち出している。

 おかげで2023年7月までに、これらの人材誘致政策の応募は10万件を超えている。この数字は年間の人材確保目標の約3倍だ。

「香港域内の求人では決して獲得できない人材であることを企業が証明してくれれば、就労ビザの取得が可能です」。そう話すのは、元々中国本土で外資系企業に勤めていた徐思豫さん(仮名)である。徐さんは「優秀人材計画」で2014年に来港、香港生活はすでに7年を超え、永住権も獲得している。

 言葉や文化の異なる香港での生活に慣れるまで2、3年かかったと、徐さんはいう。「香港金融市場のレベルはグローバルスタンダードです。チャンスも多く、視野も広い」。ただ、それよりも気に入っているのは香港の仕事文化だ。「ワークライフバランスがよく、変に頑張る必要がない」

 少し前には、37歳で2児の母親が香港での転職活動をSNSに投稿している。「何社か面接を受けたけど、年齢や結婚のこと、子どもの有無は一度も聞かれなかった」

 徐思豫さんもこれは例外ではないという。「香港の職場はプライベートを尊重します。人を選ぶ重要な基準は能力や経験、学歴です。『たくさん稼げて気苦労が少ない』、中国本土から香港にやってきた人たちの実感です」

 いま湾仔に住んでいる徐思豫さんは、将来香港に定住するつもりだ。「湾仔からみれば深圳は週末に気軽に足を延ばせる場所。口岸付近の繁華街でグルメとショッピングを楽しみ、深圳のディープなエリアにも足を運び、1時間ちょっと足を延ばせば順徳区で本場の広東料理も食べられる。本土都市の活力を直に味わえます」

「政策の効果がストレートに現れるのは、人の往来の活発化です。人の流れは物流、情報流通、売買の流れを必ずもたらします」。中国(深圳)総合開発研究院の劉雪菲さんはこう分析する。

 あるアンケート調査によると、18歳から44歳までの香港人のおよそ4割が、グレーターベイエリアの本土側都市で働きたがっているという。

 しかし、深圳と香港の急接近が真っ先にもたらしたものは、他でもない「越境消費」だった。これはほとんどの人が予想していなかったことだ。

「深圳の週末は香港人のもの」

 3年のコロナ禍があけて通関が全面開通したとき、深圳が迎えた最初の香港人は夜中にビーチサンダルを履いてやってきた。目当ては「宵夜」(広東語で夜食の意味)である。

 香港人の「北上」(深圳に来て消費する)は瞬く間にブームになった。康娜さんによると、金曜日に仕事が終わるや否や香港人が深圳に殺到するという。「宵夜」を楽しみ、一晩ホテルに泊まって翌朝に飲茶、その後街ブラ、夕食を食べて香港に戻る。本土のアプリを使いこなし、事前の情報収集にも余念がない。

 おかげで中国本土のアプリは大量の香港人アクティブユーザーを獲得した。乗換案内やモバイル決済アプリのダウンロード数もうなぎ上りだという。

 週末の深圳の「香港人人口」はかなり多い。口岸近くのショッピングモールはもはや香港人の独壇場だ。冷房の温度設定に神経質な香港人向けに、深圳市内各ショッピングモールの温度設定を一覧にしたものまで出回っている。

 深圳市福田区の「One Avenu」(卓悦センター)地下1階にある「KUMO KUMO」(スイーツ店)の店長は「週末は1日に数千個出ます。6割が香港人です」と話す。

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平日の午後にもかかわらず、深圳市福田区にあるショッピングモール「卓悦中心」のスイーツ店「KUMO KUMO」に並ぶ人々(2023年10月下旬)。(撮影/『中国新聞週刊』記者 李明子)

 クッシュマン・アンド・ウェイクフィールドが公表している調査データによると、深圳市内の主なショッピングモールの1日平均来客数は2023年に入ってから軒並み去年の1.5倍近く増えており、香港の報道では、香港人の中国本土での中銀カード決済額も前年の8割増しだという。消費は深圳と広州のデパートや飲食店に集中している。

 香港人の消費熱のおかげで、つぶれかかっていたショッピングモールが持ち直した例もある。「皇庭広場」は運営会社の負債で2度も「競売」にかけられたが、いまは週末になると人であふれかえっており、飲食店の前は香港人の長蛇の列だ。

 康娜さんは10年前、深圳から香港に戻るたびに手続きで2~3時間は並ばなければならなかった。しかしいまは逆で、たとえ夜中に香港側の口岸から深圳に戻る場合であっても並ばなければならない。香港入境事務処の公表データをみると、2023年の夏休み期間(7月1日から8月29日)に深圳入りした香港人は延べ900万人を超える。人の流れが逆流し、かつての深圳から香港への一方通行はいま、相互の往来に変わった。

 この「北上」消費の大ブームのなかで特に目立つのは「食事」だ。ある調査では、香港人のおよそ8割が「深圳の一番の魅力は食事だ」と答えている。「全国を見渡してみても、深圳がグルメ不毛の地だと思わないのは香港人くらいのものです」と徐思豫さんはいう。香港には昔からたくさん美味しいものがあるのに、なぜわざわざ深圳の「話題の店」に行ってSNSにアップするのか、同僚に真剣に質問したことがある。答えは「選択肢が多いから」だった。香港人にとって深圳は全国のグルメに接することができる窓口だという。茶餐庁や港式のアイスレモンティー、ミルクティーだけではない。湖南料理、四川料理、福建小吃、東北燒烤、「喜茶HEYTEA」、「1點點」、「阿嬤手作」......食べ物も飲み物も選び放題だ。

 より重要なのは安いことだ。徐思豫さんが簡単に教えてくれた。「奈雪の茶」は香港にも店があるが「チーズイチゴ」は1杯48香港ドル、深圳でテイクアウトすると21元で済む。香港のショッピングモールで火鍋を食べると2人で1000元程度、深圳だと300元でお腹一杯になるので、交通費を考えてもお得だ。

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選択肢が多く安価な食事は「北上」消費大ブームのなかで深圳の一番の魅力と捉えられている。(写真/黄建華)

 香港版支付宝「AlipayHK」のデータによると、2023年第2四半期、香港人の中国本での消費金額(キャッシュレス含む)は、前年同期比で3倍以上になっている。

 深圳の側も香港・マカオの人たちに来てもらおうと全力をあげている。コロナ禍があけて深圳は「国際消費中心都市」建設の歩みを加速させた。質が高く多様な商品とサービスを提供することで深圳での消費に香港の人々を引き寄せる、深圳に世界レベルのランドマークをつくる――楊秋栄氏は、福田の中心商業エリアや後海のスーパー商業エリア、羅湖中心部の繁華街などがそれを後押ししているとみている。

 ボーダーレスで決済ツールを使えるようにしたり、繁体字や英文の案内を充実させたり、香港と本土の両方で使える公共交通カードを発行したりと、香港人の消費に利便性を図る措置も途切れることがない。2023年9月に深圳市が発表した消費促進政策は全部で21項目あるが、「香港人の消費活動に便宜を図る」という内容が多く見られる。

 深圳は10月末でもまだ蒸し暑い。福田口岸近くの水囲村では、半袖姿で「宵夜」を楽しむ香港人の姿が至る所で見られる。その客足は夜中の1時、2時まで途絶えない。エリア内の店舗が店じまいするのは深夜2時、3時だ。「手ぶらで帰るわけにはいかない」という心理が働くのか、老若男女を問わず、両手いっぱいに袋を下げて香港に帰る人がほとんどだ。

 機転の利く深圳人が新しいビジネスを始めるのに時間はかからなかった。「逆代理購入」である。香港に住む人の代わりに安くて質の良い深圳の商品を購入し、香港までもっていく仕事だ。SNS上では有名なキャッチフレーズをもじった広告が出ている。「深圳に来たら深圳人、来られない人は深圳人の代購を探せばよい」

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2023年8月30日に発売された「深港一卡通」(交通カード)。この「深圳香港相互アクセス」は、深圳通有限公司と八達通有限公司が共同で発売したもの。香港と中国本土の300以上の都市で使用可能。(撮影/『中国新聞週刊』記者 陳文)

その2 へつづく)


※本稿は『月刊中国ニュース』2024年3月号(Vol.143)より転載したものである。

 

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