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【20-07】中国"双循環経済"の内実

2020年10月08日

柯 隆

柯 隆:東京財団政策研究所 主席研究員

略歴

1963年 中国南京市生まれ、1988年来日
1994年 名古屋大学大学院経済学修士
1994年 長銀総合研究所国際調査部研究員
1998年 富士通総研経済研究所主任研究員
2005年 同上席主任研究員
2007年 同主席研究員
2018年 東京財団政策研究所主席研究員、富士通総研経済研究所客員研究員

プロフィール詳細

 中国経済は2010年に日本経済を追い抜いて世界二位になったが、習近平政権になってから、無理に高成長を求めるのではなく、7%前後の成長を持続していく「新常態」(new normal)を受け入れる姿勢が表明された。しかし、その後の経済成長は下げ止まらなくて、少しずつ減速している。中国経済は「新常態」を維持することが難しいようだ。2018年、トランプ政権は対中貿易戦争を仕掛け、中国からの輸入に対して制裁関税を課している。2020年に入って、米中貿易戦争がエスカレートするなかで、新型コロナウイルスの感染拡大により、輸出はさらに難しくなり、外国企業による対中直接投資も減少し、外国人の観光客もめっきり減ってしまった。中国経済にとっての外需は予想以上に弱くなった。

 公式経済統計によれば、2020年第1四半期の経済成長率は前年同期比-6.8%と大きく落ち込んだ。第2四半期はいくらか回復したが、成長率は同3.2%と依然低い水準で推移している。経済成長が減速する結果、失業率が上昇している。公式統計の失業率は6%前後といわれているが、これには農村の出稼ぎ労働者の失業が含まれていない。もし出稼ぎ労働者の失業も算入すれば、実質的な失業率は20%に達するといわれている(西南財経大学研究チーム)。

 失業率が上昇すると社会不安の深刻化をもたらすことになる。習政権にとって、失業率を抑えるために、経済成長を押し上げる必要がある。そのために、習政権のブレーンたちは「双循環経済」という新しい成長モデルを考案した。従来の中国経済は輸出依存であり、いわゆる「外向型経済」と定義されている。上で述べたように、米中貿易戦争と新型コロナ危機により、輸出の拡大は難しくなったため、内需依存の成長を促進し、同時に、アメリカへの輸出の落ち込みを補完するために、東南アジアなどの新興国への輸出を促進するなど、内需と新たな外需という二つの経済循環を作っていく狙いのようだ。

 中国経済の体質を検証するまでもないことだが、外需の落ち込みを内需で補完することは正しい政策オプションといえる。振り返れば、1997年に起きたアジア通貨危機の教訓の一つは経済成長をもっぱらアメリカへの輸出に依存させた場合、経済成長は不安定化しがちになるといわれていた。そのとき、多くの経済学者は内需依存の経済モデルに切り替えていくべきと提案した。しかし、その後、中国をはじめとするアジア経済は内需依存ではなく、引き続きアメリカへの輸出に依存して成長を続けてきた。要するに、アジア経済は、通貨危機からの回復ではアメリカへの輸出によるところが大きかったということである。

 実は、中国にとって内需依存の経済成長を促進する有利な条件はいくつも備わっている。まず、国の貯蓄率(national saving ratio)は44%に達しており、そのうち、家計の貯蓄率は30%前後とみられている。国内貯蓄が高いというのは内需依存の経済成長を実現しやすい。そして、14億人に近い巨大な人口は中国国内市場を形成している。さらに、中国の一人当たりGDPは2019年1万ドルを超えたが、先進国に比べ、自動車やデジタル家電などの耐久消費財に対する需要は旺盛である。それに加え、中国社会の高齢化が始まって間もないため、若者の需要は予想以上に旺盛であり、経済成長をけん引していく重要なエンジンになると考えられる。

 一方、課題も多い。消費需要を抑制する要因として所得格差が拡大していることである。所得格差が拡大すると、低所得層の購買力が抑えられてしまう。もう一つの問題は中国国内市場で売られている商品の品質が悪いと思われ、富裕層を中心に海外で消費する嗜好が強い点である。さらに、経済成長率が減速しているため、家計の可処分所得も減る傾向にあり、そのうえ、不動産などの資産価格と食品価格が上昇しているため、インフレ率を考慮した実質所得はマイナス成長になっている可能性が高い。すなわち、名目賃金をもとに推計しているほど内需は強くない可能性が高い。それに加え、社会保障制度が十分に整備されていないため、中所得層と低所得層の家計にとって安心して消費することができない。結論的にいえば、中国市場の潜在力は強いが、それが中国経済をけん引するエンジンとして力を発揮するには多くの課題を解決しなければならない。

 このように論点整理を行うと、中国経済の問題がくっきりと見えてくる。

 政府の役割は、格差を抑制するために、課税を強化して所得再配分を行うことである。そして、商品の信頼性を高めるために、事業者に対するガバナンスを強化しなければならない。さらに社会保障制度の整備は待ったなしの状況にある。

 では、中国では、内循環経済は中国経済成長をけん引する救世主になりうるのだろうか。答えは可能性としてあるが、簡単ではない。これらの課題を解決しなければ、内需依存の経済成長を実現することができない。この点についてもう少し詳述する必要がある。

 中国経済が直面する問題の一つは、人件費の上昇に伴う産業構造高度化による構造的な失業者の増加である。それに拍車をかけているのは米中貿易戦争と新型コロナ危機である。貿易戦争により、対米輸出が阻まれるリスクを回避する多国籍企業の一部は中国にある工場を東南アジアなどに移転させる動きが出てきている。そして、新型コロナ危機を経験して、中国に進出している外国企業の一部はサプライチェーンの強靭化を目的に中国に集約させている工場を海外へ分散させる計画である。これらの動きはいずれも中国経済を押し下げることになる。こうした状況下で内循環経済の実現はいわれているほど簡単ではない。

 一方、外循環経済はどうなるのだろうか。中国にとって輸出は引き続き経済成長をけん引する重要なエンジンになる。しかし新興国への輸出をもって対米輸出の減少を補うことはできない。重要なのはアメリカに対して妥協できることについて妥協し和解を図ることである。中国経済はすでにグローバル化されており、毛沢東時代の自力更生のやり方では成長を持続していくことができない。2001年にWTOに加盟したときの約束をきちんと履行していくことが先決であろう。すなわち、国際社会のルールを順守し、市場を開放していくことである。国際社会から信頼を勝ち取れば、中国経済はさらに成長していく可能性が高い。内循環経済という内向きな発想に転換すれば、技術力の強化もさることながら、産業構造の高度化と持続的な経済成長を実現することができない。