経済・社会
トップ  > コラム&リポート 経済・社会 >  File No.24-38

【24-38】IMFの提案と中国政府の反応

2024年09月30日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 国際通貨基金(IMF)は2024年8月2日に中国に対する「4条コンサルテーション・レポート」を公表し、8月30日には関連資料として"Selected Issues"と題されたレポートを公表した。今回はそれらの内容を概観することとしたい。

IMFの中国経済に対する見方

 4条コンサルテーション・レポートでは、気候変動対応なども含めたさまざまなテーマが扱われているが、最初の部分で扱われているのが、不動産市場の停滞と国内需要回復の問題である。

 中国経済は不動産市場の停滞にもかかわらず2023年の実質GDP成長率は5.2%であり、2024年上半期も前年同期比5.0%の成長となった。現状、不動産市場が依然として経済の下押し要因となっている。政府は販売済みで引き渡しの済んでいない住宅について350万戸を目標とした引き渡し促進政策を進めており、2023年末までにその86%の引き渡しが終了した(政府の不動産対策については 2024年5月のコラム を参照)。それにもかかわらず、引き渡し未了の在庫は2023年の年間引き渡し量の8倍に達しており、住宅購入者の信認をむしばんでいる。

 また、需給ギャップは2022年の-2.8%から2024年には-1.2%に縮小してきているが、設備稼働率はコロナ禍前の平均76.5%に比べ、2024年第1四半期は74%にとどまっている。

 中国人民銀行は、2024年2月に預金準備率を0.5%引き下げ、7日物リバースレポ金利や1年物、5年以上物LPRを徐々に引き下げるなど金融緩和政策を進めている。しかし、インフレ率の低下によって、実質金利は高めにとどまっている。

 財政政策はおおよそ中立的に運営されている。2023年には中央政府は公共投資を増やしているが、地方融資平台の支出減少がそれを相殺している。2024年には1兆元の超長期国債の発行による支出の増加が見込まれるが、一般支出が予想を下回ることによって相殺される。

 こうした中、IMFは、2024年通年では不動産市場の調整が続くものの、中国政府の見込みに沿った5.0%という強めの成長を維持すると見込んでいる。これは主に、公共投資の拡大とコロナ禍から回復した消費によってもたらされ、純輸出の増加も一因となっている。その後は、主に生産性の伸びの弱さと人口高齢化によって、実質GDP成長率は徐々に低下を続け、2029年には3.3%となる見通しとされている(表)。

表 中国の実質GDP成長率(%)の推移(2024年は見込み、2025年以降は予測)。
(出所)IMF
2019 2020 2021 2022 2023 2024 2025 2026 2027 2028 2029
6.0 2.2 8.4 3.0 5.2 5.0 4.5 4.1 3.6 3.4 3.3

 このような成長見通しは、下方に修正されるリスクが大きく存在する。住宅在庫処理の不確実性によって、不動産市場において住宅投資の減少が予測と比べてより長期で大きくなる可能性がある。また、経済の対外的な分断や外需の停滞、資本移動の減少が加速される可能性もある。

IMFの提案

 IMFはこのような不動産市場の調整に対し、住宅購入者の需要を支持し、不動産開発業者の資金調達を容易にするため中国政府がさまざまな施策を行っていることを認めている。しかし、依然として、大きな不確実性がこのような政府の努力の効果を遅らせてしまう可能性があると指摘している。

 こうした状況に対して、IMFは中央政府の1回限りの資金支出による包括的政策パッケージを提案している。このような政策パッケージによって前述の下方リスクを回避することができる。政策パッケージには、支払い済み未完成住宅の購入者に対して、住宅を完成させて引き渡すか、あるいは住宅購入者に対する損失補填を行うなどの施策、商業ベースに乗らない開発案件の社会保障住宅への転換などの施策を含む。IMFの試算によるとこの1回限りの支出によって中国のGDPの5.5%に当たる金額が4年にわたって分散して負担されることになる。2023年の名目GDPを基に計算すると126兆元のGDPに対して合計約7兆元程度(約140兆円)の支出ということになる。

 金融政策面では、金利を通じた一層の金融緩和が国内需要とインフレの回復をサポートすることとなり、為替レートのより弾力的な変動が対外的ショックとデフレリスクを軽減すると示唆している。

 IMFが8月30日に公表した中国についての"Selected Issues"のレポートでは、「デフレーションによる脆弱性」が経済のリスクとして取り上げられている。デフレリスクを緩和するために、低インフレの期待をもたらし需給ギャップが拡大する恐れのある現在の不動産市場の調整をコントロールする必要がある。支払い済み未完成住宅の完成引き渡しと、経営不振の不動産開発企業の再編が消費者の信認と総需要を回復させる。さらに低所得者に対する財政からの支援も総需要の拡大に貢献する。一方、中国人民銀行は金融政策をより緩和し、インフレ期待を高いレベルに維持し、需給ギャップのマイナス幅を小さくする必要があると提案している。

中国政府の反応

 4条コンサルテーション・レポートには、中国の政府当局の見方がIMFによって付されている。まず、中期的な実質GDP成長率はIMFの見方より高く5~6%とされている。中国政府は人口高齢化が主要な問題であることを認めているが、教育の長期化に示される人的資源の高度化によって労働人口の減少は相殺することができ、さらに、科学技術革新が生産性を上昇させるとしている。そして、国内要因より対外要因の方がより大きなリスクだと位置付けている。

 不動産市場について政府当局は、すでに実施されている政策が不動産市場を十分回復させることができると主張している。支払い済み未完成住宅の完成引き渡しと住宅在庫の処理が最優先事項であり、一定の条件を満たした不動産開発プロジェクトである「ホワイトリスト案件」に対する資金調達の支援が行われる。法的プロセスで処分される案件が存在するが、住宅購入者の権利は十分保障する。

 さらに4条コンサルテーション・レポートの末尾には、IMFにおける中国代表理事であるZhengxin Zhang(張正鑫)氏の18ページに及ぶコメントが付されている。Zhang氏は中国人民銀行から派遣されており、以前のポジションは国際局副局長であった。コメントのポイントを挙げると、まず中国政府による2025年とその後の中期的な経済見通しはIMFの見通しよりも高いことが改めて指摘されている。次に金融政策面では、金利を通じた一層の金融緩和と為替レートのより弾力的な変動というIMFが推奨している各種施策はすでに実施されており、今後もこれらの政策を強化していくとしている。財政政策面でも、IMFは2023年と2024年の財政政策が中立的と評価しているが、中国はすでに拡張的な財政政策を実施しており、またIMFが提案している不動産セクターに対する1回限りの巨額の政府支出に関して、中国政府は住宅の完成と引き渡しを市場機能と法の支配という原則に基づいて行い、同時に住宅購入者の適正な権利と利益を保護しており、中央政府が直接財政支援を供給することは、将来的な政府の救済措置に対する期待を生み、モラルハザードを生むので適切ではないと主張している。

 以上の中国政府を代表するコメントは、特に最後の部分で中国政府とIMFが、どちらがどちらかわからないような主張を行っていて興味深い。このような中国政府の主張を読む限り、今後金融政策も財政政策も緩やかに経済を刺激する方向に運営されていくが、IMFが考える十分なレベルに達する措置は取られないものと考えられる。

(了)


露口洋介氏記事バックナンバー

 

上へ戻る