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【24-43】霞の中の「農村集体経済組織法」(第2回)中国学界で起きている論争

2024年11月29日

高橋五郎

高橋五郎: 愛知大学名誉教授(農学博士)

略歴

愛知大学国際中国学研究センターフェロー
中国経済経営学会前会長
研究領域 中国農業問題全般

「農村集体経済組織」をめぐる論争

 ここで取り上げている「農村集体経済組織法」が施行されるのは2025年5月1日の予定である。全人代を通過した日が2024年6月28日、中国の土地問題や農村問題を専門とする研究者はさっそく反応、最近のCNKI(中国知網:中国の査読を経た高品質の学術データベース)では、現代を代表する中国の複数の研究者によるこの法律をめぐる論稿が今なお増加傾向にある。このうち、代表的と思われる研究者の論文数編をピックアップして内容を読むと、そこにはいくつかの特徴を読み取ることができる。

 これらに共通する点は、中国では「農村集体経済組織」をめぐってはそもそも論争の集中する分野であったことである。論争に参加する主な研究者は法学者、農業経済学者であり、論争となっている主な点は、①「農村集体経済組織」の実体は何か、②多種類存在する「農村集体経済組織」の構成員は重複して、どの組織の構成員にもなりうるのか、③「農民集体」は「農村集体経済組織」の一部か、④「農村集体経済組織」と村民委員会[1]との関係はなにか-に集約できる。

 これらについて、法学者は「農村集体組織法」はじめ、「憲法」、「民法典」(2021年施行:「物権法」、「民法通則」などを統合したもので、同時に「物権法」、「民法通則」、「民法総則」などは廃止)、「村民委員会組織法」、「農村土地請負法」などに依拠、農業経済学者は「農村集体経済組織」の経済機能的側面に焦点を当てた視点を提供している。筆者の感想だが、これらの論考には現代の農村社会経済についての現地調査や実証面からの考察が欠ける論稿が少なくない印象である。

 日本の法学研究者の場合には、法律や関係法令を取り上げ、法理的な考察を行う場合もあろうが、実態の考察を飛ばすことはないのではないかと思うし、ましてや農業経済研究者にあっては、現地の実態に関する既存資料の分析や新規の現地調査による補完あるいは新しい事情の把握を踏まえた考察を行うことが一般的である。中国ではそうではなく、論理的な思考を積み上げていく方法が普通なので、どの論稿も抽象的性格が強いと感じられる。

4つの論点

 筆者は中国の法律の専門家ではないが、研究上、関連する法令はできるだけ現物に当たって、たとえば、「農民集体」という用語を述べている主要な法令に当たり、それぞれに於いて、どのような記述がなされているかを比較する程度のことはしている。

 そんな筆者から見ると、論争は法令の不備が多すぎるところが背景になっているように思う。「憲法」、「民法典」、個別法の「土地管理法」、「農村土地請負法」、「村民委員会組織法」、ここで取り上げている「農村集体組織法」、各種関連条例などを読んでも、あまりにも理念的、抽象的で具体性が乏しいと感じるのである。

(1)   「農村集体経済組織」の実体について

 「農村集体経済組織」[2]の具体的なイメージがわかない理由は、法律の書き方に問題があることははっきりしているが、もう一つの理由は、地域によって「農村集体経済組織」といわれそうな組織の存在形式もできた経緯も機能も一様でなく茫漠としているからではないかと思う。

 「農村集体経済組織」の組織のあり方について、「農村集体経済組織法」は組織の法的概要を与えるのみで、具体的な組織のあり方に具体的な指針を示していない。この点が論争の種をまいている理由の一つで、研究者の意見が分かれる点ではないかと思う。

 ある研究者は農村における生産、供給販売、信用、消費など様々な形態の協同組合経済(合作経済)によって構成される組織はすべて「農村集体経済組織」であると考えている[3]。これに対して、協同組合経済をすべての「農村集体経済組織」と同一視するのは間違いであるとする見解がある[4]。実際に、農村には農民専業合作社や供銷合作社のほかに、株式形式で農家が農地を出資した資本制の不動産企業やスーパーマーケット、建築資材メーカーや飼料メーカーなど、多彩な企業が事業を行っている。これらの事実は「農村集体経済組織」が協同組合経済組織だとは断言できない根拠のように思う。

 組織のあり方について、中国の学界では、「農村集体経済組織」がどのような組織形態を採用すべきかについて次のように異なる見解が存在している。

・「一元論」:単一の組織形態に基づくべきで、代表的な主張には有限責任公司説、合作社法人説、企業法人説、営利法人説、社団法人説などがある。

・「多元論」:単一の組織形態にこだわる必要はなく、多元的な組織形態を採用することができるとする。

・「選択論」:組織の設立主体の選択により、いかなる組織形態を採ってもよいとする考え方。例えば、法人組織の出資者や出資形態の選択は自由であるとする。

 これらのうち「多元論」や「選択論」は、異なる組織形態間の本質的な違いを無視しており、また、立法上の規則や規範適用における規制を引き起こすおそれがあるとの対立意見がある 。

(2)「農民集体」と「農村集体経済組織」における構成員は別か?

 「農民集体」とは何を指すのかについての定義はどの法令にもなく、既述のように「農村集体経済組織」も同様である。これが日本の法令ならば、まずはその法令のキーワードについては、定義から始まるのが通例である。なお気づいたので触れておくが、日本の学界では中国語の「集体」を「集団」と訳す例が多い。例えば「中国の集団経済」など。日本語の「集団」の意味があいまいなことを反映しているともいえるが、中国語にもれっきとした「集団」という用語はある。それなのになぜ、中国の法令では「農民集体」とし、「農民集団」などとしていないのか、吟味する必要があると思う。しかしここでは深追いしない。ただ、筆者はこのような理由から「集団」ではなく、暫定的ではあるがそのまま「集体」を使いたい。

 論争では「農民集体」とは何かをめぐる詳細な記述はなく、他の組織との関係をめぐる記述が目立つ。せいぜいのところは、もちろん大事なことではあるが、「農民集体」は法人か否か、法人とすればその形態はなにかについてであり、しかし、この点を取り上げる研究者はほとんどいない。

 「農民集体」についての具体論がないのに、構成員が「農村集体経済組織」のそれと一致するかどうかを議論する意味自体が乏しいと思うが、明快な結論の主張は見られない。「農村集体経済組織」は農村のさまざまな経済組織の総称だとすると、そこには農民だけでなく非農民が構成する組織もあるので、構成員が一致するかどうかという議論自体も成立しないはずである。そのためか、論争が混乱しているとする研究者もいる[5]

 中国の農村においては、都市化や地域社会の変容が進み、最近、とみに混住化[6]による多様性や複雑化が進展し、社会主義的ガバナンスの弛緩が深刻化している。脱農世帯の増加、都市住民の移住、農業規模の縮小など、さまざまな要因が絡んでいると思う。「農村集体経済組織」にもそれは当てはまり、構成員の多様化や脱退が起きても不思議なことではないだろう。

(3)「農民集体」と「農村集体経済組織」の関係

 最も多く見られる争点は、「農民集体」には権利能力があるかどうか、ない場合「農村集体経済組織」はその「農民集体」の土地所有者としての権利を代わって行使する資格を持つかどうか、という点である。なかに、「農民集体」には自ら権利を行使する能力も権限もあるとする見方もあり、この場合、「農村集体経済組織」が「農民集体に変わって云々という考え方自体が生れない。多くの見方は、「農民集体」には権利能力がなく、「農村集体経済組織」が「農民集体」に代わってその権限を行使する、というものである。

 「民法典」では、その行使ができる組織として「村集体経済組織」あるいは村民委員会の両組織を明記しており[7]、論争あるいは混乱を招く一因となっていると思われる。しかし、当の「農民集体」と「農村集体経済組織」双方が雲をつかむような存在という限界があるところでは、腑に落ちないことが多い。

 当局は、「農民集体」とは何かという根源的な問題を放置してきたことは事実であり[8]、この点は「農村集体経済組織法」にも引き継がれている。筆者は、いつか、当局がこの点について言及せざるを得ない時期が訪れるものと思う。

(4)「農民集体」と村民委員会との関係について

 中国では、1980年代に解体された農村人民公社の組織的な後継者は村民委員会だとする見解が一般的である。村民委員会は「農村集体経済組織」の一形態とされている。しかし「村民委員会組織法」では、村民委員会の組織形態についての規定はなく、日本語でいう「権利能力なき社団」のようなものと考えられる。しかし、論争では「私益法人」と「公益法人」のいずれかのいう括り方のなかでは、前者であり、法的権利能力があるので「農民集体」の権利の実行役となりえるという見解を持つ意見もある。他方の見方は、「それはない」とするものである。

 「村民委員会組織法」の条文を見ると、「村民委員会は法律の規定により、同一の地域に属する農民集体が所有する土地及びその他の財産を管理し、そして当該地域の自然資源の村民による合理的利用と生態環境の保護・改善を促すこととする」(第8条)とされている。この条文を素直に読むかぎり、また、他にこれに関連する条例や政令、主務官庁からの通達類はないため、論争は意味がないと思われるが、そこが中国の日本とは異なるところで、有力な研究者の意見が普遍的な常識になる場合もある。

 このような法制環境の下で、村民委員会は「農民集体」の権利の実行者であるとの見方やこのような見方を否定、農民専業合作社(「農民専業合作社法」2006年)こそがその実行者であるとする見方などもある。

論争点の欠落

 中国の学界では、議論のうち体制批判やそのことに直接つながる議論やテーマ(党批判、香港・台湾問題、文革、民主政治、宗教、少数民族、1949年以前の党の土地政策、外国批判―とくに日中関係論は自主規制が働いているとの現地学者の証言がある、など)を除くと、研究者間の学術的な論争は活発である。今回のテーマに関する議論のうち、体制批判に間接的ながら関係する可能性があると中国の学界が考える点は、新中国最初の憲法である1954年憲法以後の農民集体の土地所有をめぐる問題であろう。そのためか、農民集体とは何を指すのか、農民集体が土地を所有するとはどういう意義や問題があるのか、という点はおおむねスルーされている。

 この問題こそが、「農村集体経済組織法」における最大の論点だと思うのだが、正面から取り上げる論稿は限られる。なぜこの問題が軽視されてはならない理由は、①「農民集体」が1982年の新憲法では「集体」と「農民」の用語が抜け、関連する重要法律である「土地管理法」・「農村土地請負法」・「村民委員会組織法」・「農村集体経済組織法」では「農民集体」、「民法典」では既述のとおり「村集体経済組織」となり、②「農民集体」・「村集体経済組織」は法的権能を持つのか、その構成員はどこの誰なのかを示す資格や具定例がどの法令にも示されていないことにどう対処するのか、という現実問題が抜けているからである。

 さらに、次の点も抜けている。すなわち、「農村集体経済組織」は同一の農村に前回紹介したとおり、さまざまな業態の組織が複数存在する(第1回、図1)はずだが、その構成員はそれぞれの組織の二重・三重の構成員たりえ、その構成員と「農民集体」の構成員は重なるのか、あるいは構成員に、重なる者とそうでない者が混在すると想定されうるが、その場合、「民法典」が規定するような、「村集体経済組織」が「農民集体」の権利を代表して行使すること(民法典第262条)ができるのかどうか、といった点はスルーされている。

(第3回につづく)


1 1998年「村民委員会組織法」によって設立。解体後の人民公社の受け皿だとする見方もある。

2 「農村集体経済組織」は「1982年憲法」に初出する組織だが、そこでは次の記述があるが、抽象的な記述にとどまっている。「農村集体経済組織は家庭請負経営を実行するため基礎であり、家庭と集体からなる双層経営体制である。農村に存在する生産、購買、信用、消費等の各種形式の協同組合経済であり、社会主義労働者群が構成する集体所有制経済である(第8条)」

3 郭洁「農村集体経済組織の営利法人地位および立法路線に関する考察」[J]『当代法学』2019年、33巻(第5号)。

4 高圣平「農村集体経済組織法」における四つの基本的な関係」『政法論叢』2024年10月。

5 前掲の高圣平論文、宋志紅「農村集体経済組織構成員の身分確認制度の体系と解釈」『法制与社会発展』2024年第6期など。

6 農民が太宗を占めていた農村に、工場進出や観光開発、インフラ整備などを契機に農民以外の職業や生活慣習を持つ外来人口が増え、純農村が中間農村に、中間農村が都市化する様をいう。日本の地域開発研究分野で生まれた用語。中国では社会学用語として、近年一般化している。

7 「民法典」第262条の(一)。

8 高橋五郎『中国土地私有化論の研究』(2022年)。


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