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【23-14】大学は変わらなければならない/王樹国氏(その1)

霍思伊/『中国新聞週刊』記者 脇屋克仁/翻訳 2023年10月18日

大学は、これまで通りの在り方では急速に変化する社会に対応できない。産学連携、科学技術と教育の統合をさらに進めるべき――繰り返しそう主張してきた王樹国西安交通大学学長に大学改革の課題を聞いた。

「ちょっと外に目を向ければ、いま進行中の新たな技術革新はすでに大学の想像をはるかに超えていることが分かります。最新技術の導入、人材の獲得、研究開発の能力・スピード・深さ・広さと、すべてにわたって大学を凌駕している企業もなかにはあります」。西安交通大学の王樹国学長はそう話す。ここ数年、同氏がたびたび表明してきた見方だ。第4次産業革命の波がもたらす好機を逃してはならない――理路整然と巧みに話す同氏にはある種の切迫感があった。2002年、44歳の若さで母校・ハルピン工業大学の学長に就任し、2014年に現職である西安交通大学学長になった同氏は、中国で最も長く大学のトップを務めてきた人物である。

 話は「工学の理学化」、大学と企業の提携、高等教育機関総合改革など、昨今のホットなテーマに及んだ。

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王樹国氏。(写真提供:西安交通大学)

第4次産業革命――大学は自己陶酔からの脱却を

記者:「工学の理学化」をどう思いますか。一番の問題点は何でしょうか。

王樹国:「工学の理学化」はわれわれのこれまでの歩みと無関係ではありません。改革開放以降、中国の大学はずっと欧米に追いつけ追い越せの状態で、模倣と追随が研究の中心でした。しかし、欧米はこのころちょうど第3次産業革命が終わったところで、工学は関係する技術の分野ではすでに頭打ちになっており、技術の背後にある内在的法則をより深く探る方向に舵を切り始めていました。「工学の理学化」傾向はこうして出てきたのです。しかし、中国の歩みは欧米と異なります。第2次産業革命も終わっていない段階で第3次産業革命が到来し、必死になってキャッチアップしてきたと思ったら、今度は第4次産業革命です。

 世界を見わたすと、ここ数年で新しい技術や業態がたくさん出てきています。すでに実践が理論を追い越しているのです。社会は大学に時代の最先端をいくニーズを突き付けています。しかし、大学の伝統的な在り方はこの急速に変化する社会に合っていません。「工学の理学化」に引っ張られて、大学が育成する工学人材はどちらかというと論文の発表や背景理論の分析に関心が向いています。実践とどんどんかけ離れ、実際の問題を解決できなくなっているのです。大学と社会のミスマッチといえるでしょう。

 だから、大学は反省的な捉え返しが必要です。第4次産業革命はすでに到来しています。大学が依然として独尊的な自己陶酔に耽り、象牙の塔に閉じこもっているのなら、社会の発展から取り残されていくでしょう。

 大学はいま、何をしなければならないのか。それは、理論と実践を結合し、新たなサーキットを切り開くことです。工学教育はもっと新技術の発展を知る必要があります。ただし、基礎研究の強化は同時に続けなければなりません。基礎研究がなければゼロを1にすることはできません。「工学の理学化」にせよ「理学の工学化」にせよ、どちらか一方に偏るのはアンバランスです。大学、とくに工科メインの大学は、問いとニーズを結び付けなければなりません。つまり、物質世界の一番本質的な法則を探求すると同時に、理論と実践をより密接に結びつけ、実際問題の解決につなげなければなりません。

記者:理論と実践の結合が大学改革の方向性ということでしょうか。

王樹国:2つの融合がポイントです。1つは学際的融合です。知的生産のモデルはすでに変わってきており、単科メインということはもうなく、複数学科が入り混じるモデルになってきています。したがって、新たな時代の要請に適応するためにはカリキュラム体系全体を再編する必要があります。もう1つは、大学と社会の深い融合です。産学連携、科学技術と教育の統合を通じて人材育成の質を高め、社会の発展が求める人材を融合のなかで育成すべきです。

 西安交通大学は2021年に未来技術学院と現代産業学院を設立しました。未来技術学院には、人工知能、エネルギー開発、スマート生産、メディカルエンジニアリングの4つの専門分野があります。これは工学人材の育成モデルを改革する実験であり、路線は産学連携、科学技術と教育の統合です。学部生は基礎を学んだら実践段階に進み、真剣勝負で鍛錬していきます。また、カリキュラム体系全体を再編したら旧来の課程の多くをつくりかえ、プロジェクト課程を設けます。これを「プロジェクト主導型」といい、4年間を通じて学生は学びながら実践することになります。

 カリキュラムを再編すると、教員にもかなりプレッシャーがかかります。いままでは1つの科目について、教員はいったんベースをつくればあとは毎年同じ講義を繰り返せばいいだけで楽でした。いまは、他の教員とも協力しなければならないだけではなく、現実に目を向けたプロジェクトにも参加しなければなりません。このプロジェクトは教員にとってもはじめてですから、スタートラインは学生と同じです。教員と学生が手をとりあって、共同でイノベーションを起こしていくのです。

 われわれも再編が1つの指針になればと思っています。従来型の知識体系に留まっていてはもはや将来の発展ニーズに合わないということ、現実との結びつきが必要なことを教員にわかってほしい。実はこれは、教師陣の再編を迫るものでもあります。教員の陣容は改革にとってきわめて重要なカギになります。

記者:それまで受験教育に慣れ親しんできた学生は、新しいカリキュラムに戸惑うのではないでしょうか。これは大学だけの問題ではなく、中国の教育システム全体の問題、土壌の問題です。土壌の改革が手つかずの状態で、大学の改革をどうやって進めていきますか。

王樹国:われわれはまだ過渡期にいます。事実上、大学教育はそれ自身が「タクト」〔指揮棒〕になります。つまり、大学教育の進む方向如何で、小中高の方向性が決まります。高考〔中国の大学入試共通テスト〕の点数で合格者を決める方式が、いまは大きなネックになっています。教育の公平性を担保するいい方法が他にないからです。小中高の教育が変わらない状況下でも1つの方向性を示したい、という思いからわれわれは未来技術学院をつくりました。点数だけではダメです。将来いい大学に入りたいなら、テストの成績以外にイノベーションの力が要ります。したがって、われわれは学生が戸惑うからといって絶対にレベルを下げません。こうした改革を通じて未来志向の人材――社会の発展ニーズにより見合った人材――を育成したいのです。

記者:こうしたプロジェクト主導型の育成モデルは将来、工学人材育成の主流になりますか。

王樹国:このモデルは工学人材育成にとって非常に有益だと思っています。アメリカにオーリン・カレッジという、1997年設立の非常に新しい学校があります。この学校がうまくいっている理由の1つは、プロジェクト主導型の育成モデルを採用したことです。これはとても大きな変化です。欧州の産学連携は従来からさらに前進しました。オーリン・カレッジは、学生1人1人の関心をベースに実際のニーズも加味しながら、企業と連携したプロジェクトを入学当初から学生のためにつくります。そして、プロジェクトを取り囲むようにしてカリキュラム体系が自ずとできあがっていきます。完全に個性化された育成方法ですし、こうした学びは主体的なものです。何のためにこの知識を身に付けるのか、将来はどの分野で使えるのか、学生は分かっているということです。

 オーリン・カレッジの優れた点は、第4次産業革命に完全にキャッチアップしていることです。学生に選ばせるプロジェクトは、これから始まるであろう新しいサーキットに乗ったものばかりで、恣意的にチョイスしたものではありません。ただ、オーリン・カレッジの理念はたしかに参考になるのですが、莫大な資金力をもったオーリン基金会がバックについているのを忘れてはいけません。「量より質」のエリート学校、学生の育成コストは1人あたり数百万ドルですから、このモデルを完全にコピーするのは不可能です。

 オーリン・カレッジの学生募集では2つの問いが出されます。「世界を変えたいと思うか」、「どういう方法で世界を変えるのか」です。これは2つのことをみるためです。世界を変える人物になる意気込みと野心があるかどうかと、学生の興味の対象、将来に対する想像力の有無です。これらはすべてイノベーション思考につながります。

大学はもっと積極的に企業と連携すべき

記者:新しいサーキットをどうやって見出しますか。例えば、西安交通大学はエネルギー開発専攻の設置を2019年に申請し、翌年には国の認可を得ていますが、当時、エネルギー開発市場はいまほど注目されていませんでした。そこにはどんな考えがあったのでしょうか。

王樹国:まったく根拠もなくエネルギー開発専攻の設置を提案したのではありません。まず、わたし自身がエネルギー分野に以前から関心があり、分散式エネルギーはこれから発展するだろうと思っていましたし、風力・太陽光エネルギーの供給不安定問題は必ず解決しなければならいと思っていました。深海底のエネルギー資源にも活路を見出していました。だから、エネルギー開発は人類の発展のために避けて通れないテーマだと思っていました。そこにタイミングよく西安交通大学への赴任が決まり、来てみるとこの大学はエネルギー学分野が非常に強いだけでなく、電力輸送など関連分野の素地もあることがわかったのです。

 もう1つ、国の「5カ年計画」策定にわたし自身が毎回深くかかわっていたことがあります。国家発展改革委員会や国家エネルギー局にもしょっちゅう出向いて議論していました。だから、エネルギー開発専攻の設置案を出すと、すぐに発展改革委員会の認可と賛同を得ることができたのです。思い切って申請したのもそういう経緯があったからです。実際、審査の前からすでに、発展改革委員会は「国家エネルギー開発技術産学連携イノベーションプラットフォーム(センター)」の準備をわたしたちに許可してくれたのです。エネルギー開発は、将来の国のエネルギー産業計画のなかで間違いなく新しいサーキットだったのです。1期生は2年生から募集しましたが、想像以上の結果でした。

 したがって、新しいサーキットに対しては、まず先見の明が必要です。政府が文書を出しからでは遅いのです。もう1つ、政府の将来設計に合致している必要があります。そうでなければ、どんなに目のつけ所が良くても政府が動きません。孤立無援の突進はダメです。サーキットが成長していくには、たくさんの部門との協力が必要ですから。

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2019年6月に開かれた第9期高等教育博覧会・大学生科学技術成果展。西安交通大学の展示室では学生が研究開発した、脳波で操作する車いすが関心を集めた。(写真:視覚中国)

記者:長期的にみて、大学が時代のニーズに乗り遅れないようにするためには学際的な新工学専攻が必須になるでしょうか。

王樹国:学際的であればあるほどいいとはいえません。学際的というのは自ずとそうなるものであって、目標ではありません。学際のための学際はダメですし、学際的であれば成果が出るわけでもありません。硬直的な学際は無価値です。いま、極端に走りすぎている学校が多い。2つの学科を無理やり合体させるなどは時代遅れですし、間違いです。学際の背景にある本質は需要主導、課題主導ですから、学科によっては発展の方向性からいって単独のほうがいい場合もあるでしょう。新設の工学専攻については、もし将来比較的広範な応用シーンがあるのなら、小さな市場範囲に固定することはできないでしょう。

記者:産学連携で避けて通れないのはCo-teaching〔共同授業〕の問題です。企業アドバイザーはすでに多くの大学の工学科でスタンダードになっていますが、形式的なものになりがちです。企業と大学との連携において、企業アドバイザーはどういう役割を担うべきですか。

王樹国:企業アドバイザーがすべきことは、学生に真のニーズを示すことです。そうすれば学生もそこから新しいテーマを出せます。大学の教員と違い、企業には大局的観点があり、個別技術だけでなく産業全体をみていますから、学科横断的なテーマも出せるのです。学生は難題と格闘することになり、成功するかもしないし、失敗するかもしれません。しかし、大学は失敗してもいい場所でなければならないし、こうした実践的な格闘がスピーディーな成長を促すのです。いまのところ、企業アドバイザーは必ず教室に来て授業をしてもらわなければならないと、Co-teachingを誤解している大学が多い。企業アドバイザーは多忙ですから、これではすぐに行き詰まります。実際は教室に来てもらう必要はありません。企業アドバイザーは、これだけははずせないというポイントの部分を担当してもらえばいいのです。一方大学教員は、学生が課題をクリアしていくすべての課程に携わることで自身も経験を積んでいきます。こうした経験は徐々に、より練り上げられた教学プランに結実していくことでしょう。

 大疆創新科技有限公司〔DJI、民生用ドローンの世界最大手〕はどうやって生まれたか。当時、香港科技大学教授の李澤湘先生を深圳に招聘しました。ちょうどハルピン工科大学が深圳に大学院をつくっていたときです。李先生には10人の学生を担当してもらいましたが、最初の課題がDJIの出発点になったドローンだったのです。李先生自身が企業経営に習熟した方だったので、学生にとっては大学の先生であると同時に企業アドバイザーでもありました。李先生には結局100人の大学院生をみてもらいました。あとで聞いたのですが、この100人から50の「ユニコーン」企業(企業価値評価額10億ドル以上のスタートアップ企業)が「孵化」したそうです。大学が必要としているのはこのような先生です。いま最大の問題は、大学と企業との間に相互の往来がないことです。

記者:相互往来がないのはなぜでしょうか。産学連携がいま直面している最大の困難は何でしょうか。

王樹国:まだ古い考えに留まっているのが最大のネックでしょう。とくに一部国有企業がそうですが、産学連携に消極的な企業はたくさんあります。実際のところ産学連携はインタラクティブなものですから、必ず志を同じくする人が集うようにしなければなりません。これから生き残っていく道は旧来のサーキットではなく、産業の新たな形だと意識している新興企業は、現在、それなりの数で社会に存在します。こうした企業は新たな技術と人材を非常に強く求めていますし、大学との連携にも積極的です。しかし、石炭・石油といった伝統的な資源産業についてはどうでしょうか。関係企業はまだ原材料頼みの儲けで満足しているのではないでしょうか。でも最近は重い腰を上げ始めた国有企業も少なくありません。中央政府の研究開発予算がそれを求めているからです。

 実はわたしは、大学と企業の連携においては大学側の責任の方が大きいと思っています。わたしたちの方が自発的に動くべきです。いままで通りの待ちの姿勢ではダメです。大学の方こそ考え方を変え、囲いを打ち破り、社会との融合を自発的に求めなければなりません。教育主管部門ももっと積極的に産学連携に利する政策を打ち出すべきです。ただこれは体系的なテーマですから、たくさん看板を掲げて、いくつかプラットフォームをたちあげればそれで解決できる問題ではありません。

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湖南省長沙市で開催されたロボットコンテスト「RoboMaster〔ロボマスター〕2023」南部地区大会で、空中ロボットの調整をおこなう大連交通大学TOEチーム。(写真:新華社)

その2 へつづく)


※本稿は『月刊中国ニュース』2023年11月号(Vol.139)より転載したものである。