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【21-07】教育の発展に必要な質の高い「デジタルベース」

2021年10月06日 張 曄(科技日報記者)

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画像提供:視覚中国

6当局が共同で教育の新インフラ整備を推進

教育の新インフラを整備するためには、情報技術と教育の深い融合を促進し、質の高い教育をサポートする体制を構築する必要がある。そのサポート体制は、教育のバランス、家庭と学校の協力、教師と学生の負担軽減といった教育をめぐる難題解決を後押しし、教育スタイルの変革、プロセス、エコシステムの再構築を推進し、教育の効率と教育の質を効果的に向上させ、国の一員として国のために尽くすという意識を抱き、徳と才能を兼ね備えた素養の高いイノベーション・クリエイト人材を育成できると期待されている。そのため、教育の新インフラ整備を推進するためには、技術的ロジックから抜け出し、教育のエコシステム構築、教育事業の発展というより高い観点から発展の青写真を描き出す必要がある。
----雷朝滋(中国教育部(省)科学技術・情報化司司長)

 中国教育部など6当局がこのほど発表した「教育の新インフラ整備の推進で質の高い教育をサポートする体制の構築に関する指導的意見」は、2025年をめどに、構造が最適化・集約され、効率的で、安全、かつ信頼性の高い教育の新インフラ体制の大枠を形成することを目標に掲げている。

 南京師範大学教育科学学院の博士課程指導教員を務める沈書生教授は筆者の取材に対して、「教育の新インフラ整備の本質は、「教育情報化2.0」とされる、情報ネットワークやプラットフォーム体制、デジタルリソース、スマートキャンパスといった新インフラだけでなく、教育の質の高い発展を目指す新たな発展理念もそこに含まれているものである。テクノロジーは既に教育のエコシステムにおいて不可欠な重要な要素となっており、現代の教育ネットワークに影響を与え、変化をもたらし、再構築をすすめた。『人、テクノロジー、自然』が共に作用して形成された自己組織化が教育の新しいエコシステムの形成を推進している」との見方を語った。

既に始まっている教育のデジタル化、モデル転換

 2020年初め、新型コロナウイルスの突然の襲来を受け、中国全土の小中高校・大学の学生は数カ月にわたって自宅待機を余儀なくされた。しかし、教育システムの情報化を整備した成果により、各地では、登校は停止しても、授業は継続きるという状況が実現した。

 教育部の統計によると、今年上半期の時点で、中国全土の各級各類の学校のインターネット導入率は100%に達し、小中高校の95.2%がマルチメディア教室を設置している。

 南京信息工程大学の劉銘准教授は10年前からいち早く、オンラインとオフラインを融合させた混合式教育スタイルを実践してきたが、新型コロナウイルス感染拡大がきっかけとなり、劉准教授たちのオンライン教育は更にレベルアップした。教育の時間と空間の拡大から始まり、評価方法の多元性と正確性、さらにスマート教室とバーチャル・リアリティの応用に至るまで、次々と登場する新しいテクノロジーの応用により、劉准教授は、新インフラ整備が教育改革を大きくサポート、後押ししたことを強く感じるようになったという。そして「このような変革は、4つの段階を経て波及していくと考えている。まず、情報技術と教育の深い融合という理念の発展。次に、新しいテクノロジーのサポート、そして、それを踏まえた上での新インフラ整備の顕在化。それにより、情報技術が教育分野で活用され、最終的に、教育の新様式が形作られる」との見方を示す。

 長年の研究に基づき、沈教授は、中国の基礎教育の情報化発展の過程を大まかに3つの段階に分類した。第1段階は、テクノロジーが教育に参加する段階。テクノロジーによって、いかに学習内容の出現方法を変化させるかに重点的に注目した。第2段階は、テクノロジーが教育の変革をもたらす段階だ。この段階で、中国は小中高校の教師の教育技術能力を向上させるプロジェクトを始動させ、教育界はテクノロジーをバックボーンとして教育形態の改革に取り組み、いかに教育のプロセスを変化させ、調整するかに重点的に注目した。第3段階は、テクノロジーにより教育を最適化する段階だ。2013年、中国は、小中高校の教師の情報技術応用能力を向上させるプロジェクトを始動させ、テクノロジーによって教育の思考パターンを変え、教育の質を向上させることが広く重視されるようになった。

 近年、情報技術の世代交代が集中的で急速的になっているのを背景に、教育の情報化は新ネットワーク、新プラットフォーム、新セキュリティ、新リソース、新キャンパス、新応用といった次世代インフラの整備がピークを迎えた。

 最近北京で開催されたある教育イベントで、教育部科学技術・情報化司の雷朝滋司長は、「人工知能やビッグデータ、クラウドコンピューティングといった新しいテクノロジーが加速度的に世代交代し、人々の生産、生活、学習のスタイルが大きく変わっている。従来の教育エコシステムは常に逆風に晒され、教育のデジタル化、モデル転換が既に始まっている。教育の新インフラ整備の推進により、テクノロジーの進化、発展が加速し、教育のデジタル化のモデル転換を促進する役割を果たし、情報技術の下での教育変革を促進している」との見方を示した。

コア・バリューは学習者の健全な成長

 中国では5Gネットワークの構築が加速しているとはいうものの、山間部に住む子供たちは山の頂上まで登らなければ電波を受信してオンライン授業を受けることができない。北京の子供と農村の子供は同じ教科書を使っていても、オンライン学習教材の内容はそれぞれ異なり、学生がきちんと理解できたかを、教師が把握するのは難しい。

 2020年、中国民主促進会中央委員会の朱永新副主席は、「ほとんど全ての学校、教師がそれぞれにオンライン学習教材を作り、オンライン授業を行っていることにより、教育の質は不均衡で、二極化している」という現象に気が付いた。

 それに対し、雷司長も、「教育の情報化のレベルと教育の質の高い発展の要求とはまだ大きな開きがある」と指摘する。

 質の高い教育は、世界各国の教育改革が追求する共通の目標だ。「誰でも、どこでも、いつでも学べる」というのは、国民一人ひとりが平等に持つ権利で、教育の新インフラ整備という「デジタルベース」が質の高い教育をサポートする強固な体制を構築できるかのカギとなる。

 劉准教授は、自分が担当する全ての授業をオンラインで行っており、「現在のテクノロジーを駆使して学生のオンライン出席確認を実現し、学習リソースの閲覧率、討論の参加率、オンラインによる宿題の提出率など、多方面のオンライン学習行動データの統計が可能だ。これらのデータにより、各学生のオンライン学習状態を分析するとともに、成績との関係を分析することができる。これは、教育の質の向上に非常に有意である。学校も教師も、人工知能やビッグデータ、バーチャル・リアリティといったテクノロジーを教育において活用する方法を積極的に模索し、啓発型、探究型、討論型、参加型の授業を展開する必要がある」と指摘する。

 新インフラ整備が教育の情報化の短所をさらに補強し、教育の質が向上することに疑いの余地はない。しかし、教育イノベーションを実現するためには、教育分野に存在している問題をはっきりさせる必要がある。問題を発見できないのであれば、イノベーションに手を付けることもできない。

 沈教授は、「教育の情報化のコア・バリューとなるのは、学習者の健全な成長だ。インターネットやビッグデータ、人工知能といったテクノロジーが登場し、異なる方法で教育に影響を与えることができるようになったが、テクノロジーの効果を判断するのにカギとなる指標はただ一つ、学習の法則を尊重し、学習者の健全な成長を促進していることだ」と指摘する。

 また、沈教授は、「適切な学習支援がなければ教育の情報化のコア・バリューを実現できない。現代テクノロジーのサポートによって、教師は、学生の行動を記録し、学生の行動の過程を正確に判断することで、学生に適切な学習の戦略や方向性を提供することができる」との見方を示す。

教育の新インフラ整備が技術的ロジックから抜け出すよう推進

 2019年、浙江省金華市の学校で、生徒が頭に「ヘッドバンド」を付けて授業を受けている様子が注目を浴びた。この「ヘッドバンド」は、脳波を測定するスマートデバイスで、測定結果に基づいて学生の集中力を判定するもので、その点数は保護者にも送信される。

 ただ、この試みには懐疑的な声も上がっている。あるメディアは、「テクノロジーが教育にもたらすものに注目しすぎて、教育が何のためにあるのかを忘れてしまっている」と論評した。

 雷司長は、「教育の新インフラを今後整備するためには、情報技術と教育の深い融合を促進し、質の高い教育をサポートする体制を構築する必要がある」と指摘。そのサポート体制は、教育のバランス、家庭と学校の協力、教師と学生の負担軽減といった教育をめぐる難題解決を後押しし、教育スタイルの変革、プロセス、エコシステムの再構築を推進し、教育の効率や教育の質を効果的に向上させ、国の一員として国のために尽くすという意識を抱き、徳と才能を兼ね備えた素養の高いイノベーション・クリエイト人材を育成できると期待されている。雷司長は、「そのため、教育の新インフラ整備を推進するためには、技術的ロジックから抜け出し、教育のエコシステム構築、教育事業の発展というより高い観点から発展の青写真を描き出す必要がある」との見方を示す。

 劉准教授は、「今後の教育環境は、人とスマート技術が高度に融合し、学習者を中心とする新型教育環境となるため、各方面は教育の新エコロジカルの理論、メカニズムをしっかりと研究し、教育とテクノロジーが『手を取り合う』ように導かなければならない」と指摘する。

「教育の新インフラ整備の推進で質の高い教育をサポートする体制の構築に関する指導的意見」が発表されて以降、社会では新インフラ整備が公平な教育を推進するとの期待が高まっている。新インフラ整備には、あまねく恩恵が及ぶという特徴があり、教育分野に応用すると、情報格差が縮小し、公平な教育が促進されるというのが、明らかなメリットとなる。

 沈教授は、「新インフラ整備により、情報伝送ルートをめぐる問題が解決された。北京と広西チワン族自治区にいる人が、同じ時間に同じ内容のニュース番組を見ることができるのと同じようなことだ」と説明する。

 しかし、教育の新インフラ整備は、教室でマルチメディアスクリーンが1つ増えるというレベルにとどまってはならない。もしも、考慮が不足し、配置が不適切であれば、情報格差が逆に拡大してしまう可能性もある。そのため、同じ内容が複数の形で出現するようにする必要がある。教育従事者は、視聴者のリソースに対するニーズを研究し、学習リソースを一歩踏み込んで加工し、異なる視聴者の内容、形態、特徴に対するニーズを満たすよう取り組まなければならない。

 沈教授は、「教育スタイルの変革の追い風に乗り、テクノロジーの教育への応用に注目する見方から、テクノロジーの教育的価値に注目するに見方に変え、教育構造から学習構造に注目し、学習内容に対する理解の支援から学習行動を支援する政策決定に注目すべきだ。今後、教育の新エコロジカル下では、学習の結果だけでなく、学習の効果にも注目し、学習の適切度を強調する必要がある」と指摘する。


※本稿は、科技日報「教育高質量発展需要高質量"数字底座"」(2021年8月19日付6面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。