【21-01】継続は力なり! 文化交流を続けることが大切―元文化庁長官青柳正規氏に聞く
2021年03月22日 孫秀蓮(アジア太平洋観光社 取材・構成)
日本の名だたる美術館館長を歴任し、元文化庁長官、東京大学名誉教授、現在は2020東京五輪の文化・教育委員会委員長である青柳正規氏は 年代から度重なる中国行脚を敢行。美術に精通した青柳氏に日中両国の文化や新型コロナウイルスの影響など広くお話をうかがうとともに、オリンピックについてもお話をうかがった。
陽関王維像前にて。「客舎青青柳色新」にちなみ柳を手に
大連でお生まれになったと伺いました。中国との関係についてもう少し詳しく教えていただけますか。
A 私は大連で生まれましたが、2歳にならないうちに引き上げで日本に帰ってきました。当時の記憶は殆どありませんが、子どもの頃から両親や親戚に大連で生まれたことを言われていたので、中国を身近に感じていました。母親からも大連にはレンガ街があって、アカシアの並木がとても綺麗だと聞いていました。その後、敦煌にある莫高窟の壁画を見るため、1980年に中国へ行きました。またその後、全日空の第二代社長を務められた岡崎嘉平太氏の精神を後世に伝え、アジア諸国の人づくりを支援するために設立された「岡崎嘉平太国際奨学財団」が中国の青少年に奨学金を給付しており、奨学生を選ぶ審査員をしていたので、3~4年に1回は北京を中心に大連や瀋陽へも行っていました。
中国は訪れる度に凄まじい成長力を感じます。1980年に敦煌に行った頃は自転車の時代で、まさしく地方の街という感じでした。しかし2019年再び渡った時は敦煌も大都市になって、びっくりしましたね。中国全体が現代的な国となり、また経済や社会も著しく発展したのだということを痛感しました。
敦煌九層楼前に40年ぶりに立つ
中国文化が日本文化にもたらした影響についてどのように思われますか。
A 中国文化というのは世界でも最も古く、最も偉大な文化の一つです。日本は海に囲まれて閉鎖的な環境にあるため、中国大陸の文化は日本にとって非常に大切かつ一番重要な刺激でした。おかげで日本文化が時代とともに発展できましたし、その結果として世界の仲間入りができたと思います。ただ日本の面白いところは中国からの影響を少しずつ日本流に変えていくことです。伝統文化を知ることにはどのような意義があると思われますか。
A 過去の文化には、当時の最先端の技術や人の好みなどが凝縮されています。それらの文化を知ることで、今の生活に感謝の念が生まれてくると思うのです。例えば私たちが今iPhoneやデジタルカメラなど科学技術の恩恵を受けているのは、長い歴史の積み重ねの上にここまで来ているのであり、今を楽しめるのも世界が平和だからこそです。ですから我々は今生きていることに驕ったり昂ったりせず、過去に感謝すると同時に博物館や美術館で様々な文化を知ることで今の平和をみんなで協力して維持していこうと再確認することが大事ですよね。伝統文化をより広げるための理想を言えば、日本の美術館や博物館も中国のように入場を無料にすることで多くの人たちが文化の恩恵を受けることができる環境を作るべきだとは思いますが、そうなると国は税金を大量に投入する必要がある。ところが日本は世界的に見ても財政赤字が深刻な国ですから、財政的には大変厳しいですね。ですからより多くの企画展を開催して多くの人に見てもらい、その代わりに常設展覧会の入場料を安くしていかざる得ないのが現状ですね。
近年、縮小しつつある伝統工芸品のニーズについてどのように思われますか?
A 今は伝統工芸品の良さがなかなか世の中に伝わっていないと思います。日本は年々都市化が進み、マンションに住む人が増え、畳の部屋が無くなっています。そうすると工芸品を使ったり、飾ったりする場所がなくなってしまい、結果として売り上げが減ってしまいます。伝統工芸は非常に大切な技術なのですから、将来に残していくためにも皆で褒めたたえ、身近な生活の中で使う機会を増やす運動を展開していきたいですね。かつて伝統工芸に携わった人たちは、パリ、シカゴの万博で作品もたくさん売れました。優れた技術を持つ者には「皇室技芸員」という資格が与えられ、作品を製作し続けることができたのですね。戦後は皇室自体が変わり、人間国宝になっても後継者育成と称して250万円という非常に中途半端な補助金しかもらえません。
中国のように国をあげてアーティストに生活する場所を提供したり、年金を増やしたり、色々な方法で彼等の生活を保証して、いい作品を製作できる環境を作って行く必要があると思います。
北京で開催した日本伝統工芸展会場にて
新型コロナが世界へ与えた影響についてどのように思われますか?
A 新型コロナウイルスが世界中に多大なる影響を与えたことは間違いないですが、これが流行る前のことを考えると、この世界は少し無理をしすぎていたのではないかと思います。例えば世界中の人たちがたくさん旅行し、贅沢し、消費をして、少し勢いに乗り過ぎていたと思うのです。今回のコロナで、もう少し色々考えながらゆっくり行動するように、踏み止まって考えるよい機会が訪れたと思いました。資源を浪費しないで自然を大切にし、いかにCO2を削減して地球温暖化を抑制していくか。また、みんなで知恵を出し合い、持続可能な社会をどうやって創り出していくか、我々の孫、ひ孫の代でも住みやすい地球をどうやって創り出していくかを考えるときだとね。我々は今、試されているのかもしれないですね。
美術館や博物館にはどのような影響がありましたか。
A 例えばオンラインで作品を鑑賞できる仕組みを作ることにより、田舎に住んでいる人や辺鄙な場所で生活する人たちにも美術館を楽しめる機会を作ることに繋がったと思います。また日本の美術館や博物館もオンライン化に向けて一生懸命取り組んでいるのですが、最近初めて気づいたことがあります。20年くらい前まで世界最先端のレベルだった日本のIoT技術は、現在では中国や韓国の方がより優れたレベルを有することが分かってきました。そのため、今回のことをきっかけに国を挙げてもう一度IoT技術の向上やデジタル化を進め、近未来の社会に対応してようとしています。兵馬俑博物館にて
東京2020オリンピック大会組織委員会の文化・教育委員会委員長として、オリンピックの本質や今後のあり方についてどのようにお考えですか?
A 最近のオリンピックはどんどん商業主義になっていますね。例えば北京で大きな開会式をしたらロンドンではそれよりも大規模にしないといけない。そうするとどんどん派手に商業的になる流れができてしまいます。今回はちょうど新型コロナの影響で開催が延期になり、また予算も縮小しなければならなくなったため、今こそ本当のあるべき姿に戻る可能性があるわけです。本来のオリンピックをもう一回作り直すという意味でまさしく災転じて福と為すということですね。オリンピックの本質というのは、世界中の異なる文化や言語を持つ人々が一箇所に集い、文化と民族を超えて競技することで、相互理解を深め、ひいては地球上に世界平和をもたらすためだと思います。ですからもっと派手にしよう、豪華にしようというこ とはむしろ脇に置いて、お互いの違いを超えて理解し合うところをもっとしっかりやるべきだと思いますね。
文化教育の面で、2020オリンピックに対して、どのような大会になって欲しいと思われますか?
A オリンピックはアスリートたちが集まって競技をするものですが、それと同時に文化イベントをやる必要があります。例えば会場である東京にいる人たちは足を運ぶことはできますが、地方の人たちにとってそれは容易ではないですね。そこで例えば、会期中地域毎にオリンピック記念のお祭りをします。そうすれば直接ではなくても2020オリンピックに参加したんだという思い出ができますよね。こうして、その地域の人たちがより元気になったり、あるいは自分の地域に誇りを持つきっかけになればいいと思っています。今は賛同者を増やし、文化をみんなでやりましょうと一生懸命呼びかけており、広い範囲で様々な催しが行われることになっています。いわゆる「参加型オリンピック」で、みんなでオリンピックに対する良い思い出を作ることが大事ですね。今後の日中文化交流に関する展望についてお聞かせ ください。
A 現在、黄山美術社の陳建中社長たちと協力しながら、「平山郁夫シルクロードコレクション展」の巡回展を中国で行っています。加えて、平山郁夫先生が所蔵する「古代ガラス」という世界的に大変素晴らしいコレクションがありますので、これを是非中国巡回したいと考えています。また、我々が若かった頃は印象派の絵が日本で展示されると、行列を作ってでも見に行きました。今中国の若い人たちは印象派の絵に強い憧れを持っています。幸い日本には優れた印象派のコレクションが多数収蔵されているので、こういった作品を将来中国に持っていきたいとも考えています。それから、これまでアメリカやイギリスなど諸外国の優れた作品・展覧会が日本に来ており、これらの国との信頼関係を活かし、将来中国でも優れた文化、または美術関連の展覧会を展開できればと思います。日中両国の間には政治的に色々な問題が起こったり、国交的に一進一退を繰り返してきました。しかし文化交流というものは国交に関係なく、なるべく良い展覧会を企画し相互開催することが大切です。もちろん国のトップが変われば政治的な状況も変わってきますが、そこは横に置いて、何しろ継続は力なりで、外的要因に影響されず、文化交流は続けていくことが大切だと思いますね。
第四回シルクロード国際文化博覧会にて。平山郁夫シルクロード美術館館長と
青柳 正規(あおやぎ まさのり)
略歴
1944年中国大連生まれ。美術史学者、東京大学名誉教授。東京大学教授、副学長を経て、退官後は国立西洋美術館館長、独立行政法人国立美術館理事長などを歴任し、2013年から2016年まで第21代文化庁長官を務めた。2017年度より朝日賞選考委員、山梨県立美術館館長。2019年より学校法人多摩美術大学理事長、橿原考古学研究所所長。2020年9月より石川県立美術館館長も任務している。
※本稿は『和華』第28号(2021年1月)より転載したものである。