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【24-26】不動産市場対策と金融機関経営

2024年05月29日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 中国人民銀行(以下「人民銀行」)など中国政府の関係機関は、2024年5月に一連の不動産市場対策を導入した。その内容について概観することとしたい。

不動産市場対策の発表

 5月17日午前中に開催された会議において何立峰副首相が、売れ残った住宅在庫の処理や、購入者が購入代金を前払いしたにもかかわらず完成しないで引き渡されていない住宅を完成させて引き渡すこと(「保交房」)を促進すべきであると述べた。特に住宅在庫については、地方政府の管理下にある地方国有企業が買い取って、格安住宅として供給することを指示した。

 午後になると人民銀行がウェブサイトにおいて矢継ぎ早に、個人住宅ローン金利の下限の撤廃、公的住宅積立金による住宅ローン金利の引き下げ、個人住宅ローン頭金規制の緩和の3つの施策を公表した。

 そして午後4時には、国務院政策記者説明会が開催され、住宅都市農村建設部、自然資源部、人民銀行、国家金融監督管理総局の幹部が出席し、不動産市場対策についての説明を行った。

人民銀行の不動産市場対策

 記者説明会において人民銀行 の陶玲副総裁は、ウェブサイトで公表した3つの措置に3000億元の再貸出を加えた4点の措置について説明した。

①3000億元の保障性住宅再貸出の実施。保障性住宅とは、低所得者や中間所得者向けに提供される格安の住宅である。完成済みだがまだ売れていない商品住宅を地方国有企業が合理的な価格で購入し、保障性住宅として販売あるいは賃貸を行う案件に対して銀行が貸出を行う場合、人民銀行が3000億元の再貸出を行う。再貸出の期限は1年、金利は1.75%、銀行の貸出元本の60%について再貸出を行う。従って、銀行の貸出金額合計は最大5000億元が予定されている。人民銀行が銀行に資金供給を行う通常の手段である中期貸出ファシリティ(MLF)1年物金利は2.50%なので、これと比べて優遇された金利となっている。なお、2023年1月に重慶、済南、鄭州、長春、成都、福州、青島、天津の8試験都市において導入した賃貸住宅購入貸出支援プログラムは、この保障性住宅再貸出の制度に吸収したうえで、全国に拡大する。同プログラムについては 2023年5月のコラム で説明したが、金融機関が賃貸住宅購入向け資金の貸出を実施し、一定の条件を満たした場合、人民銀行が貸出金額の100%の資金を供与するもので、人民銀行の供与の限度額は1000億元、金利は1.75%だった。

②個人住宅ローンの頭金比率の下限を全国的に1軒目については20%から15%に、2軒目については30%から25%に引き下げる。なおこの下限の範囲内で各地方政府が地方の実情に合わせて下限を設定することは可能である。

③個人住宅ローン金利の下限について全国的に撤廃する。個人住宅ローン金利の設定ルールについては 2023年1月のコラム で説明したが、一般的な貸出基準金利である貸出市場報告金利(LPR)5年以上物を基準に決定される方式となっていた。個人住宅ローン金利の下限は1軒目の住宅についてはLPR5年物から0.2%を差し引いた水準、2軒目についてはLPR5年物に0.2%を加えた水準が原則であり、過去3か月連続で住宅価格が前月比及び前期比で低下した地方については、地方政府が1軒目の住宅ローン金利について下限を引き下げるか撤廃するか自主的に決定できるということとなっていた。2軒目については原則通りであった。今後、1軒目についても2軒目についても住宅ローン金利の下限を全国的には設定しないこととなった。なお、各地方政府が地方の実情に合わせて、住宅ローン金利の下限を設定すること、あるいは設定しないことは可能とされた。

④公的住宅積立金制度による個人住宅ローン金利を5月18日からそれぞれ0.25%引き下げる。引き下げ後、1軒目の住宅については5年以下2.35%、5年超2.85%、2軒目は5年以下2.775%、5年超3.325%となる。ちなみに、2024年3月の個人住宅ローンの加重平均金利は3.69%である。

ホワイトリスト案件への貸出促進

 今回の記者説明会において国家金融監督管理総局の肖遠企副局長は2024年1月5日付で住宅都市農村建設部と連名で「都市不動産融資協調メカニズムの創設についての通知」を公布し、近い将来さらに「都市不動産融資協調メカニズムの作用をさらに発揮し、不動産プロジェクトの合理的資金需要を満たすことについての通知」を公布すると説明した。都市不動産融資協調メカニズムとは、地方政府による厳格な審査を通じて一定の条件を満たした不動産開発プロジェクトを「ホワイトリスト案件」に指定し、その資金調達を促進する制度である。1月に公布された「通知」によると、正常な計画で、担保が充足しており、資産負債が合理的で、償還資金源が保障されている案件については、審査過程を優遇、短縮し、金融機関は資金需要に積極的に応じることとされている。具体的には行政の迅速な認可、不動産開発企業の顧客からの前受け金の管理情報などの金融機関との共有、担保物件管理など金融機関の債権保全などを強化することによって金融機関の貸出を促進すると定められている。これは、「保交房」を支援するものである。2024年1月以降5月16日までに、ホワイトリスト案件の貸出審査金額は9350億元(約20兆円)に達した。

不動産市場対策と金融機関経営

 不動産市場対策を、不動産開発企業に対する銀行の貸出の増加や、個人住宅ローン金利の引き下げなどを政府が主導することによって行うという方法は、銀行の不良債権の増加や収益の減少をもたらす恐れがある。一方で 2023年12月のコラム で述べたように、人民銀行は銀行の貸出・預金金利をコントロールして銀行の利鞘を確保し、収益の維持を図っている。今回の一連の政策の中でも人民銀行の低利の再貸出は銀行の資金調達コストを引き下げ、利鞘を確保する効果を持つ。利鞘が確保されているため、2023年に中国の銀行は全体として3兆元の不良債権を処理して損失を計上した後、2.3兆元の純利益を上げている。中国では、政府が銀行の収益の維持を図る一方で、銀行は政府の政策実現に協力するという関係が成立しているとみるべきであろう。

(了)


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