【20-04】煎茶道静風流三世家元・海野俊堂氏インタビュー 自由にお茶を楽しむのが静風流
2020年 2月28日 孫秀蓮(アジア太平洋観光社 取材・構成)
「自由にお茶を楽しむ」ことを大切にしている煎茶道静風流。海外でも積極的に煎茶道を広め、長く中国との交流もあり、浙江省の国際茶文化研究会の海外栄誉理事も務める三世家元・海野俊堂氏に奥深い煎茶の世界と中国とのつながりについてお話をうかがった。
静風流について簡単に教えていただけますか?
A 静風流は昭和31年(1956年)に始まりました。初代家元の理念は型にとらわれず、自由にお茶を楽しむということでした。抹茶道では、客をもてなすという点では同じですが、お客様にもある程度の知識が必要で、型に捉われる部分もあります。煎茶道はそうではなく、私自身もお客様に作法を強要しないという考えで、お茶を知らない人も大歓迎です。ぜひ気軽に興味をもってほしいと考えています。お客様に快適においしいお茶を飲んでいただき、楽しんでいただくためには、もてなす側は皆、同じことができなくてはならない。それが「型」であり、皆が同じ意識で同じことができるようにしたいと考えています。
家元として心がけていることはどのようなことですか?
A 美味しいお茶とお菓子を出す事で楽しんでいただけるよう、水屋から出すお茶(陰出しのお茶)を徹底的に勉強させました。お点前は3人分しか出しませんが、50人のお茶会であれば47人分は水屋から出ます。そのような意味では水屋のお茶も大変重要で、見えない場所だからこそ信頼がなければ任せることはできないのです。
また、煎茶道には書、画、焼き物、金工、漆などありとあらゆる工芸文化が関わっており、お茶会での話題でも決まりきったことではなく、何を聞いても答えられるような総合的な教養の資質が求められます。お花やお香の知識も必要で、私は華道もしています。
萬福寺管長が全日本煎茶道連盟の会長になっており、黄檗山に事務所があるため、禅宗の考え方も根底にあると思います。
煎茶道静風流家元の海野俊堂氏。
そのような膨大な知識をお弟子さんたちにはどのように伝えられているのでしょうか?
A 毎年夏に様々な話題で講義をしています。なによりもまずお茶そのものについて学んでもらっています。緑茶だけでなく、中国の分類でいう色別のお茶についても勉強してもらう。緑茶の位置づけも重要な知識で、他の色のお茶を知らなければなりません(黄茶、白茶、青茶など。烏龍茶でも安渓・武夷山で異なります)。中国茶の教室も趣味で持っており、緑茶(安徽省、浙江省、江蘇省)、烏龍茶(福建省、台湾)普洱茶(雲南省)のお茶を取り扱っているので、飲み比べたりして学ぶのです。個人的におこなっているのですが、煎茶道の会員も何人も来ています。緑茶以外のお茶もあることを知らなければ、緑茶のことは言えません。お稽古でも、1を教えるにも10を知った上で教えないと説得力がありません。さらに100も1,000も知らなければ、1を教えることはできないのです。
抹茶道との違いはどのようなものでしょうか。また日本で「○○道」と精神性と結びつけられるのはなぜなのでしょう。
A 抹茶道と煎茶道は成り立ちも普及もまったく異なります。また抹茶道は公家や武士などが嗜むものでしたが、煎茶道は江戸時代の鎖国政策で外国との交流が制限されるなか、中国などの外来の文化が新しいことを求めていた文人達が煎茶道を好んだという背景もあるかもしれませんね。静風流では、稽古に入るときに黙想という時間を設けています。日本の武道の世界でも黙想をしますが、「道」の付く世界では、その中に身を置く時に黙想をして、俗世間から別の世界に入るために頭を真っ白にしてから入るからでしょうか。日本の茶道の世界では襖は座って開けるなどの礼儀作法があります。そのような世界は日本独特のものですので、現代社会であっても大切にしてゆきたい。単に手順を伝えるだけでなく、文化を尊重する意志が大切だと思います。日本人の持つ心として、趣味性のある茶器でのおもてなし、お客様への丁寧な振る舞いが大切なのですね。
11月15日におこなわれた「第30回東京大煎茶会」の様子。
初めて中国に行かれたのはいつでしょうか。
A 1988年、天安門事件の前の年に人民大会堂で茶席を担当しました。外国人は滅多に入れない時代で、学生や文化人が来て喜んで帰りました。茶文化はもともと中国から来たものですが、文化大革命で多くの文化が失われた際、隠元禅師がもたらした明文化の時代のような茶文化も消失してしまったように思います。私も浙江省の国際茶文化研究会の海外栄誉理事になっていますが、そういったところで生産から育てて作るところまでは研究されていたものの、お茶を淹れる文化そのものは当時日本より進んでいませんでした。茶礼、茶芸のような形は、むしろ日本と交流を重ねることで発展してきたような感もあります。
現在の中国のお茶は少々ビジネスになりすぎているきらいがありますね。20年ほど前と比べて質の良いお茶は10倍ほどに高騰しています。龍井茶も以前は100g8,000円ほどで最高級の品質のお茶が買えましたが、いまではそうはいきません。大紅袍などの烏龍茶も似た品種のものが高値で売られているようです。良いお茶が高すぎて一般の人が良いお茶が飲めない状況なので、元の値段に戻してほしいと思います。お茶の文化が特別な人のものになってしまっているのが残念ですね。
中国との交流について語る海野俊堂氏。
今後の日中文化交流についてはどのようにお考えですか?
A 国交が回復した当時は交流さえできればよく、茶道や書道など様々な方面で交流を目的に行き来していました。現在は、お茶の作法を見たい、お花の活け方を見たいなど中国の人々が目的を持って非常に貪欲に学習されています。ただそこまで熱心なのは文化をビジネスにする目的があるのかもしれません。
逆に日本側からは、中国に求めるものがなくなってきています。私は中国の本当に美味しい緑茶や烏龍茶をもっと知ってもらいたいので、ほとんどボランティアで13年間中国茶教室をおこなっています。100g何万円もするお茶を1回何百円かで飲んでもらっています。日本茶の美味しさを理解するために、他の美味しいお茶を知ってそれぞれの美味しさを比較できるようにしたいのです。
私が淹れるお茶は特別なお茶ばかりなので、皆美味しいと言ってくれるのが嬉しいです。何年前のものか分からないような普洱茶のカケラを中国の友人がくれたこともあります。安徽省の野茶(野生の緑茶)や広東省の鳳凰単叢(野生)、中でも好きなお茶に太平猴魁(安徽省黄山市太平)があります。昆布のように平らな見た目で爽やかな緑茶です。このような奥深い煎茶の世界への理解が深まるよう日中の交流も増えていってほしいですね。
海野 俊堂(うんの しゅんどう)
略歴
現在、一般社団法人全日本煎茶道連盟の理事長。また静岡県茶道連盟副理事長として地元静岡県はもとより、国内外に亘り煎茶道文化の素晴らしさ広めるため、精力的に活動を行なっている。特に中国との文化交流から茶の奥深さを知り、また欧米での茶会の開催により、茶を通じた国境のない人との交わりの素晴らしさを体験して、茶の持つ魔力に魅力を感じている。
※本稿は『月刊中国ニュース』2020年3月号(Vol.97)より転載したものである。