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【24-35】金利決定方式の推移と金利調節方式の変更

2024年08月28日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 中国人民銀行は2024年8月9日に「2024年第2四半期金融政策執行報告」を公表した。同報告書には、預金・貸出金利の決定方式の推移と人民銀行の金利調節方式の変更についてそれぞれボックスが設けられている。これらの内容について検討することとしたい。

金利決定方式の推移

 ボックス1は、「市場の需給によって健全に預金・貸出金利を形成するメカニズムを構築する」と題されている。その概要は以下の通りである。

 従来、銀行の預金金利と貸出金利は中国人民銀行がそれぞれの基準金利を設定し、基準金利に対して金利の上限と下限を定めていたが、順次上限、下限を撤廃し、2013年7月に貸出金利の下限、2015年10月に預金・貸出金利の引き下げとともに預金金利の上限を撤廃したことによって、上限と下限は全てなくなった。これによって人民銀行が直接的には銀行の預金、貸出金利を決定しなくなり(2015年11月のコラム 参照)、2015年10月以来、預金・貸出基準金利は動かされず、その後事実上消滅していった。一方、人民銀行は2013年9月に銀行が金利を自主的に調整し、理性的で秩序立った競争を行えるよう、銀行を指導して業界団体である「市場金利設定自律機構」を創設した。

 預金金利については、現在でもこの機構が上限管理を行っており、各銀行は上限の範囲内で自主的に預金金利を定めている。2022年4月に人民銀行は同機構を指導して、「預金金利市場化調整メカニズム」を創設し、銀行が預金金利をより市場に合わせて調整できるようにした(2022年5月のコラム 参照)。その後2024年7月末までの間に、大型銀行は5回にわたって預金金利の引き下げを行った。

 貸出金利については、2013年10月に「貸出基礎金利(英語ではLoan Prime Late : LPR)」を創設したが、貸出基準金利と同方向に同幅で変動するもので、市場金利の変動を反映するものではなかった。2019年8月に「貸出市場報告金利」と名称を変更し(英文名称はLPRのまま)、人民銀行が定める現在20行の報告銀行が自行の最優遇金利を報告し、その平均を計算して毎月1回公表することとした(2019年9月のコラム 参照、報告銀行は当時の18行に2024年1月、中信銀行と浙江銀行が加わった)。住宅ローン金利については、2013年に貸出基準金利に対する下限を撤廃した際に、住宅ローン金利についてのみ下限を維持したが、2024年5月17日にこの下限は撤廃された(2024年5月のコラム 参照)。これによって、銀行の貸出金利の市場化は達成された。銀行は、自主的に預金・貸出金利を決定でき、合理的な預金・貸出金利の利鞘を保持することができることとなった。

 今後、人民銀行は、マクロ調節システムの改善を進め、金利の調節メカニズムの市場化を健全なものとし、市場金利設定自律機構の機能をよりよく発揮させ、市場における競争行為を調整し、市場の秩序を維持していく方針である。

金利調節方式の変更

 ボックス2は、「市場化された金利調節メカニズムをさらに健全なものとする」と題されている。その概要は以下のとおりである。

 公開市場操作において7日物リバースレポによる銀行への資金供給が主たる手段であり、人民銀行は7日物リバースレポ金利を主要政策金利として位置づけを強化してきた。従来はプライマリーディーラーとの間で取引数量を定めて金利入札を行う方法であった。しかし、政策金利という性格から、入札で定まる金利が頻繁に変動することは好ましくなく、人民銀行はプライマリーディーラーとの間で取引数量を事前に相談し、入札金利の安定を図ってきた。金融市場の発展と拡大に伴い、このような手法が困難となり、2024年7月22日から金利を固定し、数量を入札する方式に変更した。

 また、7日物リバースレポは原則として毎日午前に1回実施されてきた。しかし、時に予想外の流動性ショックが生ずることがあるため、2024年7月8日以降、必要に応じて臨時のオーバーナイトレポ、およびリバースレポを行うこととした。金利の水準は当日の7日物リバースレポ金利に対してオーバーナイトレポは0.20%を低くし、オーバーナイトリバースレポは0.50%高くする。

 LPRについては、従来、人民銀行が中期政策金利と位置付けていた中期貸出ファシリティ(MLF)1年物を参考に、報告銀行が資金調達コストやリスクなどを考慮して報告することとされてきた(2022年1月のコラム 参照)。しかし、その後、MLFのLPRに対する影響力が低下し、さらに、一部の報告銀行は高めのLPRを報告し、当該銀行の実際の最優遇貸出金利との間で乖離が大きくなってしまった。そこで、7日物リバースレポ金利の政策金利としての機能を強化しつつ、MLFの機能を弱めることとした。2024年7月には、従来の例と異なり15日にMLFを実施せず22日に7日物リバースレポ金利を1.80%から1.70%に低下させ、同時にLPR1年物、5年以上物とも0.10%引下げ、それぞれ3.35%、3.85%とした。これによって、銀行はLPRの報告に際して短期政策金利の7日物リバースレポ金利をより強く参考にすることとなり、短期から長期にわたる金利体系が改善された。

 今後も引き続きLPRの改革を行い、金利自律機構の機能をより発揮させ、理性的で整った競争秩序を維持し、金利伝達経路を整備していく方針である。

今回の2つのボックスをどう読むか

 ボックス1では、銀行の預金・貸出金利について、人民銀行が直接規制する方法から、銀行業界の業界団体である市場金利設定自律機構による自主的なコントロールに移行したと述べている。しかし、同機構は中国人民銀行の指導と監督管理を受けると規定されており、人民銀行の直接的な規制から同機構を経由した間接的な規制に移行したに過ぎず、人民銀行による規制は依然として行われている。そして、今回のボックスでも示唆されているように、そうした規制は、銀行間の過度な競争を抑制し、銀行の利鞘を確保できるように、秩序のある状態の預金・貸出金利となるように行われている。

 ボックス2では、2024年7月に行われた複数の金利調節方式の見直しについて述べられている。7日物リバースレポの操作方法について、金利を固定し数量を入札する方法に変更し、これが人民銀行の政策金利であることをより明確にした。そして臨時のオーバーナイトのレポ、リバースレポを導入して、市場の資金量の予想外の振れを吸収する体制を整えた。7日物リバースレポを数量入札にしたため資金量が予想外に乱高下することに対応するものと見られる。

 さらに、従来、原則として7日物リバースレポ金利とMLF1年物がある月の15日に変更され、それを受けて同じ月の20日にLPR1年物、LPR5年以上物が変更されるという政策金利体系を整備してきたが、2024年7月には15日にMLFを実施せず、22日に7日物リバースレポ、LPR1年物、5年以上物が同日にそれぞれ0.10%引き下げられた。MLF1年物はその後、7月25日に0.20%引き下げられ実施されたが、他の金利との連動性は弱くなった。8月15日にもMLFは実施されず、20日にLPR1年物と5年以上物は前月と同水準であることが公表された。MLF1年物もLPR1年物も人民銀行がコントロールしているのだから、MLF1年物とLPR1年物は重複しており、実際の最優遇貸出金利がLPRから下方に大きく乖離してきたため、MLF1年物を外して短期から長期にわたる政策金利体系を簡素化し、金利をよりコントロールしやすくしたということであろう。

 中国の銀行の預金・貸出金利は規制の自由化が進んでいるようにみえるが、人民銀行は、7日物リバースレポ金利を短期の主要な政策金利と位置付けつつ、LPR1年物、LPR5年以上物までに至るイールドカーブコントロールを行い、貸出金利を管理し続けている。同時に預金金利のコントロールも行うことによって、銀行の利鞘を確保し、金融システムの安定を維持するという状況は以前と変わっていない。2024年7月の金融調節方式の変更もLPRを通じた金利のコントロールをよりよく行うためのものと見ることができる。

(了)


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