日中の教育最前線
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【19-08】訪中留学生50万人の全体像

2019年8月28日

黄玉琴:華東理工大学社会学系副教授

性別と発展、移転に関する研究を専攻。

はじめに

 中国は今なお世界最大の留学生送り出し国だが、留学生の受け入れ大国にもなりつつあることは見過ごされがちである。米国国際教育研究所(Institute of International Education, IIE)の2015年のレポートによれば、中国(大陸部)留学生市場の8%を占め、米国(22%)、英国(11%)に次いで世界第3位の留学生受け入れ国となっており、ドイツおよびフランス(いずれも7%)を超えたという(Jiani,2016)。

 ところで、最近では中国教育部が4月に公布した2019年予算が一部の個人メディアの分析により物議を醸している。その主な議論の焦点は、第一に2019年の訪中留学生の教育予算は39億2,000万元で2018年に比べて18.1%増加していること、第二に教員研修予算が1,120万元削減され、2018年に比べて5.3%減少していることであり(教育部,2019a)、このような待遇の内外格差が国民の大きな反感を読んでいる。反対の声には、留学生はなぜ中国で特別な待遇を受けられるのかという非難や訪中留学生の質に対する疑義、中国社会に対する留学生の負の影響への懸念、留学生への投資は予期する効果を得られるのかという懐疑が含まれ、なかでも、「アフリカ系を恐れる」気持ちが顕著である(沙和尚的地盤,2019)。また、最近では山東大学の「学伴」事件(中国人学生が留学生とバディ(Buddy)を組んで留学生活を支援する制度に関係して発生した事件)がインターネット上で話題となり、訪中留学生に関する議論が再び加熱することとなった。

 しかし、実態はいったいどのようなものなのか。どのような人々が中国を訪れ、彼らはなぜ中国に留学しにくるのか。彼らは中国でどのようなことを経験し、学業修了後はどのような計画があるのか。このような分野の学術研究は限定的である。本稿では、既存のデータと限りある先行研究を整理することによって、上記の問題についての初歩的な考察を試みたい。

一、誰が中国に留学するのか。出資者は誰か。どこで学ぶのか。

 教育部の統計によれば、2018年の訪中留学生は196の国と地域(香港、マカオ、台湾を除く)からの合計492,185名であり、学生数は2017年と比べて0.62%増加した。

 出身国別でみると、訪中留学生数の上位10ヵ国(図1)は上位から順に韓国、タイ、パキスタン、インド、米国、ロシア、インドネシア、ラオス、日本、カザフスタンであった。

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 地域別にみると、留学生の59.95%はアジアからで、「アフリカ系を恐れる」人々が考えるようにアフリカから(全体の16.57%で第2位)(教育部,2019b)ではなかった。しかし、教育部が例年公布する統計(教育部,2016;教育部,2017;教育部,2019b)「2015-2018年の地域別訪中留学生数及び割合の変化」(2017年の地域別データは紛失)を概観すると、アフリカからの留学生は人数と割合のいずれも増加率が最も大きいことが明らかに分かる。また、2018年にはそれまでは第2位だったヨーロッパを上回り、訪中留学生の2番目の出身地域となっている。一方、同じ時期のヨーロッパおよびアメリカ大陸、オセアニアからの訪中留学生はいずれもやや減少傾向を示した(表1参照)。

表1:2015、2016、2018年の訪中留学生数とその比率(%)
地域/年 2015年 2016年 2018年
アジア 人数 240,154 264,976 295,043
60.4% 59.84% 59.95%
アフリカ 人数 49,792 61,594 81,562
12.52% 13.91% 16.57%
ヨーロッパ 人数 66,746

71,319

73,618
16.79% 16.11% 14.96%
南北アメリカ 人数 34,934 38,077 35,733
8.79%

8.60%

7.26%
大洋州 人数 6,009 6,807 6,229
1.5% 1.54% 1.27%

 また、別の研究によれば、「一帯一路」構想の提唱前に比べ、2016年の訪中留学生に見られた明らかな変化は、「一帯一路」沿線国からの留学生が増えて訪中留学生全体の46.92%を占めるようになり、前年同期比13.6%増となったことである(閻景臻,2017)。

 2018年の訪中留学生の12.81%は中国政府からの奨学金を獲得し、残りの留学生は全員が自費生であった(教育部,2019b)。また、訪中留学生はさらに地方政府や所属する学校等、その他の奨学金を獲得している可能性もある(沙和尚的地盤,2019)。この数年、中国政府の奨学金も周辺国や「一帯一路」沿線国に傾倒し始めており、「一帯一路」沿線国の学生が61%を占める。2016年の奨学金生数の上位10ヵ国のうち8ヵ国は「一帯一路」沿線国であり、パキスタン、モンゴル、ロシア、ベトナム、タイが上位となった(閻景臻,2017)。

 さらに、受け入れ地区別にみると、上位10の省市(図2)は北京、上海、江蘇、浙江、遼寧、天津、広東、湖北、雲南、山東であった(教育部,2019b)。

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二 なぜ中国を選んだのか。留学先の都市や大学はどう選んだのか。

 Jiani, M. A. (2016)は、訪中留学生42人が留学先に中国を選んだ理由とプロセスについて考察した。その結果、訪中留学生の出身地が先進国であるか、開発途上国であるかが中国留学の動機に影響することがわかった。Jiani, M. A.は、さらに28ヵ国からの女子学生23人と男子学生19人を対象に研究を行った。対象学生は19-33歳で、自国の大学既卒と未卒の両方が含まれていた。

 中国への留学を選んだ理由を彼らに聞いたところ、以下の要素が挙げられた。1つ目は、中国の急速な発展と将来性が彼らにとって最大の魅力で、中国に留学すればより良い就職の可能性が得られる。これはほぼ全員が理由に挙げた。2つ目は、楽観的な二国間関係。これも一部の学生が中国を選んだ理由であった。3つ目は、中国語を習得すれば明るい未来が待っている。これも多くの学生が回答した。また4つ目に、中国であれば留学奨学金による資金面の援助を受けられる可能性が比較的高いことが挙げられた。先進国出身の学生であっても、奨学金は中国留学を選ぶ非常に重要な誘因となったことが分かる。

 また、中国留学の選択に際しては個人的な理由もある。例えば、キャリアの発展を求めるためである。特に中国語の教師や中国関係の研究に従事するなど、自分の国で中国や中国文化と関係する職業についている人があげられる。このほか、異文化を経験し、異なる生活様式を探究するために中国を選ぶ学生もいるが、この点において先進国出身と開発途上国出身の学生の間には少し違いがあり、前者は中国文化の体験や中国語力の向上を目的とし、質の高い教育を求めておらず、自国で大学未卒の学生が占める割合が非常に高い。一方、開発途上国出身の学生の多くは学歴とより良い就職を求めて中国に留学している。

 Jiani, M. A.によれば、この中で重要なことは、ますます多くの海外華人が子女を祖国に帰国させて高等教育を受けさせたいと願うと共に、自身の文化的アイデンティティを模索していることだ。その一例として、カナダの大学に通うある中国系カナダ人学生が中国語を学んでいるカナダ人に質問をされたが答えられず、その様子を見ていた別の人に「あなたは中国人なのに、中国語が話せないのはなぜか」と尋ねられた件をJiani, M. A.は例示している。この中国系カナダ人学生はこれを一種の批判として受け取り、それは自身にとってはある種の身分の喪失であると考えたために、中国に勉強しに来ることを決意したという。

 さらに、自国の教育費が高すぎることや教育の質が低いことを理由に中国留学を選ぶ者もいる。例えば、エリトリア出身の留学生は修士課程に進みたいと考えたが、自国には関連の課程はなかった。折よく中国国家留学基金管理委員会 (CSC) からエリトリアに奨学金学生の定員が割り当てられたため、中国留学を選んだという。

 それでは、中国への留学を選んだ後、彼らはどのように留学先の都市を選ぶのか。個人的な嗜好(国際都市が好きか、またはローカライゼーションの進んだ都市が好きか)や同胞の分布状況、留学先都市と故郷との間の文化的親密性や地理的利便性、将来的な計画の有無などのいずれも留学先の選択に影響を及ぼす。例えば、中央アジア出身の学生がウルムチを選ぶのは地理的に近く、文化的に近似し、学業修了後は両地間で商業上の往来が見込めるからである。

 大学の選択に際し、先進国からの既卒生が一流大学を選ぶのは主に両国の学校間協定があるためであり、さらには一流大学であれば中国研究および文化に関係する質の高い専門に触れられると考えるためである。一方、開発途上国からの既卒生は一流大学のネームバリューや高い職業訓練のレベルをより重視する。また、家族や親戚、友人等の「強い関係性」は、訪中留学生が留学先の都市や大学を選択するプロセスで非常に重要な役割を果たしている。

三 訪中留学生の中国での経験

 Shiao-Yun Chiang (2015)は、中国華南地域の主要大学で学ぶ留学生60名(男子34名、女子26名)に中国での学習・生活経験に関する報告の提供を依頼した。彼らの出身地域の分布は、アフリカ20名、アジア24名、ヨーロッパ12名、北アメリカ4名であった。Chiangは「文化的適応」(cultural adaptation) という概念によって留学生の中国での経験を分析している。

「文化的適応」とは、一般的には、ある個人が自身の熟知する文化を離れて、ある新しく、よく知らない環境に進入する際に、その環境との間で相対的に安定的で、相互に利益があり、機能的な関係を(再)構築し、維持することを試みるプロセスを指す。Chiangは研究の中で、訪中留学生には適応しやすい点と適応しにくい点があることを発見し、「認知-感情-行動」の3つの枠組みによって彼らの在中経験における適応点と不適応点を描写した。

 適応点は、認知においては、中国の歴史、言語、経済的発展、伝統・風習、集団主義、男女平等、家族の協力、高齢者に対する尊敬、社会組織、人民の誠実さ、および中薬(中国漢方)に対する評価であり、感情においては、中国の食べ物、中国人女性、公共交通、風景、陽気な若者、中国伝統の祝祭日や安い物価への好感であり、行動においては、若者が高齢者に従う姿勢および高齢者の娯楽活動に対する共感である。

 一方不適応点は、認知においては、蔑視、情報統制、個性の欠如、独立的思考の欠如および迷信への非賛同であり、感情においては、度を越した渋滞・混雑、環境汚染、中国語のみの公共標識、世界最低のトイレ事情および偽造商品等への嫌悪であり、行動においては、中国人が公共の場所で所かまわず痰を吐き、喫煙することや大声で話すこと、押し合い、行列に横入りすること、「すみません」や「ありがとう」と言わないこと、衛生レベルが低いこと等への嫌悪が挙げられる。

 また、他の研究者は訪中留学生の学習面での経験について研究を行っている。例えば、ある研究者は、多くの留学生が大学の環境に関して3つの不満をあげているという。それは、言語、教育および態度である。言語においては、教師の英語レベルが低いことであり、これは広く批判されている問題である。教育においては、多くの教師が型通りの授業しかせず、問題提起や学生とのインタラクションが少ないことである。また、態度においては、行政関係者の支配欲が強く同情心に欠けることに留学生は不満を抱いている。キャンパス内では相談サービスが欠如し、留学の鍵となる文化的適応に関するアドバイスを提供する組織もなく、学生の世話をしたり、配慮やリスペクトを示したりする人も存在しないという (Tian & Lu, 2018)。

四 留学後は帰国するのか。または中国滞在を続けるのか。

 訪中留学生は学業修了後に帰国するのか、あるいは中国にとどまるのか。Lin & Kingminghae (2017) は、2015年に中国の7ヵ所の大学でタイからの留学生328名に対してアンケート調査を実施した。その結果、家庭/恋愛関係、経済的事情および文化的適応度が学業修了後の留学生が帰国するのか、または中国にとどまるのかに関わる重要な要素となることが分かった。

 第一に、祖国の配偶者とまさに遠距離恋愛をしている学生は帰国する傾向にあるが、配偶者または恋人が中国人である学生は中国にとどまる傾向にある。第二に、中国で商業または法律を学んだ学生は中国にとどまる傾向がより高い。なぜなら、これらの専門に関しては、中国での就職の方がタイより良いためである。あるいは、彼らはもともと中国にビジネスチャンスを求めていたからこそ、中国でこれらの専門を学んだ可能性もある。第三に、文化的適応度からみれば、タイの文化または生活様式を慕う気持ちがより強い学生は、学業修了後に帰国する可能性が高い。一方、中国文化をより受け入れた学生は、中国に残る可能性が高い。しかし、文化的適応度が影響するかどうかは、学生の家庭環境とも相関する。例えば、家業が商売である家庭からの学生は、家業の成功のために自らの文化的適応度を顧みない可能性が高く、彼/彼女自身が卒業後はタイに帰りたいと思ったとしても、家業のために自身の嗜好を犠牲にして中国にとどまることを選ぶ可能性が高い。他方、商売を家業にしていない家庭からの学生の方が自らの文化的適応度による影響をより受けやすい。

終わりに

 全体的に見れば、中国は世界の留学生受け入れ大国となりつつある。現在の傾向としては、アジア内および他の発展途上国から中国に来る留学生が増え続けている。果たして、中国はこれらの学生を迎える準備ができているのか。彼らの訪中は中国における教育の国際化にどのような影響をもたらすのか。関連研究は今のところ限定的だが、本稿を整理することによっていささかの啓示がもたらされるだろう。

「奨学金」は確かに訪中留学生を引きつける一要素になりうるが、多くの要素のうちの一つに過ぎず、最も重要な一つではないかもしれない。他の構造レベルや個人レベルの要因によっても、留学生の中国選択が促されている。また、留学生の質に関しては国民の間で広く疑義が持たれているが、彼らの勉学の質を下げる要因は何であろうか。本稿の研究により、われわれは少なくとも以下のいくつかの要因を見ることができる。

 第一に、彼らの考えにおいて、中国に来る目的は「より良い教育を受けること」に限定されず、他の考えも入り混じっているためである。そこには例えば、新たな商売ルートを切り拓くことや中国文化を経験すること等がある。このため、勉学に精力を注がない人が少なからず存在するのである。第二に、多くの留学生が不満を抱いているように、中国の高等教育で提供される言語や教育のサービスが理想的でないことも彼らの学習に影響を与えている。第三に、中国の高等教育では相応の受入サービスや適応サービスの提供が不足しているために、彼らは同じ出身国からの同胞に依存するよりほかなく、中国人学生や中国の環境との乖離がより深刻になっていることである。

 こうして見ると、問題のポイントのすべてが留学生集団自体にあるわけでもない。中国では短期間に留学生が急増したが、相応の選考制度や教育の準備がまったく追いついていないことも留学生の質に影響を及ぼしている。このため、単純に「留学生-国内学生」や「外-内」等の枠組みを対立するカテゴリーと見なして議論するのは賢明なやり方ではなく、問題解決の助けにならない。将来的には、訪中留学生に関する実証研究をさらに進めることによって、実情の整理や政策指針の提供に資する必要がある。

参考文献:


教育部,(2016),2015年全国来華留学生数据発布,http://www.moe.edu.cn/jyb_xwfb/gzdt_gzdt/s5987/201604/t20160414_238263.html

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※本稿は、JSTが参加する国際科学技術メディア連盟に提供された記事「争議背后,近50万来華留学生的群体画像」(知識分子、2019年7月20日付)を日本語訳/転載したものである。

転載元URL:
https://mp.weixin.qq.com/s?__biz=MzIyNDA2NTI4Mg==&mid=2655436070&idx=1&sn=193ceb4bf41046c9349deaa88d0866e3&chksm=f3a6bf4bc4d1365d936c
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