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【25-08】中国人民銀行の金融政策手段の動向

2025年02月21日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 中国人民銀行は2025年2月13日に2024年第4四半期金融政策執行報告を公表した。今回の報告に設けられたボックスでは、人民銀行の様々な金融政策手段の動向について述べられている。それらの内容について概観することとしたい。

公開市場操作手法の改善

 ボックス1は「人民銀行の公開市場操作システムのさらなる改善」と題されている。そこでは2024年に実施された公開市場操作の手法の変化について述べられている。第1に政策金利として何を主要な金利とするかを明示した。先進国では短期金利を一つだけ選択して政策金利とし、それを公開市場操作によって正確にコントロールして中長期の金利は市場で形成される。一方、人民銀行は公開市場におけるリバースレポ、中期貸出しファシリティ(MLF)、各種再貸出など複数の政策手段を有し、それぞれの期間や金利水準が異なり相互の関係が複雑であった。2024年7月、人民銀行は公開市場における7日物リバースレポ金利を政策金利とすることを明示した(2024年8月のコラム 参照)。そのオペレーションの手法もそれまでは金利を入札する方法であったが、これ以降は人民銀行が金融政策上の必要に応じて金利を決定し、固定金利の数量入札方式に変更した。そして数量の予想外の変動に対応するため、臨時のレポ、リバースレポを行うことも開始した。これらの金利は7日物リバースレポ金利を基準として、レポは0.20%引き下げ、リバースレポは0.50%引き上げる。これに伴い、1年物MLF金利の政策金利としての性格は後退し、短期金利を基準に長期金利が形成される関係が整った。この結果、市場に対し金利操作の目標をより明確に伝達することが可能となったと述べられている。

 第2に、国債売買オペレーションを積極化した。国債市場が拡大し、中央銀行が流通市場で国債を売買する環境が改善した。そこで2023年10月に開催された中央金融工作会議では、「金融政策手段を充実させるために、人民銀行の公開市場操作において国債売買を増加させること」が提起された。これを受けて2024年8月、人民銀行は公開市場操作において国債売買を開始し、増加させてきた。2024年中人民銀行の累計国債純買い入れ額は1兆元(約21兆円)に達した。また、人民銀行は市場との対話を強化し、国債収益率が一方的に低下するリスクを防止している。さらに、2024年10月、人民銀行はアウトライト式リバースレポオペレーションを開始した。対象債券は国債の他、地方政府債、金融債、車載などで、期限は1年未満とされ、7日物リバースレポと1年物MLFの間の空白を埋めるものとされる。

資本市場関連の金融政策手段

 ボックス2は「2件の資本市場対策手法が効果を挙げた」と題されている。2024年9月に人民銀行は、株価を安定させるため「証券・ファンド・保険会社スワップファシリティ」と「株式購入再貸出」の2つの手法を導入した。前者の「スワップファシリティ」は一定の条件を満たす証券会社、ファンド、保険会社が株式やETF、債券などを担保にして人民銀行から国債や中央銀行手形など流動性の高い資産を借り入れ、今度はそれらを担保として他から資金調達を行えるようにするものである。上限は5000億元(1元=約21円)。これによって人民銀行が銀行以外の金融機関に流動性を提供する経路が開かれた。後者の「再貸出」は一定の条件を満たす上場企業が自己株式を取得したり、大株主が株を買い増したりするために銀行が融資をした場合、人民銀行が低利でバックファイナンスする制度である。上限は3000億元である。前者の「ファシリティ」は2025年1月末までに2度、合計1050億元発動された。後者の「再貸出」に関しては、2024年にその対象となる金融機関の貸出計画金額が600億元に達し、また上場企業やその大株主が自己株式取得や買い増しを行う計画金額は3000億元で過去最多となっている。

預金準備率制度

 ボックス3は「預金準備率制度の動向」と題され、預金準備率制度のこれまでの経緯と現状が説明されている。2003年以降国際収支の黒字が続き、外貨が大量に流入した。人民元為替レートを安定させるために人民銀行は外貨を購入しベースマネーを大量に供給した。銀行システムにおける過剰流動性を吸収するため、人民銀行は2003年9月から2011年6月までの間に預金準備率を32回引き上げ、平均準備率は6%から20.1%に上昇した。2013年以降、国際収支がバランス方向に向かい、人民元為替相場も安定的に推移したため、外貨購入による流動性供給が大きく減少し、人民銀行は2024年9月まで29回の預金準備率引き下げを行い、平均準備率は6.6%に低下した。この間、2014年には農業向けや小企業向けの貸出が一定の水準に達した銀行についてのみ準備率を引き下げるインセンティブ付きの準備率引下げ政策を導入した。これ以降、人民銀行は預金準備率の操作によって流動性総量のコントロールと同時に流動性の構造に働きかけるようになった。2017年には金融包摂に資する銀行に準備率の引き下げを行った。これらのインセンティブ政策は21年に所期の目的を果たしたために停止し、預金準備率政策を簡単にし、総量の調節に集中する方向に変更した。

再貸出

 ボックス4は「再貸出のメカニズムと発展」と題されている。再貸出は中央銀行がベースマネーを供給する手段であるが、2013年までは中央銀行による外貨購入によってベースマネーが供給されていたので再貸出は最低6000億元、人民銀行総資産の4%まで低下した。2014年以降、外貨購入が減少すると再貸出はベースマネー供給の主要経路となり、2024年末には再貸出とMLF合計で11兆4千億元を供給し、人民銀行総資産の28.8%を占めた。近年、人民銀行は、銀行が社会の重点領域や脆弱な部分に資金を提供するインセンティブを与える新しい再貸出を創設している。例えば、環境問題に対する「炭素排出減少支持手段」や科学技術分野を支持する「科学技術イノベーションと技術改造再貸出」などであり、このような再貸出は信用供与の構造を改善する構造性金融政策手段に属する。それと同時に総量効果も併せ持つ。2024年末時点で構造性金融政策手段は10種類あり、総額で6.3兆元、人民銀行総資産に占める比率は14.2%である。

今後の方向性

 以上のボックスで述べられた通り、中国では金融政策手段が多数存在する。そして、例えば他の政策金利が低下する中で住宅ローン金利が引き上げられるなど、金融政策の全体的な方向性がわかりにくい複雑な状況が生じたりしていた。今回の金融政策執行報告のボックス1では、複数存在する政策金利のうち7日物リバースレポ金利が代表的な政策金利であり金融政策の方向性を示すことが明確にされた。またボックス3では従来信用総量と信用構造の両者に働きかける機能を有した預金準備率が総量に特化する方向に改善が進められたと説明された。一般的に先進国では短期金利を一つだけ選んで政策金利とし、その水準をコントロールすることで金融政策を行っているが、中国の金融政策もこのような先進国の一般的な手法と同様にシンプルにする方向で改善が進められていると理解できる。しかし、現状では依然として様々な金融政策手段が併存しており、まだまだ道は遠そうである。

(了)


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