【11-04】震災で中国シフトが加速する日本企業の課題
柯 隆(富士通総研経済研究所 主席研究員) 2011年 4月25日
東日本大震災は自動車や半導体など日本企業のサプライチェーンを寸断し、その脆弱さが露呈してしまった。震災から1か月半経ち、製造業の部品供給の一部は復旧したが、震災の爪痕が深く残っている。こうしたなかで、自動車、半導体、食品加工などの製造業はサプライチェーンのグローバル戦略の見直しと資源の再配置に乗り出している。そのもっとも大きな変化は生産の中国シフトの加速である。
日本の代表的な製造業企業のほとんどは中国に多数の生産拠点を設立している。しかし、これらの生産拠点のほとんどは「研究・開発」(R&D)機能を伴わず、簡単な組み立てを日本の本社から下請けする補完的な役割を果たしてきた。今回の震災をきっかけに、日本企業の中国拠点の重要性は急速に増大した。
1.グローバル市場を見据えたサプライチェーンの再構築
製造業にとってのサプライチェーンの構築はその市場の所在によるところが大きい。長い間、日本企業の主な輸出先はアメリカ市場だった。アメリカへの輸出を軸にするサプライチェーンでは、中国などのアジア諸国は部品を生産する拠点だった。
それに対して、現在は日本にとっての最大の貿易相手国は中国に変わった。日本の自動車や半導体などの製造業にとり中国は製品の組み立て拠点である。ただし、多くの日本企業は知的財産権を保護するために、キーコンポーネントの主要製品の製造を日本に残してきた。今回の被災地はその製造拠点の一部である。
本来ならば、製造業の部品調達は多重化することでサプライチェーンの安全性と安定性が担保される。しかし、サプライチェーンの効率化と低価格化を図るために、製造業の部品調達は急速にインティグレート(集約)されている。日本の東北は部品のサプラアーとして最重要な地域ではないが、サプライチェーンの一環としての役割を果たしているため、震災によって部品の供給が途切れてしまった。
中長期的に考えれば、サプライチェーンの安定性と効率性のバランスを考慮するうえで、同じ部品の調達は二系統以上に分散する必要がある。この点は今回の震災がもたらした教訓といえる。
震災後、主要製造企業の部品生産と調達には大きな変化がみられている。自動車メーカー各社は中国現法の生産能力の強化に乗り出している。半導体メーカーもキーコンポーネントの生産を中国にシフトしようとしている。ビールや清涼飲料水の生産も着実に中国シフトが始まっている。
これまで、日本企業にとり中国はあくまでも補完的な存在だった。今回の震災をきっかけに、中国はコアの工場になったといえる。
2.問われる長期戦略
日本は震災復興にまっしぐらであるが、被災地を元に戻すのではなく、その上を狙った復興でなければならない。一つは今後の東北地方の経済と産業構造の在り方である。もう一つは産業のサプライチェーンの在り方である。さらに、北東アジアとの経済協力関係の在り方である。この点について環太平洋経済協力(TPP)の在り方とそれへの参加が問われている。
津波に襲われた被災地の惨状を考えれば、一刻も早くそれを復興させたい。しかし、どのように復興するかについてマクロ的に考えて、東北地方が果たす役割を再考しなければならない。無論、今回の震災を考えれば、津波に強い街づくりが求められる。同時に、震災のクライシスをチャンスとして捉える必要があり、被災地におけるエコシティ構想の実現はその一案として考えられる。
いうまでもないことだが、震災復興は一刻も争う作業だが、性急かつ軽率に進めるべきではない。ここで問われているのは日本の経済と産業の長期戦略である。東日本の被災地は首都圏に近く、人件費や土地代が比較的安い地域である。しかし、その産業基盤は必ずしも戦略的に構築されたものではない。
被災地の漁村や農山村の高齢化が進み、津波の犠牲者の多くは65歳以上の高齢者といわれている。これから被災地の街づくりについて安心安全の住みやすい街づくりでなければならない。また、地域経済を支える産業について伝統的な製造業に加え、省エネと環境保全はその基本的なコンセプトになっていかなければならない。
繰り返しになるが、被災地の復興は町を元に戻すのではなく、新たな街づくりのコンセプトのもとで新しい東北地方を構築していかなければならない。たとえば、東北地方の比較優位の農業についても、伝統的な農業に代わって、e-agriculture(デジタル農業)の模範を示す取り組みが求められている。同様に、製造業についても、単なるモノづくりだけでなく、サプライチェーンを構成する重要な一部分としてその役割とあり方を再考しなければならない。
3.問われる中国ビジネスの在り方
東日本大震災以降、日本のメディアでは「風評被害を防ぐ」ことに関する記事と論評が増えている。それは福島原発事故に起因する動きであり、必ずしも事実無根の議論ではない。事実として同原発の1、3号機の建屋が水素爆発により破壊されたあと、原子力安全委員会の情報開示は不十分だった。
その後、原子炉に対する注水によりその温度の上昇がコントロールされるようになってから、逆に、原発事故の放射能漏えいのレベルが最悪の7に引き上げられた。現在の「風評被害」は原子力安全委員会の不適切な情報開示によるところが大きい。
こうした風評被害は日本国内にとどまらず、全世界に広がっている。一つはアジアを中心とする訪日の観光客が激減している。4月初旬に北海道へ講演にいった際、地元で悲鳴が上がり、どのようにすれば、中国人観光客を戻せるかの質問が集中した。もう一つは日本の農産物の輸出はほぼ完全に止まってしまった。上海や香港などで日本料理屋の閉店は相次いでいる。北京や上海の国際空港では、入国者に対する放射能検査が実施されている。
やや過剰に反応していると思われるが、やむを得ないことである。数年前に、中国で起きたSARSの騒ぎの際、日本政府と日本企業は中国への出張について不要不急の場合、出張を控えるよう呼びかけていた。
しかし、こうした過剰反応は一般的に一時的なものである。原子炉の冷却が半年以内に成功すれば、第4四半期に入れば、中国人観光客が徐々に戻ってくると思われる。ここで重要なのは向こう数か月の時間を無駄にしないことである。
ここで提言したいことは二つある。
一つは、日本は観光資源を有効利用し、外国人観光客を受け入れる体制をきちんと整備する必要がある。震災により生じたオフシーズンはこうした作業を行う絶好のチャンスである。
もう一つは、日本の製造業企業は生産体制とサプライチェーンの在り方を見直しているが、世界の工場と世界の市場としての中国の位置づけを再認識し、そのうえで中国への投資戦略を再構築しなければならない。
後者について少し議論を加えれば、在中国の日本企業を多数みてきた筆者としての結論は、人材と技術があるが、明確な戦略がないのは明明白白である。中国に進出している日本企業にとり、今回の震災をきっかけに日本からの受注が増えるチャンスだが、それは自らの営業力によるものではない。ここで、既存の人材と技術を生かす戦略を構築する必要がある。