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【24-17】中国の農業生産統計は信頼できるか?(第1回)穀物「土地限界生産性」の"異常値"

2024年03月27日

高橋五郎

高橋五郎: 愛知大学名誉教授(農学博士)

略歴

愛知大学国際中国学研究センターフェロー
中国経済経営学会前会長
研究領域 中国農業問題全般

 はじめに

 中国の農業生産統計は、他の統計と同様に、基本的には地方政府作成の統計[1]を積み上げ、中央政府が最終的に集計して国家の公式数字として公表する仕組みである[2]。すなわち各省・自治区傘下の県クラスの地方自治体(中国語で「基層」という)の統計部局が順次上げてきた数字  を省・自治区統計担当部署が集計し、それを中央の国家統計局に上げる。

 新中国の統計関連法令は、「統計事業を強化するための統計機構の充実について」(1953年1月)を以てスタート。以後、幾度かの改革を経て現在の「中国国家統計法」(1983年、最新  改正2010年)に至る[3]。この期間には「大躍進」(1958年)、「文革」(1966-76年)、「改革開放」(1978年)などの大きなできごとを含む経緯があり、統計史を紐解けば、新中国の歴史そのものが刻まれていることを知ることができる。新中国のあらゆる統計の起点が1952年となっているのは、1952年8月、中共中央が国家統計局を設置認可し、地方政府に統計部署が設立され、国家の統計の統一的な管理体制の樹立を決定したからである。

 統計管理については共産党の意義を伝える手段としても毛沢東時代から厳しい国家管理下におかれ、現在に至ってその姿勢をさらに強化、中国自動車工業協会など半官半民の手による経済・社会指標統計の作成・公表は厳しい管理下にある[4]。農業関係統計には農業世界に関するデリケートな意識が強いお国柄を反映して、特に厳しい監視の目が注がれ、研究者や企業等の作成する統計は、当局の許可あるいは同意なしでは公表されないのが現状である。

 中国の農業関係統計は幅広く、生産条件(農家数、土地、栽培作目、水利、農業機械、農薬、肥料、災害など)、市場条件(生産量、出荷量、飼養頭羽数、出荷価格、市場価格、取引市場施設など)、農家経済(収入、収入源、支出など)、就労条件(農林漁業就労者数、農民工数など)などに及び、悉皆調査の世界農林漁業センサス(10年ごと及び5年ごと)、各種サンプル調査の毎月・毎四半期・年間に及ぶ常時統計調査を実施している。

 上述のように厳格に管理されているはずの中国の統計だが、ときには、本稿で述べるような不可解なことも起こるようである。今回は、穀物生産統計におけるこの点を取り上げることとする。

穀物生産統計の"異常値"

 さて、のちに見るように、ある異常な現象が穀物土地限界生産性に現れている。論点に立ち入る前に紹介しておくべきことがあるので、簡単に述べておこう。

 例年のことだが、中国国家統計局農村司は年が明けた1月中旬、前の年の穀物(穀物全体、米、小麦、トウモロコシ、大豆)の生産量と作付面積を報じる。そこで報じられる数字は、そのまま「中国○○年国民経済と社会発展統計公報」に掲載され、政府の公式数字となる(のちに『中国統計年鑑』に収録)。今年は2月29日がその公表日であった。地方政府の統計担当部署は、早いところではその1週間後、遅いところで1か月後に、「中国」の部分を「○○省」などとして公表されるのが慣わしである。

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出所:中国国家統計局「国民経済と社会発展統計公報」各年。

 同公報によると中国の穀物生産量(図1)は毎年増加し、2023年は6億9500万トン、2024年には7億トンに達する勢いを続けている。2023年の内訳は最大のトウモロコシが2億8900万トン、米が2億600万トン、小麦が1億3700万トンだった。作目別の趨勢は米が減少、小麦は一進一退、明白に増加しているのはトウモロコシ、大豆は生産量がコメの10分の1程度と少ないが増加傾向にある。

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出所:図1に同じ。

 生産量と同じく作目別の毎年の作付面積も公表され、穀物全体は増加、米と小麦は傾向的に減少、明瞭に増加傾向にあるのはトウモロコシと大豆と言ってよい(図2)。

 さて同公報はこのように生産量と作付面積の増加量(減少量)を掲載しており、増加した作付面積がどのくらいの生産量の増加をもたらしているかを計ることができる。この計測は、一般的に土地限界生産性を計ると言い換えることができる。ところがこの数値に、"異常値"といえる現象が見られるのである。統計的な「異常値」[5]は、一般に記入ミスや集計ミスなどが原因であることが多いとされている。しかし本稿が取り上げる数値はそういう原因から起こる性質の異常値ではなく、めったに起こり得ない別の原因によるものと推定できる。

穀物の土地生産性の平常値と異常値

 本稿でいう土地限界生産性を計るとは、年間単位で増えた生産量を増えた作付面積で割ることを指すのだが、同「公報」の数値には、増えた部分(減った部分)自体にあいまいなことが起きており、困惑させられる。どういうことかというと、生産量の増えた(減った)部分は、当年の数値から前年の数値を引けばよく、そして同「公報」の基本はそのような方法で増えた部分(減った部分)を計算しているのだが、同「公報」では、時に、あるいは作目によっては、その方法と無関係な、どこから持ってきたのか不明な数値を掲載している場合があるのだ。この点について、今回は細かな言及を控え、次回に回したい。

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出所:図1に同じ。

 さてここで取り上げる異常値とは、穀物の土地限界生産性と土地平常生産性[6]に不規則な、しかもかなり大きな乖離があるという意味である。2017年から2023年までの7年間の平常の穀物土地生産性(年間合計の1ヘクタールの農地が生産する年間合計の穀物量:トン/ヘクタール)は穀物全体で6.0トン弱、米が7トン程度、小麦が6トン弱、トウモロコシが6.0~6.5トン程度である(図3)。米の土地生産性は日本に比べると明らかに高いが、上海より南の稲作が主作の地域では二期作が一般的なこと[7]が主因と考えられる。

 一方、土地限界生産性(前年比増加生産量/前年比増加作付面積)は年によって変動が激しく、2017~2023年の数値の最低と最大は、穀物全体が-6.1から15.5、米が-6.1から357.0、小麦が-15.4から14.2、トウモロコシが-18.6から10.1と大きい。作目を問わず、このような動きが少なくとも2017年以降頻繁に起き、これを異常値とすれば、それが平年化するようなおかしな現象が続いている(図4-1,4-2)。

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出所:図1に同じ。

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出所:図1に同じ。

 特に米は2017年81.5,2018年357.0を示し、1ヘクタールの作付面積の増加が81.5トンや357トンの生産量をもたらしたことになり、通常は手品でもない限りは起こりえない現象が起きている。図4-1から米だけを切り離して図4-2として別掲扱いにしたのも、桁外れに大きな米が一つの図に収まらないからである。

 米に限らず、似たようなことはいずれの穀物にも起きているのだが、穀物全体の土地限界生産性に焦点を当ててみると、2017年-2.1,2018年8.3、2019年-6.1、2020年8.0、2021年15.5、2022年5.3、2023年13.9であった。穀物全体の生産量は前年比で2017年+167万トン、2018年+3998万トン、2019年+595万トン、2020年+565万トン、2021年+1336万トン、2022年+368万トン、2023年+888万トンで、7年間を平均すると+1131万トンであった。他方、作付面積の増減の平均値は同じ期間で84.9万ヘクタールに過ぎない。1131万トンを84.9万ヘクタールで割ると13.3、すなわち7年間の土地生産性は計算上13.3トン、日本人になじみの深い単位10アール当たりに直すと1330キログラムという、途方もない数字が表れる。土地平常生産性は上述のとおり6.0トン弱なので、土地限界生産性はその倍以上の大きさということになる。

 なお、土地限界生産性の数値がマイナスの場合は、作付面積が減ったが収量は増産となる。例えば土地生産性が-3という場合、作付面積が1ヘクタール減ったにもかかわらず、生産量は3トン増えたという意味である。現実的には、通常は起こり得ない現象である。一般的に考えて、限界生産性がマイナスという現象は、そもそも追加的な1単位の投資が何単位の生産量の増加をもたらすか、という限界原理の考え方にも合わないほどの出来事である。通常ならば、例えば限界労働生産性と言った場合には他の条件を一定とする追加的な労働1単位が何単位の生産量をもたらすか、と考える。

 しかし、労働を1単位減らした場合、何単位の生産量をもたらすか、という発想はしない。そのような考え方がありうるとすれば、一方で革新的ではあるが高コストの機械装置を採用するなど、他の条件の何かを変える時である。それならば、マイナスの労働生産性という考え方はありうるが、土地に限らず中国の穀物生産現場にこのような例に匹敵する革新的な要因が採用された話は聞かないし、多分ないであろう[8]。もしそうであれば、年間の穀物生産量は無限に近い増加をしているはずである。

土地生産性と土地限界生産性

 農業生産の経済原則の一つに収穫逓減と呼ばれる法則[9]があり、資本概念の一つである土地[10]にも、この法則は当てはまる。投下される土地面積の増加に比例するように、生産は、最初は増加するが次第に減少に転じるという意味である。つまり、生産の増加をもたらす土地面積の追加は、ある段階から生産量自体またはその増加率が減少に転じるということである。生産の増加を続けるには、他の投資を増やす必要があるが、コスト増加に生産が追い付かずに収益自体が減少する性質が働き、やはりこの法則から抜け出すことはできないのである。

 この法則はだれしも認めるがゆえに法則の地位にあるが、中国の穀物生産に見られる土地限界生産性は、この法則を否定するかのように、逆に「収穫逓増」に動いている。もし、中国の穀物生産が、なお土地限界生産性の上昇局面にあるとすれば別であるが、もしそうだとしても、毎年、このように大きく変動すること自体が正常というには無理があるのではないか。しかも今のような家庭請負生産制に移行して40年、大きな革新技術を持たない中で、収穫逓増を続けうる条件は探しても見当たらないのが実態である。

 土地限界生産性は、基本的には平常値の土地生産性に近似し、そこから外れるにしても平常値の数倍、数十倍、あるいはマイナスに動くような事態は異常と見るのが妥当というべきであろう。つまり、穀物全体の通常の土地限界生産性は、図2のように6.0程度、変動するにしてもその幅は6.0±0.5程度のはずである。

異常値の背景

 異常値と思わざるを得ないこの現象が起きている原因としては次のことが考えられる。①地方政府の調査段階における生産量調査あるいは土地面積調査の不正確さ、あるいはその両方。②地方政府から上がってくる数値の中央における集計ミス、点検ミス。③地方あるいは中央における、数値の意図的変更[11]。しかし原因が①~③のいずれにあるのかを、外国人である我々が検証することは困難である。

 唯一、アプローチできるとすれば②についてである。その方法は、全省・自治区が公表する「国民経済と社会発展統計公報」記載の数値を集計し、既に公表されている中央の同公報との突合具合をみることである。

 3月下旬段階では、同公報の2023年版を公表している省・自治区は限られる[12]。この突合調べの結果は、次回に報告できると思う。


[1] 地方政府の統計調査を規定する根拠は、「国家常規統計調査制度」による「農林牧漁業統計報表制度主要内容」である。

[2] 広い中国において、中央は原則として、地方の各種の統計情報を直接取集する手段を持たない。

[3] これらの歴史については、陳夢根「中国統計発展の回顧と展望」『中国高校社会科学』(2021.2)に詳しい。

[4] 毛沢東は民間が統計調査を行うことを禁止、改革開放後の1983年まで続いた(高橋『中国土地私有化論の研究』日本評論社、2020年、238-239頁)。

[5] 「異常値」は、「外れ値」と表現されることもある。

[6] 平常値は、平年値と言い換えてもよいであろう。

[7] 南方で栽培される米の品種は高温を好むインディカ系が主である。最近、栽培が増えている黒竜江省、吉林省、遼寧省など北方ではジャポニカ系が多い。

[8] 限界生産性を含む限界原理の考え方に、「マイナスの限界」は一般的に存在しない。あるとすれば二つの変数が反比例関係にある場合、たとえば泥酔後の追加的アルコール摂取が悪酔いを促進するなどを想定するような場合である。また何らかの生産要素の追加的投資がマイナスの生産を生み出す場合、すなわち生産が減少するような場合にはマイナスの効用が生まれることになるが、そもそもこうした事例は限界原理の本来の意図にそぐわない事例である。

[9] 基本的には、限界効用逓減の法則という限界原理の考え方に基づく。

[10] 生産用土地が「土地資本」と呼ばれるのはそのためである。

[11] 意図的な変更は「操作」に当たるが、よもや、こうした事態はないと思いたい。

[12] この時点で「公報」を公表している省・自治区は半分程度である。


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