日中交流の過去・現在・未来
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【19-03】「貿易摩擦を中国の成長過程における『試練』と見なすべき」―片山和之前上海総領事インタビュー

2019年7月11日 王淅(中小企業診断士)/客観日本編集部(編集)

 初夏の日本は、気候が心地よく、陽光が明るく降り注いでいた。

 東京に近い神奈川県の緑に囲まれた研修施設で、片山和之氏と再会した。片山氏は今年1月、3年余りにわたる在上海日本国総領事館総領事としての多忙な勤務を終え、なじみのある東京に戻り、外務省研修所の所長に就任した。

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写真1 片山氏は2019年1月に日本帰国後、外務省研修所の所長に就任した。

 片山氏は経験豊富な日本の外交官である。京都大学を卒業し、若い頃に米国や中国など海外に留学。後に何度も米国や欧州、中国に派遣され、多くの外国語に精通しており、中国語も大変流暢だ。特に、上海で勤務した3年余りは日中関係が重大な転換を迎えた時期に当たっており、片山氏は日本を代表する外交官として積極的に日中各界と広く交流し、上海でよく知られる日本の外交官となった。

 長きにわたる外交官としての経験により、片山氏は米中両国のどちらについても深く理解している。今回、日本で片山氏と再会する機会を得るにあたり、せっかくの貴重な機会なのだから、ぜひ面と向かってご教示いただきたいと考えた。特に最近注目されている米中貿易摩擦問題について、片山氏はどう見ているのだろうか?米中貿易摩擦と当時の日米貿易摩擦とはどこが似ていて、どこが異なっているのだろうか?この貿易紛争は今後どうなっていくのだろうか?

 片山氏は私心をはさまず誠意をもって質問に答えてくれた。

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写真2 オフィスで取材に応じる片山氏。

質問1:米中貿易摩擦と日米貿易摩擦はどんなところが似ていて、どんなところが異なっているのか?

片山氏:まず規模から見ると、日米間と米中間の貿易摩擦は同日の談ではない。当時日本の対米貿易黒字は統計で約500億ドルだったが、中国の対米貿易黒字は3000億ドルを超えており、6-7倍の差がある。次に、貿易衝突の起きている分野が異なっている。日米貿易摩擦は主に自動車製造と半導体などの分野に集中していたが、中国の場合は、近年ハイテク分野が急成長したことが米国に脅威を感じさせている。華為(ファーウェイ)がその代表だ。また、日本は一貫して米国の同盟国と見なされており、両国間には安保条約があるが、中国は外交防衛上独立した大国だ。比較してみると、日米間の経済摩擦のほうが解決のルートを探すのは容易で、一方米中間は経済分野の紛争に限られず、性質も日米間の摩擦とは異なり、問題もより複雑だ。

質問2:米中貿易摩擦は日本にとってどのような影響があるか?

片山氏:米国と中国はそれぞれ世界第一と第二の経済大国であり、さらにどちらも日本の大きな貿易相手国であるため、米中貿易摩擦は当然ながら日本にとっても大きな影響がある。日本は双方が早急に解決のルートを見つけることを非常に望んでいる。特に、すでに形成された開放的で自由な貿易とグローバル化の秩序を継続的に維持していくことは、米中および世界経済にとって非常に重要だ。

 中国に投資している日本企業は3万社を超え、中国に1,000万人近い雇用機会を提供している。在中国日本企業の対外輸出額は約1兆円で、そのうち対米輸出額が全体に占める割合は約6%となっている。米中貿易摩擦により、日本企業も対策を検討せざるを得なくなっており、そのうち一部の企業は生産拠点を東南アジアや日本国内に移そうとしている。一方、米中両国の報復関税で生産コストがかさんでいる。世界経済の一体化が絶えず深化する時代にあって、このままいくと、米中のどちらにとっても、そして世界経済にとっても悪影響を及ぼすだろう。

質問3:米国が貿易摩擦を発動した動機はいったい何か?中国はいかにして正しく対処するべきか?

片山氏:米国側の公式発表を見ると、米国が中国の知的財産権保護や国有企業に対する支援などの問題に対しずっと不満を抱いていたことも、今回の貿易摩擦発生と関連している。米中間の具体的な交渉内容ははっきり分からないが、各報道からすると、米国は中国というライバルを手ごわいと感じているように見える。しかし世界第一の経済大国である米国が簡単に譲歩することはないだろう。それに加え米国は現在経済が比較的好調なため、このような考え方が優位に立ちやすい。一方中国側としても、当然ながら簡単に屈しはしないだろう。では、米中間の対立は長期化するのか?これが我々が最も懸念しているところだ。

 また、これまでの歴史事件から見て、こういう時に中国国内の愛国的情熱が最も高まりやすいが、こうした情熱はいったんコントロールが効かなくなったり、扇動されたりすると、不満を吐き出す衝動的な「運動」になりやすい。そのため、こうした状況であればあるほど冷静に感情を抑えるべきで、特に反米感情を扇動したり、排他的なポピュリズムに走ったりしてはならない。世界外交史に目を向けると、いつまでも続く対立関係というものはない。国際関係は常に変化しており、変化の中で発展していくものだ。過去の米中関係および中ソ関係もそうだった。米中はいずれも大国であり、なおのこと激しい変化の際に理性と冷静さを保つべきだ。

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写真3 2018年12月、上海を離れる前に上海交通大学日本研究センターの招きに応じて行った最後の講演。

 米中摩擦の行方は予測できないものの、片山氏は国際関係が変化の中で発展するという考えに基づいて、米中の対立がずっと続くことはないという見方を示した。当事国にとって理性的で冷静な対応こそが最良の方法だという意見には、ベテラン外交官としての経験の豊富さが感じられた。

 米中の衝突がヒートアップしたために、米国は中国企業の各種投資と取引に対し制限を実施している。そのため、最近中国企業はさらに積極的に対日投資を展開している。片山氏は上海で総領事を務めていた期間、中国企業とも広く接触してきた。この点に関しても、片山氏に意見を伺った。

質問4:日本政府は中国企業の日本への投資をどう見ているか?

片山氏:日本政府は対日投資を歓迎している。「2020年に投資金額35兆円達成」という目標を策定し、2017年現在ですでに30兆円近くになっている。日本は少子高齢化問題に直面し、地方経済の空洞化も比較的深刻で、企業の移転や閉鎖によって税収が減少している。現在日本には1,800弱の地方自治体があるが、現在の状況でいくと、40-50年後にはそのうちの半数が消失し、自治体としての職能を果たせなくなるという説もある。そのため日本は、地方経済を振興し、地方観光や伝統産業の発展を推進する対日投資を非常に歓迎する。中国企業の投資は対日投資全体のわずか1%にすぎず、上位のオランダや米国、シンガポールなどとは大きな開きがあるが、近年の投資成長は急速で、将来の発展潜在力は巨大だ。

質問5:中国企業は日本に投資する過程で、どんな問題に注意すべきか?

片山氏:中国企業の現在の投資は比較的不動産に偏っている。これは悪いことではないが、投資は単純な短期的経済行為であるだけでなく、「投資目標で儲けられると思えばすぐ投資し、そうでなければすぐに手を引く」といった近視眼的な行為は日本の各方面に懸念を抱かせやすい。投資は歓迎するが、中国企業には中長期的視点を持ってほしい。たとえば投資を通じて世界で唯一無二の日本の技術を継承し、地方経済を再び活気づける、といったものだ。投資はもちろん利益を追求するためのものであり、投資企業にとって見返りがあるべきだということは疑うまでもない。しかし日本企業に目を転じてみると、彼らは同時に社会貢献や従業員に対する責任、約束なども非常に重視しているため、積極的に地域社会づくりに関与し、簡単にリストラを行わない。こうした面では、中国と日本の企業間の価値観の方向性にはまだ距離がある。もし日本企業を買収したいのであれば、中国企業はこうした違いによる影響を十分に考慮するべきだ。

 また、投資においても相手の気持ちを配慮する必要がある。たとえば、日本のバブル経済期に、多くの日本企業が米国へ行きロックフェラー・センターやハリウッドの映画会社など「米国の象徴」といった性格を持つ不動産や会社を買収したが、その結果米国人に非常に反感を抱かせることになり、当時、日米摩擦を相当激化させた。こうした経験から教訓を得て、現在の中国企業がそれを戒めとしてほしい。

 最後の点について片山氏は、「成功する投資の基本原則は『ウィンウィンの関係』を築くこと。投資も短期的な行為ではなく、日本社会、特に地方経済に活力をもたらす投資を日本政府は非常に歓迎する」と強調した。


―1時間の交流はあっという間に終わった。片山氏は数々の要職を歴任された方ではあるが、これまでと同様にもったいぶった態度を取ることもなく、私の質問に存分に答えてくださり、親しみやすさを感じさせ、楽しく、そして私にとっては非常に得るところが大きかった。

 片山氏は最後に、「米中貿易摩擦であれ、中国企業が海外投資においてぶつかる問題であれ、成長中の中国にとってはいい『試練』になる。この試練を耐えることができれば、中国と中国企業はより成熟し、より強大になるだろう」と総括した。

 最後に別れる際、片山氏に「できるだけ多く中国に戻ってきてください。中国には片山氏をよく知る中国の友人たちがたくさんいますから」と申し上げた。昔話をする以外にも、今日のような交流を行い、世界の構造が激しく変化する時に、時機を判断し情勢を推し量る視点を持つことで、より冷静に自身を把握することができる。


※本稿は客観日本「前上海総領館総領事片山和之:貿易摩擦応看作中国成長過程中的"試練"」(2019年6月4日付)を日本語訳/転載したものである。