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【24-25】中国の農業生産統計は信頼できるか?(第2回)
地方政府統計上の「土地限界生産性」の"異常値"

2024年05月28日

高橋五郎

高橋五郎: 愛知大学名誉教授(農学博士)

略歴

愛知大学国際中国学研究センターフェロー
中国経済経営学会前会長
研究領域 中国農業問題全般

31の地方政府統計の差

「中国国民経済と社会発展統計公報」(以下「国家版公報」)の地方政府版である「●●省(自治区・市)経済と社会発展統計公報」(以下「地方版公報」)は、国家版公報発行の翌年2月以降に順次公表されることが慣例である。2024年も北京市、上海市、安徽省、湖南省などの公表は早かった。一方で内モンゴル自治区、山東省などの公表は遅く、黒竜江省に至っては5月に入ってもなお公表されていない。3月の全人代などの重要会議までには、全国の主要データの内部的な整理は済んでいるはずであるが。

 また「地方版公報」は地方政府によって掲載内容が異なっており、今回予定していたデータを揃えることができない「地方版公報」が多かった。たとえば「国家版公報」では小麦、米、とうもろこし、大豆ごとの作付面積と生産量を明記しているが、「地方版公報」では「糧食」とまとめている場合が少なくない。地方政府によって、農業部門の捉え方に軽重があることを反映したものとも思われる。これに関連するが、統計そのものについての扱い方の地方政府間における差も小さくない。農業統計に関しては、地方政府における農業部門の捉え方や統計そのものについての扱い方という、二重の差が反映されているように思われる。

地方レベルの「土地限界生産性」の"異常値"

 そこで本稿では、「地方版公報」から収集できる範囲の2023年産「糧食」に焦点を当て、地方政府別の土地限界生産性を取り上げてみよう。なお中国の規定で「糧食」とは、小麦、大麦、燕麦、米、とうもろこし、コウリャン、アワ、大豆などの穀物に、大豆以外の豆類(「統計用産品分類目録」2010の規定による緑豆、小豆など)、サツマイモ、ジャガイモを加えたものを指している。

※図をクリックすると、ポップアップで拡大表示されます。

 表1は「糧食」の2022年に対する2023年の作付面積と生産量の増加分を取り、単位面積(ヘクタール)当たりの生産量を求めたものである。ヘクタール(ha)当たりを10アール当たりあるいは1アール当たりに変えたところで、その単位面積当たり生産量が変わることはない。

 農業ではよほどの技術革新(品種改良、気温等の環境改良など)でもないかぎり、単位当たり生産量が1年や数年で、新たに作付けに参入した耕地であろうと従来からの耕地であろうと、目に見えて、あるいは1ha当たり6トンが7トンになるように、明瞭にデータに表れるような姿で変わることはない。この点は、耕種作物が畜産物と大きく異なる点である(たとえば繁殖豚経営では、子豚分娩数が通常10頭が15頭に増えるなどの変化がまれに起こることがある)。

 さて同表に「糧食」の面積と生産量がともに表れているのは、北京市や河北省など20の地方政府である。他は、「地方版公報」にいずれかを欠くか、両方の記載がない場合である。

 同表にあるとおり、2023年の「糧食」の作付け増加面積が大きかったのは新疆ウイグル自治区(390,870ha)、河北省(180,000ha)、吉林省(40,500ha)、内モンゴル自治区(34,751ha)で、逆に減少した面積が目立つのは四川省(58,159ha)である。他方、増加生産量が大きいのは新疆ウイグル自治区(3,063,627トン)、山東省(1,108,882トン、増加面積は記載なし)、吉林省(1,060,906トン)で、減少生産量が大きいのは河南省(1,628,919トン)、河北省(540,959トン)である。

 次に「糧食」の土地限界生産性を計ると、以下のような事実が浮かび上がった。すなわち20の地方の土地限界生産性には、ある傾向値やまとまりが一切なく、小は北京市(1.9トン)、大は青海省(63.0トン)、面積が増加したにも拘らず生産性がマイナスとなった河南省(-234.7トン)、河北省(-46.6トン)とバラつきが大きく、その標準偏差は97.0トン、中央値は10.1トンである。同表には2023年全年の土地生産性を掲げたが、小は青海省(3.8トン)、大は上海市(8.0トン)、標準偏差は1.1トンに過ぎず、中央値が5.9トンと比較的まとまりがよい。

 なお、さまざまな種類を「糧食」としてまとめると、地域農業の作目体系の差あるいは特徴は見えにくくなる。同表の2023年全年の土地生産性の地方ごとに見られる差は、そうした隠れた作目体系が現れたものともいえる。しかし、そうとばかりとはいえず、地方ごとの土地生産性の現状の格差を示すものであるとの視点も重要である。

 ここで大事なことは、同表掲載の土地限界生産性と2023年全年土地生産性との間には大きな開きがあるということである。両者が接近しているといえるのは、同表の青色で示している広西チワン族自治区(土地限界生産性5.2トン:2023年全年土地生産性4.9トン)、甘粛省(6.9トン:4.7トン)、新疆ウイグル自治区(7.8トン:7.5トン)の3地方にすぎない。本来は、この3地方のように土地限界生産性と全年土地生産性は、作目体系に変化がないか変化が少ないかぎりほぼ一致するはずで、ゆえに、食糧為政者は増産を計ろうとすれば作付面積を増やす以外に方法がかぎられる農業の宿命と闘ってきたのである。それは歴史的な農業法則といっても過言ではなく、土地制度の有りようの根源に行きつく問題でもある。現に、それゆえに中国のどの地方政府もいまなお、「糧食」の作付面積を増やしていることがこのことを肯定しているのではないだろうか。

 結論的にいえば、ここで見られる17の地方の土地限界生産性は、説明がつかないという意味の"異常値"で、しかも何の法則性もリズムもない異常値ということができよう。

農業統計の"異常値"が生まれやすい背景

 こうした"異常値"が日常的な事態となっているとすれば、少なくとも、「糧食」統計には雲一つない快晴のように透明であるとは断言できない。前回の本稿 で紹介した全国の「糧食」の土地限界生産性に表れた異常値と合わせ、一言でいえば2023年の中国全国の「糧食」生産量6億9541万トンもまた「はいそうですか」と真正直に受け取るには躊躇せざるを得ない闇が残るということである。

 そもそもの話になるが、中国の農業統計には、筆者がここで取り上げたような統計上の問題が生まれやすい背景があることも述べておきたい。

(1)「糧食」の定義の曖昧さ

 「糧食」の定義は日本語の食糧とも穀物とも異なる。国家統計局の統計用語解説「13.農業統計(15)」という文書によると、「糧食」は「谷物」、豆類、薯類を指し、「谷物」は米、小麦、とうもろこし、キビ、コウリャン、大麦、燕麦、そばなどを、豆類は大豆、緑豆、あずきなどを、薯類はジャガイモとサツマイモを指している。「糧食」は邦訳が難しい言葉である。日本では「穀類は、米、小麦、そば、雑穀、トウモロコシなどをさす」(農林水産省)と、「穀物」や「食糧」ではなく「穀類」とし「など」があるにしても、中国に比べて定義域はかなり狭い。

 中国の定義は厳格のようにみえるが、「糧食」の作付面積と生産量を見る上では曖昧なところがある。たとえば薯類の場合、「都市近郊」で栽培したものは「糧食」から除外し、新鮮野菜に分類するとの規定がありややこしい。「都市近郊」に関する明確な定義はなく、広い中国では調査担当者の裁量次第のところも生まれる可能性が否定できない。またこのような定義の方法では、農村の「都市化」が進んでいるとされる中国で、「糧食」から除外される薯類の量は増えやすい。つまり、統計上のその分の「糧食」は減りやすいことになろう。

 また薯類の生産量そのものが「糧食」に加えられるのではなく、収穫直後(つまり土中水分含有状態のまま)の薯類5kgにつき「糧食」1kgに換算する(1964年以後、これ以前は4kgにつき1kg。薯類の食料としての重みが変化したことを反映したものといえる)。この定義を受けているはずの薯類の2022年における実際の作付面積は、「糧食」全体の作付面積の6.1%(719万ha:日本の2021年の耕地面積は全体で435万ha-農林水産省調べ)である。中国全体の耕地面積に比べればさほど大きな面積とはいえないが、これが年々変動するとなると、「糧食」の作付面積と生産量に微妙な影響を及ぼさないともかぎらない。薯類の水分含有量が品種の改良とともに、変化していることも十分に考えられる。

(2)農業センサスと平常時のサンプル調査の入れ替え

 中国の農業センサスは1996年(第1回)、2006年(第2回)、2016年(第3回)と実施され、そのたびに、国家統計局が「中国統計年鑑」などを通じて公表していた統計数値を変更することを繰り返している。作付面積と生産量は(3)で述べるサンプル調査と地域によって行う悉皆調査との併用で積み上げられている。ところが農業センサスが実施されると、既発表の数値がその前後の数年分が遡って変更(国家統計局は「修正」という)されることが通例である。

 例えば、現在が2019年だとする。このとき、サンプル調査などで把握された2017年の作付面積と生産量はすでに公表済みである。ところが、第3回目の農業センサスが実施された2016年の数値が約2年後(たとえば2018年)にまとまると、いつものようにサンプル調査などの結果に基づいて、すでに公表されている2016年分の数値、そして翌年2017年の2年分の数値が2016年農業センサスの結果に基づいて変更されることがある。

 農業センサスが実施された2016年の数値がサンプル調査などによる数値に置き換わることはある程度分かるにしても、悉皆調査の範囲外であるはずの2017年の数値まで置き換わる理由がよく分からない。この点は農業統計学の基礎であるが、当然のことながらサンプル調査の結果を悉皆調査の結果と同列に扱うことはできないはずである。

 

 表2から実際の例を見てみよう。農業センサス実施年の2016年と翌2017年の「国家版公報」すなわち「中国統計年鑑」掲載の「糧食」の作付面積はそれぞれ1億1303万haと1億1222万ha、生産量は6億1624万トンと6億1791万トンであった。

 ところが、2016年農業センサス結果として変更後のそれぞれは、作付面積が1億1923万haと1億1799万ha、生産量が6億6044万トンと6億6161万トンで、いずれも大きく増加している。増加幅は、作付面積が2016年分で620万ha、2017年分で577万ha、生産量が2016年分で4,420万トン、2017年分で4,370万トンである。

 それぞれの増加分の変更後の作付面積と生産量に対する変更率は、作付面積が2016年分5.2%、2017年分4.9%、生産量が2016年分6.7%、2017年分6.6%である。これだけ増えたということであるが、減少の変更は一切ない。最大の疑問は、繰り返すがセンサス該当年でない2017年の数値まで変更する意味である。

 時系列数値には、一般に、調査方法の相当の理由による変更がないわけではないが、いずれもサンプル調査におけるサンプル数、サンプル対象地、サンプル対象者などの変更による場合が通例であり、農業センサスをサンプル調査に完全に置き換えると数値のつながりが切れるなどの問題が起こる。

(3)作付面積・生産量の数量調査方法-恣意介入に余地

 中国の定義によれば、作付面積は実際に作付けされた耕地の面積を指す。実際に作付けした種子または苗が「食糧」として収穫されたかどうかは問わない。この点は日本などと同じである。南方に多い二期作圃場にも適用するはずであるが、詳細な説明はない。

 「糧食」生産量は各省・自治区・市単位に合計1万地点を選別、調査地点ごとに3か所、一か所4ha、全部で12万haを調査して、その土地生産性を利用して作付面積全体の母集団推計を行う。

 土地生産性は、あらかじめ選定した3~5か所の地点当り1区画(0.1平方メートル)で実測する。調査地点は播種後ただちに確定し、収穫時にサンプルとして生産量を実測する。調査は専門の担当者が担い、当該地域全体の生産量を推定、この推計量=統計上の最終生産量となる。

 調査地点の1ha全体の生産量の実際の計量は行わない。

 調査地点12万haは2023年の「糧食」作付面積1億1897万haの0.1%、95%信頼区間の精度は±0.282%と高く、サンプル数自体の農業統計学上の問題はない(中国では、人口統計もセンサス年以外は0.1%推計)。ただし、調査地点の選定方法、どこまで多段階抽出を行っているか、その分布、調査方法などは概略以上のことは不明であり、コメントできない。

 一方、調査地点における「糧食」の作況の調査方法は粒を取り出して、手と目視によって乾燥状況、可食部測定、粒の計量、粒の状態などを調べ、この作業を通じて、当該区画の単収を推定することとしている。しかし、少なくとも1万人の調査担当者間の調査方法と判断にバラツキがないとはいえない。また、この調査方法には、調査員レベルにおける何らかの恣意が介入する余地を排除する仕組みが備わっていない可能性がある。日々、生育や熟度が急速に変化する各調査地点における調査時点の定め方も明瞭ではない。

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