【09-01】21世紀における日中関係に関する戦略的思考
2009年3月3日
趙黎青教授:中国共産党中央党校国際戦略研究所教授、
中国計画出産協会理事
2000年から2002年にかけて、マニラに本部を置くアジア太平洋地区公益組織連合会理事を務める。
1983年 蘭州大学経済学部卒業、経済学学士
1986年 復旦大学世界経済研究所研究生卒業 経済学修士
1986年8月から中国共産党中央党校勤務
1995年7月から1996年12月 ロンドン大学アジア・アフリカ学院発展研究センター、ロンドン経済学院発展研究所への訪問研究。テーマは非政府組織(NGO) と社会経済との持続可能な発展関係。
1998年8月から2000年8月 清華大学NGO研究センターの設立指導、招聘勤務。
2001年12月から2003年1月 ワシントン、ニューヨーク、ロサンゼルス等米国各地への訪問研究。テーマは非営利組織と公民社会の社会経済の発展における作用。
これまでに学術論文150編以上を発表。
1998年 専門書「非政府組織と持続可能な発展」出版
2000年 英語論文集「Non-Profit Sector and Development」出版
2001年 編集主幹論文集「非営利部門と中国の発展」出版
2008年 編集主幹著書「中国社会の公共サービス体制についての研究」出版
1999年4月 日本国際交流協会の招請に応じ、東京本部で開催されたセミナーで中国の非政府組織について講演。
2001年11月 大阪で開催された第3セクター国際研究会アジア太平洋地区第3回会議で分科会リーダーとして講演。
2008年1月から3月 中国共産党中央党校と日本政策研究大学院大学との交流協定に基づいて日本で訪問研究、重点テーマは日中関係。
現在は主に、非政府組織、市民社会、公共サービス、国際関係等について研究。
独立行政法人・科学技術振興機構 (JST) の中国総合研究センターは設立して以来、日中の科学技術交流の促進に取り組み、科学技術交流を通じて日中関係の健全な発展を促進する面において重要で積極的な役割を果たしている。中国総合研究センターの好意により本稿が同センターのホームページに掲載されることを光栄に思い心から感謝する。本稿が科学技術交流を含む日中関係の全面的な発展に寄与することを願う。
2008年9月24日、麻生太郎氏が福田康夫氏に代わって日本国首相となった。麻生首相の過去の経歴から、福田首相の任期中に見られた日中関係の改善が継続されるのかについて疑問があった。しかし長期的な戦略面で言うと日中関係の将来は深くて原則的な要素によって決まる。首相の交代は特定時期の政策に影響を与えるものの、日中関係の基本的な方向性を変えることはできない。本論文では日中関係の基本的方向性を決定付ける戦略面や原則面の要素について考察する。日中関係は中国にとって21世紀における最も重要な二国間関係の一つである。両国の歴史的なつながり、近代における複雑に交錯した利害関係、21世紀に増加した重要性などを考えると、中国にとって特別な二国間関係ということができる。21世紀における日中関係の動向や発展状況は、中華民族の振興や中国の平和的発展、台湾海峡両岸の統一、中国共産党の掲げる調和の取れた世界という理念の実現などにとって非常に重要だ。日本が第二次世界大戦後に国際社会における経済的および政治的な地位を再確立し、国際活動において主権国家としての正当な権利を享受し行使することにとっても重要な要素である。日中は1972年に国交を正常化させてから「長期的な平和と友好こそが両国の唯一の選択」という共同認識を確立させてきた。21世紀における日中関係の健全な発展は長期的な平和と友好に根ざしていなければならない。しかし知られているように日中関係には重大で根強い障害が存在しており両国関係の健全な発展を阻害している。21世紀における日中関係には戦略的な思考が必要である。世界的な視点、つまり日中関係を人類社会の発展や地球的な背景の中に置いて考察すべきである。そうするなら、健全な発展のための方向性や目標を発見し確立することができる。理想的な土台や枠組を構築し豊富的で活力のある内容を充実させて行ける。また偏見や障害を克服して長期的で健全な日中関係を継続的に発展させていくことができる。本論文では21世紀における日中関係の健全な発展に必要な土台作りについて考える。
一.日中関係の歴史と現状
日中関係の歴史は長く、最古の文献は中国の東漢時代にまでさかのぼる。実に2000年近い交流があるわけである。古代において日中間の軍事的衝突は少なく、文化および経済交流が主流であった。近代になり先進的な西洋文化の波が押し寄せ日中両国も近代化を余儀なくされた。1868年の明治維新を経て一足先に近代化を進め力をつけた日本と、遅れをとった中国の間で1895年の日清戦争や1937~1945年の日中戦争に代表される衝突が起こった。1949年の中国共産党による中華人民共和国の建国後、日本政府はアメリカに追随して冷戦政策を取り、台湾の国民党政権と長期にわたって「日中外交」を継続した。その後1972年になって初めて中華人民共和国との正式な国交が始まった。日中国交正常化の後、当時の両国指導者による積極的な働きかけにより両国関係は大きく改善した。しかし1990年代半ば以降、両国関係は「政冷経熱」と呼ばれる膠着した局面に陥った。日本の安倍晋三首相による2006年10月の「氷を割る旅」に始まり、中国の温家宝総理による2007年4月の「氷を融かす旅」や日本の福田康夫首相による2007年12月の「迎春の旅」が続き、胡錦涛主席による2008年5月の「暖春の旅」も行われ日中関係は改めて改善の道を歩み始めた。
2008年5月に中国の国家主席である胡錦涛氏が日本を訪問した際、日中首脳は「戦略的互恵関係の包括的推進に関する共同声明」に署名した。同声明は日中が第二次世界大戦後に調印した四番目の重要文書であり、両国関係が長期継続する健全な発展に向けて第一歩を踏み出したことを意味する。胡氏の来日は日本の指導者が靖国神社参拝をしないことが前提となっている。共同声明の中で両国の指導者や政府は戦略的互恵関係の包括的推進のために努力することで合意した。胡氏の来日と共同声明への署名は日中関係における政治的基礎を固め両国の戦略的信頼関係を強化した。しかし忘れてならないのは日中関係の健全な発展を阻害する深い障害は依然として存在する。これらの障害を効果的に克服できなければ日中関係の発展という目的は今後も挫折を繰り返すことになるだろう。両国が長期継続する健全な発展を実現できない場合にもたらされる結果は両国にとって壊滅的なものとなるだろう。
日中両国は共に東アジアに位置しており東洋文明を共有している。古代において東洋文明は光り輝く黄金時代を経験している。人類の歴史の中で長期にわたって先進的な地位を保持していた。しかし近代のイタリア・ルネサンスを発端として西洋で経済、政治、イデオロギーの大変革が起こった。こうして西洋文明が東洋文明を大きくリードするようになり日中の近代における苦しみの原因ともなった。欧米に代表される西洋文明は先進的、近代的、強大であった。これに対し日中両国で代表される東洋文明は時代遅れ、陳腐、薄弱であった。19世紀後半になり西洋諸国の強大な軍事力に脅かされた日中両国は、自国を強化し保護するために近代化の道を模索し始めた。中国の洋務運動や日本の明治維新が代表的である。1895年の日清戦争は日本が近代化に成功し中国が失敗したことを示しているのみならず、1945年まで続いた日中関係の基本構造、つまり強く先進的な日本と弱く遅れた中国という図式を定めた。1945年に日中戦争が終結し両国関係にも大きな変化が起こった。中国国内では共産党と国民党による内戦の結果、大陸と台湾が分裂してしまった。大陸では中国共産党の指導により社会主義路線が取られソ連と同盟関係に入った。日本では占領したアメリカ軍によって一連の大改革が行われ新憲法も制定された。日本は交戦権を失いアメリカとの同盟関係に入った。20世紀後半になり日中国交正常化が実現した。また中国は改革開放を推し進め力強い新興国となった。そして日本は経済の近代化を実現し政治や軍事面でも再び地位を確立しようと試みている。21世紀における日中関係は、歴史と現実を基礎として前向きに発展すべきである。日中間に存在する障害は歴史、現実、時代の流れに対する総合的な認識を通して有効に解決しなければならない。
21世紀の日中関係における展望、枠組、内容について考える時、現状を出発点として両国が努力すべき方向性や目標を人類社会の発展という観点から模索し確認すべきである。日中国交正常化を経て両国関係は「平和共存」から「共通の戦略的利益に立脚した互恵関係」へと発展した。両国政府の責任意識は自国の発展や国民に対するものからアジアないし全世界の平和や発展に対するものへと拡大した。「日中関係の発展方向を世界の発展の流れと一致させアジア太平洋および世界の良き未来を共同で作り上げていく」(2008年の「戦略的互恵関係の包括的推進に関する共同声明」)。アジア太平洋および世界の良き未来とは人類社会の進歩を指している。日中両国にとって、21世紀に改革や発展を通して従来の文明を新たな文明に変換させ、新たな中国文明や新たな日本文明、ひいては新たな東洋文明を創造すると同時に新たな西洋文明と調和して融合させることが日中関係を長期継続する健全な発展に導くための前提また保障である。日中両国は二国間だけではなく東アジアや全世界の進歩に貢献する責任を担っている。
包み隠さずに言うならば日中両国が21世紀に長期継続する健全な発展を実現するためには克服しなければならない重大な障害が幾つか存在する。これらの障害には歴史的なものと21世紀という新たな時代背景で形成されたものがある。例えば近代における日中間の諸戦争の本質や影響に対する認識問題、教科書問題、靖国神社問題、台湾問題、尖閣諸島の主権や東シナ海の境界線の問題、毒ギョウザ事件に代表される食品安全体制の問題、日本の平和憲法を改正する動き、日本の国際政治力や国連安保理の常任理事国入りに関する努力、日本の軍事力強化や国際軍事活動への参加、日本が人権や民主主義の分野において中国に求める価値観などがある。これら日中間に存在する障害は互いに関連し影響を与え合うものだ。各障害には様々な要素が絡み合っており個別に切り離して対応し解決できるものではない。
日中間に存在する障害には次のような主観的な要素が含まれている。例えば、歴史問題などは無視、先送り、乗り越えることができる。マイナス面の影響を回避するため主権問題を無期限に棚上げできる。人権や民主主義といった価値観の問題について寛容になればよい。近年日本で見られる憲法改正、軍備強化、国際軍事活動への参加といった動きは、少数の右翼分子による扇動といえる。国際政治力を強め国連安保理の常任理事国入りを目指す日本の努力に干渉することはない。日本も中国における人権や民主主義の問題に干渉しなければよい。上述の主観的な考え方は現実からはずれ、その考え方自体が両国の長期継続する健全な発展を確立することを妨げる。日中間に存在する様々な障害は幾つかの原則に関係する。これらの問題を直視し原則に基づいて共通認識に至ることで的確かつ有効に障害を克服できる。障害を克服できれば21世紀における日中関係の健全で長期的な発展に向けた強固な土台が形成される。
二.21世紀の日中関係の基礎づくり
21世紀の日中関係は、実質としては中国文明と日本文明という東アジア文明圏の共存と相互作用の関係である。日中関係にある大きな障害を乗り越え、長期的で健全かつ安定的な二者関係を築いてこそ、中国と日本は両国国民、アジア全体、ひいては全人類に対する責任を果たし、応分の貢献をすることができる。二つの大文明圏である両国にとって、その健全な二国間関係は安定的で強固な基礎の上に築かれなければならない。そのためには利益、価値、心理の3本の柱を打ち立てる必要がある。この基礎があってはじめて互いの主張の正当性を認め合い、相互性を確保することができる。
日中関係の利益的支柱の構築
利益とは、国と国との関係の基礎である。自国の国家利益を守り保障し発展させることは、国家外交の出発点であり重要目標である。確かな日中関係には、その利益の確かな基礎が必要である。国民の生命財産、貿易投資などの経済的利益、知的財産権、主権や領土などの政治的利益、そして国家安全など、国家利益の指す内容は幅広い。さらに国家利益は、地域内そして地球全体へと拡大している。たとえば東アジア地域の安全と発展、そして全世界規模のエネルギー安全、環境保護、気候変化、疾病予防、テロ対策、国際犯罪取り締まり、大量破壊兵器の拡散防止など、これらはすべて日中両国の国家利益と密接に関係している。日中関係の利益的支柱を打ち立てるため、双方には以下の取り組みが必要である。
- 1) 現代的な規範にしたがって国家利益について判断し範囲を決める。つまり、それが一国の正当な国家利益であるか否か、またどの程度の範囲で正当な国家利益なのかについては、国際法が明確化し国際社会が公認する文明的規範に則らねばならない。
- 2) お互いの正当な国家利益を尊重する。
- 3) 戦略的利益を共有する分野や事業について協力する。
- 4) 国家利益上の意見の摩擦や衝突が生じたときは、武力によらず、話し合い、協議、協力、共同行動など現代社会にふさわしい平和的な方法を通じて解決を図る。
日中関係の価値的支柱の構築
「文明国家」とは、ある特定の基本的価値をもち堅持する国家のことである。二つの国家は、共通の価値をもち堅持することによってのみ健全で安定的な関係を築くことができる。価値とは、観念的ないわゆる「価値観」であると同時に、一つの社会制度とシステムを貫く「文明の質」といってもよい。価値を持たず利益を追うばかりの国は、利益のためだけに生きる品性の劣った人間も同じである。伝統文明から現代文明へと転換する日中両国は、共通の問題に直面している。つまり、人権、自由、民主、公正、開放、法治といった、西洋文明で先に発展した現代的価値とどのように対応していくかということである。そして両国はまた同じ課題を課せられてもいる。それは、伝統的な東洋文明の健全な価値をいかに保護、保存し、現代的価値と融合共存させながら、両者をいかに発展させていくかというものである。日中関係の価値的支柱を打ち立てるために、両国は以下各点を確認する必要がある。
- 1) 伝統文明から現代文明へと転換するアジアの国として、両国共通の価値の基礎はたしかに存在しており、今後もより強固で幅広いものへと発展していく。
- 2) 人権、自由、民主、公正、開放、法治等の現代的価値は世界に共有されており、現代の文明社会が備えるべき条件であって、西洋社会だけのものではない。中国と日本という東洋文明をもつ国家が伝統から現代へ転換する過程とは、つまりこうした世界共通の価値観が両国の社会に根を張り成長していく過程である。ただ、日中両国が現代の共通の価値観を受け入れ発展させることは、特定の西洋モデルを受け入れたり、欧米化したりすることではなく、自国の特色を持つ現代の東洋文明を発展させることである。
- 3) 両国の伝統文明のなかで、たとえば家族の情愛に関するものや社会国家に対する個人の責任など、生命力があり現代的価値と矛盾しない普遍的で健全な価値観は、守り継がれなければならない。しかしたとえば人権に対する君主権、民主に対する専制、平等に対する階級、開放に対する閉鎖、法治に対する人治など現代的価値と対立し矛盾する伝統的価値は、否定され捨て去られなければならない。
- 4) 両国に現在ある国家制度とイデオロギーは、いずれも現代的価値と対立したり抵触するものではなく、これを積極的に取り入れたものである。たとえば中国の場合、マルクス主義イデオロギーはもともと西洋現代文明に始まったもので、上述の現代的価値はその要素である。つまり社会主義制度は、その実質について言えば現代的な社会制度であって、上述の現代的価値もその核心的な価値観である。日本では、天皇制やその他の伝統的制度が保たれているものの、第二次世界大戦後の制度変革を経て、伝統的制度のなかでも現代的価値と矛盾しないものは残され、相容れないものは否定されている。
- 5) 日中両国が現代的価値を発展させ、健全な伝統的価値と融合させていくには一定の時間の経過が必要である。その過程での主導権は各国自らが掌握しなければならない。両国が自国なりの現代的な価値観の基礎をつくり発展させていくとき、目標、模式、方法、手順等の選択権は自国で行使し、また相手国からの尊重を得られなければならない。
日中関係の心理的支柱の構築
日中両国の関係は、根本的には両国国民間の関係、人と人の関係である。そしてすべての人間関係は心理的要素と密接にかかわるものである。心理的支柱は健全な日中関係にとって欠かせないものである。民族意識や国家意識とは個々の国民意識の集合体として構成されるもので、一国の国民意識は、自国の尊厳、イメージ、名誉への期待とともに、他国に対する好悪、崇拝や蔑視、自信や卑下、寛容や偏狭、そして思いやりや憎しみを決定づけている。国民意識には健全なものと病的なものがあり、文明的なものと野蛮なものがある。21世紀の健全な日中関係は、両国の健全で文明的な国民意識と切り離しては論じられないものであり、このため以下が必要である。
- 1) 伝統的な大国意識を現代的な大国意識にかえる。日中両国では大国意識が根深い。伝統的な「東方大国」意識は帝国主義的である。大中華帝国と大日本帝国は、ともに自らの皇帝を戴き、自らの朝廷を権力の中心とみなすものである。帝国が統治する「天下」とは、大規模に統一された階級的なもので、いわゆる中華と夷狄の区別があった。現在では、こうした伝統的、封建的な大国意識はすでに過去の野蛮な遺物である。現代的な大国意識では、他国の独立と主権を尊重し、国家は大小にかかわらずすべて平等である。大国の意義とは、高所から見下ろして統治支配することではなく、国際貢献、国際責任、国際道義の面で、小規模国よりもさらに高い要求を自らに課すことである。
- 2) 狭隘な民族主義を現代的な愛国主義へかえる。国民が自国を愛し、自国に対する誇りと尊厳を抱き、人類の崇高な感情をあらわすことは、現代人が備えるべき優れた性質である。しかし現代的な愛国主義とは、自国を愛すると同時に他国国民の愛国心を傷つけない、他国国民が自国に対して抱く誇りや尊厳を尊重し理解する、自国の利益を拡大すると同時に他国の利益を損なわず、共に利益を得ようとするものである。逆に狭隘な民族主義は、うぬぼれ、傲慢、偏狭で、自国の利益だけを求め他国を省みないものである。
- 3) 病的な過去の加害者意識・被害者意識を、健全な現代人の意識へと変える。現代の中国人と日本人は、19世紀後半から20世紀前半にかけて日中間で起きた数度の戦争について、事実に基づき、主観的にではなく客観的に、一面的ではなく公平に向き合わなければならない。歴史の事実真相を明らかにし、歴史的事実がどういう性質のものであったのかについて共通認識を得るため努力していく必要がある。ある国家の特定時期の特定行為は、その国そのものとは区別されなければならず、罪を犯した個人と一般の国民についても同様である。現代の病的な加害者意識と病的な被害者意識は、ともに国家の過去の特定行為と国家そのものとを混同し、個人の犯罪行為と一般国民とを混同し、過去の人物の行為と現在の人々とを混同して論じている。病的な加害者意識は、自国の過去の過ちを認めれば国家イメージを損ねると思いこみ、一部の人が過去に犯した罪を認めれば、一般国民や現在の人々まで有罪だと認めることになると思っている。病的な被害者意識はというと、相手国の過去の行為を理由にその国そのものに怒りを向け、相手国の一部の人による犯罪行為を理由に一般国民にまで怒りをぶつけている。
- 4) 健全で文明的な国民意識を育成し、不健全な意識を解消していく。国民がプラスの感情を抱き、友好的、寛大、同情的、公正、平和的、理性的、賞賛的な気持ちで相手国やその国民と接するのであれば、両国間の健全な関係にとってゆるぎない心理的基礎となる。反対に国民が偏狭、冷淡、刻薄、軽蔑、傲慢、嫉妬といったマイナスの気持ちで相手国とその国民に接すれば、両国間に長期的で健全かつ安定的な、正常な関係を築くことは難しい。
主張の正当性の確認
日中両国にはそれぞれに自国の主張がある。日中関係の健全な発展を阻害する重大な障害は、双方の主張の衝突から生まれる。現代の東洋文明に基づいて日中両国それぞれの主張の正当性を認め、実現していくことは、21世紀に長期的で健全かつ安定的な日中関係を築くための基本的前提である。現代の東洋文明とは、一般的に普及している現代的文明と日中両国に特有の東洋文明を合わせたもので、日中両国の文明と伝統の独自性を兼ね備える。日中両国の主張は、過去、現在、経済的、政治的、文明的、利益面、価値面、心理面、内政的、外交的、そして国際事務上の各方面にわたる。双方の主張の中で何が正当で何が不当か、どの言い分の正当性はどれほどで不当性はどれほどなのか、現代の東洋文明に基づいて判断、弁別、線引きをする必要がある。両国が双方の主張の正当性について現代の東洋文明に基づく共通認識を得ない限り、矛盾と障害を取り除いてその主張を実現していくことはできない。そのために、双方は現代の東洋文明に基づいて以下をすすめることが必要である。
- 1) 領土、経済利益、食品安全など国民利益と国家利益に関する主張の正当性を見極める。
- 2) 人権、自由、民主、開放など価値と価値観に関する主張の正当性を見極める。
- 3) 国家の尊厳と名誉、謝罪と反省、愛国と排外など意識の面での主張の正統性を見極める。
- 4) 日中間の条約と協議を遵守し、国際上の一般的規範を守り、各種国際法を日中間の主張の摩擦を解消するための基本的根拠とする。
- 5) 現代の国際モラル上の一般的な慣例を履行する。現代の国際モラルは、国際社会が個人と国家の国際行為に対して求める道徳的規範と義務であり、各国の主張の正当性を判断するための重要な根拠でもある。
相互性の確保
日中両国は、互いに国として平等な現代主権国家であり、どちらも相手国の経済、政治、文明、倫理に対して一方的な優越性をもたない。両国関係は平等的地位に築かれ、それぞれの主張には相互性がなければならない。両国関係の相互性とは、両国の正当な主張が依拠する規範を両国がともに遵守しており、同時にこれが両国で適用されていることで、ダブル・スタンダードによってはならない。双方のいずれも、一方的な主張をしたり一方的に相手国を非難する権利をもたない。たとえば、経済面では互恵関係を維持し、協力しながら両国がともに利益を得る。政治面では人権、民主、法治は双方がともに追求するものである。意識の面では、自らの愛国感情を大切にすると同時に相手の愛国心も尊重する、というように。日中双方が各自の主張の相互性をしっかりと保つことで、日中関係の長期的で健全かつ安定的な発展のための、強固でバランスのとれた基礎が築かれる。両国関係の相互性とは、現代文明に即したものであり、東洋文明の古来からある内在的価値でもある。孔子のいう「己の欲せざるところ人に施すこと勿れ」とは、相手の身になって自らを省みること、自分の立場から出発し、相手の立場に身をおいて慮ることである。自国の利益を求めるだけで相手国の得失を省みない。自国の受けた傷だけを知り、相手国の受けた傷は同じように受け止めない。自国の尊厳と名誉を誇りながら、相手国の尊厳と名誉は無視し踏みにじる。相手国を非難するばかりで、同じ問題が自国にもあることは隠し続ける。どちらかの国がこのようになれば、日中両国の関係は必ずや劣悪で多くの危機をはらむものに陥るだろう。反対に、互いに尊重し、理解し、信頼し、思いやり、ともに利益を得る局面が両国間に形成されるのであれば、両国間の摩擦は解消され、障害は克服できるだろう。
結語
1970年代以降、両国の努力によって日中間の国交が正式に成立し、1972年9月29日「日中共同声明」、1978年8月12日「日中平和友好条約」、1998年11月26日「平和と発展のための友好協力パートナーシップの構築に関する日中共同宣言」など、4件の政府間文書が取り交わされている。特に4件の中の2008年5月7日に署名された「戦略的互恵関係の包括的推進に関する共同声明」では、日中両国の戦略的互恵関係の包括的推進について幅広い共通認識が得られ、両国関係の利益的支柱がすでにほぼ確立されていることが示された。また双方は本声明で、「国際社会が共に認める基本的かつ普遍的価値の一層の理解と追求のために緊密に協力するとともに、長い交流の中で互いに培い、共有してきた文明について改めて理解を深める」と表明している。これは、両国が利益的支柱の構築に成果を得たうえで、今後さらに価値的支柱と心理的支柱を築くための方向性を示し、道を切り開くものである。中国には「綱挙目張(網の大綱を引けば網目はおのずから開く、小は大にしたがう)」という言葉がある。21世紀の日中関係における「綱」とは現代の東洋文明である。
中央党校のキャンパスを飾る故毛沢東主席の巨大題字の前にいる筆者
日中両国は現代の東洋文明を追求して前進し、現代の東洋文明を築き実現するよう努力していかなければならない。中国人と日本人は現代的で文明的な考え方によって、また日中両国は現代の文明国家としてふさわしい姿勢で、日中関係の過去、現在そして未来の発展と対峙していく必要がある。近い将来、日中両国が現代の東洋文明をうけつぎ、互いの努力によって双方の共同利益を確認し、さらに共通の価値と共通の意識について認め合い、重要な主張についてさらに共通認識を深めて、各重要分野での相互性をしっかり守っていけば、日中関係の健全な発展を阻害するさまざまな障害は必ずや克服され、両国関係の長期的で健全かつ安定的な発展のためのしっかりとした基礎が得られるであろう。そして両国がアジアと世界の発展に貢献し、現代の東洋文明の持つ巨大な潜在力が十分に発揮される日が訪れるだろう。
(筆者注:中共中央党校と日本政策研究大学院大学の交流協定に基づいて、筆者は2008年1月から3月の間、日本で日中関係を重点とする訪問研究を実施した。今回は日本の各界の方々と直接交流し、一般市民とも対話することができ、21世紀の日中関係戦略について思考を進める上で、大変に得がたい貴重な機会となった。ここに上述の2機構と関係者の皆様に心から感謝を申し上げたい。ただし、本論文のテーマと主張は筆者自身によるもので筆者がすべての責任を負い、上述の2機構とは無関係である。)