【25-06】中国政府金融部門の2025年の政策方針
2025年01月28日

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授
略歴
1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。
中国人民銀行、国家金融監督管理総局、中国証券監督管理委員会はそれぞれ2025年工作会議を開催した。今回は各会議の内容について概観することとしたい。
中国人民銀行の政策方針
2024年12月11~12日に中央経済工作会議が開催され、2025年の経済政策の方針が示された(2024年12月のコラム 参照)。これを受けて2025年1月に政府各部門の工作会議が開催され、そのうち中国人民銀行工作会議は1月3~4日に開催された。
中央経済工作会議では、適度に緩和的な金融政策を実施し、適時に預金準備率の引き下げと金利の引き下げを実施し、流動性を充分な水準として、社会全体の資金調達量や通貨供給量を物価水準の予測目標を加味した経済成長と匹敵するものとするという方針が示された。さらに金融政策の一環として、人民元為替レートの合理的均衡水準における基本的安定を保持する方針が示された。1月の工作会議では金融政策に関してほぼ同様の表現が繰り返されているが、為替レートについては調整を超えた動きを必ず防止するという方針が示されている。この点について、1月14日に行われた記者会見で人民銀行の宣昌能副総裁は、「総合的施策を行い、市場の期待を安定させ、人民銀行の方針を公示し、マクロプルーデンス管理手段などの一連の有力な措置を駆使して人民元為替レートの調整を超えた動きを防止する」と厳しくコントロールする意向を示している。そして、人民元為替レートは対米ドルでは2024年末に前年末比2.8%の人民元安となったが、人民元為替レートの対バスケット通貨の動きを示すCFETS指数は同じ時期に4.2%の上昇を示しており人民元は世界全体に対する加重平均で人民元高となったと述べられている。CFETS指数は2023年春ごろから緩やかな上昇傾向を示しつつ安定した動きを示している。
また、12月の経済工作会議では重点領域のリスクを効果的に防止・解消し、システミックなリスクを決して発生させないという最低ラインを堅守する方針が打ち出された。これを受けて1月の工作会議では、金融システミックリスクを発生させない方針が示された。人民銀行が2024年10月に導入した「証券、ファンド、保険会社スワップファシリティ(SFISF)」と「自社株買い・買い増し向け再貸出」を活用して資本市場を安定させる方針も示された。SFISFは証券、ファンド、保険会社が株や債券、ETFなどと引き換えに人民銀行からより流動性の高い国債や中央銀行手形を受け取り、それを利用して資金調達を行えるようにするものである。後者の再貸出は、企業の自社株買いや主要株主による株買い増しに対して金融機関が資金を融資した場合、人民銀行が低利でバックファイナンスする制度である。
国家金融監督総局の政策方針
国家金融監督管理総局の2025年工作会議は1月12日に開催された。
中央経済工作会議では、前述のとおり、システミックなリスクを決して発生させないことが打ち出された。これを受けて1月の工作会議では金融リスクを防止・解消することが方針とされ、具体的には、不動産関連で都市不動産向け融資協調機構の範囲拡大と強化を行い、不動産発展新モデルの構築を支援すること、地方政府債務リスクを防止・解消することが挙げられた。都市不動産向け融資協調機構は、住宅都市農村建設部と国家金融監督管理総局が連名で2024年1月5日に各地方政府に対し設立を指導したもので、地方の住宅都市建設部門と金融監督管理総局の派出部門などがメンバーとなる。同機構は地域の不動産開発案件のうち開発企業の資質や信用状態、財務状況に基づいて融資可能な案件を選択し、地域の金融機関に推薦する。今回の会議では、この方式を通過して実施された貸出が5兆元(約100兆円)を超えたことが明らかにされている。不動産発展新モデルは2024年に各地方の人民代表大会や経済工作会議で頻繁に使われるようになった概念で、保障性住宅と呼ばれる格安の住宅供給を増やしたり、住宅購入時の先払い金の管理の改善を図ったりという様々な内容を含む不動産産業の発展策である。
1月の会議では2024年に銀行が処理した不良債権の額が3兆元を超えたことも明らかにされている。2023年の不良資産処理額が3兆元とされているので、これを超える額の不良資産が処理されたものと見られる。国家金融監督管理総局の統計によると2024年第3四半期までの商業銀行の純利益は1兆8706億元、前年同期比0.5%の増加となっている。同時期の純利鞘は1.53%と前年同期の1.73%を下回ったが、依然として十分な利鞘が確保されており、前年以上の不良債権処理額を損失計上した後、前年を超える純利益を上げている。2019年から2024年までの6年間の不良債権処理額合計は17.5兆元(約350兆円)超に達し、日本がバブル崩壊後15年かけて処理した約100兆円の不良債権の3.5倍を短期間で処理している。2024年9月末の不良債権比率は1.56%と前年同期の1.61%を下回った。マクロ的にみると、銀行は厚い利鞘を基に、今後も高い不良債権処理能力を保持し続けるものと考えられる。
中国証券監督管理委員会の政策方針
中国証券監督管理委員会は1月13日に工作会議を開催した。中央経済工作会議においては、住宅市場と並んで株式市場の安定が挙げられた。また、高水準の対外開放によって中国への投資を促進する方針が打ち出された。
1月の会議では、市場の安定を最優先とし、株式市場が安定した上昇基調となることを全力で実現するとしている。具体的には国内外、取引所内外、現物と先物の間のモニターと監督管理についてよく連携して行っていくことなどが挙げられている。また、中国人民銀行とともに同行が導入した前述の2つの資本市場安定政策措置をより有効活用することとされた。対外開放面では、海外市場上場届け出制度の改善、クロスボーダーの資本市場間の相互コネクトの拡大などが挙げられている。
今後の展望
それぞれの政策のより具体的な内容については、3月に開催される全国人民代表大会の政府工作報告を待つべきものも多いと思われる。金融政策についてはマクロ経済動向次第であるが、アメリカのトランプ新政権の対中政策への影響などを見極めつつ、金融緩和策を打ち出すタイミングを見計らうことになろう。人民元為替レートについては、中国人民銀行が金融政策の手段の一つとしてコントロールしているが、現状、バスケット通貨に対する動きを示すCFETS指数は緩やかな人民元高方向の動きを示している。今後経済の下押し圧力やデフレ圧力が高まるようであれば、人民元安方向への誘導が行われる可能性があろう。それは対米ドルでの人民元安ではなく、あくまでも主要通貨全体に対する加重平均での人民元安となることに注意すべきである。
金融リスクの防止・解消については、不動産市場と資本市場を安定・活性化する政策が強化される見通しである。中国人民銀行は銀行の貸出金利と預金金利をコントロールし、利鞘を確保する努力を続けると見られる。銀行はこれによって確保された収益を使って不良債権の処理を引き続き早いテンポで進めて行き、マクロ的にみた銀行の健全性は保持されるものと思われる。
(了)