【11-01】中国経済の発展と新たな日中関係のあり方(下)
柯 隆(富士通総研経済研究所 主席研究員) 2011年 1月 6日
3.インフレ再燃と経済構造問題
中国のマスコミによると、近いうちに経済政策のあり方を討議する共産党中央「経済工作会議」が開催されるといわれている。今回の経済工作会議では、インフレ退治の政策のあり方はその中心議題となりそうだ。
国家統計局によれば、10月のインフレ率(CPI)は4.1%)に達し、とりわけ食品価格は10.1%と二けたの伸びとなった。なぜインフレが再燃したのか、その原因は必ずしも究明されていない。
一般的に、市場経済では、物価が上昇するのは需要が供給を上回るからといわれている。しかし、食品の有効需要は大きく変動しない。その価格を押し上げる要因として、供給サイドに問題があると推察される。しかし、過去1年間の洪水や干ばつなどの天災を調べても、例年並みといったところである。極端な凶作は起きていない。
10月開かれた共産党中央の五中全会の「決定」を入念に読んでみると、「物価の高騰を抑制するために、不正の価格操作を断固として取り締まる」という表現がそのなかに入っている。
要するに、インフレが再燃したのは、有効需要が急増したのではなく、誰かが食品価格を意図的に操作しているというのだ。実は、現状は政策当局にとり悩ましいことが起きている。すなわち、食品価格は確かに上昇しているが、家電や自動車などの工業製品の価格は依然下落しており、デフレの状況にある。ここで、オーソドックスの金融引き締め政策を実施することができない。
結局、インフレ再燃の兆しが表れてから、人民銀行(中央銀行)は金利を0.25ポイント、預金準備率を0.5ポイント、それぞれ引き上げただけである。その判断としてここでは金融政策の出番ではないといわんばかりである。
おそらく中国政府にとりここでやるべきことは二つある。一つは、市中の過剰流動性を抑制するために、金融制度を改革するとともに、人民銀行の為替レジームを改革し、為替の弾力化を実現するとともに、海外から流入するホットマネーを抑制する。
もう一つは、農産物や食品の流通システムを改革し、その透明性を高めることである。現状において、国有の食糧買付会社は金融ファンド会社と結託して食糧と食品に対する投機を行っている。その結果、農民は食糧価格上昇の恩恵を受けられていないのに対して、低所得層の生活が直撃され、このままいくと、社会不安がますます深刻化する。
中国における資金循環を調べれば、家計の貯蓄は国有銀行を経由して国有企業に流れている。こうした国有企業は研究・開発(R&D)よりも、不動産や農産物市場における投機によってレント・シーキングに走っている。一方、人民銀行にとり、人民元が人質となり、その為替調整は思うようにできない。しかし、小手先の政策を実施するだけでは、目下の難局を乗り越えることができない。これから開かれる経済工作会議でどのような政策が決断されるかを注目していきたい。
4.中国経済の今後の展望
結論的に、中国経済は当面成長を続けていけると思われる。なぜならば、中国経済の原動力が依然衰えていないからである。中国経済の原動力といえば、国内の貯蓄である。現在、家計の貯蓄率(貯蓄÷国民所得)は30%に上り、政府と企業セクターの貯蓄率は20%に達し、計50%の貯蓄率になっている。高い投資率を支え、結果的に経済の高成長が実現されている。
問題はいかにして安定した成長を実現するかにある。
中国は安定した成長を実現するには、思い切った構造転換と制度改革を推進する必要がる。現在、成長が乱高下する背景に、政府が資源を国有企業に優先的に配分していることがある。採算を度外視する国有企業の投資は過熱しがちである。それを引き締める政府の政策により、景気が大きく変動してしまう。したがって、中国にとりまず行わなければならない制度改革は国有銀行と国有企業の完全民営化である。残念ながら、過去8年間、胡錦濤政権下でこれらの改革はほとんど進展していない。
それからもう一つ大きな取組は政治改革である。過去30年間の改革は市場経済の構築に終始してきたが、政治改革がほとんど着手されていない。実は、民主主義の政治改革が着手されていないからこそ、格差拡大の本源的背景である。人民が一票の力を行使できないなかで、政治は彼らに配慮しない。結果的に格差が拡大するのみならず、政治腐敗がいっそう腐敗してしまう。
実は、政治改革は時間が経てば経つほど難しくなる。なぜならば、政府部内と財界には既得権益集団が出現し、民主主義の政治改革にかたくなに抵抗するからである。無論、政治改革を推進するには、リーダーシップが必要である。胡錦濤政権にとり残りはわずか2年程度である。残りの2年間で政治改革を成し遂げることはとうてい不可能だが、せめてその方向性とビジョンを示されるべきである。
5.日中関係と日本企業にとっての活路
最後に、日中関係について述べておきたい。今回の尖閣諸島の事件には意味があるとすれば、日中両国に今後の関係の在り方について考えさせる好機だったことではなかろうか。かつて、日中両国がその間に横たわっていて種々の問題に目をつぶってきた結果、今回の事件のショックは予想以上に大きかった。
しかし、問題の解決は決して簡単なことではない。目下、日中にとってもっとも重要なのは衝突を避けることである。衝突を避けるには、国民レベルの相互理解を深め、交流をさらに推進する必要がある。同時に、予期せぬ事件が起きた場合、現場レベルでうまく処理できない場合、双方の指導者同士による情報交換や意見交換を実現するホットラインの設置が不可欠である。残念ながら、日中の間にそれがいまだ実現できていない。
一方、日本経済は1990年代初期のバブル崩壊以降、いまだに失われた20年の不況から脱却できていない。その原因の一つは、中国企業の台頭により日本経済のデフレが日々深刻化していることにあるといわれている。事実として、日本企業は毎年新規投資を進めると同時に、過剰設備の処分を迫られている。
本来ならば、日本企業の競争力はその高い技術力とパーフェクトの品質管理にあるといわれている。しかし、世界の消費者は値段の高い日本製品を敬遠する傾向にあり、日本製品に比べ、いくぶん品質が低いかもしれないが、値段も安い韓国製品や中国製品を選好している。この現実に直面する日本企業は後ろ向きの姿勢に転じ、企業経営のなかで過酷なコスト削減戦略を講じている。
しかし、この表層的な「現実」は必ずしも真実を語っているわけではない。日本製品は競争力がなければ、なぜ中国人観光客は遥々銀座や秋葉原に来て、たくさん買い物するのだろうか。
確かに、日本企業は後ろ向きになっているが、生産現場の行き過ぎたコスト削減戦略こそ日本企業にとり命取りになっている。日本企業の製造工程をみれば、間接費の削減はすでに限界に達している。部品調達がモジュール化している現状において、そのコストを削減する余地はほとんどない。逆に、従来の系列の良さを否定し、無理に部品調達をモジュール化すれば、品質管理がずさんとなる恐れがある。
先日、筆者自宅のファクスが買ってまだ3年程度だが、故障してしまった。メーカーP社に頼んで修理してもらった。そのとき、「お宅の製品は絶対に壊れない、といわれたのに、なぜ3年で壊れたのか」と技術者に聞いた。技術者は「壊れないのはむしろおかしい。なぜならば、部品は世界中で調達するようになっているから、その相性もあり、品質管理は依然に比べ、適当になっているのでは」と非を認めた。
日本企業は自らの強さを放棄し、新興国企業と価格競争をやろうとしている。これこそ間違った戦略である。
上のファクス修理の話に戻るが、P社の技術者はわずか5分でファクスを修理してくれた。それもその通り、ファクスの基板を取り換えただけである。筆者にとりもっとも驚いたのは、「修理費はいくら」と聞いたとき、「今回は無償でやらせていただく」と技術者は笑顔で答えてくれた。「もし払うなら、いくらぐらいになる?」と筆者は続けた。「1万円ぐらい」といわれた。
なるほど、日本企業は世界で勝負するならば、価格競争をやめて、高品質をバックに、新興国企業ができないことをやれば、きっと勝てる。それは、高い値段で高品質を売ることであり、具体的に、普通の家電製品ならば、メーカー保証は1年だが、自信のある日本企業は8年ないし5年保証を約束する。
保証期間を長くすれば、モノづくり現場の緊張感も強まってくる。日本の技術者と労働者が新興国の彼らに比べ、数倍ないし10数倍の賃金をもらっている。なのに、同じ1年保証で値段の高い製品を売っても売れるわけがない。自らのモノづくりに自信をもっていれば、メーカーは保証期間の延長に賛同してくるはずである。
今後、日本の家電量販店は商品を売るときの表示として、メーカーごとの保証期間を明らかにし、「値段×品質」はこれからの市場競争の決め手となる。