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【20-01】新型コロナウイルスの感染拡大と世界経済への影響

2020年3月24日

柯 隆

柯 隆:東京財団政策研究所 主席研究員

略歴

1963年 中国南京市生まれ、1988年来日
1994年 名古屋大学大学院経済学修士
1994年 長銀総合研究所国際調査部研究員
1998年 富士通総研経済研究所主任研究員
2005年 同上席主任研究員
2007年 同主席研究員
2018年 東京財団政策研究所主席研究員、富士通総研経済研究所客員研究員

プロフィール詳細

 新型コロナウイルスの感染は中国から始まり、今や全世界に広がってしまった。世界保健機関(WHO)は、今の感染の中心地はヨーロッパであると指摘している。ウイルスの感染がまだ収束していないが、米中の間、新型コロナウイルスがどこから来たかについて激しい論争が繰り広げられている。中国人科学者(疫学)鐘南山氏は、新型コロナウイルスの最初の感染地は確かに武漢だったが、武漢は源ではないかもしれないとの見解を示している。最近になって、中国外交部スポークスマンの趙立堅氏はツイッターで、「新型コロナウイルスは米軍によって中国に持ち込まれたのかもしれない」とツイートした。ウイルスの起源は科学の問題であり、「かもしれない」で片づけられる問題ではない。この二人の見解はいずれも個人的な見解であり、科学的根拠に基づくものではない。

 しかし、立場上、要職に位置する二人の発言について、アメリカ政府は当然のことながら、それを看過するわけにはいかない。アメリカ国務省は即座に反応し、崔天凱駐米中国大使を呼び、スポークスマン趙氏の発言について抗議した。これでことが終わるはずがない。トランプ大統領は記者会見で新型コロナウイルスを「中国ウイルス」といった。それに対して、中国外交部スポークスマンは記者会見で猛抗議した。新型コロナウイルスの起源は政治外交問題化しているが、これは科学の問題であるはずだ。中国人の立場からみれば、「中国ウイルス」といわれるのは、中国を侮辱することになる。しかし、世界的にみると、「スペイン風邪」とか「香港新型インフルエンザ」、あるいは、「日本脳炎」と俗にいわれる病気がある。これは決して、スペイン、香港と日本を侮辱することにならない。要するに、大多数の人にとって、こういった病気の正式名称は覚えられないため、こういう俗名が覚えやすい。それぞれの立場が違うが、外交問題化するほどの問題ではない。

 重要なのは、今回の新型ウイルスの感染に対処する中国政府の初動が大幅に遅れた結果、中国全土に広がってしまった点である。これまでの報道によると、2019年12月初旬にすでに原因不明の肺炎の発症が報告されたが、思い切った措置が取られ、武漢市が封鎖されたのは2020年1月23日のことだった。この一か月半の間、新型コロナウイルスの感染は急速に拡大してしまった。それに、WHOの対応も遅れた。1月下旬、アメリカや日本など世界主要国が中国人の入国を制限する措置の実施を発表したとき、WHOは過剰反応と批判的な見方を示した。WHOの対応の遅れによって、新型コロナウイルスの感染は全世界に広がった。事実として、WHOが新型コロナウイルスのパンデミック(大流行)と認めたのは3月11日だった。危機対応の基本はことを軽くみるのではなく、ことを重く受け止めなければならない。WHOの対応が後手後手になってしまった結果、WHOに対する信頼が大きく傷ついたといわざるを得ない。

 先がみえないなかで、朗報もある。中国政府は国内で新型コロナウイルスの感染がピークアウトしたと宣言したことである。初動が遅れ、当初、新型コロナウイルスの感染を隠蔽したこともあり、巷では、中国政府の発表が信用できないとする見方もあるが、2020年1月下旬から2月にかけての爆発的な感染拡大に比べれば、現状をみると、ウイルスの感染を明らかにコントロールできたといえる。だからこそ、WHOは今の感染の中心地はヨーロッパと指摘しているのである。

 むろん、中国では、ウイルスの感染がコントロールできたといっても、まだまだ安心できる状況にない。なぜならば、欧米諸国では、ウイルスの感染は拡大しているからである。欧米諸国在住の中国人が帰国し、彼らがウイルスを再び中国に持ち帰る可能性がある。中国政府は、海外から帰国する中国人について、2週間の隔離措置を実施しているが、人数が多いため、北京や上海など国際空港のある大都市には、隔離施設に限界がある。しかも、当初に比べ、新型コロナウイルスが変異したとみられ、2週間隔離されても、発症せずに、ウイルスを保持したまま、そのあとに発症する例が報告されている。要するに、中国はセカンドピークを警戒する必要がある。

 専門家の間でも、新型コロナウイルスを2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)と比較するものがいるが、2003年のSARSの感染は中国国内でも北京と広州に集中していた。前述したように、新型コロナウイルスの感染は全世界に広がった。中国だけで、ウイルスの感染を抑制できたとしても、問題の解決にはならない。

 もう一つの問題は、2003年と比較して、世界経済の中国依存は大幅に進んでいることである。2003年の中国GDPの世界シェアは4%程度だった。2019年の同指標は18%に達した。中国を軸に形成されたグローバルサプライチェーンが寸断されている。中国政府は、経済の崩壊を危惧して、各地方政府に労働者の職場復帰を促している。地方政府は中央政府の呼び掛けに呼応して、企業に生産の再開を求めているが、ルールでは、一人でも労働者の感染が確認された場合、工場全体の閉鎖と全従業員の隔離措置を取らないといけない。そのコストはすべて会社負担になるため、工場の生産再開と稼働率の向上には時間がかかる。

 一方、中国以外の国と地域に目を転じると、欧米諸国を中心に都市の封鎖だけでなく、国境まで封鎖されている国が多い。そもそも、経済は、ヒトの流れ、モノの流れとカネの流れを意味することである。ウイルスの感染を抑制できなければ、ヒトの流れが再開されない。モノの流れは完全には止められていないが、普段に比べ、相当減速している。G7を中心とする先進国の中央銀行は経済危機を懸念して、思い切った金融緩和政策を実施している。しかし、ヒトの流れとモノの流れが正常化しないと、流動性の供給を増やしても、経済はよくならない。世界主要株式市場の株価をみればわかるように、下げ止まらない状況が続いている。一般的に株式市場の株価は景気のバロメーターといわれている。株価の大暴落は経済リスクの増幅をはらんでいる。

 危機対応の大原則は、優先順位を決めて、一つずつ対処していくことである。ウイルスの感染を抑制するために、ヒトの流れを止めないといけない。一方で景気を押し上げるために、ヒトの流れを正常化する必要がある。グローバル経済はディレンマに陥ったのである。

 ここで注意しておきたい点は、目にみえないウイルスとの闘いが長期化するなかで、いつになったら、収束するかを考えた場合、人々がほんとうに安心できる状況はワクチンと特効薬が開発されたときである。したがって、当面はヒトの流れを止める隔離措置が中心になるが、ウイルスの感染を抑制できた段階で少しずつ経済活動を元に戻していくことになる。それと同時に重要なのは、ウイルスの感染を予防するワクチンと治療するための特効薬の開発である。それに取り組むには、一国の努力だけでは不十分であり、グローバルの幅広い協力が求められている。最後に、WHOは信頼を回復するために、抜本的な改革とそれに対するガバナンスの強化が必要である点を強調したい。